王子と姫と白い仔猫   作:ほしな まつり

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王子と姫と白い仔猫・3

(責任……責任……責任……ってどうすればいいんだ?)

 

またもやひとり、応接室で置いてきぼりをくらっているキリトはついさっきリズに命じられた言葉を頭の中でこねくり回していた。

 

(でも、やっぱりアスナの熱はオレのせい……だよな)

 

自らを支えきれずにキリトの胸の中に倒れ込んできた彼女は、やっぱり軽くて、そしてキリトの元を訪れる前にお風呂に入ってきたのだろう、石鹸の匂いとケガの治療の為の消毒液の匂いに混じって今度もいい匂いがして……いや、熱のせいか更に強く匂い立っていた気がして、思い出した途端、知らずに唇が弧を描く。

だがその表情も侍女に抱きかかえ上げられたアスナを思い出せば一転して険しいものへと変わった。

「友好国である隣国の姫が国境のすぐ近くの離宮に療養に来ている。歳はお前とひとつしか違わないから話も合うだろう。お見舞いに行ってきなさい」と父である国王から言い渡されたキリトはハッキリ言って見舞いという目的より初めてひとりで国を出られる嬉しさの方が強かった。

普段から傍に置いている数名の従者と一緒にちょっとした旅が出来る。

だが国力の大きさにかかわらず、自分と同じ子供とは言え相手も一国の王女だから、と出発までの短い時間の中で挨拶の仕方をたたき込んできたのだ。

 

(とりあず名乗るところまではちゃんと出来たと思う)

 

オレにしては上出来のレベルだ、とキリトはひとり頷く。

 

(手の甲のキスだって初めてにしては悪くなかったはずだし)

 

相手の手がグーだったのは想定外だったが、これでも従者の手で何回か練習したし、最後には嫌がる妹姫に一回だけ練習に付き合ってもらったのだ。

その時の妹姫は「くすぐったいっ」と言ってケラケラと大口を開けて笑ったが、「アイツはまだまだお子様だからな」と自分とひとつしか違わない妹姫の感想はとりあえず良い感触として受け止める。

しかしアスナはキリトからのキスを受けてすぐに熱を上げたのだ。

結局自分の何がいけなかったのかわからないまま時間は過ぎていった。

しかも段々と頭の中は自分の行為を振り返る事よりぐったりとしたアスナの顔を思い浮かべる事にすり替わっている。

 

(大丈夫かなぁ……アスナ)

 

その時、再びトントンと扉がノックされた。

しかし何の声かけもなくいきなり扉がガチャリと開く。

扉の隙間から赤みを帯びた茶色い髪の毛がニョキッと入ってきた。

 

「あ、いたいた、キリト」

 

(いたいた、って……オレはこの離宮に来てからほぼずっとここに居っぱなしだぞ)

 

素直な感想は表情に出すだけに留めて「なんだ?」と問いかける。

 

「悪いんだけど、アスナの私室まで一緒に来てくれない?」

「うえ゛っ?」

 

予想外も甚だしい要望に声を詰まらせた。

いくら子供同士とは言え王女の私室に他国の王子が足を踏み入れていいとは思えない。

 

「ちょっと、それは……」

 

「マズイんじゃないのか?」と続けようとした時だ、キリトの言葉を遮ってリズがキリトの前で両手を合わせる。

 

「お願いっ……マズイのはわかってるわよ。でもこうでもしないと、アスナったら熱があるのに無理してでもアンタんとこに行くってきかないの」

 

「侍女の了解はとったから」と言うリズを前にキリトは首を傾げた。

 

「なんでオレんとこに?」

 

熱が上がったんなら寝てた方がいいぞ、と視線で訴えてみる。

だいたい病人の見舞いに来たのに、その病人が無理をして見舞い人の元にやってこれらてはこっちの立場がない。

リズは拝むような手を解くと、やれやれと言った風に息を吐いた。

 

「さっきアンタの前で倒れたでしょ。それを王女にあるまじき失態だって落ち込んで、落ち込んで、とにかくアンタに謝らなきゃってベッドから起き出そうとしているのを、今、侍女達が一生懸命押しとどめているところよ」

「ああ……だからオレの方からアスナの所に行けば、って事か」

 

うんうん、と頭を上下させるリズはほとほと困った様子で頬に手を当てる。

 

「まったく、『王女』である自分に厳しい子だから」

「そうだな。さっきの木の上でだって『自分でなんとか出来る』って言い張ったんだぞ」

「そうそう、ちょっと考えれば無理だってわかりそうなものなのに……周りに頼れない性格なのよね」

「同じ王女でも……オレにも一つ下に妹がいるけど、何かって言えば『助けてー』だの『代わりにやってー』って言いまくってるけどな」

 

妹姫が自分を頼ってくる時の顔を思い出して苦笑いを浮かべた時だ、リズが小さな声で「そっか」と妙に納得した様子で頷いた。

 

「ガヤムマイツェン王国も王子一人に王女一人だったわね」

「うん、よく知ってるな、リズ」

「うちはユークリネの王都で結構手広く商売してるの。だから父さんにくっついてアンタの国にも行ったことあるわよ」

「へぇぇっ」

 

感心したように目を見開けば、気をよくしたリズがちょっと自慢げに鼻を膨らませる。

そこでリズが商家の娘と知ったキリトは改めて国の違いを口にした。

 

「ガヤムマイツェンだったら王女の友達相手は貴族の令嬢でないとなれないからなぁ」

「そもそもユークリネ王国には貴族がいないしね。私は家が王宮に出入りをしている縁でアスナと同い年だから国王様から遊び相手にってお願いされたの」

「だから王女を呼び捨てなのか……」

 

それもガヤムマイツェン王国ではあり得ない事なのだろう、庶民が面と向かって王族を呼び捨てにした日には不敬罪で投獄間違いなしだ。

 

「友達なんだから当たり前でしょ。きっかけは国王様だけど、私は頼まれたから友達を続けてるわけじゃないのよ」

 

その潔い口ぶりにキリトの口の片端が上がる。

 

「オレのこともずっと呼び捨てでいいぞ」

「よかった。私がアンタの事を呼び捨てにしてるの、アスナがすごく気にしてるから」

「なら、そろそろ、そのアスナのとこに行くか」

「そうね。侍女達もアスナ相手じゃ本気で叱れないし。ホントにユークリネの国民は王族のみんなが好きだからアスナにも甘々なのよ」

 

リズとキリトは並んで部屋のドアに向かって歩きながら会話を続けた。

 

「慕われてるんだな」

「王族が国を守るために頑張ってくれてるの、知ってるもの。貴族がいないから、国民全員が王の領民みたいなもんだしね」

「ふーん……ユークリネ王国ぐらいの領土と民の数ならなんとか可能ってところか」

 

とてもではないがガヤムマイツェン王国の規模では無理な話だ。

各地の領土を管理する貴族がいて、その貴族を国王がまとめるか、国王自らが国土全体を統べるか……どちらも難業であることにかわりはないだろう。

廊下にでると扉の両脇に控えていた従者がキリトとリズの前後に移動して二人を守るようにアスナの私室まで付き従う。

従者の目を気にする事無く、リズはキリトにユークリネ王家の話を続けた。

 

「そんなわけだから、国王様はもちろん、王妃様や王子のコーヴィラウル様もいっつもお忙しくされててね。みんな揃って王宮にいる日なんてほとんどないわ」

 

それを聞いてキリトは自国の王城内を思い出していた。

自分より幼い妹が常に城にいるのはもちろんだが、母である王妃が城を空けるのは月に一回あるかないかだ。自分達の傍にいなくとも訪れる貴族達の相手をしたり、他国からの使者をもてなす為に父王の隣で会食の席に着いたり、貴族の夫人方を招いてお茶会を開いたりと城内で忙しくしている。父王に至ってはそれ以上の忙しさで執務をこなしていた。母は病院や孤児院の慰問という慈善活動で城から出る事はあるが、父が城を出るなど建国記念で城下町をパレードする時しか見たことがない。

それがガヤムマイツェン王国という大国の王というものなのだろう。

 

(だから今回はオレ一人でも他国に行くチャンスをくれたのか……)

 

父王の思いの一旦に触れた気がした時だ、キリトの隣を並んで歩くリズが思い出したように溜め息をつく。

 

「だからね、余計にアスナは自分も役に立たなくちゃって思ってるのよ」

 

いつも王宮に……アスナの傍にはいられない王や王妃、王子の兄をいつもアスナはどんな気持ちで迎えて見送っているのだろうか。

寂しくても大丈夫、怖くても我慢する、だって家族はユークリネ王国の民の為に一生懸命お仕事をしている。

自分はユークリネ王国の王女なんだから、自分も父様や母様や兄様のようにみんなの役に立たなくちゃいけないの。

早く一人で色んな事が出来るようにならなくちゃ……。

アスナはいつも呪文のように「一人で大丈夫、一人で平気、一人で出来る」と心の中で唱えていた。




お読みいただき、有り難うございました。
リズちゃんはいつでもどこでもしっかり者で面倒見のいい、アスナのことが
大好きな女の子です(笑)

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