王子と姫と白い仔猫   作:ほしな まつり

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王子と姫と白い仔猫・30(最終話)

ササシャウルは何やらを思い出して頬を緩ませている王太子を無視し言葉を続ける。

 

「それで少し前から定期的に行われている王太子妃様の王都視察なんですけどね。とにかく王都の民衆が大歓迎なんですよ」

 

城の生活に慣れたら王都を見てみたい、と言っていたアスナの希望は王太子妃となってふた月を待たずに実現した。

これはひとえにガヤムマイツェン王国へ輿入れをする前からアスナが王太子妃としての勉強に励んでいた為と、キリトが妻の人となりをよく理解していた事から早い段階で関係各所へ話を通しておいたからだ。

王太子授位式と婚礼の儀の後のパレードでアスナの姿を見た民衆達はその美しさに一目で魅了された。そして視察が行われるようになると気取らない態度や慈愛に満ちた眼差しで王都の人達にかける心を砕いた言葉により、民衆達は一層王太子妃への好意を深めたのである。

「そう言えば……」と先日、アスナの公務補佐をしている女官から聞いた話をキリトは口にした。

 

「次の視察はいつ頃なのか、といった問い合わせや視察地としての来訪要請が頻繁に届いているそうだな」

「はい、はい……それについては王太子妃さまも色々とお忙しいんで無理のないよう調整してるみたいですけどね、要は行く先々で老若男女、みんながハイテンションで出迎えてお祭り状態らしく……」

 

そこまで盛り上がっているとは思っていなかったキリトが思わず片頬をひくつかせた。

 

「そ、それはまた随分大事になってるんだな。……でもアスリューシナは毎回嬉しそうに報告をしてくれるが……」

「そうなんです。護衛隊の話によると、城に戻るまで疲れた顔一つ見せずに笑顔で対応しているらしく、その姿に隊員達の心も鷲づかんでるようですから」

 

その後、こっそりと「お慕い申し上げる会の会員が増えましたしね」と呟いている。

妻の視察先での様子を聞いたキリトは少しじれったそうに話を戻した。

 

「で、それとアスリューシナを抱き上げる事がどう繋がってくるんだ?」

「ですから、本日、王太子妃様が視察に来られるのを待ちきれない王都の悪ガキ……いえ、子供達数名が、視察順路の途中にある『風の時計塔』の展望回廊に守番の目を盗んで登ったんです」

「『風の時計塔』の展望回廊?……確かあそこは今、柵の改修工事中じゃなかったか?」

「おっしゃるとおりで。全面、柵を取り外しているので立入禁止になってます」

「おいっ」

「ご心配なく。すぐさま守番と王都の警備隊に見つかって塔から下ろされました」

「なら……」

「全員下りたと思ったんですけどね……先に登った悪ガキ……あ……ああっ、もう悪ガキでいいですか?、いいですよね。悪ガキ連中の一人にちっちゃい妹のいるヤツがいまして、その妹が兄貴を追いかけて同じく展望回廊に登っちゃってたんです。それに気づかなかった兄は妹を置いて仲間の悪ガキ連中と一緒に下まで追い立てられ、残された妹はあまりの高さに回廊に座り込み、ちょうどその下を視察に訪れた王太子妃様が偶然にもその子を見つけて……」

 

そこまでトントン、と説明をしていたササシャウルの目の前にキリトの手の平が現れた。

 

「わかった」

「……わかりました?」

「妹の方は無事に下りたんだろうな?」

「ご心配なく、アスリューシナ様が傍らに寄り添って笑いかければ恐怖の震えもピタリと止んで、ほっぺた真っ赤にしてすぐさま警備隊に抱きかかえられ……」

「そこでようやくアスリューシナは自分の居場所を自覚したというわけか」

「なんですよねぇ。もともと展望用の場所なので座り込んでいらっしゃる今現在、差し迫った危険はないですけど、どうもあの高さで竦んでしまわれたようで、いちを護衛隊の連中が手を差し伸べたのですが、しゃがみ込んだまま『平気です』と震えるお声でおっしゃるばかりで……そうこうしているうちに事態が時計塔を取り囲んでいた民衆にもバレまして、腰の曲がったじいさんまで『わしがお助けするっ』と息巻くし……大騒ぎになってます」

 

ササシャウルに突き出した手の平をキリトはそのまま自分の額にあて深く息を吐き出した。

どうしてこうも彼女は高所に登りたがるのだろうか……そして下りられなくなるというお決まりのパターンだ。

しかしそんな時に彼女に手を伸ばすのは自分以外許せるはずもなく……。

キリトが素早く立ち上がると、いつの間にか傍に控えていた従者がスッ、と上着を広げる。無駄のない動きで外出の身支度を調えながらキリトはササシャウルとの会話を続けた。

 

「それでアスリューシナを抱き上げて移動させるしかなくなり、オレに許可を求めに来たってわけか」

「はい、誰が抱き上げるか、これまた護衛隊の中でも激論が交わされている最中に、時計塔を取り囲んでいた民衆達から『勝手に王太子妃様を抱き上げたら首が飛ぶんじゃないのかい?』『王太子様ならやりかねないかもねぇ』と、そりぁもう的確なアドバイスが投げかけられまして」

 

首が飛ぶ……言葉の綾なのか物理的な状態を指すのかは言及しない方針で一瞬にして護衛隊は口をつぐんだ。王太子の王太子妃への溺愛ぶりは城内のみならず王都内はもちろん、国内中に知れ渡っている。

 

「それで交渉術に長けたお前が使いに出されたのか……懸命な判断だが、こればかりは交渉の席に着く気さえないぞ」

「でしょうね……一縷の望みをかけて、いちをその場にいた連中の中で可能性があるなら、で俺が選ばれただけでハナから交渉が成立するなんて期待しちゃいませんよ。要は俺に殿下を呼んで来いって言うのが本当のところでしょう」

 

そう言ってからササシャウルは苦笑いを浮かべて「最初からそれ言っちゃったら護衛隊の面目丸つぶれですからね」と言えば「確かにな」とキリトが同意を口にした。

そもそもササシャウルが言うところの悪ガキ連中の妹を守番なり警備隊なりが見つけて速やかに保護すれば事はこれほど大事にならずに済んだのだ。更に言うならなぜアスナが展望回廊へ辿り着く前に護衛隊が何とかしなかったのか……王都の警備隊はもちろん、これは護衛隊も鍛え直しだな、とキリトは心に決めて執務室から出ると「これじゃあ、城に光の穴があく前にオレの胃に穴があきそうだ」と独り言を零しつつササシャウルを置いて駆けだした。

 

 

 

 

 

時計台の下に馬で乗り付けたキリトは恐縮しまくっている護衛隊長の言葉などに耳も貸さず部下を全員回廊から下りるように短く指示を飛ばす。

指示はすぐさま伝達され、登っていくキリトに道を開けた護衛隊員が自分達に向けて放たれている不穏なオーラに冷や汗を流しながら直立不動で王太子を見送った。

立入を拒むロープをくぐり一歩回廊に踏み出すと『風の時計台』の名の通り、下からの突風でコートが煽られる。その風音に負けぬよう「アスナ」と呼びかけると、少し離れた場所に縮こまっていた王太子妃が固くつむった瞼をそろそろと持ち上げ、同時に首をこちらに動かした。

 

「キ……キリト……くん」

 

キリトの姿をヘイゼルの瞳に映した途端、じわじわと涙が湧き出してくる。

十年前と同じく猛烈に庇護欲を刺激されるその表情だけでも護衛隊の連中に見られなかったのは良しとしよう、とキリトは軽く息を吐き出した。

「ほら」と言って手を伸ばす。

またもや「平気」と返してくる事を予想して、次にどう言葉をかけようか、と思案しながらアスナへと近づく……が、その予想を覆しアスナは小刻みに震える両手をゆっくりと伸ばしてきた。

自分の意志で歩み寄っているはずなのに、その両手に引き寄せられるようにアスナの元へ跪いたキリトは縋るように伸ばされた両手を掴むことなく両腕ごとその華奢な身体を抱きしめる。今度こそ唯一自分に向けられた彼女を受け止め、決して離すまいとキリトは満面の笑みでアスナを包み込んだ。

途端に地上から歓声とも悲鳴ともとれる多くの叫声が時計塔の上をめがけて飛んでくる。それらの勢いに何事かと肩を震わせてアスナだったが、キリトとの体制を認識すると、小さく「あっ」と声をあげて安堵の表情が一転、羞恥へと変わった。それでも自分をしっかりと抱き寄せてくれている腕を押しのける事が出来ず、困ったように視線を上げればどこか愉しげな黒い双眸に辿り着く。

 

「民衆の期待には応えないとな」

 

言うなりアスナの頬に唇を押し付けると、一段と下からの叫声が高く、大きくなった。

驚きも通り越してフニャフニャと言葉も出てこない唇だけを動かしているアスナに対し、「もしかして、口づけの方がよかったのか?」と悪戯めいた笑顔で問いかけてくるキリトが回していた腕に更に力を込める。

 

「ほら、一緒に……立つぞ」

 

そうアスナの耳元で囁けば、何を勘違いしたのか地上から再び叫声があがった。

どうにかキリトの腕に捕まりながら腰を上げたアスナを見て、次はその手を引いて塔の中へ移動しようと彼女の背中に回していた腕を外そうとすると、立ち上がった事で視界が開けたアスナが再び震える手でキリトの腕を掴む

 

「は……離さない……でね」

 

その言葉を受けて、展望台の上で改めてアスナに向き合ったキリトがそれまでの笑みを消してヘイゼルの瞳を覗き込んだ。射貫くように見つめられたアスナも緊張や恐怖感より違う感情に心が支配されて、いつしか下から噴き上げてくる風も人々の声も届かなくなっている。

キリトがゆっくりと一歩、アスナへと足を踏み出し、顔を近づけた。

 

「ああ、誓っただろ。もう離さないよ、ずっと一緒にいる」

 

そして今度こそ、その桜色の唇へと優しく重ねたのだった。




最後までお読みいただき、有り難うございました。
ご本家さまの映画化を祝っての短期集中連載という事で、公開日までの
投稿予定でしたが、なぜかズルズルと公開日を過ぎても投稿し続け、結局
一ヶ月もお付き合いいただいてしまいましたが、いかがでしたでしょうか?
劇場版への期待と共に、更にワクワクを増やして楽しんでいただけたのなら、
こんなに嬉しいことはありません。
では、ガヤムマイツェン王国で末永い二人の幸せを願いながら……
(このあと完結を記念して「打ち上げ」を「活動報告」で行いたいと思います)
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