王子と姫と白い仔猫   作:ほしな まつり

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劇場版SAO『オーディナル・スケール』Ble-ray & DVD 発売を記念しまして
【番外編】をお届けします。
舞台はキリトゥルムライン王太子の元へアスリューシナ姫が嫁いできて
一年近くが経った頃のガヤムマイツェン王城内です。


王子と姫と白い仔猫【番外編】

ガヤムマイツェン王国の王太子妃であるアスリューシナことアスナの私室の居間で微かに言い争うような声が扉のこちら側、寝室にまで漏れ聞こえてくる。

途切れ途切れに届く会話の中、王太子妃付きの筆頭侍女ルルーラが少々苛立ちを含めて「王太子殿下っ」と声を飛ばすと、その声を振り切るようにノックの音も省いて王太子妃の寝室の扉が勢いよく開いた。

 

「アスナッ」

 

寝室の中にその主を求める声が飛び込んでくる。

この国で唯一、アスリューシナを「アスナ」と呼ぶガヤムマイツェン王国王太子であり、アスナの伴侶であるキリトゥルムライン……キリトだ。広大な国土を統治している王族の一人として、次代の国王として、はるか遠地の国境付近まで視察に出ていたキリトは、旅仕様の姿のまま帰城したその足で最愛の妻が休んでいる彼女の寝室へ乗り込んできたらしい。

城を留守にしていた半月の間、馬車を使わず常に騎乗で移動を続け一刻も無駄にせず公務をこなしてきたのだろう、どう贔屓目に見ても寝室を訪れる前に浴室に押し込みたい状態の王太子の後ろを未だ尖った声で「そのような格好でアスリューシナ様の寝室に入られては困りますっ」と言いつつ付き従ってきたルルーラは「せめてマントだけでもお外し下さいっ」と更に声を張り上げた。

アスナの元へと一直線に突き進んでいたキリトは、そこでようやく自らの格好を自覚したのか、ピタリ、と足を止め、徐に目線を下げてマントの汚れを視界に入れると、カチャリ、と金具をはずしてその場でマントを脱ぎ捨て、少々身軽になったせいか更に足早に妻が横になっているベッドへと向かう。

マントが脱ぎ落とされた場所でルルーラが「殿下っ」と叱責の声を上げながらそれを拾い上げるが、それに気を止めることなくもう一度呼び寄せるように「アスナ」と目の前まで距離を縮めた彼女の名を口にすれば、ベッドで大量のクッションに上半身を預けていたアスナが柔らかな笑みを浮かべて「キリトゥルムラインさま」と答えた。

続いてベッドから起き上がろうと身体をよじると、すかさず「そのままで構わない」とキリトの手が妻を制する。

それでもクッションから身を起こしたアスナは豊かな栗色の長い髪をサラリ、と揺らして「お帰りなさいませ、キリトゥルムライン王太子殿下。お出迎えも出来ず、申し訳ありません」と頭を下げようとすれば、その動作を遮るようにキリトがベッドに腰掛け、アスナを腕の中に包み込んだ。

 

「そんな言葉はいらない。半月ぶりなんだぞ、いつもの様に呼んで欲しい」

 

請われた言葉をアスナは腕の中で小さく贈る。

 

「おかえりなさい、キリトくん。お疲れさま」

「ただいま、アスナ……身体の調子はどうだ?…………痩せたな。まだ食べられないのか?」

 

指摘された通り、半月前、夫が城から離れた時より更に細くなってしまった自分の腕を彼の背中に回しながら「うん」と肯定したアスナは「でも、大丈夫だよ。順調だから」と安心させるように、とんとん、と抱きついた手でキリトを軽く叩いた。

少し身体を離して妻の顔色を確かめてから、覗き込むようにして自らの額で彼女の熱を測り終えるとアスナがせがむように頬をすり寄せてくる。

妻が甘える仕草ですんすん、と鼻を鳴らした所で自分の汚れっぷりを思い出したキリトはぼそり、と呟いた。

 

「あ、ごめん、アスナ。オレの臭いで気分が悪くなるかも……」

 

するとすかさずアスナは否定を表すと同時に久々の夫との抱擁を深める為、密着させていた頬を更にふにふにと擦り合わせる。

 

「うううん、大丈夫。こうしてるとキリトくんの匂いだなっ、て安心するの」

「オレの臭いって砂埃や土煙の臭いなのか?」

「違うよ。お日様の下で草むらに横になってお昼寝したくなっちゃうような匂い」

「……オレなんかよりアスナの方がよっぽどいい匂いだけどな」

 

そうやって互いに目を瞑って抱き合いながら相手の存在を全身で感じ取っていた時だ、ごほんっ、とわざとらしい咳払いが寝室内に響いた。

小さく溜め息をついたキリトがゆっくりと瞼を押し上げ、離れがたくもアスナを閉じ込めていた腕の力を弱めて振り返る。そして「空気を読んでくれ」と不満げな視線を伸ばした先にはアスナのベッドの脇にセッティングされたテーブルセットに腰掛けている三人の女性の姿があった。

 

「ほんっと、相変わらずねアンタ達はっ」

「そうなんですよ。アスリューシナ義姉様がお輿入れしてきてから、兄様の執着っぷりはずっと変わらずで」

「要は成長してないってことね」

 

扉が開いてから一連の様子をただ黙って見ていた三人にも我慢の限界がきたようで、ぽんぽん、と遠慮の無い言葉をキリトに浴びせ始める。

それに応じるようにキリトは一人一人を順々に睨み返した。

 

「リズ……今はアスナの体調が落ち着くまで誰も面会を取り次がないよう言っておいたはずだが、なんでここにいるんだ」

 

その疑問に答えたのは寝室の戸口付近まで下がって控えていたルルーラだった。

 

「それは妃殿下がお望みになったからでございます。両陛下のお許しも得ており、ずっと寝室に籠もりっきりのアスリューシナ様の気分転換になれば、との事でこざいます」

 

その言葉を証明するかのようにアスナがこくこくと頷く。

ならば、とキリトはリズの隣でクッキーを頬張っている自分と同じ漆黒の髪を持つ女性に不可解さを込めた視線を送った。

 

「なら、なんでお前はここで午後のお茶をしてるんだ?、リーファ」

「えー?、妹が姉の体調を心配するのは当たり前でしょ?、義姉様の傍にいられない兄様の代わりだもん」

 

そう言いながらテーブル中央に置いてあるクッキーに手を伸ばす妹の姿を見て、キリトは諦めたように視線を次へと移す。

 

「この部屋に来るまでに確認したけど、今日のアスナへの面会希望者はリズベット一人のはずだ。どうやってここまで辿り着いた?、シノン」

 

ちゃっかりとシノンの目の前にもティーセットが給仕されているところを見ると今日が初犯ではないのだろう。自国の王城内の、しかも自分の妻の筆頭侍女との間に知らないうちに随分と良好な親密関係を築いていたと思われる隣国の魔術士にキリトは少々語気を強めて問いかけた。

しかし、そんな棘の先端が顔を出している口調に頓着も見せずシノンは香り高い紅茶を一口含んでから何でも無い事のように哀れみの眼でこの国の王太子に顔を向ける。

 

「どうやってって?、普通に、魔術でよ」

 

その返答にキリトは片手に自分の額に乗せ、肩を落とした。

 

「悪いがこの国で魔術は全然普通じゃないからな…………まさか、アスナに何かあって呼ばれたのかっ?」

 

途端に表情が一変する。

自分の留守中、出来るだけ頼れる者を多くと望んだキリトは妻の侍女達や部屋の外に配置している護衛の従者の他にも、アスナには身近な人間で対処できない場合はシノンを呼んで構わないと伝えていた。

一瞬で不吉な想像を膨らませたキリトは急いでアスナに振り返るが、それを柔らかい笑顔が否定する。と同時に初めて会った時から変わらない淡々とした声がキリトの耳に無遠慮に侵入してきた。

 

「今日は届け物があったからこの部屋に来ただけ。そうしたら偶然ここでリズと鉢合わせしたの」

 

それは、つまり、アスナの祖国であるユークリネ王国から直接ガヤムマイツェン王城内の王太子妃の寝室に勝手にやって来たという意味なのか?、という驚きと呆れが入り交じった顔でかの王国の筆頭魔術士を見ていると、落ち着きを取り戻したキリトに一ヶ月ほど前の記憶が蘇ってくる。

 

「ちょうどいい、シノン、聞きたいことがあったんだ。先月、オレが隣国から夜中に帰って来た時、アスナの寝室に入ろうとしたらなぜか扉の前で弾かれたんだが……」

 

その意味を薄々感じ取ってはいるが、確認せずにはいられないと言った顔のキリトに向かって、涼しげな表情のままシノンは正解を口にした。

 

「でしょうね。だってアスナが寝室に一人の時は、怪しい人間は入れないようにしてくれ、って頼んできたのはキリトですもの」

 

やっぱりか、とキリトのこめかみが痙攣を始める。

確かに以前、ユークリネ王国の城に施したのと同じよう、夜、自分が妻と一緒にいられない時は安全の為に寝室全体に魔術をかけて欲しいと頼んだが……なぜオレが弾かれるっ、と視線で訴えると稀代の魔術士は当然といった面持ちで言葉を紡いだ。

 

「術が発動するくらいアスナが安全でいられない思いをキリトが抱いていたってことよ」

 

あの時の己の心境について、そういう言い方で表現されるほどには彼女を求めていた自覚はあったので途端に吊り上げていた眉尻を下げたキリは口ごもった後に視線を床に落として「……隣国の往復に十日もかかったんだぞ……」とか「……折角夜中も馬を飛ばして帰ってきたんだ……一刻も早く会いたいだろ……」などと、誰に聞かせるわけでもない胸の内を漏らしている。

小声であるにも関わらず、戸口付近のルルーラにまでしっかりと届いてしまった言葉に、筆頭侍女はこれ見よがしの溜め息をついた。

 

「全く、王太子妃殿下へのご寵愛は喜ばしい事ですが、いかんせん度が過ぎます。こちらに嫁がれてまだ一年も経っておりませんからアスリューシナ様もまだまだ不慣れな環境なのですよ。王太子妃としてのお勤めだけでも大変ですのに、早々にご懐妊とは……ですから散々、王太子妃様のご負担をお考え下さいっ、と殿下には進言してきたのですが、全く聞き入れていただけず、もしかして殿下はお耳がお悪いのかと医師団の手配を考えたくらいですっ」

 

王太子妃の筆頭侍女としては婚姻の儀の翌日からアスナの着替えを手伝う度にキリトからの寵愛の印を毎日見続けてきた身だ、毎夜、彼からの深く熱い想いをその細い身体で受け入れつつ日中は公務に励む姿を目にしているルルーラとしてはとにかくその体調が心配でならなかった。幸いにも、と言うか、当然の結果と言うべきか、王太子妃が色々な意味での激務に倒れる前に懐妊したわけだが……確かにアスナを娶ってから、このルルーラには常々苦言を呈されてきたのでキリトとしては耳が痛い。

それでもここは王太子としての威厳を保たねば、と殊更感情を抑えた声で静かに「ルルーラ」と呼びかける。

 

「オレはこの国の王太子だし、何よりアスリューシナの夫だよな」

 

そのオレに対する忌憚のない物言いはもう少し控えてくれてもいいんじゃないのか?、と続けようとすれば、先んじてルルーラが当然とばかりに頷いた。

 

「承知致しております。ですが、私がアスリューシナ様の筆頭侍女の任を賜った時、殿下はおっしゃいました。何よりも妃殿下の身を優先せよ、と。それはいついかなる場合でも例外はなく、国王夫妻や王太子である自分よりも妃殿下を第一に考えて欲しい、と」

 

アスナには聞かせたくなかった自分の言葉にキリトは気まずそうに頬をかく。案の定、身体を寄せていた王太子妃が、つんつん、と王太子の袖を引っ張った。袖を掴んでいるアスナの手の上に自分の手を重ね、今の話は二人きりの時に、の意味を込めて握ってやれば、気持ちが通じたらしく彼女の手が大人しくなる。

ひとまずアスナへの弁明は後回しにして、キリトは王太子妃の筆頭侍女の説得を試みた。

 

「それは有事の際を示したわけで、普段はそこまでじゃなくても……」

「いいえっ、私はお役目だけで申し上げているのではございません。アスリューシナ様のお側でお仕えするようになって、妃殿下が『ユークリネ王国の掌中の珠』と言われるほど国の民に愛されている意味を身を以て得心したのです。我が国に嫁ぎ、健やかにお過ごしいただかなくてはユークリネ王国国民の皆様にも申し訳が立ちませんっ」

「んな、大げさな……」

 

うっかりと口を突いて出てしまった不用意で軽い物言いにルルーラの眉が更につり上がる。

 

「とにかくですっ、只今アスリューシナ様はご懐妊中であり、ようやく安定期に入ったばかりでございます。ご自分が寂しいからと伏せっている妃殿下に我が儘をおっしゃるのは我慢していただかなくてはっ」

 

大げさでも見間違いでもなく、最後にはルルーラの瞳がキラリーンッと光った……その光線が真っ直ぐに両目に刺さったキリトが眩しさのあまり下を向いて「アスナの侍女達を選定する時、かなり広く深く親類縁者を調べたはずだけど、もしかしてサタラの親戚筋なのか?」とボソボソと呟いていると、自分の服の袖をつかんでいたはずのアスナの手がぱたり、と離れた。

キリトが慌てて振り返ると、ぽふんっ、と大量のクッションに身を沈めたアスナが肺の中の空気を全て吐き出すようにゆっくりと深く呼吸をしている。

 

「ごめんね、横になってもいい?」

 

キリトの支えがなくては身を起こしているのも辛かったのだろう、気づかず無理をさせていたのかとキリトの顔が苦しげに歪むと、今度はシーツの上にある彼の手に自分のそれを重ねてアスナは微苦笑を浮かべた。

その隙にパッとシノンが立ち上がり、ローブの中から小さな紙の袋を取りだしてアスナの枕元にやってくる。

 

「アスナ、これ、あまり食べられない時、飲んで。滋養の薬だから母体にも胎児にも悪い影響、ないから」

「うん、有り難う、シノのん」

「それと、今日持って来たパジャマ、ルルーラさんに預けておいた。お腹がゆったりしてるやつ。それと、今、王都の皆は産着縫ってる」

 

アスナの代わりにシノンから紙袋を受け取ったキリトは、飛び出てきたシノンの言葉に大きく口を開けた。

 

「なっ、なっ、なんで、うちの国民にも公表してないアスナの妊娠をユークリネの国民が知ってるんだっ」

「こっちにしてみれば、なんで公表してないの?、って感じなんだけど」

 

じとっ、とキリトを見つめるリズは続けて呆れ声をシノンに移す。

 

「あとシノン、ナイトドレスだからっ、パジャマって言わないっ」

 

リズからの勢いのある忠告もシノンはそよ風のごとくかわして「パジャマって言われたもの」と責任を転嫁させていた。

相変わらずの二人のやりとりを微笑ましく見ていたアスナがもう一度「有り難う」とシノンに告げ、「ユークリネの皆にも御礼、伝えてね」と頼めばほんの僅か口元を綻ばせたシノンが無言で頷く。

アスナだけに対するシノンの変わらずの態度を、やれやれと言った風でありながらも嬉しそうに見てからリズはこの国の王太子に少し怒ったように唇を尖らせた。

 

「アスナの妊娠をガヤムマイツェンの国民が知らないのはなんでなの?」

「ったく、こっちは必死で隠してるっていうのに……どこから漏れた……誰に聞いたんだ?、リズ」

 

急に真剣な顔つきとなったキリトの気迫に押され、不機嫌な表情を崩したリズは眉間に皺を寄せ、目を閉じてしばらくウンウンと唸ると、ゆっくりと口を開く。

 

「……確か……情報の出所は……シリカあたりだったかなぁ……」

「シリカ?!……シリカって、あの竜使いでアスナの侍女だった?」

「そう……アスナの妊娠話が王都で広まったのはもう三ヶ月以上前で……」

「ちょ、ちょっと待て、そんなに早く? オレが知るより早いんじゃ……」

「そうなの?……でも多分、時期はそのくらいのはずよ」

 

そこまで黙って話を聞いていたアスナが「あっ」と小さく声を上げた。

 

「アスナ?」

 

更に具合が悪くなったのかと、キリトが急いで顔を近づけると、困ったように笑うアスナが「もしかしたら」と戸惑いがちに自分の推測を口にする。

 

「数ヶ月程前、最後にランベントライトに会った時、しきりと私の身体の匂いを嗅ぐように鼻を寄せてきたから、どうしたのかな?って思ってたんだけど……」

 

そこでシノンとリズが納得したように同時に頷いた。

 

「龍は聡いから。アスナが気づく前に、新たな命が宿ってる事、気づいたかも」

「なるほどね、それでシリカの家からその情報が発信されたんだわ」

 

アスナがガヤムマイツェン王国に嫁いできてもこっそりと新月の闇に紛れてユークリネ王国からアスナを尋ねてきた光龍について、最初は驚きと緊張で全身を強張らせて対面したキリトだったが、アスナを慕う純粋な瞳と嬉しそうに彼女にすり寄る姿に警戒を解き、ガヤムマイツェンの城を訪れるのは闇夜の晩だけと約束させて密会を許可したのだ。

しかし、その密会がユークリネ王国に懐妊を知らしめる発端だったとは……とキリトが項垂れると、リズが片手をパタパタと振って「あー……、まあ、大丈夫よ」と慰めの言葉をかける。

 

「多分、その辺の経緯は国王様も当たりを付けてたみたで、すぐに他国の者に対する箝口令をしいたから」

 

そのあたり、ユークリネ王国のみんなは口が固いのだと言うリズの言葉に、未だ龍や魔術士の存在に気づかれず安穏とした生活を続けているかの国を思えば信用せざるを得ない。

しかし「その代わり、国内では皆、うっきうきではしゃいでるけどね」と内情を知らされると、数ヶ月後に誕生するだろう我が子には一体何枚の産着が届けられるのか、と有り難い反面、自然と片頬がひくつく。そんなキリトの表情から心の内を読み取ったのか、リズは心得たように片目を瞑った。

 

「それにアスナの懐妊が発表されれば、きっとガヤムマイツェン国内はもちろん国外からもお祝いは山のように届くでしょ?、出産すればしたで同様だろうし、きっと祖国であるユークリネ王国の上質な生地で出来た商品を買い求めてくれる高貴なお客さんが大勢いると思って、今、作ってるのは贈答用の産着よ。王都のおばちゃん達は『どうせすぐに着れなくなるんだから』って、月齢に合わせた服も作り始めてるから、多分、出産祝いはそっちをシノンが届けるわ」

 

リズの商魂たくましい話を聞いて、キリトゥルムラインは目眩を覚える。ユークリネ王国の布製品の販売を取り仕切っているリズはガヤムマイツェン王国の王太子妃の懐妊・出産に際して国内外から贈られる祝いの品の注文に対応するため産着等の生産を進めているらしい。どういう経緯にしろ、アスリューシナの手元に届くのならユークリネの国民達は気合いを入れて縫うだろう。

「お祝いも出来るし、国民の収入にもなるし、一石二鳥ね」と胸を張る妻の親友に、かける言葉もみつからないキリトは、こっそりとアスナを振り返った。

幼い頃から友として傍にいてくれた彼女の本質は熟知しているのか、アスナもキリトの物言いたげな視線を微笑で受け止めるだけだ。そこに、少しじれったそうな声でリズがキリトに問いかける。

 

「だから、こっちも色々と都合があるの。いつになったら公表するのよ、キリト」

「アスナの体調がもう少し落ち着くまではダメだ。オレとしては可能な限り引き伸ばしたいと思ってる」

 

キリトの笑顔を消した返答にベッドに身を任せているアスナが眉尻を落とした。

 

「そうもいかないよ。ここ一ヶ月、体調を崩してますって寝室から出ずにいるけど、そろそろ限界でしょ?、皆さん、心配して下さってるみたいだし」

「アスナは自分の身体の事だけ考えてればいいから」

「キリトくんはいつもそう言ってくれるけど、私だって外の空気、吸いたいし、身体も適度に動かさないと……」

 

言葉を遮るようにベッドの上の彼女の手を両手で包み込むと、それに答えるように軽く頭を左右に振ってからアスナがふわり、と微笑んだ。

 

「大丈夫だよ、キリトくん。お部屋から出る時はちゃんと皆に付いて来てもらうから」

 

すっ、と視線をキリトの後ろに移せば、部屋の隅に控えているルルーラがアスナの信頼を受けるとように深々と頭を下げる。アスナを第一と心得ている筆頭侍女の頼もしささえ漂う姿に、振り返ったキリトもゆっくりと頷くと再び妻に視線を合わせた。

 

「まあ、オレも今回の視察を最後に関係各所には長期で城を空ける政務は入れないよう、あいつに交渉させたけど」

「なら心配ないでしょ?」

「うーん……」

 

事情も分からず煮え切らない態度にリズが痺れを切らす。

 

「さっきからキリトは何を心配してるわけ?」

 

その言葉にテーブルの面々を見れば、三人共一様に意味がわからない、といった表情で眉間に皺を寄せていた。リズやシノンは仕方ないとして、我が国の王女であるリーファもなのか!?、とキリトが瞠目していると、その反応に気づいたアスナがクスリ、と笑って「リーファちゃんは大事にされてるからね」と微笑む。

軽く溜め息をついた王太子が「それにしても、だ」と自分の妹姫の脳天気な疑問顔を沈痛な面持ちで見返してから事の説明を始めた。

 

「ユークリネ王国には貴族が存在しないからわかりにくいだろうけど、王族の一夫多妻制を施行している国だと王、ないし王子は外政の面から他国の王女を娶り、内政の面から自国の貴族の令嬢を娶る事が通例で……けど、オレは王太子になる授位式で妃はアスナ一人だと宣誓しているから、そんな事情もあってアスナをこの国に迎え入れる時は貴族達の反発も結構あったんだ。でも国の行く末を憂いての者達はアスナ本人を知って好意的な意見に替わったからいいんだけど……ほんのごく少数、自分の血族を王族に入れたがっている一部の貴族達が未だ存在しててさ、時間をかけて大掛かりな事を企むより短期決戦を狙って直接的な行動を起こさないとも限らない。今はこっちも色々と情報を集めている時だから、ここでアスナの懐妊が知られると思い切った暴挙につながるかもしれないだろ」

「それって……つまり……」

 

聞きたくない続きを予期したようにリズがひくり、と片方の口を歪めると、アスナがさらり、と答えを披露する。

 

「次の王位継承者候補がこの世に誕生する前に私と一緒に排除して、たった一人と決めているキリトくんの隣に新しいお妃さまを迎えさせようってことだよね」

「ったく、オレは妃を一人と決めてるわけじゃなくて、妃はアスナ一人だと決めてるって事がわかっていないバカ共だな」

 

うんざりと澱んだ瞳に向け、同じ漆黒の瞳を持つ姫が「貴族、こわっ」と素直な感想を漏らすと、その言葉に脱力した兄が妹に現実を突きつけた。

 

「お前も国内の貴族に降嫁するつもりなんだろ。だったらもう少し貴族社会でうまく渉っていけるよう知識を蓄えないとダメだぞ。それとも親父の判断でどこかの国に嫁ぐか?」

 

なぜか自分の嫁ぎ先問題に飛び火したリーファはあたふたとしながらも最後は小声で「えっと……降嫁の方向で……」と願いを零す。その義妹の朱に染まった頬を見ながらアスナは口元を綻ばせ、義妹の胸の内を代弁してから爆弾を投下した。

 

「ふふっ、リーファちゃんにはもう心に決めたお相手がいらっしゃるものね。でもね、キリトくん、だったら逆にわざとその問題の貴族さん達に私を襲ってもらえば手っ取り早いんじゃないかな?」

 

その発案にキリトはこれでもか、という程鋭い視線でアスナを睨み付ける。

 

「絶対、却下だ」

「またアンタはバカな事を……」

「アスナ、時々おばかさん」

「アスリューシナ義姉様、兄様の胃に穴が空くからやめて下さい」

 

ルルーラからもギリギリと痛いほどの視線を受け、アスナはベッドの中で身を縮ませた。その場にいる全員から強烈な制止の言葉と視線をもらい居心地の悪さで身体がギュッと圧縮されたような気持ちになった時だ、寝室の扉をノックする音が突き刺さるような空気を割り響いた。すぐさま近くにいたルルーラが扉を開け、外側に居た侍女が差し出したトレイを受け取る。トレイの上の小皿の中身に見当がついていたのかキリトが「こっちに持って来てくれ」と言えば、ルルーラが落ち着き払った動作で運んで来た。小皿の中身が気になる三人がテーブルから離れてアスナの傍までやって来る。

いち早く正体に気づいたリズが「あらっ」と驚きの中にも楽しそうな声を上げた。

その声を聞いて「リズも覚えてたか」と呟くキリトも嬉しそうで、目線の位置が低いアスナだけが未だ小皿の中身が見えずにいる。

添えられていたフォークで目当ての物を刺すとキリトは「城に帰ってくる途中で取ってきたんだ」と説明しながら、アスナの目の前にその正体を近づけた。

 

「イ……チゴ?…………キリトくん、これ…………イチゴ!」

 

目が寄りそうなほど近くにある真っ赤な果実とキリトを交互に見ながら、興奮したアスナが頬を紅潮させて幼い頃に離宮で食べた以来の思い出深い果物の名を口にする。その笑顔を満足げに見つめるキリトはアスナの口元までヘタの取ってあるイチゴを持って行くと、ツンツンと懐かしい仕草で妻の唇をつついた。

照れも戸惑いも忘れてぱくり、とアスナの口がイチゴを迎え入れる。

ゆっくりと味わうように咀嚼していくうちに頬が緩み、こくんっ、と飲み込めば目が弧を描いて「甘くて美味しい」と言葉が口をついて出てきた。

 

「有り難うっ、キリトくん。わざわざ取ってきてくれたの?」

「まあ、帰路の途中になっている場所があったからさ、アスナ、これなら食べられるかと思って」

 

そこへ王太子の後ろに控えていたルルーラが安心したように「よろしゅうございました」と笑顔になる。

 

「今日は朝からなにもお召し上がりになれず、心配しておりましたので……」

 

その言葉にリーファだけが「なにもっ!?」と驚声をあげるが、シノンは片方の眉をピクツ、と動かすだけ。リズとキリトにいたっては、またか、と遠い目をした。

 

「ほら、アスナ。もう一つ、食べられるか?」

「うんっ」

 

新たにフォークに刺さったイチゴを頬張って嬉しそうにもぐもぐと口を動かしているアスナをこの部屋にいる全員が暖かい眼差しで見守っている。中でも彼女の隣を当然の如く自分の居場所と決め、世話を焼くキリトの笑顔は穏やかで底なしに柔らかかった。

 

 

 

 

 

アスナの私室でのお茶会がお開きとなり、リーファは自分の私室へ、リズベットは最後の最後までシノンに「魔術で城下の宿屋まで送ってよ」と頼んでいたが正式な手続きをふんで入城した為、きちんと退城も記録せねばならず、泣く泣くそのまま親友の部屋を後にする。シノンは「また来るわ」と一言告げると一瞬で姿を消し、キリトとアスナの苦笑を誘った。

その後、軽く汗と汚れを落としたキリトがアスナに請われて彼女の私室で今回の視察の成果を語りながら晩餐を取り終えると、徐に立ち上がり、横になっている妻の枕元へと移動する。

腰を屈め、栗色の髪を整えるように撫でながら問いかけた。

 

「アスナは食事、いいのか?」

「うん、さっきイチゴ食べたから。あれで十分」

「食べたって言っても三個だろ。そんなに食欲がなくて身体が大丈夫なのか心配になるけど……」

「いつものことなのですよ、殿下」

 

食器の片付けを他の侍女に任せたルルーラが少し困ったような笑みを浮かべ二人の会話に割って入る。何を言わんとしているのかを悟ったアスナが素早く「ルルーラっ」と発言を留まらせようとするが、それよりも先にキリトが「いつも?」と筆頭侍女の言葉を繰り返した。

 

「はい、今回に限った事ではなく、妃殿下は殿下が城を空けられますと一週間を過ぎたあたりから食欲がぱたり、と落ちてしまわれるのです。まあ空元気が一週間しか持たない、とも言えますが……。なので原因は悪阻だけではございませんから、殿下がお戻りになられたので明日からはまた少しずつお召し上がりいただけるでしょう」

 

にわかには信じられず、アスナに確かめようと振り返ると当の王太子妃は両手でシーツを引っ張り上げ、目元までを覆い隠している。僅かに覗く目元から額まではほんのりと赤みを帯び、瞳には羞恥の涙が溜まっていた。

言葉で問わずともルルーラの話が事実であると確信してしまったキリトは堪らずに、クッと笑いを漏らすと一層アスナに顔を近づけて涙を唇で吸い取ってから「アスナ」と優しく声をかける。

 

「気分はどうだ?、吐き気は?」

「……大丈夫。最近、吐き気はおさまってきたから。お風呂に入ると気分もスッキリするし……」

「なら、風呂から上がったらこっちの寝室に来て。今夜は一緒に寝てくれるだろ?」

 

キリトが王太子としての政務で城を留守にしている時はもちろんだが、城内にいても激務でなかなか寝室に戻れない夜は広い夫婦の寝室を使うより落ち着くだろう、とアスナの私室には居間の隣に彼女用の寝室が用意されていた。今日まではいつ戻ると知れないキリトを待つ間、私室の寝室を使っていたのだが……さすがに数刻前に城に戻ったばかりのキリトは疲れているだろう、と、アスナは隠していた顔をそうっ、と出す。

 

「でも……キリトくん、疲れてるでしょ?、一人でゆっくり休んだ方が……」

「アスナと一緒の方が安心して休めるんだよ」

 

こめかみから耳元にかけてゆっくりと髪を梳かれ、漆黒の瞳に覗き込まれて「この半月、一緒にいられなくてずっと心配ばかりしてたし、あのベッドに一人なんて逆に落ち着かない」と言われれば、嬉しさに目を細めて頷くしかない。「待ってるから」と念を押されて寝室から出て行ったキリトを見送ったアスナは少しふらつく身体を起こして湯浴みをしようと、立ち上がる為に筆頭侍女の名を呼んだ。

 

 

 

 

侍女達から丁寧に身体を磨いてもらい、少し温めの湯船にゆったりと浸かった後、シノンが持って来てくれた真新しいナイトドレスに身を包んで夫婦の寝室へと続く扉を開ければ、既にキリトはベッドに腰掛けてなにやら書類に目を通していた。扉の開く音が耳に届くやいなや立ち上がり、待ちかねたように口元を緩ます。

アスナの元へと駆け寄る途中で手にしていた数枚の用紙を無造作にテーブルに放り投げ、空いた両手で妻を抱きしめた。

 

「いいよ、寄りかかって。食が細くなって立っているだけでも危なっかしいとルルーラから聞いた。貧血で突然目眩も起こすからいつもルルーラに手を添えてもらって歩いてるって?」

「うん、でもさっきシノのんが持って来てくれたお薬飲んだし、お風呂も入ったから気分はいいの。ただちょっと身体に力が入らないかなって感じで……」

「そんなんでよく囮になるなんて言い出したな」

「私がもっと王太子妃としてちゃんと貴族の皆さんに認めてもらえていれば起こらない問題だったかも、と思うと……」

 

胸元から聞こえてくる妻の言葉にキリトの顔が険しくなる。

 

「それは違う」

 

ハッキリと言い切ってからキリトは更に華奢になったアスナの身体を抱きしめた。

 

「オレの元に嫁いできて一年も経ってないのに親父達やリーファを始め城中の皆がアスナを心から受け入れてる。国民はもちろん、貴族連中からだってその大半の支持を得てるんだぞ。こんな短期間にここまでを成し遂げるなんてアスナにしか出来ない事だよ。反発している一部のバカ共はアスナだから認めていないんじゃない。結局自分達の利になる妃しか認めようとしない輩なんだ」

 

身を屈めて目線を合わせ「だからアスナが気にする必要なんて全くないからな」と全身で伝えてから「だいたい婚儀をかわして一年もしないうちに懐妊なんて、こんな出来た妃はいないだろ」と目を細めれば、ぽわりっ、とアスナの顔が茹で上がる。そんな姿も愛おしくてたまらないと、もう一度腕の中に閉じ込めて湿り気の残る栗色の髪に顔を埋めれば、風呂上がりも手伝って彼女の香りがより一層濃くキリトの鼻を刺激した。

 

「あー……、ふわふわで柔らかくて、それから……アスナの匂いだな」

 

くんくんと鼻を押し付けてくる感触が擽ったいのか、「ひゃっ」と言いながら身をよじる妻を素早く抱き上げてベッドまで移動し、慎重に身重の身体を背中からベッドに着地させる。

 

「顔色は悪くないけど、横になっていた方が楽だろ」

 

そう言ってアスナに先に寝るよう促してから傍を離れようとすると、夜着の裾が何かに引っかかったのか僅かな抵抗を感じて振り返れば、あからさまにしょんぼりとした瞳の妻の手が自分を引き留めていた。

 

「お仕事、あると思うけど……今日くらいは早く寝て、身体を休めた方が……」

 

あくまでキリトの身体を気遣っての言葉であって、決して自分が寂しいわけではないのだ、と言いたいのだろうが、微かに突き出た唇にハの字の眉、そして何より瞳がキリトを強く求め焦がれていて、その色を認めた途端、知らずにこくり、とキリトの喉がなる。

当初の予定では帰城するのは数日先のはずで、ならば今夜くらい初めての懐妊で心細く過ごしていただろう妻の願いを聞き入れてもいいのではないか、と王太子としての責務にしばし休息を与える判断をしたキリトは裾を握りしめている細い指をゆっくりとはずした。

 

「灯りを消してくる。その代わりアスナが誘ったんだからな、しっかり責任とれよ」

 

からかうように言うと「ふぇっ!?」と驚きの表情に転じた顔が見る見るうちにバラ色に染まる。くるりっ、とキリトに背を向け、頬を両手で挟んで唸っているアスナを置いて、キリトは最低限の光量を残して室内の灯りを消していった。

ベッドの上で未だ背中を向けたままのアスナの隣に潜り込み、そうっ、と両手を妻の腰に回して抱え込む。別段、嫌がりも身体を強張らせることもないと確認してから、軽く引き寄せて更に身体を密着させ、キリトはちょうどアスナの肩口にふぅっ、と息を吐いた。

 

「オレが城を空けていた間、何も起こらなくてよかった」

 

腰に回された手にアスナの手が触れる。

 

「うん、皆が守ってくれてたから。それに、私にはお守りがあるし……」

「お守り?」

 

自分の手に触れていたアスナの手が離れ、胸元をごそごそといじっていたかと思うと、少し体勢をこちらに向けた彼女が「これ」と言って見せてくれたのはナイトドレスの襟ぐりから取り出したネックレスチェーンだった。薄明かりの中、目を凝らせば彼女の指がチェーンの先にあるひとつの指輪をつまんでいる。そしてその指輪には闇よりも深い黒い石が輝いていた。

 

「ブラックスター?」

「そう、キリトくんがくれた石。キリトくんと離れていた二年間、ずっと一緒だったから私にとってはお守りなの」

 

それから「嫁いで来る時、指輪にしたんだけど、最近、ちょっとサイズが合わなくなっちゃったから……」と、か細い声が聞こえて……多分、指も細くなってしまったから装着していても抜け落ちてしまうのだろう、それほどに体調を崩しながらもお腹の中の我が子を守り、周囲に明るく振る舞うアスナの折れてしまいそうな程細い身体をキリトは背後からきゅっ、と抱きしめた。

 

「オレが……オレが絶対に守るよ」

「うん、私も、キリトくんの事、守るね」

「んー……それはちょっと休憩だな」

「どうして?」

 

振り返ろうとするアスナの背中を、肩を、強く自分の身体に押し付けて、耳元まで唇を寄せて睦言のように囁く。

 

「今はオレ達の子を守ってもらってるから。オレはこうして子を宿してるアスナごと守るからさ……だから囮なんて考えないで、しばらくは大人しく守られていてほしいんだ……」

 

全てを言い終わるかどうかというタイミングで、はむっ、とアスナの耳に甘噛みをすると色香を含んだ声が「ひゃんっ」と響いた。

 

「やっぱり大人しくさせるなら、ここが一番反応がいいよな」

 

はむはむ、と何度も唇で悪戯をしかけては時折、舌でぺろり、と舐めればアスナの全身がぷるぷると震え始める。「ふえぇっ」と半泣きの状態で見上げてくるはしばみ色の瞳は羞恥と戸惑いだけに見えるが、その奥は熱を帯びていて、それがキリトの双眸を煽った。

 

「具合が悪くなりそうだったら言って、すぐにやめるから」

 

既に荒くなりつつある呼吸のアスナがこくり、と首を縦にふる。その仕草でさらり、と髪が流れ、露わになった細い首にキリトが吸い付いた。「んんっ」と耐えるような鼻声に「アスナ?」と問うが拒絶の言葉はなく、腰に回していた手が徐々にナイトドレスの内側へと侵入する。

 

「無理はさせない。ゆっくりアスナに触れたいんだ」

 

言葉通り、労りさえ感じさせる触れ方で少しずつ少しずつ官能を引き出され、その度に耳元で「ここは?」と問われ続ければ、ついに意識下では何の反応も返せないほど感覚は溶けきって、ドキドキと脈打つ鼓動が自分の物なのか背中に重なっている彼からの物なのかも判別できない。小さな水飛沫ひとつ上げないよう静かに、それでいてゆらりゆらりと翻弄されながらキリトの想いに包まれ、彼の奥底に段々と沈んでいく心地よさに身を委ねてアスナは最後にふわり、と微笑んだ。

翌朝、体調は崩さなかったものの体力を使い果たした王太子妃の久々に安心しきった寝顔を堪能した後、居間で待ち構えていたルルーラにキリトがお小言をもらうはめになったのは当然の結果だろう。




お読みいただき、有り難うございました。
この場をお借りして少し「ウラ話」をしますと、この【番外編】の内容は既に本編連載中に
構想済みだったのですが、予告よりも長くなった本編に続いて更に【番外編】を投稿するのは
どうか?、と思いまして、一回はお蔵入りになったお話です。
それがこうして日の目を見る事となりました……嬉しい限りでございます。
【番外編】オリキャラのガヤムマイツェン王城でのアスナの筆頭侍女ルルーラさんですが
二人が暮らす場所……と言う事でご本家(原作)様のアインクラッド二十二層の主街区名
「コラル」からもじらせていただきました。
さて、本編連載終了から約七ヶ月経ちました……久々の『王子と姫と白い仔猫』いかがでしたで
しょうか?
また、いつか、ひょっこり投稿した時は、是非お立ち寄りください。
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