王子と姫と白い仔猫   作:ほしな まつり

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王子と姫と白い仔猫・7

侍女が開けた扉の向こうに立っていたのは、ここにいる誰よりも幼い少女だった。

青みを含んだ鈍色のショートヘアを両サイドの一房だけゆるく縛って鮮やかな空色のリボンを付けている。

髪色よりも濃い墨色のローブをすっぽりと纏っており、裾からは足首どころか靴しか見えていない。

細い黒縁のメガネをかけた顔をペコリ、と下げてからシノンは臆することなくトコトコとアスナのベッドサイドまでやってくると、木箱を両手で大事そうに抱えたままボソリと呟いた。

 

「アスナ、薬持って来たわ」

 

(ユークリネ王国の国民はみんな王女を呼び捨てなのかよっ)

 

訴えるように睨み付けてくるキリトの視線の意味するところを正確に理解したリズが「あははー」と笑って解説をする。

 

「シノンはね、初めて王宮に来た時、私がアスナを呼ぶ所に居合わせちゃったのよ。だから私と同じように『アスナ』って呼ぶの」

 

その行為を当然といった風でアスナがうんうん、と首を二回、縦に振った。

理由を聞いても、ヒナ鳥の刷り込みじゃないんだから、といきり立つキリトを安心させるように「それ以外の人間はちゃんと『姫様』とか『アスリューシナ様』って呼ぶわよ」と付け足せば「それが当たり前だろ」とあきれ顔で返してくる。

キリトへの説明をリズに任せたアスナが枕に頭を預けた状態のまま「ありがとう……シノのん」と御礼を言うと、その息づかいがさも気に入らないといった様子でシノンの眉間に皺が寄った。

 

「アスナ、熱、下がってないのね」

「今日はね……たまたま……いつもは、ちゃんと……下がるよ」

「ウソ、下がっても平熱まではいかないって聞いてるわ」

 

その幼い体格と面差しには不相応の物言いにキリトが唖然としていると、当のシノンがキッとキリトを睨み付けてくる。

 

「とりあえず、そこ、どいてもらえる?、アスナの様子を診て師匠に報告しなきゃいけないの」

「そういう事言う前にちゃんと自己紹介しろよ」

 

アスナやリズから目の前の少女が調薬師見習いのシノンという名前である事は聞いていたが、初めて会った人間には自ら名乗るのが最低限の礼儀だとキリトは食ってかかった。

その言葉を少し面倒くさそうに受け取ったシノンがゆっくりと口を開く。

初対面の二人の言い合いを呆気にとられた様子で見ていたアスナとリズが同時に「アッ!」という顔をしたが、時、既に遅しだ。

シノンが自分の名前を口にした。

 

「私は魔術師見習いのシノンよ」

「へっ?」

 

聞き慣れない単語にキリトの表情が固まる。

アスナが慌てて繋いでいた手をブンブンと横に振った。

 

「あ、あのね……違うの、キリトくん……」

 

オロオロと瞳を揺らめかせているアスナとは正反対に冷静なシノンの言葉が響く。

 

「アスナ、興奮しないで」

「シーノーンー、魔術師見習いってバラしたらダメでしょ」

「ああっ……リズまで……言っちゃってる……」

「魔術師……見習い?」

 

口にしたシノンより明らかに困った顔のアスナはキリトの手をギュッと握ると「キリトくん」と呼びかけた。

 

「お願い……シノのんの事……他の人には……言わないで」

 

慌てたせいか先刻より息を荒げたアスナに見つめられたキリトはお願いの意味を完全に把握する前に目元を赤くして「わかった」と頷く。

キリトの返事にアスナが安堵の息を吐き出すと同時にリズがシノンに向け例の如く人差し指を彼女の鼻先に突き出した。

 

「シノンっ、他の国の人に魔術師見習いだって名乗ったらいけないって師匠に言われてるわよね」

 

リズの人差し指を気にも止めずにシノンは静かに口を開く。

 

「この人、他の国の人なの?」

「そうよっ、キリトはガヤムマイツェン王国の王子なのよ」

「ふーん。でも私は他の国の人だなんて知らなかったもの」

 

四人のやりとりをあわあわと見ているだけしかなかった侍女がようやく「リズちゃん」と声を挟んできた。

 

「ごめんなさい、早く姫様にお薬を、と思って、シノンちゃんに詳しい説明をしないまま案内してしまったみたい」

 

しかし侍女の言葉に納得するリズではない。

 

「それでもよっ。とにかく知らない人には調薬師見習いだって言いなさい。それだって間違いじゃないんだから」

 

ピシッ、ピシッとリズの人差し指が繰り出す指突き攻撃を邪魔くさそうに手ではらうと「わかったわ」とポソリ言う。

その不機嫌な表情にピンッときたリズが「ははーん」と途端に表情を崩しながら手で自分の顎をさすった。

 

「わかったわ。シノン、アンタ、キリトがアスナの手を握ってるのが面白くないんでしょ」

「はぁっ?」

「ふぇっ?」

 

リズの発言にキリトとアスナが同時に短く驚声を上げると、シノンは珍しく「ちっ、違うわよ」と声を詰まらせて下を向く。

 

「アスナをキリトに取られちゃったと思ったのかしらー?」

「だからっ、違うって」

 

メガネの奥のシノンの瞳が焦りと羞恥で揺れているのを感じたアスナが握っていたキリトの手をふわりとさすってからシノンの方へと手を伸ばす。

キリトも目を細めて軽く頷き、椅子から腰を上げた。

 

「シノのん、いつもみたいに……傍に来て」

「ほら、どけばいいんだろ」

 

キリトに椅子を譲られたシノンは自分が要求した場所だと言うのに、抱えていた箱を侍女に預けると恐縮したように浅く腰掛けて伸ばされたアスナの手をそっと両手で包む。

 

「アスナの手、あつい……それに、脈も少し早いわ」

「うん……でも、シノのんが……お薬持って来てくれた……から、大丈夫」

「日によって効きむらがあるって、聞いたから、師匠が成分と配合を少し調整したって」

「ありがとう……あと……そのリボン……」

「うん、アスナが……くれたリボン」

 

嬉しそうに頬を染めるシノンなどアスナの前でないと拝めないことをよくわかっているリズは冷やかしたいウズウズを飲み込んで侍女が箱から取り出した薬を受け取った。

 

「シノン、今、飲んでいいんでしょ?」

 

リズの言葉に振り返ったシノンは既にいつもの冷静な表情に戻っていて、こくん、と一回頷く。

リズが持っているガラス瓶の中は見るからに怪しげな深緑色だ。

それをアスナの傍まで持ってくれば、シノンが急いで椅子から立ち上がり侍女がアスナの身を起こそうと近づいた。

侍女の動きよりも早くキリトが「オレにつかまって、アスナ」と言って脇にどいたシノンの場所に入り込む。

驚きで口をあんぐりと開けているアスナに向かいキリトが「なんだよ、嫌なのか?」と眉根を寄せて聞けば「だって……みんな……見てるよ」と小さく漏らす。

 

「別にオレに抱き起こされるのが、嫌ってわけじゃないんだな?」

 

上から覗き込んでくるキリトに逃げ場を失ったアスナが小さく「うん」と返事をすると、すぐさま笑顔になったキリトが諭すように言った。

 

「ここでオレがアスナを支えなかったら男としても王子としても失格だろ」

「えっ、そうなの?」

 

驚いたアスナが急に素直に両手を伸ばしてくる。

アスナの脇の下から腕を入れ背中に回してしっかりと抱きしめたキリトが頬をひたり、とくっつけて「起こすぞ」とアスナの上半身をベッドから引き上げた。

待ち構えていた侍女が素早く王女の背中にクッションを詰める。

そうっ、と腕を離せば、カチンコチンに緊張していたアスナが「ふぅっ」と息を吐き出しながらクッションに身体を預けた。

 

「はい、アスナ」

 

すかさずリズが薬の入ったガラス瓶を差し出してくる。

しかしそれを見たキリトが「あれ?」と声を上げた。

 

「その瓶、うちの親父が時々飲んでる胃薬のと同じだ」

「ガヤムマイツェン国王も、うちの師匠の薬、買ってくれてるもの」

 

暗に師匠の薬の素晴らしさを自慢した気なシノンが「ふふん」と鼻を鳴らしながら答えた。

すると続いてちょっと得意気にリズが両腰に手をあてて説明を加える。

 

「ちなみに毎回瓶が割れないための梱包材と、ユークリネ国王からの贈り物として外包の組み木細工箱を用意してるのはウチの店よ」

 

ユークリネ王国の調薬師でもある魔法師が作る薬は評判が良く、どうやら密かに他国の王族や宰相クラスの御用達となっているらしい。

自国の薬より他国の薬を服用しているとは見聞が悪いので、表向きはユークリネ国王からの献上品という形になっているが、その実、ちょっとした国の収益になっている。

 

「って事は、親父はユークリネ王国の魔術師の存在を知ってるんだな」

「そうよ、でもそれは友好国内でのトップシークレットなの」

 

リズが少々大げさに得意の人差し指を今回ばかりは自分の顔の前に立てた。

んぐっ、と一気に薬を飲み込んだアスナが瞳に涙を滲ませながら「でも……どうして……なんだろね」と小首を傾げる。

お世辞にも飲んでみたくなる色、とは言えないシノンが持参した薬を飲み干したアスナにリズもキリトも同情の視線を注いでいると、シノンが当たり前とでもいいたげな軽い口調で真実を明かした。

 

「だって魔術師は、ユークリネ王国にしかいないもの」

 

その言葉に驚きで見開かれているのははしばみ色だけで、リズはうすうす勘づいていたのか「やっぱりねー」と呟き、キリトは残念そうに「そうだよなぁ」と項垂れた。

控えている侍女に至っては苦笑いを浮かべているだけだ。

同年代二人の感想に裏切られたような気分になったのか、アスナが震える声で問いただす。

 

「二人とも……知ってたの?」

「知ってたって言うか、他所の国の行く時は毎回うるさいほど父さんに口止めされたし……」

「オレだって六歳とは言え、ガヤムマイツェンの王子だからさ。そんなヤツがいたら耳に入ってるだろうし……」

 

そこでアスナは再び瞳を瞬かせた。

 

「キリトくんって……六歳……なの?」

「へっ?……そう……だけど」

「年下……だったんだ……」

「年下っても、ひとつだろっ」

「う……うん」

「なんだよ、ひとつでも年下だとダメなのかよ」

「ダメ……じゃ……ないよ」

「ならいいだろ」

「うん」

 

なにやら話の論点が完全に二人だけすり替わっている事に気づいていないやりとりを聞いて、周囲の視線が生温かくなってくる。

しかしそんなぬるさなど気にも止めないキリトが「もう横になった方がいいぞ」と再びアスナを寝かせるべく抱きかかえると、今度はアスナも迷い無くしっかりとキリトの首にしがみついた。

侍女がクッションを取り払い、キリトに大事にベッドへ下ろしてもらうとアスナが安心したように微笑む。

いつの間に薬が効いたのか、アスナの頬は熱を溜め込んだ赤ではなく、恥じらいを混ぜた嬉しさの赤になっていた。




お読みいただき、有り難うございました。
何が「ダメなのかよ」で、何が「いいだろ」なのか……私にはさっぱり
わかりません……。

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