王子と姫と白い仔猫   作:ほしな まつり

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王子と姫と白い仔猫・8

薬が効いて火照りが落ち着いてくると熱が下がらなかった時の体力消耗も手伝って、アスナがうとうととまどろみ始める。それに気づいたリズがそっと声を潜めてキリトとシノンにソファセットへの移動を提案した。

そこならアスナの様子もわかるし、という事ですぐさま三人は足音を忍ばせて場所を移す。

侍女が用意してくれたお茶を飲んで一息つくとキリトが思い出したように少し決まりが悪い顔つきで「シノン」と話しかけた。

 

「悪い、オレがちゃんと自己紹介してなかったな。ガヤムマイツェン王国の王子、キリトゥルムライン・カズ・ガヤムマイツェンだ。アスナやリズみたいに『キリト』でいいよ」

 

キリトからの申し出に躊躇いも見せずシノンはすぐさま大国の王子を呼び捨てにした。

 

「……キリトは、なんで、ここにいるの?」

「オレはアスナの見舞いに来たんだ。それでアスナからガヤムマイツェン王国の話が聞きたいって言われて、だからここに滞在してるのさ」

「ふーん……アスナと、随分、仲良くなったのね」

「まあ、そうかな」

「アスナを、ちゃんと、大事にしてくれる?」

「もちろん」

 

一も二もなく承知するキリトにシノンがほんの少しだけ口元を緩ませる。

 

「なら……いいわ」

 

ちょっと悔しそうな口調でキリトを認めたシノンを見て、リズが安心したように「いい子ね、シノン」と褒めると一気に冷めた視線を送ってきた。

その視線に一瞬たじろいだリズは慌ててお茶をゴクリと飲んでから「どうしてアンタはアスナ以外だとそうなのよ」と肩を落とす。

それから、ふと気づいたようにシノンに向けて身体を乗り出した。

 

「まさかっ、アンタ師匠にもそんな態度なわけ?」

「私は、いつも同じ」

 

シノンの返事を聞いたリズが「うそ、信じらんない」と驚きで目を見開いている。

 

「アンタの師匠は魔術士の中でいっちゃんエラくてスゴい先生なのよっ。だから王族の薬も作ってるんでしょ」

「知ってる。私の師匠の薬、よく効くもの」

「親父まで世話になってるくらいだからな」

 

うんうん、と頷くキリトを無視してリズはお決まりの人差し指をぴくぴくと動かし始めた。

 

「その師匠にその態度っ。敬意を払いなさいっ。あんな高価な薬を作り出せる魔術士なんてそうそういないんだからねっ」

「うぅっ……んっ……」

 

声を荒げたリズが思いっきり人差し指を突き出そうとした瞬間、ベッドの中からアスナの小さな息づかいが聞こえるとキリトはカタン、と僅かな音を立て椅子から立ち上がり、急いでアスナの枕元に駆け寄る。リズは人差し指のみならず全ての指を広げて自分の口を抑え、シノンは眼光鋭く、侍女は仰天の表情で二人揃ってリズに向けシィ〜ッ、と声ならぬ声を吹きかけた。

両手の平をぴたり、と合わせて上下に振り、シノンと侍女に代わる代わる謝意を表しているリズには気にも止めず、再び安らかな寝息に戻ったアスナを見てキリトがホッ、と安堵の息を吐く。

ゆっくりと音を立てぬよう元の椅子に戻るとキリトは腰を降ろしながらリズを睨み、声を潜めてシノンに問いかけた。

 

「魔術士って薬を作るのが仕事なのか?」

「そうね」

 

端的な答えにリズが補足を添える。

 

「メインは薬を作る事と子供達に勉強を教える事。だから両方の意味を込めて『先生』って呼ばれてるわ」

 

それからこっそりと自慢の人差し指を鼻にくっつけるようにして立て「他にも魔力を込めた小物なんかも作ってるけど、これはさすがに秘密すぎて私もよく知らないの」と打ち明ければ、キリトが感心したように「へぇぇっ」と唸った。

 

「いいなぁ。オレも魔術士に会ってみたい」

 

ぽそり、と本音を漏らすとシノンが涼しげな顔で口を開く。

 

「結構あっちこっちに、いるわよ」

「へっ?」

「ああ、まあ、シノンの師匠でなくていいなら、割と簡単に会えるわね」

「ええっ!……どういう意味だよ」

 

魔術士だの魔力だのといった言葉からキリトが想像していたのは人嫌いで滅多に会えない貴重な人物というイメージだった。

驚いているキリトの顔を見つめていた二人の少女達は珍しく同様の不敵な笑みをフフッ、と浮かべた後、リズが説明を請け負う。

 

「だから、ユークリネ王国内なら大きな街には必ず数名、小さな村なら二つ、三つをまとめて一人か二人で担当する魔術師がいるから会おうと思えば会えるのよ。ただし調薬士と名乗ってるから知らない人は魔術士だってわからないけど」

「街や村の人が『先生』って呼んでれば、その人が魔術士よ」

「だからか……昨日、リズが『どんな親だって子供に薬を与える』って言ったのは」

「そう。この国では薬が手に入らない、なんて事は起こらないの。お金がなくても魔術士は薬を分けてくれるから」

「その代わり、日々の生活は、街や村の人達の助けて、もらってるし」

「……すごいな、この国は」

 

魔術士の存在と民との関係を知れば知るほどユークリネという国の認識が変わっていく。

 

「そんな魔術士がガヤムマイツェンにも居てくれればいいのに……」

 

羨ましさも手伝ってこぼれ落ちた言葉にリズが申し訳なさそうに微笑んだ。

 

「残念だけど……それは、無理ね」

「なんで?」

 

僅かな期待すら抱かせない返答にキリトの眉尻が下がる。

その表情を真っ直ぐに見つめながらリズが「私も父さんから聞いただけなんだけど……」と前置きをしてから話し始めた。

それは遙か遠い昔の話。

ユークリネ王国以外にもまだ魔術士が点在していた頃の話だ。

王や貴族に奴隷のように召し抱えられた者もいれば、村人から石を投げつけられた者もいた。

隠れるように住んでいた場所を兵士に追われた者達もいて、次第に彼らはユークリネ王国へと逃げ延びてきたのだ。

もとより厳しい自然の中で魔力のある者、ない者の区別なく寄り添うように暮らしていたユークリネ王国の民は諸外国からやって来た彼らを笑顔で迎え入れた。

そうしてこの国の民としてそれぞれの土地に居を構え、家族を作り、歳を重ね、代を重ねてきた彼らにとって今更先祖を虐げてきた諸外国に移ろうなどと考える者がいるはずはなかった。

 

「それに、今は、環境的にも、無理だわ」

 

シノンの言葉にキリトがリズから視線を移すが、それ以上を説明する気がないのか口を開く気配は一向にない。

リズが小さく「もうっ」と文句を言って続く言葉を引き受ける。

 

「薬作りの材料がね、ユークリネ王国は知っての通り自然が豊でしょ。だから他の国では手に入らない植物を調薬に使ってるの」

「……そうかぁ……」

 

未練の残っている口ぶりだが、肝心の薬の材料が手に入らないのでは住み慣れた土地や親しい人達と別れて他国に来る魔術士などいないに違いない。

ユークリネ王国では寒冷地域の植物は入手出来ないが、それはリズの家が頑張って入手ルートを開拓している。通常手に入る植物の種類で言えばこの国ほど豊かな国はないのだ。

 

「でも、魔術士って家系で続いてるのか?」

「もとはそうなのかもしれないけど、今は婚姻を重ねてるせいか魔術士の子供が魔術士ってケースはほとんどないわ」

「なら、どうやって?」

「魔力のある子を魔術士が見つけて、シノンみたいに弟子にするの。まあ、魔術士になる、ならないは本人の自由だけど、なりたがらない子はまずいないわね」

「だろうな。でも魔力のある子供を見つける方法は……」

「忘れたの?、魔術士が子供達に勉強を教えてるって」

「あ、そうか」

「小さな村を幾つか担当してる魔術士だと勉強をみて、薬も作ってるけど、大きな街や王都だと学校で勉強を教える魔術士と薬を作る魔術士は別々に仕事をしてるの。でもシノンの魔力に最初に気づいたのはアスナだったから、ちょうど王宮専属の調薬士をしている魔術士の長にシノンを預けたってわけ」

 

その時の光景を思い出したのか、シノンが苦しそうに顔を歪めた。

 

「私の、魔力が暴走した時、アスナ、ずっと手を握ってて、くれた」

「あの時は大騒ぎだったわねー」

 

腕組みをして、うむうむ、と頷いていたリズはそっと身体をキリトの方に傾け口元を手で隠して声を潜ませる。

 

「この子、これで既に次期魔術士長って言われてるくらい魔力強いのよ」

 

リズからもたらされた意外な事実にキリトが目を丸くしていると、自分自身には頓着がないのか、当のシノンは平然とした面持ちで「そうだ」と独り言のように話を切り替えた。

 

「リズ、私、アスナにパジャマ、持って来たの」

「また!?、あんたこの前も結構な枚数、持ち込んだわよね」

「だって、王都のおばちゃん達が、アスナに渡してくれって」

「そんなに貰ったって、アスナの性格知ってるでしょ。贅沢に取っ替え引っ替えなんて着ないわよ」

「でも、おばちゃん達が……」

「あー、はいはい。ごめん、私が悪かったわ。あのおばちゃん達、言い出したら聞かないものね。あとね、シノン。パジャマじゃなくてナイトドレスね」

「寝る時に着るの、パジャマでしょ」

「そうだけど、違うの」

 

二人の会話を聞いていたキリトは、そう言われれば、と先程のアスナの姿を思い出す。

さすがは王女の装いと言うべきが光沢のある生地はとても滑らかな手触りで、袖口や襟元には二重三重のレースという手間をかけた仕上がりになっていた。

また、所々に縫い付けられたリボンはドレスの生地と同じ色合いだったが、素材が違うために光の反射が異なっていて上品なだけでなく遊び心も織り込まれている。

あれをシノンの言う「王都のおばちゃん達」が用意したのなら、よほど腕の良い仕立て屋を知っている裕福な家の女主人なのだろうと思い「豪商のおかみさんなのか?」と聞けば、リズにつられたようにシノンまでもが「ぷぷっ」と笑いを漏らした。

 

「まさかっ、普通に王都で暮らしてるおばちゃん達よ。アスナが療養で王宮に不在なのを知って何やかやと世話を焼きたがってるだけ」

「だって、アスナのナイトドレス、デザインも素材も上等だったから。庶民が手に入れられる物にしては……」

「何言ってるの、あれは、おばちゃん達の手製よ」

「手製!?……そのおばちゃん達って腕のいいお針子とか?」

 

そこまでのキリトの反応を見てリズは「ああ、そっか」と合点がいったように頷いて、恒例の人差し指を左右にぴっ、ぴっ、と振り「キリト、あんた、知らないのね」と哀れむ瞳で告げる。

 

「なっ、なにがだよっ」

「ユークリネ王国の女衆の針仕事なんてみんな小さい頃から当たり前にやってるのよ」

「……そうなのか?、木工技術の高さは知ってるけど」

「それは男衆の得意分野ね。この国では農閑期になると女は絹糸で機織りもすれば刺繍にレース編みは朝飯前。男は木材で家具を作ったり、細かな作業が得意な人は寄せ木細工で工芸品を……って、それはガヤムマイツェン国王様に届けてる薬箱で知ってるでしょ?」

 

リズに言われて、キリトは時折届く見事な細工を施した木箱を大事に抱えている父王を思い出した。

あれは中身ももちろんだが、外箱も貴重で母が小物入れにしたり、妹が宝箱にしたり、時には臣下に、と毎回誰かに下賜され喜ばれている。

 

「だから言ったでしょ。あの箱を用意しているのはウチの店だって。みんなが作った品をうちが仲介取り引きして寒期の収入になってるの。他国の業者に任せると国民に無理な品数を要求してくるのよ。品質も信用も落ちるし、みんなの負担にもなるから絶対任せられないわっ」

 

過去にユークリネ国民の生真面目さを利用した悪徳商人が他国から入り込んできて事件になったらしく、それ以来ユークリネ王国の特産物は一手にリズの店が取り仕切っているのだそうだ。

 

「そんなわけだから普通のおばちゃん達でも王女のナイトドレスを作るのなんて、家で夕飯をこしらえるのとおんなじ感覚ね」

 

アスナに請われてガヤムマイツェン王国内の話をしたが、小国とはいえユークリネ王国も知ってみると色々と驚かされる事があるのだと気づいたキリトは、いつかアスナ自身からこの国の話を聞かせて欲しいと願いを抱いた。




お読みいただき、有り難うございました。
「ちびイチャ」皆無でごめんなさいっ。

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