第十九話・選考会を終えて
Side~アクア=トーティア
「だー!辛勝!!」
結構手ごわい人で、大分てこずってしまった。
まいったな…これじゃスーパーノービス入れるかもわからない。
「へーそう、辛勝ねぇ…」
「ギク…」
「それ口に出して言う人は初めて見たわ。」
割と頭を抱えて帰ってきた私に声をかけてきたのは、同会場で選考を行っているルーテシアちゃんだった。
そりゃ試合を見てたならそんな言葉も出るだろう。
何しろ、射砲、ウェイブステップ、高出力攻撃全部縛ってほぼ槍術だけで戦ったんだから。
「あ、あのー…やっぱり喋っちゃう?」
「何が出来るかは話してないわよ、面白くないし。知り合いに聞かれたら、相当な曲者って答えてる。」
「あはは…それはどうも。」
下手に周囲に聞こえないよう小声で聞いてみると、割と親切な回答が帰ってきた。
けど…つくづくどこでも酷評だなぁ。
元気で明るい女の子、で済んでいいと思うんだけど。可愛いって自分で入れないくらいには調子にのってもないと思うし。
「ま、汚さにかけてはもう一人も負けてないから、試合を楽しみにさせて貰うわ。」
「ちょっとルルっち!汚いって何さ!」
と、近づいて来ていたシスターさんがルーテシアちゃんに抗議の声を上げる。
「どうも、はじめまして。アクアです。」
「あーどもども!噂は聞いてるよ。陛下を出し抜いた曲者がいるって。」
シスターってだけ聞くと、随分印象違う明るい娘だ。
「シャンテって言って、こんなノリでもシスターよ。」
「あたしだけ特別こんな感じでもないでしょ?セインとかも似たようなもんじゃん。」
うーむ、どうやら私のシスターの情報の方を改定する必要があるらしい。
いや、彼女の所属チームとかだけが特別って可能性もなくはないけど。
「でも、今日の見る限りなんかいっぱいいっぱいって感じじゃん。そんなんであたしと当たるまで勝ち上がってこれるの?」
ちょっと呆れ混じりに聞いてくるシャンテちゃん。
「たはは…これでもフレアさんに色々習ってるんだけど、どうにもね。」
実際危なかったので苦笑交じりに返事を返す位しか出来ない。
こんな調子で切り札温存しておけるんだろうか…
「ま、勝ち進めるよう頑張るから、当たったらよろしく。」
握手を最後に二人と離れ、離れて待っていたクラウと合流する。
シュテルちゃんが雫ちゃんの方にもつかなきゃいけないから、日がかぶったときにはクラウだけが私のセコンド役を請け負ってくれる。
話してる間に選考結果を聞いたらしく、私に伝えてくれる。
「彼女、シャンテと当たるのはヴィクトーリアさんの一回前。温存は厳しそうだよ。」
「そっか…」
まだ力を隠してるシャンテちゃん。
正道でまともに当たって上回るのは厳しそうだし、達人相手に連戦も大変だ。
「よし、基本槍術だけで乗り切れるように頑張りたいから帰ったら付き合ってね。」
「いつでも。」
強く頷いてくれる頼もしい弟と一緒に帰路に着く。
さてと…ここからだ!
Side~ルーテシア=アルピーノ
ソフトな苦笑を最後に去っていくアクア。
思わず笑いが漏れる。
「本っ当曲者ね、せっかく狙って挑発までしたのにあっさり受け流されて。」
「ルルっちも気付いてたか、ホントやるもんだよねあの娘。」
シャンテはわざとからかい気味につっかかって、怒ったり自信を見せたりといった程度を確認するつもりだったんだろうけど、さも本当のことを言われたといわんばかりの低姿勢で返したアクア。
ニュースなんかをやってる人は自分の主観を語れない制限とかあるらしいし、さらっと相手の反応に重ねられるのかもしれない。
「ああ言ったけど、陛下の敵討ちもしなきゃだしきっちり勝ち上がって貰わないとね。」
「そうね、私も面白いのと当たるし帰ったら練習付き合ってね。」
「了解。あっさり負けてられないからね。」
渋ることなく頷くシャンテ。どうやらそこまでアクアを侮ってもないらしい。
ふふ…燃えてきたわね。
帰り道、教会についたところでアクアとクラウに丁度出くわす。
あれ?とりあえずは勝ったから祝勝会なり練習なりしてると思ったのになんでこんなところに?
「あ、丁度良かった!ほらこれ!」
と、アクアは手にしていた箱を私達に向かって差し出す。
「ひょっとして、ケーキ?」
「うん、せっかくだから二人にも届けてって。」
渡された箱を受け取り…
「それじゃ大会で!!」
「え!あ、ちょ!」
お礼を言う間もなく手を振ってさっさと去ってしまうアクア。
クラウも、笑みと一礼を残してアクアについてすぐに去ってしまう。
「さっぱり明るい子だね、それに…親切だこと。」
シャンテが屈んで覗き込んだケーキの箱の底。
私は箱の裏が見えるように持ち上げる。
「…確かに。」
箱の裏には、売り物だったことを示す成分表示のシールが張ったままだった。
身内贈答用に包んだならこんなもの張る必要もない、きっと彼女の自腹なんだろう。
私とシャンテは揃って小さく笑みを漏らして、アクア達の去っていった方を眺めた。
Side~アインハルト=ストラトス
選考会を好スタートできた祝いという事で、私達チームナカジマ一同は、エメラルドスイーツに招待された。
「それじゃアクアちゃん以外皆スーパーノービス入りしたんだ。凄いねぇ。」
「とほほ…水差して面目ないです。」
ヴィヴィオさんのお母様…なのはさんが賞賛の声を送る中、アクアさんが申し訳なさそうに呟きを漏らす。
「それでも一個下なだけでしょ?2回勝つくらい大丈夫だよ。」
沈み気味のアクアさんを励ますフェイトさん。
けど、そんなフェイトさんに続くようにして雫さんから溜息が漏れる。
「手持ちの技ほぼ全部伏せて快勝しようなんて方が欲張りなのよ。」
「返す言葉もございま…って!刀も抜かなかった雫ちゃんに言われたくなーいっ!!」
反省しようとしたところで思い出したように雫さんを指差すアクアさん。
…あ、顔を逸らした。
「私の方がぎりぎりではあるけどね。当たったら負けだし。」
呟くように漏らす雫さん。
確かに、近接戦闘でまともに攻撃を受けたら終わりとなると、緊張感のレベルが違う。
「このまま勝ち上がって行ったら雫さん、エリートクラスの三回戦でジークリンデ=エレミア選手と当たることになるんですよね。」
雫さんの位置、私の気がかりだった次元世界最強のエリートファイター、ジークリンデさんとの試合を、雫さんが先にやることになる。
「悪いわね、アインハルト。」
「え?」
「戦いたかったでしょ?仮にも世界最強だし。」
言いながらケーキを摘む雫さん。
言葉の意味を噛み砕いた所で私は息を呑んで…
「雫さん、さすがにチャンピオンは私達と同列で考えるのはまずいですよ。」
ヴィヴィオさんが少し真面目な指摘をする。
雫さんはフォークを皿に置くと、小さな笑みを見せた。
それは…
「確かにね。彼女の全力とスペックは、私が一撃も受けずに済むほど甘くも、受けて耐えられるほど弱くもない。」
力ない笑み。
なのはさんに襲い掛かったのが誤解だと、それで負けたのだと私達に語ってくれたときのように。
「だから…勝率は『低い』。」
そして、その笑みのままで静かに告げられた内容に、皆が驚いた。
自信とか意気込みとかそういうものじゃない、『判断』だけで雫さんは、勝率があると見込んでいるんだ。受けたら終わりであのチャンピオン相手に。
私にはその域は想像できない、辿り着けたとしても出来て五体の削り合いになると思う。
「実戦と違って、その確率に賭けることを躊躇わず迷わず許された舞台が、競技の試合。貴女が投げっぱなしにしてくれた問いの答えを見つけないといけないから、こんなところで躓く気はない。」
「頑張って、応援するよ。」
なのはさんと視線を交わす雫さん。
…強くなるのに必要なもの…か。問いを投げかけたくらいだから、なのはさんも持っているものなのだろう。
「そういうわけで二人とも、勝ち上がって来て戦おう。」
「「はい!」」
私とコロナさんの返事がピタリと重なって、周囲から笑い声が上がる。
私は少し恥ずかしくなって飲み物を小さく傾けた。
自室に帰り、就寝前の鍛錬を終えて今日の事を振り返る。
雫さんと…次元世界最強。
本来なら勝負にもならない格差があるはずだけど、雫さんは冷静に勝算がありそうだった。
そこまでの激変があったのか、刀を抜いてないからまだ何一つ見せていないのか。
少し気になって、今日見た雫さんの試合映像を再度見てみることにした。
突進に対して、掌打を叩き込んだと言うよりは、顎だけせき止めて勢いを利用して浮かせたような、無理のないやわらかい踏み込み。
避けたのがわかって直進する人間などいないのだから、本当に紙一重で避けなければできない芸当だ。
そしてそのまま指先で相手の顔を掴んで…指先?
嫌な予感がした私は、そこからをスロー再生で追ってみる。
指先で掴んだ顔を振り下ろす。
後頭部激突。
軽く頭がバウンドして掌と顔の僅かな空洞が埋まり、一方雫さんの振り下ろしは止まらず、今度は掌に押されて再度後頭部から地面へ―
「ぁ…」
おかしいと、思っていた。
生身の雫さんは、鋭い斬撃でようやくバリアジャケットを超えられる程度。装甲で受ける必要すらなく、耐えることが出来る攻撃力。
にもかかわらず、いくら頭といえ投げの一撃で意識まで断つ様な攻撃が出来るのか…と、疑問には思っていた。
でも、違う、関係ない。
こんなものを頭に喰らえば、いくら皮膚も骨も耐えられる防御能力があったとしても、振動回数だけで脳が…意識が潰される。
「にゃぁ?」
「あ…」
いつの間にか握り拳を震わせながら呆けていたらしく、ティオが困惑して声を漏らす。
いつか見た、ヴィヴィオさんの拳を断ち切った斬撃。
再現も理解も未だ及ばないけれど、こんな恐ろしく繊細な技を使う位だ、何が出来てもおかしくない。
雫さんと世界最強の戦いも含めて、とてつもなく試合の日が待ち遠しくなった。
Side~アクア=トーティア
試合間近、ノービスクラス消化の為の修行の合間、私はクラウの報告を受けてダッシュで現地に向かっていた。
「とおぉぉぉぉぅっ!!」
とりあえず意味もなく跳躍した私は、目的の人の眼前に着地する。
「アーちゃん。」
「こんちわ、ジークさん。エリートクラス前に会っておきたくってね。クラウが動いてたから気付いてたとは思うけど。」
修行中にクラウに行方を追って貰ってたけど、さすがにジークさんがクラウに気付くほうが早いだろう。
「あんま目立ちとうないんやけど…事前調査かなんか?」
「あー、ごめんごめん。ちょっとハイテンション過ぎたね。」
目立ちたくないからと人のいない道をフードで走っているのに、跳躍して眼前に割り入っては元も子もない。
「次元世界最強の十代女子。その冠が気になった結果私はあの人達に会えたわけだしね。ジークさんには感謝してるからちょっとおせっかいをやきに来たの。」
「おせっかいだと思うなら引っ込んだらどうかしら?パパラッチさん。」
背後から聞こえてきた声に振り返れば、そこには雷帝ことヴィクトーリア=ダールグリュン選手の姿があった。
「選考会で会えたから後は試合会場でと思っていたのだけど、あなたの小間使いが動いていると耳にしてね。あんまり試合前の友人にちょっかい出さないで欲しいわね。」
「ジークさーん、私あちこちでこんな評価なんだけどー…」
「ヴィクター、アーちゃんはウチと会ったこととか噂広げんといてくれとるし、そういう心配はいらんよ。」
珍しく庇ってくれる人がいた感激でジークさんに飛びつく。
ちょっと驚いたジークさんだったけど、笑顔で頭を撫でてくれた。
…あ、ヴィクターさんがすっごく面白くなさそうな顔してる。
一端ジークさんから離れた私は、話を進めるために咳払いを一つ。
「えっとね、順当に進んだらの話になるんだけど…アインハルトちゃんと当たるでしょ?」
「うん。覇王流の娘やね。」
迷わず答えてくれたジークさん。多分気になってたんだろう。だけど…
「その前に気をつけて。」
「え?」
「月村雫、彼女…私が知る限り、新人最強だから。」
雫ちゃんの応援をしたくないわけじゃない。
でも、私にとってはジークさんも友人だ。だから、もし万一無警戒だったらと思って伝えに来て見たんだ。
まぁさすがにこれ以上詳しい話は出来ないけど。
「油断はしないとは思ってるけど…無名だし、覇王流が気がかりだと印象薄いんじゃないかと思って。」
「私もみたけど、彼女の力ではそこまで警戒する理由は思い至らないわね。」
ヴィクターさんからの淡白な感想。
うん、普通に見てたらその程度の認識だと思う。
でも…
「殺人術の使い手を警戒せん理由はないな、あの娘なんで大会にでてきたん?」
「…は?」
どうやらジークさんは、ヴィクターさんより雫ちゃんを見ていたらしかった。
殺人術なんて物騒な単語にヴィクターさんが眉を潜める。
「気付いてたんだ。」
「毛色が違ったから気になってよう見とったんよ。それより、知り合いなんやったら伝えといてくれんかな?」
ジークさんが私を見る。
拗ねたような機嫌が悪いようなそんな表情で。
「勝ち上がってきても、ウチまでで必ず止めるって。」
宣戦布告。
まさかジークさんの方からそんな言葉が出てくるなんて思わなかった。
私は頷いて、踵をかえし…
「…あ、ケーキは走ると崩れるから邪魔だと思ってクッキー持ってきたんだった。」
帰ろうとした所で丁度クッキーを持ってきていたことを思い出して、ジークさんに差し出す為に振り返り…
ずっこけたジークさんとヴィクターさんの姿があった。
SIDE OUT
宣誓時の大会参加者(MOB)の表情とか見てると割とみんな笑顔で、終始張り詰めてるのってアインハルト含め稀に見えるので…雫の戦闘は毛色が違うじゃすまないでしょう(汗)