第二十話・開幕、水精対奏剣
Side~月村雫
「は?」
アクアから伝えられた、次元世界最強選手からの宣戦布告。
私の事を知ってる訳もなければ関わりがある訳でもない彼女が何でそんな事をするのか。
「何で大会に来たのか…って言ってたけど。」
「何で、ねぇ。大きなお世話…って、彼女もわかってるから勝ち上がったら倒すって言ったのよね。」
やめろ、とか出るな、ではなく、倒す。
選手として、私をたたき出すための手段…か。
「…ま、私の方は気にしなくてもいいわ。それより、そっちの方が問題でしょ?」
「あー…まぁね。」
私がジークリンデと当たるとしても三回戦、少なくとも今心配なのはアクアだけだ。
エリートクラスに到達した今、アクアは一回勝つだけで二回戦でシャンテと当たる。
あの娘は上位選手ほどでないにしてもヴィヴィオ達に並ぶクラス。
「うん、何とかするよ。」
自信がなさそうなアクア。
でも、三回戦で当たる予定のヴィクトーリア相手に出来る限り手札を隠しておくつもりでいる訳で、ないのはそのための自信。
それってある意味過信とすら言える気がするけれど、本人はそんなつもりはないんだろうな…エリートクラスまでたどり着いただけで大はしゃぎだったし。
「それじゃ…」
「うん!勝ち抜いてまた!」
会場が違う私とアクアは、それぞれ別の場所に向かうことになる。
油断しなきゃ大丈夫だとは思うけど…
「って、人の心配してる程の余裕はないわね。」
食らえば終わりの私だって、相手が無名だからと気を抜けるわけじゃないんだ。
元より戦闘で気を抜くなんてことはないけど、私も気を引き締めていこう。
Side~アクア=トーティア
「うーわぁ…ミウラちゃん強ぉ…」
モニター越しに映る第一会場の様子に私は呆然と口を開けているしかなかった。
規定ライフの倍近いダメージを与えてシード選手を吹っ飛ばすとか、恐ろしい攻撃力だ。
「こっちは一戦目から3ラウンドいっぱいかかってるのに…」
「手札のほぼ全てを伏せているのですから当然でしょう。」
今回、私の方が厳しいっていう事で、シュテルちゃんはこっちの会場に来てくれている。
クラウが雫ちゃんのセコンドについてくれているけど…雫ちゃんなら大丈夫だろう。
「次は初手から手札を開くつもりで。」
「…やっぱり?でも出来たらシャンテちゃんが何できるか暴いてからそれにあわせて使いたいんだけど…」
シュテルちゃんは少し眉を潜める。
そこまで余裕ないかなー…やっぱり。
「貴女がそのつもりでいるのを利用して、いきなり決めにくる可能性があります。」
「あー…」
確かにウェイブステップすら無しで彼女の高速攻撃を捌けるかって言われると厳しい。
手札を隠している内に、何も出来ないまま大ダメージか瞬殺か。
「様子を見るのもかまいませんが、躊躇いなく手札を切る心の準備だけはしておくように。」
「うん。」
きっとシャンテちゃんは強い。
でも…だからこそ。
ここを乗り切れば、少しは戦えるって思える筈だ。
「そろそろ時間ですね。」
「…よし、行きますか!」
私はシュテルちゃんの先導にしたがって、入場準備に入った。
Side~高町ヴィヴィオ
「皆この試合までに終わってよかったねー!」
「うん!」
私達チームナカジマの一回戦は、全員勝利って最高の結果で終わる。
二回戦までの時間の間に丁度収まる形で、その試合は始まった。
シャンテさん対アクアさん。
チームではないけれど、知り合い同士…そして多分、シード選手を除いてはかなりの好カード。
ここまでアクアさんは単純な槍術だけで凌いでるから、大会ではシャンテの方が高評価だけど、はっきり言ってアテにならない比較だ。
「ヴィヴィオさんはどう見ます?」
「ウェイブステップは初見で捕らえるのかなり難しいと思います。シャンテがすぐに特性に気付けば、速さもあるし捕らえられると思いますけど…」
アインハルトさんに尋ねられて、今までの情報から私なりに見解をまとめてみる。
うん、纏めてはみたものの…
「シャンテさんもそうかもしれないけどさ、あのアクアさんが全部手札見せてくれたと思えないんだけど。」
「そうだね…」
リオのコメントに頷くコロナ。私も、多分アインハルトさんも同意見だ。
リオの意見通り、アクアさんが手札全て明かしてくれてるととても思えない。
一気に全部の新技明かして、見事にはめられる可能性は十二分にある。私も一回いいようにやられちゃったし。
水族館って言うのも気になるし。
水色一色の身体の輪郭がわからないようなひらひらとしたドレスを身に纏って、額にはサークレットをつけたアクアさん。
シンプルで綺麗だけど、戦闘って意味であんなに防御も動きやすさも考慮しない服装でいいのかな?
高速戦闘可能なシャンテの攻撃でも、あんまり耐えられなさそうだ。
『予選6組、二回戦…レディ・セット…』
互いに構える。
アクアさんの構えを見る限り、いきなりウェイブステップを使う気はなさそうだ。
『ファイト!』
そして開始の宣言と同時…
「「「「ああぁっ!!」」」」
双輪剣舞。
発動するまでもなく私には防げないとわかってしまった、シャンテの高速2連撃。
槍で受けたアクアさんは、そのまま場外に吹っ飛ばされた。
「油断するから。」
「あ、雫さん、クラウさん。」
背後からの声に振り返ると、雫さんとクラウさんの姿があった。
いつの間にか来ていたらしい。
「でも、騒ぐほどじゃない。」
「確かにね。」
まったく動揺のない二人につられてモニターに視線を戻すと、思いっきり吹き飛ばされたように見えたアクアさんは、服をはたきながら笑顔でリングに戻ってきた。
ダメージはほぼない、勝負はここからだ。
Side~シャンテ=アピニオン
「ったたた…」
手をひらひらと振りながらリングに戻ってくるアクア。
角度のまるで違う瞬間の二連撃。槍一本で凌ぐには厳しい代物のつもりなんだけど…
きっちり二撃とも受けられてほぼノーダメージ。衝撃が伝ったって程度だ。
「リング・イン…ファイト!!」
けど、見えていながら場外まで吹っ飛んだってことはさほどパワーや接地面の重さがないって事だ。強打は来ないから怖くない。
なら…準備する間は与えない、このまま押しきる!
死角に入って、一気に首を…
「ってあれ?」
振りぬいた剣から、感触が帰ってこなかった。
よく見てみれば、いつの間にかずいぶん前に動いて振り返っている。
「それじゃ、水の妖精アクア=トーティアのとっておき、開封しちゃおうかな。」
ゆらゆらとゆれながら、くるりと一回転するアクア。すると…
水色だったドレスが、いきなり透明色になった。
下に着ているボディラインぴったりの全身の白いインナーがはっきり見えている。
「さ、行くよ!」
下手をすると裸より恥ずかしい格好で、照れの一つもわからない。
こ、この人…ある意味ホントに大物だ…
Side~アクア=トーティア
やっぱり手札を晒す羽目になってしまった。
とはいえ、さすがにいきりKOされるわけにはいかない。
ウェイブステップ・ミラージュ。
「ふらふらゆれてたって!」
ゆれているだけにしか見えないだろう私の状態に業をにやしたのか、シャンテちゃんは驚きを振り切って斬りかかってくる。
けれど、当然ながら加減速自由自在のこのウェイブステップ。
初見でいきなり捕らえられるわけもなく、シャンテちゃんの斬撃はことごとく空を切る。
「こ、これはどういうことか!?いままで確かな槍捌きを以って試合を勝ち抜いてきたアクア選手!シャンテ選手の高速斬撃を、ゆらゆらと力なくかわす!!」
しばらく回避を繰り返していると、シャンテちゃんが笑みを見せる。
脱力維持してないと出来ないことを察したんだろう。
確かに、いくら回避能力が高くたって攻撃能力が低い相手なんか怖くない。
でも別に、攻撃できない訳じゃない。
「もらった!」
「残念!」
確実に捕らえるためか大げさに近づいてきたシャンテちゃんを、強い踏み込みからの突きで貫いて…
消えた。
あれ?
「そっちがね。」
背後から声。
ウェイブステップから強打を放つことが出来ても、全力で攻撃した状態からすぐに動くのは無理な話で…
危機を感じたときには既に遅く、鋭い風切り音が聞こえてきた。
Side~高町ヴィヴィオ
呆然と、本当に呆然と私達はその光景に見入っていた。
ウェイブステップの弱点をすぐに見抜いたシャンテの攻撃。
それを利用したアクアさんの反撃。
でも、それすら幻で、強打を放ったアクアさんは決定的な隙を晒す。
アクアさんの反撃まで読んだなら、シャンテの戦法は完璧だった。
なのに。
「外…した?」
リオの呆然とした声を皮切りに、モニターでは仕切りなおすように構えなおす二人の姿が映る。
コロナも…アインハルトさんですら、リオと同じ理由で驚いているのだろう。
そう…決定的なチャンスに、シャンテがアクアさんの足に向かって振りぬいた一撃は、皮一枚掠める程度に空を切った。
でも私は…なんとなく失敗じゃないと思った。
「雫さん、アレがあのジャケットの…」
「さすがヴィヴィオ、モニター越しでよく見破ったわね。」
だからきっと、知っている…または知らなくても気付いてるだろう雫さんに聞いてみる。
雫さんは私を軽く褒めた後、クラウさんを見る。
「ウェイブステップ・ミラージュ。まともに相対したら視覚そのものを狂わされる姉さんが作った『水族館』だよ。」
視覚を狂わされる。
モニター越しに映る映像の違和感程度に感じていたものの正体が判明してぞっとした。
「ウェイブステップによる緩急自在の移動術と、揺らめく透明なジャケットが起こす光の屈折。しかも入りと白いインナーからの反射光の両方が曲がる。ただでさえ捕捉しづらいウェイブステップで決め技すら回避されようものなら…自分の視界そのものが信じられなくなる。」
雫さんの解説に口を開けて呆然とする皆。
私は特にその恐ろしさがわかった。
ただでさえウェイブステップは捕らえ辛いのに、見ようとすればするほど…距離感や自分の確信が揺らいでいく。
しかも、視点が合わないのを無理にあわせようと必死で見れば、目が疲れ、ますます距離感が測りにくくなる。
ある程度以上の技量を持つ近接戦闘および中距離射撃使いにとって、アレは幻と戦えってくらい厄介な代物だ。
「波の内にいる生き物に、陸地の者では触れることすらままならない。何人いても、『見て』距離を測ってるのが本物一人じゃ、厳しいかもね。」
何人いても。
雫さんが何気なく発した言葉に、私は心の中で同意した。
…そう、シャンテがあの分身で出せる人数は、1人なんかじゃない。
確信すると同時、モニターでは揺れるアクアさんを狙う獣の群れのように、6人にまでなったシャンテがその周囲を取り囲んで構えていた。
SIDE OUT
アクアが化かしあいで上回っているようで、実はノーダメージのシャンテ。
…化かしあいって単語が似合う気がします(笑)