第二十一話・曲がった力を使う者
Side~シャンテ=アピニオン
「シャンテー!あんまり見ちゃ駄目だー!」
セインからとんでもな指示が飛んでくる。
見ないでどう戦えってっての!
…とはいえ、『見るな』って言うとおり、正直目を閉じたくなる。
ピントのずれたメガネでもかけたらこんな感じになるかな?
ずれる視界を直そうとするたびに、透明の…わずかに虹色にも見える、光を曲げるひらひらの服越しに見える腕や足が、タコみたいにうねうね動いてる気さえしてくる。
でも…視界が多少ずれた所で、手はある。
早い話、切っ先でなく剣の中腹を当てるように斬りかかればいい。
ずれるったって腕一本分くらいだ、いつもより深めに踏み込めば―
近づいた分身が、ことごとく切り払われた。
こんなところで戦える腕の人相手に、自分の間合いをつかめないとなるとさすがにやりたい放題だ。あのステップのまんまのなで斬りでも、分身じゃ耐えられないし。
このまま攻めるのは分が悪い、どうにか戦法か手段を見繕って…
「ところで…」
言いつつ、アクアが私に近づいてくる。
「いつまでかくれてるの?」
分身に囲ませて、私は迷彩幻術で遠巻きにどう戦おうか考えをめぐらせてた所なんだけど…見破った?一体どう…
足元にうっすらと、霧が広がっていた。
私が透明だと霧の中に足の空洞が…
「はっ!」
「っ!」
アクアの気合の入った突き。
咄嗟に防御に入るも、彼女はそのまま私に向かって距離をつめながら連続攻撃に入る。
槍の中程を持って柄と刃を駆使した槍術と言うより棒術の動き。
両手の力を一つの武器に伝えることが出来る上、手数は二刀と互角に持ち込める。
厄介極まりない。
でも…こっちは一人じゃないんだよね!
アクアの背後からの分身の斬撃にあわせるように反撃に出る。
「っと、残念。」
けど、するりと横にかわされた。
だーっ!強打の直後とかでないと、いつあのステップになるかわからない!
Side~アインハルト=ストラトス
ウェイブステップ。一時も留まることなく、回避を中心とした体力も多く使わない技法。
「あの歩法は元々一対多を想定した技なのですね。」
「うん。」
クラウさんに確認を取ると頷いて答えてくれる。
そうなると、普通は一対一のこの大会用に覚えたものではない。たまたま当たった幻術使いのシャンテさんは、組み合わせが悪かったかもしれない。
「ちなみに、アインハルトならどうする?」
雫さんが振った質問に対する答えは、私も考えずに眺めていたわけじゃない。
とはいえ、あのステップだけでも厄介なのに、距離感まで奪われては取れる手段は多くない。
思いついた策は二つ。
「一つは…攻撃の瞬間にそれを掴むか受けるかで耐え、返し技を叩き込む。」
「うわぁ…」
攻撃をつかめれば一番いいが、槍を深々と受け、あるいは突き刺されても、抜かれなければ武器を手放さない限り離れることが出来ない。
おそらく、私が取るならこの手段になる。
「防御の軽い彼女が使うには無理のある方法ね。一つはってことはまだあるの?」
「顔を…見ます。」
「あ!そっか!」
続けてかけられた問いかけに簡単に答えると、勘のいいヴィヴィオさんがすぐに気付く。
身体を覆い隠すように包まれた透明のドレス。
けれど、当然顔にそれはない。自分からの視界も歪んでしまうから。
ウェイブステップについては捉える必要が出てくるけれど、距離感は狂わないはずだ。
「そうね。それで距離感を失わずに済む。ウェイブステップも、アレだけの分身で連撃を賭ければ隙の一つ位作れる。」
私の案を肯定してくれる雫さん。
肯定が帰ってきたはずなのに、違和感。
当たり前だ、雫さんが…使用者の隣人がそれに気付いているのなら、アクアさんが考えていない訳がない。
「普通、攻撃に動き出してから見切るなんてことはしない。予備動作、目線や…それこそ筋肉の動きやひじ、足の位置なんかで攻撃種別を判断する。」
「あ…」
「顔だけしか見ないんじゃ、いきなり大技振るわれても余程わかりやすいモーションとってない限り気付けないかもね。」
雫さんの指摘通り、身体の回転を利用して大きく槍を回したアクアさんの一撃で、シャンテさんの分身がまとめて全て掻き消された。
Side~アクア=トーティア
足腰の溜めを使って一回転。
それで周囲から同時にかかってきた分身を一掃した。
「そこぉっ!」
「んの!対一だからって!」
残りの一人、本物に向かって全力で打ち込みにかかる。
けれど、元々双剣術でここまで綺麗に凌いで来たシャンテちゃん。
いままで槍だけでいっぱいいっぱいの私が直接当たるのは多分不利。
なので…
「えい。」
「てっ!…氷結!?」
直接攻撃を仕掛けるフリをして、氷結魔力弾を足元に放つ。
迷彩確認の為のフィールドミストも相まって足元が広めに凍りつく。
まともなバインドほどじゃないけど、一瞬動けなくするくらいの効果は十分にある。
「風車!」
「っ!」
跳躍から、回転の勢いを利用して放つ打ち下ろし。
少ない力でも効果を出しやすくはあるんだけど…
両手の双剣で受けられたら、槍じゃ重さが足りなかった。
これはクラウみたいな中、大型武器使い専用だな。ハイリスク、ローリターンじゃ使えない。
考えながら着地したところでラウンドが終わった。
「多段分身に幻惑移動!互いに魅せてくれるシャンテ選手にアクア選手ですが、ここまでラウンド終了で両者ともクリーンヒットなし!この先どうなるのか!」
らしい実況さんの声と沸き立つ会場の声に包まれて、シュテルちゃんの元に戻る。
「…初手で足をやられなかったのは不幸中の幸いですよ、わかってますね?」
「うん。」
最初に分身を思いっきり貫いたとき、あの後の足への一撃が外れたのは完全にまぐれだ。
だって、目測が合わないって事は、深く踏み込んでくる可能性もあったんだから。
この衣装の光学効果は、目測を間違えている相手への対応がやりやすくなるって程度の効果であって、隙だらけのところに攻撃されても外れるって程便利なものじゃない。
「でしたら、そろそろ全て使い切りなさい。彼女は私達と戦える領域に近いです。貴女に温存をする程の差はありませんよ?」
シュテルちゃんの指摘には同意しかない。
余程技量が上回ってない限り彼女の速度は破れないし、そもそも下手したら一対一で戦って勝てるかも怪しい。
小細工もそろそろ尽きてきたし、しかも風車みたいな大技まで使って防ぎきられた。
「…うん、やってみる。」
切り札は…ある。
出来れば使いたくなかったけど、もう温存できる状況じゃないのは良くわかった。
素の戦闘能力はきっとシャンテちゃんのほうが上だ、だから…やるしかない。
Side~シャンテ=アピニオン
「何重にも張っている罠、高等技術である歩法など、一見底が見えませんが、近接戦闘における技量は貴女の方が上手です。油断さえしなければ物怖じすることはありません。」
「おうともさ!」
元気に答える余裕はある。
それはあるけど…いや参った。
あの陛下を困らせたって位だから甘く見てた訳じゃないんだけど、決め技は外れるわ、ステップは追いきれないわ、やっとのことで捉え方が思いついても、弱点対策どころかそれに対して罠張ってるわ。
ありゃ曲者って言われる訳だ。
「ま、任せてよ。次で決めるからさ。」
けど、シスターシャッハの言うとおり。
曲者…『曲がった手』を使わなきゃならない者。
一丁叩きなおしてやりますか!
インターバルも終わり、直撃を受けてない私達は共にライフ全快となる。
足の氷結も、もう冷えも残ってない。
よし、いける。
「さぁーて、そろそろ行こうか…なっと!!」
宣言すると同時、私は一気に分身を出し、円を描くようにアクアの周りをぐるぐる回る。
高速で回りながら、分身の数を増やす。
ゆらゆら揺れて、ちゃんと捉えきれないなら…
揺れる範囲ごと、微塵に刻んでやるまでだ!!!
Side~月村雫
うっとおしい。
10とか言うふざけた数の、それも攻撃まで仕掛けてくる分身。
一応私は本物当てられてると思うけど、アクアじゃそれも出来ないはずだ。
まして、ああも同じ姿のがちゃんと見えない位の速さで回られたら、尚更。
「ヴィヴィオさん…本物見えます?」
「ちょっと…怪しいです。」
アインハルトに本物を聞かれ、否定を返すヴィヴィオ。
わざわざ確認をとるあたり、アインハルトもわからないんだろう。モニター越しじゃ魔力反応とかもわからないし尚更だ。
何の策もないのなら、これでアクアは終わる。
と、分身が一斉に動きを止めた。否、アクアめがけて構えた。
「十重奏!突撃!」
斬撃の雨。
一人二人弾いても意味がないと判断したのか、アクアは跳躍する。
けど、隠れてた本物が…
「貰った!」
先回りしていた本物のシャンテが、上から打ち下ろしの一撃を放つ。
仮に防いだところで、今下に落とされれば待機してる分身に群がられて終わり。
だから…
空中で動いて攻撃をかわして、その上シャンテの足首を手に取ったアクアを見て何が起きたのか理解できなかった。
そのまま、シャンテを掴んだままで空中でグルグルと回転しだすアクア。
息を呑む、そんな音なき音が聞こえた気がして…
アクアは、風車をシャンテでやった。地面に向かって。
受身と言うほどではないが、頭部から叩きつけられるのを避けるために腕を枕にしてはいるシャンテ。
でも…高高度から遠心力込みで叩きつけられたダメージがその程度で殺しきれる訳もない。
ゆっくりと起き上がるシャンテ。でも、ただでさえ頭部がやられているのに、見る限り左腕も骨折判定を受けているらしく、だらりと垂れ下がってしまっている。
何とか構えなおして、試合再開。
直後に駆け出したアクアに向かってどうにか右の一閃を振るうシャンテ。
けれど、両腕で頭を庇ったからか、それとも脳震盪でふらついているのか、右の剣も見る影もなく衰えたものとなっていた。
アクアはなんでもないようにその一撃を受けると、柄の足払いでシャンテの体勢を崩し、倒れかけになったところに突きを叩き込んだ。
勝負あり…か。
それにしても、最後の空中のは絶対にアクアに出来る動きじゃなかった。
まるで、初めからそのタイミングでその位置から攻撃が来るってわかっていたような…
…種明かしはアクアの気が向いたら聞かせて貰うか。
「それじゃ、私達はこれで。」
「え?」
試合が終わった所でいきなり離れようとする私を、驚きの表情のままで見るヴィヴィオ達。でも、私は取り合わずにクラウと共に離れた。
「優しいね。」
しばらく離れると、クラウが呟くようにそう言う。
「常識の範囲でしょ、別に。」
しらばっくれる意味もないので普通に返す。
そう、常識の範囲内だ。
おそらくきっと、目を覚ました彼女や、その知り合い…ルーテシアや私の知らない人とかとも通信を繋ぐだろうヴィヴィオ達。
通信繋いで勝者やその親類が傍にいるなんて状況、普通へらへら笑ってみれる物じゃない。
彼女達みたいに強い女性なら、そんなこと気にしない…気にしない風を装うことは出来るだろうけど、人間なんだ。何のわだかまりもないなんて事はありえない。
勝者とは、求めたものを勝ち取る事が出来た者。
それだけで十分なんだから、それ以上に人様を叩くものじゃない。
「それより、アクアの方も気にかけてあげなさいよ?」
勝つには勝った。
ただ、元々彼女は次の試合が本命。
それほど自信に満ち溢れた感じもないあの娘は、後々手札を晒したことを不安に思うかもしれない。
クラウもそれがわかってるのか静かに頷く。
「…でも、帰ってからでいいよ。」
けれど、返ってきた答えは珍しいものだった。
ほとんどアクアの付き人に近いのに、通信も繋がないなんて…
「多分…寝てるだろうから。」
呟くように告げるクラウ。
あまり派手に感情を見せるタイプではないけれど、それでも何処か落ち込んだ様子が感じられた。
誰にでも勝てる秘密兵器…か。
おそらくは、名前負けしない性能を出すために、それなりの犠牲を払うものなんだろう。
笑顔の裏で皆大変だな、まったく。
SIDE OUT
何気に一番大変なの、贔屓なしに全試合盛り上がる感じで、わかり易くインパクトのある伝え方で伝える実況な気がします(汗)