第二十六話・強き者
Side~ジークリンデ=エレミア
審判さんの誘導の下向かい合っている今この時、既に背中が寒かった。
笑みを漏らさず、油断も隙もない。
それだけで見ればあの覇王流継承者、アインハルト=ストラトスと共通してるようにも思える。
よう見とると全然別物なんが分かるけど。
武人みたいな覇王の彼女に比べて、月村雫…彼女はまるで死神。
向き合っているのに後ろから首を刎ねられそうな、そんな寒気が離れない。
だから…ウチはちょっと怒っとった。
競技者の夢の舞台、インターミドル。
この場所で彼女はウチのエレミアと同じ…
立ち並ぶ命を絶ち、敵を討ち滅ぼす為の殺人術を躊躇いもなく振るっていた。
感慨も歓喜もなく、倒れて当然だと言わんばかりに立ち会った競技者を打ち倒し、冷めた瞳のままで。ルール違反はしとらんけど…
それは、ウチが殲撃を乱発するのと同じ事。
必死な結果出てしまった、とかでもない。刀も抜かずにやってる事がそれを証明しとる。
この娘は先に通せない。競技者、ジークリンデ=エレミアとして。
「レディ・セット…」
距離を離れ構えあう。
力はないけど技量は飛びぬけてる彼女。
けど…彼女には付き合う気はない、開始と同時に弾幕を打ち込む。
「ファイト!」
開始の合図と同時に射撃魔法を展開しようとして…
目の前に彼女の姿があった。
は?
Side~アクア=トーティア
「でたっ!縮地っ!」
いきなり刀を振りぬける距離までつめた雫ちゃんを見て、ヴィヴィオちゃんが歓声を上げる。
接敵を一歩で済ませた雫ちゃんは、そのままの距離で戦闘を開始した。
「お…おいおい!?なんなんだよアイツ!!」
「魔法じゃない…凄まじいな。」
雫ちゃんは小太刀を自由に振って、そしてジークさんは拳、蹴りを振り切って届く距離で。
そして…その距離で。
雫ちゃんは、ただの一撃も受けずに二刀を振るい続けていた。
とはいえそこはジークさん。息つく間もないほど繰り出されている斬撃を、直撃は喰らわずに持ちこたえている。けれど…
「狙いが『攻撃を仕掛けた手足』では、さすがの彼女も回避出来ないか。」
ミカヤさんのコメント通り、雫ちゃんは攻撃を仕掛けるジークさんの腕や脚、刀で滑らせるように受けている。
アレは痛い。ダンボールに皮をすらせるようなものだ。しかも今ジークさんが触れてるのは刀の刃。
けど、自分から傷つきに行くのを嫌って何もしないでガードに回れば斬られ続けるし、攻撃はせざるを得ない。
ジークさんも攻撃はしている。
それでもジークさんだけが受け続け、一撃も当てられないでいるのは…
「『魔法使い』の戦闘経験にないもの…か。」
オールラウンダーのミッド式は勿論、近接戦を主体としたベルカ式ですら、文献の画を見る限りフルメイルや武具により装備を整え戦う者が主体。それでなくても魔法装備。
競技者や格闘戦技なんてものが出回ったところで、その二つの流れを汲んだものである事は変わりない。何より、マルチタスクと共に彼らの神業は使えない。
つまり…エレミアですら、防具回復魔法無き世界で近接殺傷武器を振るい続ける剣士と戦った『経験』は存在しない。
古代ベルカで強い人って大抵王様達…特別な血筋の人だし。ノーガードで戦地に飛び込む想定ではいないだろう。
速人さん達がことごとく魔導師に喰らいついてこれた理由でもあるし、何より雫ちゃんはともかく、恭也さんは間違いなくジークさんより上手い。
恭也さんとちゃんと修行になってる雫ちゃん相手じゃ、触れるだけで勝ててもそう簡単に触れられない。
「それがジークさんの弱点?」
「いや違…あ、ば、バカッ…」
クラウにきかれた事に素直に答えかけて、それがまずい事に気付く。
「ジークの弱点…ですって?」
ヴィクターさんから穏やかじゃない声がした。
トップファイター勢揃いな上、なんだか皆さん仲がよさげだから、正直避けたかった話題。
なんだけど、ハイになってるだけで眠らないとまずい今の頭じゃそれに気付くのが遅れた。
ど、どーしよこの空気…
Side~ジークリンデ=エレミア
嘗めとった。
勿論、ウチ的に甘く見積もったつもりはなかった。
けど…デバイスに出場条件の全てを任せ、その他一切の『力』を持たない彼女に、ウチを倒す手段が無いと思うとった。
せやけど、現実は…
「ふっ!」
「っ!!」
短く鋭い呼気と共に放たれる、容赦なく急所を狙った攻撃。
出血判定でも受けたらますますついていけなくなる以上、確実に防がなきゃならん。
でも、防いだ手は攻撃に使えず、二刀を手にした彼女は次から次へと連撃を放ってくる。
流れを変えたくて攻撃を仕掛けると…
斜めに構えられた刀に滑るように攻撃を受けられ、攻撃した部位を傷つけられた。
はっきり言って、まともに防いだならろくに魔力も貰えていないデバイスなんか一撃で砕ける。
せやけど…いや、だからこそ、まともに受け止めんのや。
斜めになった刀に滑るように拳が空を切り、刃を滑るように走った指や腕が痛む。
けど、いつまでも―!?
次の斬撃を掴もうと思った瞬間、彼女は半歩下がると同時に納刀する。
居合い抜きか!!
首に刺す、冷たい空気。人によっては凍りついて動けなくなるほどの殺気。
この…っ!!
危険より怒りを感じて、右腕で首を守りつつ、左拳を最短距離で走らせた。
左拳に軽い衝撃。
それだけで、彼女は数メートル地面を転がっていった。
いや、違う。
軽い衝撃にするために自分から跳んだんや。
予想通りダウンなんて事なく、転がった勢いをそのままに起き上がる。
このまま追撃で…?
「ファンサービスは好き?」
何故か試合終了とでも言わんばかりに直立で刀を納めながら、彼女はいきなりそう言った。
「え…うん。」
まさか、彼女が戦闘中に話しかけてくるなんて思っても見てなかったウチは、呆けたように返すしか出来なくて…
「なら…よかったわ。」
刀が収まったと同時に、胸元から布の動くような小さな感触。
思わず下を向いて…
ばっさりと、胸の先端部分を横一文字に斬られた自分の防護服が目に入った。
「ぁ?」
硬直。
人はあまりの現実に直面した時、逃げる事すら思いつかずに硬直するって話を聞いたことがある。ウチは整理がつくまでの少し、それを体感することになった。
満員会場、エリートクラスからはTV中継も流されとる。
カメラもあって審判の男の人が何か慌て…
「ゃ…やあぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!」
何もかも頭から吹っ飛んだウチは、両腕で胸を隠してしゃがみ込んだ。
てっ…テレビ…中継…放送…胸…
うあああぁぁぁぁぁっ!!!
Side~高町ヴィヴィオ
さすがに放送できないからか、審判の人が止めに入って映像が消える。
客席の周りからも同様や恥ずかしげな反応が…あ、チャンピオンのファンの人からか凄いブーイングもある。
「やれやれ、いやらしい子だな。」
側で観戦してるミカヤさんがそんな呟きを漏らす。
あんまり単純な評価が多くて、私はなんか違う気がしてたから反論してみた。
「私は…雫さんに限って戦闘でふざけるなんて思えないです。」
「知っているよ、そしてパニックを起こしていてもジークもそろそろ気付くだろう。」
けど、私は反論したつもりなのに、ミカヤさんはそんな私にうなずき返す。
「防護服が綺麗に切断されていると言うことがどういう意味か…ね。」
「あっ!!」
思わず叫んでしまう。
そうだ、何を見てたんだ!あれが斬れたって事は…
雫さんは、チャンピオンを斬れるんだ。
「次元世界最強の十代女子、黒のエレミアの継承者にして完璧な性能を誇る負け無しのエリートファイター、ジークリンデ=エレミアの弱点。」
アクアさんが、何かを諦めたようにさっき言いかけた話題を戻す。
聞いただけじゃまるで弱点が浮かばない。
「雫ちゃん曰く…使用者ジークリンデ=エレミアが、持たされた武器の力にまるで追いついてない、普通の女の子である事…だって。本当厳しくて…優しいよね、雫ちゃん。」
笑いながら、それでも少し悲しそうなアクアさんが、今の話を優しいと言った意味が、私にはなんとなく分かった。
英雄、八神はやて率いる部隊の前線隊長、高町なのはとフェイト=T=ハラオウン。
贔屓目なく見たら、アインハルトさん曰く『家庭的でほのぼのとしたお母様』。
チャンピオンと舞い上がって凄い凄いとばかり思っていた私達の中で、雫さんがジークリンデ=エレミアって人間を、ちゃんと見てた証。
普通の女の子なんだ。超人でも…雫さんのような殺人術の『使用者』でもない。
「知った風な事を…っ!」
「い、言ったの私じゃないって!」
「わかってますわっ!」
けど、アクアさんをヴィクトーリア選手が睨むような目で見据え、焦ったアクアさんの姿に気付いて顔を逸らす。
チャンピオンと一緒にいたし、仲がいいのだったら、友人を『武器以外弱い』なんて言われて怒るのは無理なかった。
ただ…
コロナとアインハルトさんがどこか様子がおかしい気がしていたけど、何も聞かされてない私でも分かった事がある。
雫さんがもし止まらず戦闘続行していて、唐突にチャンピオンが自分の状態に気付けば…
チャンピオンが動揺して硬直して審判の人からの静止がはいるまでの間に、一撃放り込む事ができる。
私の拳を斬った貫通斬撃を首にでも打ち込めば、事故として違反にもならずにチャンピオンの敗退になっていたはずだ。全力も出せないまま。
「雫さんが…勝ちより正々堂々を選んだ…」
なのはママ相手の戦いと違って、真正面から戦う理由なんて雫さんにはないはずなのに。
それは、私にとって少し驚きで…少し嬉しかった。
…ま、まぁ…正々堂々って明るく言うには挑発が過ぎるけど。
「とにかく、ここまでされればいくらジークでも加減なんて選ばない。」
「だな。」
落ち着いたチャンピオンの姿を確認した皆が、同じ思いで頷く。
ここからだ。
Side~ジークリンデ=エレミア
「すみません、もう半歩踏み込めれば終わったんですが。」
審判の人から注意を受けた彼女が口にした言葉を聞いて、一気に目が覚めた。
防護服がばっさり斬られた。
それは、下手をするとコレで終わっていたかもしれないと言うこと。
そもそも、首を目掛けて放たれる斬撃が見えた筈。なのに、胸元が斬れている。
殺気によるフェイント?本命には攻撃の気配も何も感じなかったのに?非常識にも程がある。
「再構成は待ってやる、目が覚めたなら…とっとと抜け。」
「っ!」
自分の手を交互に指さした彼女は、ニュートラルコーナーへ向かう。
「な…何というルーキー!何という剣士!開始早々鉄腕の催促!!これが古流剣術使いの実力だというのか!!」
今頃事態に気づいたかのような実況を耳にしながら立ち上がる。
防護服の再構成、そして鉄腕の展開。
「…全力のエレミアを前に、五体満足でいられると思ったら困るよ?」
準備は出来た、試合再開…するかと思って彼女を見ると、手首を何かいじっていて…
外したリストバンドをセコンドに向かって放り投げた。
「リスト…ウェイトっ!?」
こ…この娘は…っ!!
Side~月村雫
確かに外したのはリストウェイトだけど、本来飛針をしこんでいる重さに設定して、普段通りにしていただけ。
だから、外したのは単なる演出。無くてもあっても困らないものだから。
でも、演出としては十分だったらしい。
凄いブーイングと呆気にとられたジークリンデの表情が、ソレを物語っていた。
この方法使って勝つつもりないならやめておいてあげても良かった。
それでもわざわざ挑発まがいの真似をしたのは…
彼女が、私を含めた相手の『心配』をしているから。
魔法と生身の殺人術。と言う以外にも、彼女と私には決定的な違いがあった。
それは、持たされた力と身に着けた力と言う事。
何もしてなかった、とまで馬鹿にする気もないし、本人なりに葛藤や苦痛もあったんだろうけど、それでも私みたいに周り中に負けるのが当たり前みたいな状態で、這いずるように進んできた訳じゃない。これはヴィヴィオ含め、一般競技者だって持ってるタイプの意志力。
もう一つ、獅子や竜みたいな『天然で強い者』が持つ空気もあるけれど…それは大抵ぎらぎらとした…何というか大物っぽい威圧感や存在感がある。コレは…ディアーチェかな?
彼女から感じられたのはそのどちらでもなかった。
核爆弾任されてがたがた震えながら発射ボタンに指を添えているような、そんな空気。使えば勝てる、使えば殺せる、でもどうしよう…と。
普通の人間なら迷って当然だけど、戦う者としてはその心は弱点以外の何者でもないし、何よりここにいるのはちゃんと強い人。
私だって、ヴィヴィオ達に『加減してあげないと』なんて理由で軽く見た事はない。
試合で使っているのが殺人術だから手加減しないと…なんて、いらない心配だ。私だってここまで刀を抜かなかったのは単に必要なかったから…つまり自分の都合。
未完ながら同じ人殺しの武器を持つ者として、言外にそれを叩き込んでやろうと思ってわざわざここまで挑発した。アインハルトが世界最強に勝ちたいなら、向こうにも全力振り絞って貰う必要があるし。
いい加減に目も覚めたはず、ここからはこっちもただじゃすまない。
覚悟は出来てる、破壊術でも殺人術でも来ればいい。
御神の剣は護り刀、私は決して砕けない。
SIDE OUT
オート発動の一撃死級攻撃なんて持たされたら普通怖くて当たり前でしょう。
一般家庭だと、『つい』で破壊したものの弁償で借金地獄になりそうな気がして別な意味で怖いです(苦笑)