第二十七話・綱渡りの一撃
Side~月村雫
さて…ここからだ。
再度、脳内麻薬の分泌をしなおす。
開始の合図と同時…
弾幕が展開された。
総合魔導戦技…さすがに名ばかりじゃないか。
私は弾幕を前に普通に駆け出し…ギリギリでスライディング。
弾幕をくぐった私に向かって迫ってくるジークリンデ。
タックルも関節技もやりたい放題だったな、彼女は。
右に転がりつつ起き―っ!?
銃口のように立てられたジークリンデの右指が光る。
魔力弾か!
居合い抜きを放とうとしていた左手の刀の柄で魔力弾を受ける。
マグナム弾でも止めたかのようなビリビリと伝わる衝撃。
刀を手放さない為にこらえたのが拙かったか、魔力弾を撃った右手をのばしてきて、硬直していた左腕をつかまれた。
「これでおしまいや。」
握り潰すかのような握力と共に、内側に捻るようにして引かれる左腕がカゲハを手放す。
引き寄せながら打ち込むつもりか、ジークリンデは左腕を振りかぶっている。
…甘い。
宙のカゲハを右手でつかみ、逆関節に決められたまま引き寄せられた左腕を『自分から折るように』身体を捻りながら、飛び膝蹴り。
右手に掴んだ刀の裏から刃を押し込むようにジークリンデの顔面に叩き込んだ膝蹴りは、重さと鋭さを得たギロチンのように彼女の身体を倒した。
声かけた一瞬がなかったら、腕折って飛ばなきゃいけないから間に合わなかったかもしれないって言うのに…ここまで挑発した相手にわざわざ念押しするって…全く。
「人の心配してるなよ。」
ダウン判定らしくコーナーへ戻るよう指示された私は、考えるでもなく聞こえるか聞こえないか位の声で呟きを漏らしていた。
Side~高町ヴィヴィオ
チャンピオンのダウン。
大騒ぎになるはずの一幕に、会場は静まり返っていた。
当たり前だ、だってありえない。
逆関節決めて腕を引かれ、脱出できないから『じゃあ折ろうか』なんて発想に行く人間なんてどう考えてもまともじゃない。
まして、痛みを再現するクラッシュエミュレートと違って、曲がらない状態にされたから折ったんだ。実際に骨折してる。
あまつさえ、顔面に向かって刀の裏から飛び膝蹴り。
横向きにギロチンを受けたみたいに吹っ飛んだチャンピオンは、クラッシュエミュレートとはいえ出血ダメージの判定を受けていた。
だらりと垂れ下がった腕を気にするでもなく刀を鞘に納めてニュートラルコーナーへ下がる雫さん。
その腕は、よく見ると折れているだけでなく、掴まれた部分が潰れていた。
複雑骨折なんて生易しいもので済んでない。ジャケットなかったら魔力すらない生身なんだから、鉄腕で握られたら潰れて当然。
損傷が酷すぎて、ダウンさせたはずのチャンピオンと同程度のライフにおちてる雫さん。
そんなライフでも…損傷でも表情を歪ませない。
我慢でダウンにならないのはハリー選手が証明してるけど、度が過ぎた。
どうにか仕事だけはやろうって頑張ってる審判さんが、おっかなびっくりカウントを進める。ある意味一番大変かもしれない、私だったらきっと仕事にならない。
「まずいね。」
そんな中、クラウさんがポツリと呟くように切り出した。
同意するように頷いたミカヤさんが口を開く。
「一見ダウンを取った雫ちゃんが有利のようにも見えるけど、彼女がしのげていたのは両の刀を急所に散らしてジークに防御させていたからだ。片腕が使えなければどうしたって隙が出来る。それでも防御出来る反応速度は彼女にはあるだろうが…」
「防御じゃ、雫さんがチャンピオンの攻撃に耐えられる訳がない。」
ミカヤさんに続くように、私は雫さんに示された現実を告げる。
全てを話す必要もなく、握って引かれただけの腕の損傷がそれを物語っていた。
「それに、あのペースはいつまでももたないわね。」
当然だけど、異変に気付いていたヴィクトーリア選手がそれを口にする。
殆ど直撃を受けずに避けきってきた雫さんの技量が高い…って事もあるけど…それは、後先を考えないどころか…なのはママと戦ってた時と同じような、異常な身体能力を出してる結果だ。
魔法を使ってるわけでもないなら、きっとあの時と同じように限界『以上』を無理矢理引っ張り出している。
表情にこそ出してないけど、まだラウンドも終わってないのに額の汗や上下する肩が隠しようがない証拠になってる。
「それともう一つ…」
続けてミカヤさんが話そうとした瞬間、びりびりと強い気配を感じた。
気配なんて言わなくていい。雫さん達のソレと違って、私達に馴染み深い力の奔流。
発生源は…ゆらりと立ち上がったチャンピオンの手が纏った異常な力。
「エレミアの真髄…ただの鉄腕であの有様では、食らったら…」
「あの人は…全部知っててあの場所にいるんです…」
険しい表情で話すミカヤさんに続くように、アインハルトさんが搾り出すように言った。
直後、チャンピオンが動く。跳躍から、左腕を一閃。
たったそれだけの動作で放たれた一撃が、リングを消し飛ばした。
雫さんはなりふり構わず横に飛んで転がってかわしたけど、転がった拍子に折れた腕が下敷きになってて痛そうだ。
チャンピオンの力は当然そのままで、雫さんは…
「え?」
左腰の刀を抜き、腰溜めに低く構えた。
突き、それも銃刺突『ガンブレード』の構え。
ただの突きと非じゃない重さのアレなら、今当たれば雫さんでも押し切れるかもしれない。けれど、そもそも雫さんが今直撃を受けたら…
「馬鹿なっ…自殺する気!?」
「おい馬鹿止めろ!」
身をのりだしそうな勢いで叫ぶヴィクトーリア選手とハリー選手。
私は…怖い気持ちを押さえ込んで、睨むように二人が動き出すのを見ていた。
そして…
距離がゼロになった直後、デバイスを砕かれた雫さんが吹き飛ばされて打ち捨てられるようにリングを転がった。
Side~ジークリンデ=エレミア
「ぁ…」
正気に戻るも、全てが遅かった。
殲撃の直撃を受けて、ミカヤさんよりもはるかに防御力のない人がただで済むわけがない。
競技で…ウチは…人を…
自分の手を、呆然と眺める中、急にあたりが騒がしくなる。
嫌だ!ききたくない!やめ…
「目…閉じるなよ…試合中よ。」
ありえない、声がした。
目を開くと、月村雫が立ち上がっていた。
左半身のバリアジャケットが削げて、胸の辺りからは実際に出血している。
腕はバリアジャケットとクラッシュエミュレートで済んだのか、傷跡だらけの左腕がむき出しになっている。
「し、試合中って君」
「肋骨と左腕。高町ヴィヴィオ選手が同じエミュレートで試合続けられてるはずです。」
無茶苦茶なダメージなのは間違いなく、エミュレートか実際にか、苦痛に表情を歪めながら、それでもそんな馬鹿みたいな事を言う彼女。
慌てて駆け寄ったはずの審判さんが黙らされてしまう。
冗談やない、そんな理由で…
「っ!?」
審判さんが無言で私を促した。
動揺を隠せないまま私は構えなおす。
「ファイト!」
再開の声がかかり、そして…
「っ…はあああぁぁぁぁぁっ!!!」
ここへきて、一番と言っていいほどの気勢で、彼女は駆けてきた。右手しか使えないのに右腰の刀を納めたまま。
弾幕だのなんだのと気構えが間に合わなかった私は、ただ迎え撃とうと右拳を引いて…
直後、寒気がした。
「く…っ!」
勘に近い思いで左腕で首を護る。直後、鉄腕越しにビリビリと伝わる衝撃。
見れば、彼女は右腕で右腰の刀を逆手に持っていた。
逆手抜刀…最後の最後まで恐ろしいものを…
ただ…今までの一撃と違い、防いですぐ目の前からいなくなるなんて事はなかった。
文字通り渾身の一撃だったんや。
目の前で止まった彼女の頬に向かって、ウチは右拳を振りぬいた。
その日初めての拳からの確かな手応え。それとと共に、試合終了が告げられた。
Side~アインハルト=ストラトス
軌道を完全に外すには大きく回避に出なければならず、いずれ捉まる。
直撃すれば、防御も何もなく一撃で死に至る。
雫さんが生き延びた答えはまるで境界線のように細い綱渡りみたいにそこにあった。
半分晒す。
身体の半分、腕や重要器官…内臓部などを通らない位置に身を晒し、骨を砕かれ身を削られながら攻撃を放り込む。
半身と言うあまりにも基本的な構えの一つが、その綱渡りを成した武器だった。
ただ…殲撃の軌道上に雫さんの攻撃まで含められてしまったため、相打ちは成立しなかった。
やれと言われて出来るものじゃない。覚悟もいる訳だ。
受けたら終わりの殲撃を、きっと初めから半分受けるつもりでいたんだから。
「…勝ちます。」
意識を断たれて運ばれていく雫さんを見ながら、私の口は殆ど勝手に動いていた。
「勝ちます…必ず。」
握り締めた拳の痛みでなんとか泣かずに平静を装っていられた。そんな私が静かに繰り返す言葉を、今度ばかりはヴィクトーリア選手も止めなかった。
Side~ジークリンデ=エレミア
インタビューの間もいろんな意味で落ち着けなかった。
どうにか平静だけは装ったけど…彼女が上手い事やってたから無事やったけど…
「殺しかけたん…よね。」
自分の掌を見ながら呟いた言葉が、追い討ちをかけるように心に刺さる。
直行で医務室行きになった彼女の損傷は、聞いた所によると左腕、左肋骨の複雑骨折に、それに伴う内臓、筋肉の損傷など、結構な酷さだったらしい。
頭や心臓に直撃してたなら…
「やっぱりね。」
「っ!?」
会場を出たところでいきなり聞こえた声にビクリと肩が跳ねる。
目の前に、重体気味の怪我で運ばれたはずの月村雫ちゃんがいた。
左腕をギプスで覆っているあたり、エミュレートで済んでも無ければ回復魔法で治る怪我でもなかった事が伺える。
「会場の人や選手から夢を奪わないように真っ向から戦ったつもりなのに貴女に逃げられたら全部台無しだから、一応様子を見に来たんだけど…やっぱり落ち込んでた。」
「っ…」
誰のせいで、と言えば自分のせいやけど…散々挑発した挙句自分から賭けみたいな戦法を選んだ彼女に言われると、複雑な気分だった。
「悪かったわね。」
「え?」
唐突に謝られる。
「本当は倒してあげたかったのよ。自分が全力で戦うと相手が壊れちゃうどうしよう…って心配してる貴女に、どう頑張っても倒せない、全部の力で安心して遊べる相手がこの世界にいるって教えてあげるために。負けてこのざまじゃ説得力無いけどね。」
「そんな変な事謝られても」
「勝って敗者相手に『加減失敗した』みたいな顔してる奴がいるから変な事心配する必要が出るのよ。」
「ぅ…」
勝てなくてごめんなさいなんて謝られて返答に困ったウチの返しを、冷たく切り捨てる雫ちゃん。
皆必死で戦っとる、勝つために。
そんな中ウチ一人勝って心配しとったらおかしくなる。全く反論できんかった。
完全に顔向けできなくなったウチを前に、盛大に溜息を吐く雫ちゃん。
「誰も彼も自分より弱いんじゃ、そうなるのも無理ないけど。」
言いながら、ポケットから一枚のチケットを取り出して差し出してくる雫ちゃん。
ぐちゃぐちゃになった気持ちのままでそのチケットを受け取って見ると、よく聞く名前があった。
エメラルドスイーツ。アーちゃんがようくれる洋菓子の店名。
「インターミドル、負けられなかったら…本物の次元世界最強の十代女子を紹介してあげる。気が向いたら顔出して。」
負けられなかったら。別に負けたいとか思ってるわけでもないけど、なんかその言葉が胸に残る。
それで用事が済んだのか、踵を返した雫ちゃんは…少し歩いて振り返った。
「ただ貴女、次で負けるかもね。」
雫ちゃんの背を見ながら、次と言う言葉に思い出す。
そう言えば、客席から見とった時、チームナカジマの皆と一緒におったな、雫ちゃん。
『会場の人や選手から夢を奪わないように真っ向から戦ったつもりなのに貴女に逃げられたら全部台無しだから』
自分の掌を見つめる。彼女の体を粉砕した、競技枠を超えた力を振るった手を。
この力を使ってしまう事…怖くないと言ったら嘘になる。
…けど、逃げれんな。
傷だらけの体を引きずって友達と戦うようにって念押しに来た雫ちゃんの言葉。
戦う約束をしたヴィクターや、声援をくれてた観客の皆、そして次戦う事になるだろう覇王を継ぐ娘。
どれも投げて逃げられるほど軽いものやない、なら…進むだけや。
Side~月村恭也
あれだけの怪我ではさすがにすぐには回復しないだろうと言うのに、意識を取り戻してすぐ出歩く馬鹿娘。
後をつけて様子を伺っていたが、どうやら今日戦った少女と話していたらしい。
しばらくして話す事が済んだのか、離れて歩き出す。
雫は少女の視界を外れたところで、手近な壁に背を預けた。
「…馬鹿者。」
「ぁ…お父様…」
遠巻きに様子を伺うのを止めて声をかけると、力ない瞳をこちらに向けた。
損傷の痛みに熱に、とてもうろうろとしていられる身体ではない。
「すみません…」
こんなときまで殊勝にする雫にこれ以上取り合わず、傷に触れないように抱えあげる。
すると雫は、何が起こったのかわからないとばかりに目を瞬かせた。
そう言えば…最近はあまり出かけたりもしていなかったな。学校に行かずに修行に裂いている身で、その上遊ぶ訳には行かないと。
ただでさえ修行自体、女の子には厳しいものだと言うのに、それに文句も言えない状況を選んでいままで…
「俺はお前が傷つくために、御神の剣を教えている訳じゃない。」
抱きかかえた雫が、目を閉じて小さく頷いた。
「出来るだけの事を…したかったの…」
傷を負ったからと、疲れたからと、泣き言を許す事もなく、その結果を自分の手にする為ですらなく。光のあたる場所で輝くものの為に、影で請け負う汚れ役。
暗殺術、殺人術の使い道として、散々俺が示した事。
俺を崇拝するような雫が、ことごとく受け入れてきた…受け入れすぎた事。
「…人の大事なものを無闇に傷つけるな。俺は…お前が大事なんだ。」
聞こえたか聞こえないか分からないが、しばらくして雫の寝息が聞こえてきた。
「普段から言わないから。」
いきなり聞こえてきた声に視線を向けると、いつからいたのか速人が立っていた。
こいつ…俺が滅多に本音を言わないからと盗み聞きしてたな…
「師匠役が甘やかす訳にもいかないし、教えてきたのも本当の事だけど、全部素直に受け入れられてると大変だな、ホント。」
「…両手が開いたら覚えていろよ。」
「雫の分のお説教なら変わりにいくらでも聞くよ。さっきの本音、ちゃんと雫に言ってやるならな。」
俺の呟きを笑顔で流す速人。
本音が定まらずに誰にも答えられてない奴がよく言う、全く…
SIDE OUT
見る限り芯か手足かでライフ減少は大幅に違うようだったので、一応雫が立てたのもそれで。
…実際に骨折とかしてる時、エミュレートって本当の痛みに追加でくるんでしょうか(汗)魔法怖い(苦笑)