第二十八話・何よりも大切な普通の宝物
Side~アインハルト=ストラトス
日の暮れた帰り道、出くわしていいはずのない人に出くわした。
「雫さん?」
重傷…と言うより重体近い筈の身になってまだ2日目。
だと言うのに出歩いているなんて…
「ジークリンデとはどう戦うつもり?」
雫さんから放たれたのは、予想通りの問いだった。
このタイミングでくる理由がそれしかない。
「…どうと言う事もありません。貴女ほど超能力じみた予想が立てられるわけでもありませんし、チームの皆さんの対策の下、覇王の拳を叩き込むだけです。」
投げのタイミングや拘束技の抜け方、カウンターの狙い所などについて、チームナカジマの皆さんとミカヤさんの助力で対策を組めている。
それを全力で生かせば、拳を当てる機会も作れる。そして…当たれば誰だろうと倒してみせる。
「なるほどね…負けるよ?」
「っ…」
言うと思った。
厳しい現実だが、優しいからわざわざ言いに来る。この人のはそう言う優しさだ。
「んー…まぁそれであの爪を引きずり出すまでは、上手く行けば出来ると思うけど…あの全自動破壊作業員になった所での策はあるの?ノーヴェに。」
「それは…」
『ノーヴェに』と強く言われて口ごもる。
雫さんが決めようとした殲撃へのカウンターによる相打ち、アレについて相談した所、ノーヴェさんには『却下、絶対回避』と言われ、ミカヤさんにも無意味と言われた。
ノーヴェさんのはコーチとして私達の体や未来にまで危険を冒させられないと言う優しさだったけれど、ミカヤさんから無意味と伝えられた理由を聞くと、納得せざるを得なかった。
最低でも500年分の戦闘経験を詰め込まれているらしいエレミアの末裔。
どのタイミングでカウンターを狙うにしても危険が付きまとうし、雫さんのように平地で打ち合いを誘発したところで攻撃ごと払われるのは目に見えている。
全身防御の魔法じゃないから、相手の武器、攻撃ごとなぎ払う経験は日常的に持っているはずとの事だった。でなければ戦渦で敵中で戦えない。
「まぁいい経験だと思って胸を借りるつもりで戦えばいいか、競技者だしね、無理をすることもない。」
小さく笑みを見せてそう言う雫さん。
多分何か考えてはいるんだろう。けれど、もう耐えられなかった。
「なんで…何で貴女がそんな事をっ!」
他ならぬ雫さんが、こんな事を無理して笑って言うのに耐えられなかった。
覇王流の悲願を知っていて、競技者や私から夢を奪わないようにと命がけの戦いまで演じた雫さんが、負けるけどしょうがないなんて言い方を…っ!
「私の為とも言わないだろう貴女が!自分で望んであんな立ち回りを選んだ貴女がっ!自分でそれが無意味だなんて言うような事を何で!何で…言えるんですか…」
分かっていた、私が弱いせい。
いつもいつも、『覇王』が弱いせいでこうなってしまう。
古い記憶も今もずっと…だから強くなりたくて…
未だに、全てをかけて戦ってくれた友人を前に、損な役だけ引き受けさせるような真似をさせている。
「ごめん、まさか私の心配して泣くなんて思ってなくて…」
「謝るなら…何をしにきたのか、ちゃんと教えて下さい。身を削る覚悟も、戦い抜く覚悟もあります。それとも私は…貴女から託されるに値しませんか?」
おそらくは雫さんが引き出したかったのは、身を削ってでも勝つって言う私の宣言。
ノーヴェさんの意にも沿わないし、同意を取るという形だと雫さんの作戦に私が乗ったようになるから、『選びたければご自由に』と、コロナさんにそうしたように投げるつもりでいたんだ。押し付けないために。
覚悟は目の前で友人が人の夢の為に勝利を捨てて身を削った時点で出来ている。
助力を借りるというなら、チームメイトでもないのに協力してくれているミカヤさんもそうだ。今更躊躇いはない。
「私の方は気にして欲しくなかったんだけどね、皆して汚れ役相手に優しすぎ。」
肩をすくめる雫さん。
暗躍の先に、示した厳しい現実の先に伝えたい事がある事を…雫さんが優しい事を知ってるから、その『皆』は雫さんが優しいと思うような接し方をしているんだろう。
私を止めに来た時からそうだった。
力を無作為に振るって実戦の気でいた私を止めるために出会い、魔導師の力がどういうものか知らしめる為にヴィヴィオさん相手にその身を晒し、今だって自分には関係ないはずの場で、いい目が向かない事を知っていながら挑発を繰り返して引き出したチャンピオンの全力を受けて重体に陥って久しい身でアドバイスなんかに顔を出している。
「じゃあ教えるわ。勝率が天文学的数値から3割程度まで上がる作戦を。」
「…天文学は酷すぎです。」
「酷いものよ現実は。」
雫さんの、策なしでの勝率予想があまりに酷すぎで抗議するも、取り付く島もなかった。
いずれ、雫さんにもちゃんと勝たないといけないな…
Side~ジークリンデ=エレミア
「あはは…あの娘やっぱきっついなぁ。」
覇王っ娘との試合前、ヴィクターがウチの前では珍しく拗ねたような怒ったような感じで気をつけるように念押しに来たから何かと思ったら、雫ちゃんが『ウチが』弱いとアーちゃんに言うてたらしい。
正直否定するに出来ん。勝ったからいいものの、下手したら最低の負け方しとった。
「何で笑ってるの、あんな目に遭わされて…」
「あの娘いい娘やよ。瀕死の体引きずって、友達とちゃんと戦ったげてーって言いに来る位に。」
本人は隠しとったつもりらしいけど、目の下とか血色とか、どう見ても倒れる寸前ってくらいぼろぼろやった。
一回棄権しとるし…あの段階で止めとかんとって思ったんやろ。
「呆れた…あの体でそんな事してたの?」
呆れた、と言いつつ少し表情を和らげるヴィクター。
なんだかんだでウチの方が心配やったんやろな、棄権しだしたりせんか。
「優勝出来たらご褒美あるらしいし、頑張って勝たんとあかんな。」
少し気になる、本物の世界最強。
負け惜しみ…にしては、さばさばとした感じやったし、きっとなにかある。
それがちょっと気になっとったんやけど…
「ご褒美って…またバランス崩す菓子サービスじゃないでしょうね?」
ヴィクターからはものすごい白い目で見られた。
うぅー…なんだかんだ言う割、ヴィクターだって美味しい言うてたんに…エメラルドスイーツのお菓子…
Side~アインハルト=ストラトス
「アインハルトさーん!ファイトーっ!」
チャンピオン相手の歓声を断ち切って響くヴィヴィオさん達の声援に、拳で答える。
軽く客席を見渡すものの、雫さんの姿は見つからなかった。
後は…私の番だ。託された全てを使ってこの戦い、勝利してみせる。
私とチャンピオンは互いに構え、そして…
「予選1組4回戦、プライムマッチ…試合開始です!」
私の悲願に近づく試合が始まった。
「はっ!」
接敵からの格闘戦。
左拳を振り切らずにガードさせてすぐに引き、右の蹴り。
下がって回避されたうえ、軸足になっている左足を魔力弾で撃たれて姿勢を崩す。
「よいしょぉっ!」
左腕を掴まれ背中から投げられる。
背中から落ちて息が詰まる。が…
「うわ!」
反動でオーバーヘッド気味に蹴りを繰り出し、ガードさせることでつかみから逃げた。
「無理するなぁ。」
息苦しい中動いた私に肩をすくめるチャンピオン。
別に無理をした訳じゃない、呼吸より腕を捕まれたままきめ技に持って行かれるのを避けただけだ。
…お陰で息が落ち着かないが。
「覇王の拳は見せてくれんの?」
「…貴女が言いますか。」
楽しげに言う鉄腕も使っていない彼女に多少苛立ちを感じながらも、立場的にチャンピオン対挑戦者の構図になることは解っているため、呟くだけに留める。
ただ、温存という訳じゃない。高位技能者に単発で大技狙っても話にならない事を誰かのおかげで散々に味わっているから、いきなり使いづらかっただけだ。
…相手は次元世界最強。初めから小細工でどうこうなる相手じゃない。
深く構える。断空拳を使えるように。
「君とは戦いたかったんよ。ただ…無事ではすまんよ?」
言いつつ、鉄腕を展開するチャンピオン。
瞬間、胸が跳ねた。
記憶が…鮮明に蘇る。
予習でも作戦でも映像でもない、実際に私はこのスタイルを『知っている』!
「エレ…ミア…」
「え?」
「エレミアァッ!!!!」
湧き上がった記憶に突き動かされるように、私は駆け出した。
Side~アクア=トーティア
気合の入った…ううん、何かに突き動かされるようにジークさんに立ち向かうアインハルトちゃん。
けれど…身を護り敵を破砕する鉄腕を得たエレミア相手に真正面から獣のように突撃を繰り返しても、がりがりとその身を削られていくだけだ。
隣ではヴィヴィオちゃんがふらついている。何でも今までろくに思い出さなかった記憶が、アインハルトちゃんが叫ぶと同時に共鳴でも起こしたように呼び起こされたらしい。
分かる、なんて軽々しく言ったらまずいのかもしれない。
とはいえ、今の今まで古い記憶が出てきた事がなかったヴィヴィオちゃんが倒れかけるくらいなのに、先祖の記憶に沿ってここまで戦ってきたアインハルトちゃんがああなっちゃうのも分かる、無理はない。
けどさ…それでも…あんまりだよ。
「あ、アクアさん?」
ヴィヴィオちゃんの、周りの皆の心配が私に移る。
しょうがないよね、だって…泣いちゃってるし。
インフィニティーアナライザーによる未来予知じみた先読みは、膨大な『思考と判断』を読む必要がある。
昨日、私はそれを使って弾き出した推論で、雫ちゃんにカマをかけた。
だって…この大会にもさして興味が無くて、自分の得るものにもならないなら、命がけの戦いなんてしないで躊躇い無く棄権したはずだったから。
本人はプライドがどうこうと言ってたけど、そんな理由は命がけの…まして人の命をかける実戦で使っちゃいけない理由。
身内で剣を選ばなかったと憤りを抱え続けてきたなのはさんを前にしても挑発されなきゃ我慢していた雫ちゃんが、まさか無関係の王族相手に勝ち負けでこだわる…まして、無為に命を賭ける訳がない。
「アクアなら十二分に知ってると思うけど、私の剣は奪う物。今はそんな事無いけど、いつかきっと…自分で望んで人を殺す。非殺傷なんて便利な力はないし、手加減できる相手ばかりな訳も無いから。」
犯罪者みたいな、後から反省する間違いでもなく、自分の意志と判断で勝手に人の命を奪う可能性。
護りたい物が危機に晒された時、それは雫ちゃんにとって可能性ではなく、確実と言っていい位の未来だ。
「そうなった時になって、『こんな人と付き合ってたなんて』…って、後から思わないように、ちょっと度が過ぎるくらい厳しめに接してた筈なんだよね。」
宝物でも抱えたかのように、見たことないほど和らいだ笑みを浮かべた雫ちゃんは…
「それなのに友達だって笑顔で…ホント、御人好し多すぎだよ。」
おどける様に、肩をすくめて言う雫ちゃんの姿が、かえって胸に痛かった。
私でも聞いてる事、大切なものが輝けるよう護りたいものが護れるよう振るい、傷を負い血を被る御神の剣。
雫ちゃんはその剣で、『ここで勝ち進む事を誰より望んでる友達』って言う大切なものの為に命を懸けたんだ。
どっちが御人好しなんだよ…馬鹿。
このままアインハルトちゃんが負けてもきっと…ううん、間違いなく責めない。
やれる事はやったって思うだけならいい。
でも、願いが叶わなかった事を、例え犯罪者とか相手ですら他人のせいに出来ない雫ちゃんが、まだ足りなかったとか思ったなら…
そんなの…あんまりだ。
過去に振り回されたまま何も出来ずに負けたら…っ!!
「何…やってんだよっ!バカァッ!!!」
気付けば、ボロボロと泣きながら力の限りに叫んでいた。
Side~ジークリンデ=エレミア
アーちゃんの悲鳴に一瞬意識をとられた瞬間、首を拘束しているアインハルトの力が抜けた。
これで終わった。そう思って…
足が崩れていなかった。むしろこれは…
「なっ!?」
脱力状態から炸裂点への力の流れを作ることで、あらゆる拘束を無視して千切り飛ばす打撃。
たしか、俗称は…アンチェインナックル。
振りぬかれた拳によってフロントチョークを強引に外される。
首拘束されとる状態でなんてもんを…
「っはあぁぁぁっ!!」
「だから落ち着かんと…」
相変わらず猛進気味の彼女に呆れつつ、突進から繰り出される右の拳を掴んで捻…
「るああぁぁぁぁっ!!!」
「は?っ!!」
捻り込むようにして鉄腕で掴んでいた拘束を無理やり突破してきた。彼女の腕から皮が剥けて血が出る。
一応は掴んで勢いを減らせていた為か、頬を軽く叩かれる程度の衝撃で済んだ。
とは言え、予想外に顔面に一撃を受けて思わず後ずさる。
と、同時に、1ラウンドが終了した。
インターバルに入ってすぐ、最後の一撃について考える。
今までと違った。
錯乱とか自棄やない、何でどう止められても通すって渾身の一撃やった。
ビリビリと感じる闘気、ボロボロの全身と比べて…いや、いきなり変わった時と比べても増している覇気が…ちゃんとウチに向けられていた。
さっきまでの暴走は、きっと『エレミア』絡み。だとして、それ以上何が…
『ただ貴女、次で負けるかもね。』
3回戦後、無理して現れた雫ちゃんの言葉を思い出す。
なるほど、アレ…か。
命がけのカウンターを仕掛けた雫ちゃん、ボロボロのままでそれでも折れなかったあの姿。
彼女達が繋がってるなら、アーちゃんの叫びも、それに応える様に闘士を強めた彼女も納得がいく。
そうなると、心配も一つ。
雫ちゃんが絡んでるなら、失敗した殲撃へのカウンターを仕込んでる可能性がある。
そして、失敗のリスクがいくら高くても、あの戦いに応える気で闘士を取り戻したのなら、彼女もまた同じ手を狙ってくるかもしれん。
ウチが弱いと言った雫ちゃんなら、エレミアの真髄状態を怖がって萎縮すると思っとるかもしれんけど…これでも競技者としてちゃんと鍛えてもおるんや、そんな甘く見られたら困る。
エレミアの真髄発動前に、彼女を倒してみせる。
SIDE OUT
さらっと叫んだアクアですが、やっぱりミッドだろうと会場等で野次がすぎると退場させられるんでしょうか(汗)
…まぁ拘束魔法使ってる人もいたしダイジョーブカナー(棒)