第二十九話・『アインハルト』の力
Side~アインハルト=ストラトス
インターバルに入って早々、セコンドで待機してくれているノーヴェさん達に謝罪する。
「…すみません、お見苦しい所を。」
「もう大丈夫なのか?」
「はい。」
頭が冷えた…と、表現するのには些か問題があった。
当然のように身を裂く勢いで湧き出すクラウスの記憶は今も強くある。
ただ…そこに無い答えについて考え、クラウスの願いに背いていても正々堂々戦い勝ちたいとこの大会の出場を決めた時、導き出した結論があった。
覇王流の、覇王クラウスの物語の終着が悲しいままである事が、私に…アインハルト=ストラトスに納得がいかないから、こうして戦っているのだと。
別人からの貰い物と切り離すのでも、先祖だからと乗り移られたかのように動くのでもない、私の選択。
だから忘れない、忘れる訳にはいかない。
力をくれたチームの皆やミカヤさん、アクアさん、クラウさん達の事を、身を削るのが当たり前の日常を、選ぶ余地があるのに自分で選んで進んできた雫さんの事。
私が…選んでここにいる事。
「大丈夫だ、アイツはあたし達の『予定通りに』強い。迷わず全力で行って来い!」
「はい!」
ノーヴェさんに送り出されてリングに上がる。
全力を引き出すことが出来てないけれど、基本的な動きは予定通りだ。
後は…信じるだけ。
「…あの娘の真似は、感心せんよ?」
リングに上がるなり、少し険しい表情になったチャンピオンにそう声をかけられる。
アクアさんの叫びも聞こえているだろうし、あたりをつけたのかもしれない。
けれど…
「今の貴女も感心は出来ません。」
突っぱねた。
彼女が始めから無慈悲なくらい全力で戦っていたのなら、雫さん相手に殲撃発動まで持ち込まれることも無かったかもしれないというのに、アレだけのことがあってまだ私の気遣いをしている。
このまま負けたならそれも否定できないが…
負けるつもりは毛頭無い!!
「ファイト!」
開始と同時、左拳を顔面目掛けて打つも右手に捕まれる。
織り込み済み。
捕まれた腕の力を抜いて右足を踏み込み、ボディへ右拳を下から打ち込む。
空いていた左腕でガードされたが、彼女は私の左腕を離して後退した。
「っ!」
零距離でないまま攻撃を繋ごうとすると、打撃を振り切る必要が出てくる。
押し切られないようにと応戦に応じたチャンピオンの拳。それは…
ヴィヴィオさんが見つけてくれたカウンターチャンス。
「はぁっ!!」
迷い無く拳を振りぬいて、チャンピオンの顔面に拳を叩き込んだ。
今度は1ラウンド終わりと違い、完全なクリーンヒットだった。
Side~月村雫
力こそ魔導師に通じないものの、投げ複合の近接戦闘ってだけなら御神の技でも再現できる。だからこそヴィヴィオが拾えたいくつかのカウンターの狙い目。
全てを見てから回避できない以上、事前に練習を積んだ型をやってきたなら、カウンターが入るのは必然だった。
「こんな所で隠れてどうしたん?」
人目につかない目立たないところをわざわざ探してモニターの映像を見ていた所に、ひょっこりと顔を出したのは、八神はやてさんだった。
「…ここは私の舞台じゃない。アレだけ騒がせた身だし、様子だけ見て帰ろうと思って。」
「私は君が心配やけどな。」
むんずと右腕を掴まれる。
あ、力は強い。SSとか言う話だっけ?身体強化も上手くなくても無理矢理で力出せるんだろう。
この…卓上判子押しの癖に…!
「せっかく友達の為にあれこれやったんやし、こんな所でひっこんどらんでも。」
「だ、誰がっ!離せ公務員!セクハラだよこれ!」
「高官なので握りつぶしまーす。」
「最低だー!!」
「冗談やって、でも恭也さんも忍さんも止めんやろうし問題は無いけどな。」
心底楽しそうなはやてさんに引きずられて、私は観客席…おそらくはヴィヴィオ達の下へ向かう。
くっ…左腕ギプスじゃなかったら徹で振り払うのに…
「雫ちゃんから見たら私らが軽く見えるのかも知れんけど…思いつめてて楽しくないなら何の意味もないやろ。」
軽く装われたはやてさんの言葉。
元犯罪者。そんなくくりで見るなら、結構な量の知り合いがそうだ。
未だ修行中の私が一人で重々しい空気抱えてたら、引きずり出したくなるんだろうか?
「…余裕無いのよ、子供だから。」
「自分で言うかなこの娘は。」
はやてさんに離す気が無い以上逃げようも無いだろう。私は諦めて力を抜いた。
どうせ会場で見るなら、勝利シーンみせて貰うわよ、アインハルト。
Side~アインハルト=ストラトス
エレミアの真髄。
向かい合っているだけで背筋が凍るような力の奔流。
この力を前に雫さんはアレをやったのか…つくづく頭が下がる。
深く構える。右拳を引き、雫さんのあの一撃と重なるような形で。
「今の覇王流は黒のエレミアに届かない。」
雫さんに告げられた非情な宣告。
けれど…
「アインハルトがジークリンデを倒す事は出来る、させられる。」
コロナさんがちらつかせた聖王の技を傘にした戦法を越えることが出来た。
勝利を熱望していたミカヤさんから、チャンピオンの話を聞く事が出来た。
力を持つリオさんに、投げ、組み技の対策を練らせて貰えた。
ヴィヴィオさんにカウンターの一撃を放りこむ場面を見つけて貰えた。
覇王流がエレミアを超えなくても、『私』はジークリンデ=エレミアを倒すことが出来る、そのための一撃。
同じ構え、同じ突き…これで、同じタイミングで放ったのなら、間違いなく雫さんの時と同じように、攻撃ごと薙ぎ払われる。
モーションが軽くなれば通じない以上、大きく打ちぬかざるを得ない、だから、半歩速くなるなんて、そんな都合のいいことはありえない。
エレミアの真髄という『システム』がそう判断して、『破った型を繰り出す相手』に疑問を抱くだけの意識がジークリンデに無いのなら―
「っはあぁっ!!!」
足先で練り上げた力を伝える断空と似て非なる、踏み込みから力を伝える、零距離でも使える打撃術…
寸頸。
最小のモーション、距離でも最大の効果を発揮するよう組まれた凶悪な打撃術。
雫さん相手と同じタイミングで振るう気でいたらしい殲撃が私の身体を吹き飛ばす前に、私の一撃がチャンピオンの顎を捉えた。
一瞬遅れて衝撃。
痛みで意識がついたり消えたりする。…こんなものに大した防御力も無い身で耐えてまだ戦ったのか雫さんは、つくづく恐ろしい。
突き出した右腕も巻き込まれている私は、ある意味雫さんよりも酷いダメージかもしれない。けれど…
私は…『独り』じゃない!!!
『にゃ…ああああぁぁぁぁぁっ!!!』
バリアジャケットはそのままに、どうにか身体だけは動ける状態まで回復して貰うと同時、ティオからの信号が途絶えた。
迷いは無い、立ち上がる。
「ま…だですっ!!」
両足で大地を踏みしめ、しっかりと構えて強く答えた。
Side~ジークリンデ=エレミア
気を抜くと倒れそうな頭でウチはどうにか立ち上がる。
ありえない。
ウチの頭を占めていたのは、大半がこの言葉だった。
自動発動である事を狙われて危機に陥ったからか、エレミアの真髄状態が解けた。
ハードヒッターの命がけのカウンターの一撃を、撃破でなく脳震盪による平衡感覚の破壊の為だけに、顎の先端に打ち込んだ。
そんな普通なら驚く事柄の連続も、ある事実には霞んで見えた。
この作戦…成功させるためには、事前に同じ構えの攻撃を破っていたほうが、破る事ができたと記憶させた都合がいい。まして、自動発動の結果ウチの意識が働かないなら尚更だ。違和感を持つ事も出来なかった。
でも…
そのためだけに『殲撃を食らう為に』、あの娘はウチと戦ったんか?
仮に自分の戦いでやる事全部上手くいった所で、貰い物の作戦で戦う事を彼女が渋る可能性だって、彼女がウチからエレミアの真髄を引き出せないまま終わる可能性だって、決して低いものやなかったのに…ありえない。
立ち上がって構える。
ウチのライフは残り5150、彼女の方がデバイスの回復能力のお陰で7200。
それよりも…
溶けて歪んだ景色の方が問題だった。
Koを量産してきたハードヒッターの攻撃の直撃、それを『脳を揺らすためだけ』に使われ、今自分の足がついてるのかもよく分からん位になっとった。
きっとここからは泥仕合。姿勢制御もロクに出来ない身体で、覇王の拳を相手に。
「ファイト!」
死刑宣告に近い審判からの試合再開の合図と共に、溶けたままの覇王の拳が向かってきた。
「っ…」
右拳を左腕で受けるもぐらついて、ついで放たれた左足の蹴りを今度は右腕で受ける。
掴むも投げるも出来ない、そもそも立ってるのかよく分からないんだから。
負ける。
このまま、こんな形で。
人の掌で踊らされるような、こんな有様で、ヴィクターや番長のところにも辿り付けないで―
「ああぁぁぁっ!!」
気がつけば、なんて言い訳はしない。
ウチは自分の意志で、なりふり構わず右の殲撃を振るっていた。
咄嗟に腕を交差させるアインハルト。鈍い音と感触が…
したけれど、彼女は立っていた。
基本演算制御する魔法。頭がやられて消耗してきた結果威力が出し切れなかった?
「っ…断空…脚!」
だらりと垂れ下がった両腕。けれど、そのままで左足先から伝えた力を以って、右足で水平に蹴りを放ってきた。
今まで使ってなかったやろ!それ出来たんか!?
水月目掛けてすっ飛んできた蹴りとの間に、振りぬいた右腕を挟む。
お世辞にも防いだと言えない不恰好なその防御のお陰か、どうにかライフは持ちこたえた。
「っそぉ!」
左腕による殲撃。
防御する腕も使えなくなった彼女は回避しようとしたらしいが、避けきれずに吹き飛んだ。
試合終了のアナウンスが響く中…
「っ!!」
ウチは硬く握り締めた左拳を突き上げた。
Side~アインハルト=ストラトス
最後殲撃を止めた腕以外の怪我はエミュレートであっさりどうにかなる程度で済んだのか、私の意識は意外と早く戻った。
医務室で一応一通りの治療を受けた所で、扉が開かれた。
「雫さん?」
そこにいたのは雫さんだった。
いつもよりも険しい表情な気がする。
「…ごめん。」
雫さんは、そう言って頭を下げた。
しばらく硬直。
「貴女でも謝る事があるんですね。」
真剣だったので言っていいか迷ったものの、素直に浮かんでしまった感想を口にしていた。
すると、雫さんは私から顔を逸らす。
「望んでやった事はともかく、間違えたり失敗した事は謝るわよ。」
「間違えた?」
「使える筈が無いと思ってた。多分私と戦わなかったら、きっと使えなかった。」
言われてすぐ察する。
無意識でなかったはずなのに使われた殲撃。
アレは彼女が自分の意志で、望んで発動したもので…雫さんが、それは出来ない弱い人だと踏んでいた所。
「貴女は私の望み通り、世界最強の人を、貴女の予想以上に完璧な形で進ませてくれただけです。戦って負けたのは私の問題、謝るなんて…やめてください。」
「…うん。」
なんとなく察してくれたのか、雫さんは私の顔を見ないまま踵を返して医務室を出て行った。
「…よく我慢したな。」
傍らについて座っていたノーヴェさんがそう言って私の頭を撫でた。
それが…限界だった。
「うあ…あぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
泣いた。
声を上げて盛大に。
謝りたかったのは、許せなかったのは私の方だ。
皆に力を借りて、夢を受け取って、命まで賭けて貰って。
そこまでして貰ったのに…
最後の最後、私が『断空』を蹴りで使いこなせていないのが原因で、倒しきることが出来なかった。
私の戦いに、皆の力を借りて、その全てが確かな支えになってくれたのに、最後の最後よりにもよって私自身の未熟のせいで…
「私…私のっ…ごめ、ごめんなさっ…」
「謝んな、謝らなくていいんだ…」
そっと、ノーヴェさんが私の頭を抱き寄せてくれる。
「覇王流の事、知りきれなくて支えきれなくて、それでしょうがねぇって、何も出来てなかったあたしの責任だ。お前はやれるだけ…いや、それ以上にやってくれたさ。」
「っ…ああぁぁぁぁぁぁっ!!!」
泣いた。
もう理由とか理屈なんかじゃ無かった。
悔しかった。自分の弱さが、届かなかった事が…
ただただ、心の底から悔しかった。
SIDE OUT
結果が結果だけに切ない題名ですが、クラウスはヴィヴィオ達と知り合いじゃない。って意味合いでつけてます。