第三十一話・過去を手に今から先へ
Side~月村雫
私を前に、ファビアは妙な小悪魔を取り出す。
「シズク=ツキムラ、コレを…」
「見ないわよ。」
言いつつ、私は瞳を閉じていた。
呪術使い相手への正攻法は、条件をそろえさせない事。
呪いには基本、距離も時間も無い。写真とか毛髪とかを人形といっしょに釘で打つだけでかかるようなものに、念を入れて損はない。
魔法が科学になってるこの世界じゃもっと条件厳しいのかもしれないけれど…そこまでは知った事じゃない。後からアインハルトにでも聞いてみるか?
そして、瞳を閉じた私を前に、彼女がずっと立っているわけも無く…
「ふっ!」
「っ!?」
小悪魔を手にしていた腕が動く気配を感じたタイミングで、私は目を開いて斬りかかった。
どうにか宙に浮いて斬撃をかわした彼女目掛けて、右袖の飛針を左手で投げた。
「っ…」
数本の針が足に刺さって顔をしかめるファビア。
「薄目を開けてた?ううん、そんな小細工で認証から逃げられる訳…」
「見てなくても気配くらい分かるわよ。それだけで戦えるほどじゃないけどね。」
言いつつ、私は右の刀を納めた。
それと同時に、ファビアの身体に力が入り始める。
浮いていた彼女は、ゆっくりと下降する。…内股で。
「お…まえ…っ…」
「毒じゃないんだからそんなに睨まなくても。ただの利尿剤よ。利尿剤。」
毒じゃないというにはアレだが、まぁ気にしない。
震えながら私を睨む彼女を前に、私は笑いながら懐からカメラを取り出す。
「お漏らしシーン大公開とか面白そうよね。ほらほら、みっともなくどうぞ。」
「っ…!!」
真っ赤で涙目の彼女が、手を突き出して魔法を展開する。
くだらない演技に引っかかる…隙だらけだ。
瞬間、私はカメラを手放して踏み込んだ。
「遅い。」
指先で掴んだ彼女を、後頭部から床に叩き落す。そして掌底で再度顔面を押してもう一度。
選考会で使った手だけど、結構効きがいい。
周囲にいる小悪魔達を睨む。
事としだいによっては斬り殺す。一睨みでそれが伝わったのか、整列して動かなくなった。
別におかしくも無いことで作り笑いするのも大変ね。おかげで楽に倒せたからいいけど…
こんなんで倒されるって、本当強いだけの子供ね。
「…ど外道。」
いつの間に顔を出したのか、空からルーテシアが呆れた表情で私を見ていた。
都合はいい…かな?
Side~八神はやて
えーと…何がどうしてこうなったんやろ。
ちょっと妙な気配を感じて、皆の引率をノーヴェに任して気配の下にきたんやけど…
「…ふざけた公務員め。」
「あ、貴女がよく…っぅ…」
壁に背を預けて息を整えている雫と、結構な痛みがあるらしく脇腹の辺りを押さえて動かなくなってるるー子。
それから…全身を拘束されて泣きながら震えているファビアの姿があった。
「とりあえず、話聞いても?」
私は苦笑しながら肩を竦めた。一体全体何があってこうなったのやら。
事情を聞いて、ファビアがあんまりにも可哀想になった。
いやまぁ元はと言えば、昨日ホテルでの会話を盗聴、窃視してて、ヴィヴィオ達を襲撃しつつエレミアの手記を横取りしようとしてた彼女が悪いんやけど…
利尿剤撃ち込まれてお漏らしコールで騙され錯乱状態で気絶させられ、目を覚ました所で雫とるー子が口喧嘩しとって、その隙を突いて逃げようとるー子に奇襲しかけようとしてそれを雫に見抜かれて肺への峰打ち強打。
呼吸困難で悶えている所を魔力錠で動けなくされ、やりすぎだと雫もひっとらえようとしたるー子と、隙だらけのるー子が悪いと冷めた返答をした雫が戦闘開始。
以後、身動き取れない状態で流れ弾やら何やらに襲われる恐怖にさらされていたという。
「あー…」
「すみません…」
どうしたものかと困る私を前にシュンとなるるー子。
局員が騒ぎに一役買っとる感じに見えなくもないし、落ち着いて反省したんやろか。
「どうしてそんな喧嘩に?」
「魔女の呪いと記憶。受け継いで、それに従ってヴィヴィオ達を襲うつもりでいた彼女に、先祖から継いだものを呪いのままにするか祝福にするかは自分の選択だ…って、注意したんです。そしたら…」
「言葉遊びと飾りに逃げるな、事実は何も変わらない。…って私が言ったのが気に障ったみたい。公務員がそんな理由で暴れないでくれない?」
「貴女まだ…っぅ…」
この後に及んで挑発的な事を言う雫に食って掛かろうとするるー子。
けど、脇腹を痛そうに押さえる。…見た目より酷そうやな。
「とりあえず回復魔法使うよ。癒しの風よ…」
夜天の書から、広域回復魔法を引きずり出して使用。
それで収まったのか、雫もるー子も普通に立つ。
「魔女で居たいならいればいいとも言ったでしょ、犯罪者をそのままにしておくような事を言うから。」
「会話のこのあたりで彼女を再度倒したんです。それで、だったら殺人剣を振るってる私も捕まえるのか?と聞いたら、襲い掛かってきたので返り討ちに。」
「軽く泡吹くまでやったら過剰防衛も程があるわよ、息があるか心配になったくらいなんだから。」
見た感じ、多分魔力ダメージの攻撃を強行突破したんやろけど、それでもるー子をさらっと返り討ちにしたとか言えるんか、雫。
怖い子に育っとるなぁ…
「雫も、危ないから一人で何でもせんでな?」
「無理があるならヴィヴィオかノーヴェに繋げるように端末は持ってました。ただ…局員に繋ぐとどうしたって探検の邪魔になるかと思って。」
無理があるなら連絡、逆に言えば余裕だと判断されてその通り倒されたファビア。
あ、震えて泣きそう。
…ま、何がしたいか察しはつく。
戦乱に振り回された子や、その記憶を持つ子にとってはヴィヴィオ達はただの王の先祖。
因縁があって、本人達と知り合う機会もないままの子やったら、アインハルトが辻斬りやっとった頃と変わらん。
つまり…誰も知らん間に片付けて、普通に知り合いにさせたかったんやろう。
そんなんでもなければ、局内で一人、誰にも連絡せず静かに片付ける必要なんてない。
いい顔や自慢がしたくて一人でやるなら、汚い手を使う理由もないし。
で、るー子と喧嘩になったんは…
「雫には人事やないもんな、古くて忌み嫌われる大事なもの。それを自分で選んだ子が悪口言われてるのを前に黙ってはおれんか。」
予想が大当たりだったのか、雫はフイと視線を逸らした。
それでるー子もようやく気付いたらしい。
御神の剣、何代も前から続き、近年本家が滅び、途絶えかけている殺人剣。
スバルたちフォワードすら事細かには聞いてない話だからるー子も当然全容までは知らんけど、それでも古流の殺人剣って事は知ってる。
「…もういいわ、確かに覚悟不足のお子様を庇う理由は私にはないし。騒がせてごめんなさい、はやてさん、ルーテシア。」
言って頭を下げる雫。
私がるー子を見ると、るー子の方も小さく頭を下げた。
「なら、ファビアはちょっとお話聞かせてな。」
「私は?」
「警備の見直しとかしたいから、来た道とかだけ教えてくれれば。ファビアとはベルカ関連で聞かれたくない話もあるかもしれんし。」
ファビアだけを名指しにした理由を確認すると、マップと移動情報をるー子に送る雫。
そうして、済ませることを済ませて帰路に着こうとする。
「何でここまでしたの?王の事、他人って言ってた筈…」
去ろうとした雫の背に、ファビアが声をかける。
雫は立ち止まり、振り返らないまま答えた。
「高町ヴィヴィオもアインハルト=ストラトスも王様じゃない、私みたいなのを友人扱いする変わり者よ。そういう子が気兼ねなくやりたい事が出来るように…私の剣はある。」
今度こそ止まらずに帰る雫。
変わり者…ねぇ、素直に友達言えばええのに。
「あそこまでわかっとるんやったら、別にるー子と喧嘩せんでもええのにな。」
「え?」
「自分の持ち物、その効果。それらが何一つ変わらなくても、『何に使うか』は自分で決められる。」
自分の力が何なのかをいくら言葉で飾っても、事実は何も変わらない。
魔女の呪いが呪いのままでも、剣が人を斬るものでも、それでも…
「君は、どうしたい?魔女の記憶に従って王の末裔達を呪うか、高町ヴィヴィオ達と昔話をするか。」
「私…は…」
「…ま、その辺の事も、お話しながらでもゆっくり考えよか。」
俯いて瞳を閉じたファビアは、そのまま小さく頷いた。
さて、後は…
「…着替え用意するからちょう待ってな。」
「ぁ…っ!!」
興奮状態だったのか、ようやく自分の状態に気付くファビア。
利尿剤打ち込まれて気絶させられた彼女の着替えやらなんやら、一通り用意せんとな。
Side~アインハルト=ストラトス
エレミアの手記を見つけその内容に触れた後、歓談の中から抜け出すように一人で帰る。
ヴィヴィオさん達が悪い訳じゃない…どころの話じゃない、私が悪い。
過去を忘れて生きていいのだと示されると、…微笑んでしまいそうで怖い。
屈託無くすごせる皆さんに呑まれる様に。
『クラウスもオリヴィエもヴィルフリッドも他人だし。』
ズキリ…と、胸が痛む。
既に取り返しがつかないところまで今に心を奪われているのかもしれない。
あの雫さんに拒絶を示されただけで、胸が痛むのだから。
こういう事を告げてもまるでおかしくない人なのに。
過去に縛られて、普通の皆はそう言う、表現する。
ただ…
知りたいといい、屈託なく笑ってみせるヴィヴィオさん。
王族など関係ないとばかりに言い捨てた雫さん。
彼女達は、そんな事を言わなかった。
チャンピオンと戦った時のように、私はこの身に宿る過去の鎖を、自らの意志で掴んだままで前に進む事が出来るのだろうか?
縛られるのでも囚われるのでもなく、選んで自分で掴んで進む。
それをやりきるつもりなら、ヴィヴィオさんに拒絶を示すなど論外だ。
「このまま…心と身体を満たす温もりを感じ続ける事が…怖い。」
暖かさに触れれば触れるほど、手放すつもりの無い覇王の悲願を達成する事もないまま微笑んでしまいそうで。
それが…どうしようもなく…怖い。
分かっている、それが、他でもない私の弱さのせいなのだと。
ヴィヴィオさんは、あれだけ明るく楽しく過ごしているのに、雫さんと戦った時にもインターミドルでも凄い覚悟や意志力を持っていた。
雫さんも、普通に話したり遊んだりとしていながら、根底にある戦闘の厳しさについてはぶれない強さを持ち続けている。
手放したくないものを持ち続けて、今の暖かさの中で過ごせる強さが私に足りていないんだ。
分かったところで、ただ自分が弱い事が原因で拒絶してしまったヴィヴィオさん達に申し訳なくなるだけで、解決策がまったく浮かばなかった。
Side~高町ヴィヴィオ
「ただいまー…」
「お帰りヴィヴィオ。ってあれ、元気無い?」
出来るだけ普通に…って思ってたんだけど、全然取り繕う事も出来てなかったみたいでなのはママに一発で見抜かれる。
黙っててもしょうがないし、素直に話す事にした。
雫さんに、『王様の事は関係ない』と突っぱねられた事。
エレミアの手記を見つけてその内容に触れてからか、アインハルトさんがよそよそしくなってしまった事。
「…二人の事、って言ったらそれまでかもだけど、なんかこう…うにゃぁー…って。」
「あー…らしいって言うか、何て言うか。」
机に顎まで乗せる勢いで潰れる私を前に苦笑するなのはママ。
スケジュール表を開き、何かを確認してそれを私に向けて指差す。
「稲神山一週間…雫さん?」
「雫ちゃんの御神家修行日程。学校もあるから全部は無理だけど、休みのタイミングでなら顔出せるよ。どう?」
「行きたいけど…」
雫さんの邪魔になりそうでちょっと抵抗がある。
強くなるのに必要なものをインターミドルで探す意味が無い、って話もコロナとアインハルトさんから聞いているし。
第一、魔導師が混ざるのを許してくれるかどうか。
「訓練場でキャンプをするけど、そこについていく位は大丈夫だよ。実際に斬りあう時は危ないから混ぜて貰えないかもしれないけどね。行きたいなら、私が外堀から埋めてあげる。」
「あ、あはは…」
心底楽しそうななのはママ。
外堀から…って事は、パパさんとかそういう人に許可取るんだろう。
そっちで許可が出ちゃったら、雫さんに選択の余地はない。
「一人で突っ張ってれば強くなれるって、そう思う時もあるんだよね。私は結局それじゃ駄目だったけど。」
物思いと共に呟くなのはママ。
一人思いつめて無茶したらどうなるか、昔大怪我して以来それをかみ締めるように考えてるって聞いてる。忘れないように。
「ヴィヴィオ、助けてあげて…とまでは言わないけど、二人が大事なら覚えておいてあげて。」
「うん!」
王様の事、ベルカの事、身内の事、剣の事、いっぱいいっぱいあって関わったりそうでなかったりって言うのは分かってるつもりだ。
けれどやっぱり、私から見たら雫さんもアインハルトさんも、優しくて強くて格好いい先輩さんで友達。それだけで十分大事だ。
「なのはママやフェイトママがそうして来たみたいに、困ったり辛かったりするなら、知りたいし助けられるようになりたいもん。全力全開で強引にっ!」
笑顔でガッツポーズを作ったんだけど、なのはママは椅子からずり落ちてずっこけた。
あれ?ママ達の武勇伝を聞く限りだと大分強引だったような気がするんだけど?なにか間違ってたのかな?
SIDE OUT
手洗い…実際数時間の任務とか気合で耐えるんでしょうか(汗)