第三十二話・のどかな時の中で
Side~アインハルト=ストラトス
何故でしょう、逃げてしまった筈なのに、何故…
「「「地球到着っ!!」」」
何故また引っ張られて来てしまっているのでしょう…
『雫さんの修行地に行くんですけど、アインハルトさん予定は大丈夫ですか?』
「あの…私はいつも通り」
『なら大丈夫ですねっ!』
「え?」
『準備は着替え位で大丈夫ですから!それじゃ待ってますね!!』
昨日、ヴィヴィオさんにコレで通信を切られてしまった。
ノーヴェさんのノリなのか、お母様の影響か、畳み掛けられて断る間も無く決まってしまった。
いつも通りと聞いた瞬間に大丈夫って…いやまぁまともに友人を作っている訳でも凝った予定がある訳でもない私が悪いのかもしれないけれど。
結局、すさまじく張り切った様子のヴィヴィオさんに断る事もできず来てしまった。
「あんまりそういう事言わないようにね、管理世界じゃないから。」
「はーい。」
引率してくれたなのはさんの注意を受ける皆さん。
普通には管理外世界に来ることなど無いので、貴重な機会である事は間違いなく、あの雫さんの修行地に行くとの事で強引に取り付けられて…
なんだかんだで、断らなかった私の意志が弱いのでしょうが。
「それじゃ、後は私が。」
「ありがとね、すずかちゃん。」
忍さんや雫さんと同じ綺麗な紫色の長い髪の女性。
似ているのだけれど、なんというか…テラスで飲み物を傾けるような、清楚というか上品というか、そんな姿が浮かんでくる。
なのはさんは用事で各地を回るらしく、帰る時までは皆さんと一緒にいる事になる。
来てしまった以上、はぐれたら帰ることすらままならない。
「管理外世界って言っても、ちゃんとある程度の文明はあるから、そんなに硬くならなくても大丈夫だよ。」
「は、はい…」
親切な方ばかりで緊張感が途切れてしまいそうになるのが不安なのだけれど、私の変わった事情など知る由もないすずかさんは、やわらかく接してくれる。
…慣れないと、いけない。
少なくともこの前のように拒絶したままで泊まれるわけも無いのだから。
Side~月村雫
あまり試合はしていないものの、お父様には届いていない。
というのが美由希さんの自己評価らしいけど…よく言う。
刀じゃ掠る気もしない、飛針くらいなら相打ち気味のタイミングで狙えば当たるかもしれないけれど、骨断たせて肉斬ってもしょうがないし…
狙うか。
対魔導師用に教わって、ジークリンデ戦には間に合ったものの使うタイミングが無かった、縮地と連動した『長射程抜刀術』、虎切。
飛針を牽制に投擲しつつ、距離を開け…
「射抜。」
「っ!?」
体勢を整える間もなく踏み込んできた美由希さんに殴られて吹っ飛んだ私は、そのまま川に落ちた。
胸が痛む中、私は…
「っはぁ!!!」
立ち上がると同時に左手で水飛沫を巻き上げた。そして、間髪いれずに右手でナイフを投擲する。
視界を水で埋めたにもかかわらず、まるで関係ないように投擲されたナイフを掴んだ美由希さんは、投げたナイフの柄側を私に向かって投擲した。
腰までどっぷり水に浸かったような水中じゃまともに動けるはずも無く、まともに柄が命中する。
「はい、無茶しない。もう終わってるんだから。」
「ぁ、す、すみません…」
抗おうとばかりしていて気が回っていなかったが、そもそも刀で突くはずの突き技を、あえて拳にしたんだ、刀を持ったまま。さっきの一撃で既に私は終わってる。
「胸は大丈夫?」
「大丈夫です、便利な身体なので。」
「痛めたらまずいから何かあったら言わないと駄目だよ。」
師匠に向かないとはお父様が言っていたけど、こういう気遣いをする所なのかもしれない。
お父様にはほぼほぼ怒られるばっかりだし。
「この後はヴィヴィオ達が来る日ですよね、多少疲労が過ぎてもどの道今のペースではやらないですから。」
「それもそうだね。」
こっちに来るに当たって、ノーヴェコーチに私達がやってる基本メニューについて見てもらって、そのままヴィヴィオ達を…それも世界が世界だけに身体強化なしで混ぜていいかと聞いて、全力で却下されている。
私と違って美由希さんは疲労抜きも必要らしいので、最後二日をそれに当てつつこのへんの紹介やキャンプを楽しむ程度に当てたいと思ってる。
美由希さんの『仕事』の話は、子供の前では出来ないし。
現在、美由希さんは香港国際警防部隊で、実動隊の一人になっている。
…知ってる人からすればこれだけで子供の前で喋ろうとは誰も思わない。
「ん?…来たかな。」
「え?あ、本当だ。」
遠くから微かな音を拾えた私が人の接近に気付くと、美由希さんも周囲に意識をめぐらせ、気付く。
「感覚関係は大分凄いよね。たはは…私本職なのに…」
「ただの音とかならさすがに私の方が。身体が身体なので。」
母さんも、力任せに喧嘩したらお父様ですら危ない身体能力がある。
特別何もしてない母さんがそれだけなら、私が研ぎ澄まされてるのは当然だ。
…いや、誇るべき所は誇っておこうか。
身体能力は貰い物、と自慢にする気が薄かったけれど、それを気にしすぎてたチャンピオンを思い出した私は小さく頭を振った。
Side~アインハルト=ストラトス
山篭りは修行となると最適なのだろうか。
聞けばチャンピオンもしているようだし、色々と勉強になるかもしれない。
…なんだかんだと満喫してしまいそうになって、再び自己嫌悪。
ヴィヴィオさん達に拒絶の意を示してしまっておいて、誘われて満喫しているようでは…何をやっているのかと自分が情けなくなる。
「っ!」
「え?」
俯いていると、突然ヴィヴィオさんに押しのけられる。
何かがヴィヴィオさんに…私のいた位置に向かっていて、ヴィヴィオさんはその何かを拳で弾く。
べちゃ、という音がした。
「お見事。」
と、さっきまでろくに気配もしなかった木の影から二人の人影が姿を見せる。
雫さんと、大人の女性…高町美由希さん。
「私達の修行地体験ってことで、せっかくだから気分だけでも味わって貰おうと奇襲かけてみたけど、やるじゃないヴィヴィオ。さすが高町家ね。」
「それにしても泥団子は酷いですよぉ、怪我しないようにって言ってももっと何か無かったんですか?」
「川近くにテント張ってるから、洗うのに不都合はないって。そんな汚れるの嫌いなお嬢様みたいなこと…お嬢様だったっけ。」
奇襲を受けたというのに和気藹々と行った感じのヴィヴィオさんと雫さん。
さすが高町家って…家中こんな感じなんでしょうか?殺伐としてる気が…
「ところで、気分だけとは?」
「あれ?ノーヴェから私達の普段の無茶には生身でつき合わせるなって話が出てるって聞いたけど…管理外世界だから、派手に素手で木とか折られても困るし。」
意外そうな雫さんの反応。
ヴィヴィオさん達に視線を向けると、一斉に視線を逸らされた。
…やられた。確かに修行する、と直接聞いたわけじゃない。
普通のトレーニングや体術くらいならともかく、ここで魔法を使うわけにもいかない以上、コーチ指示で雫さんにつきあわせないようにするのはむしろ必然だって言うのに。
「ま、後で美由希さんと試合したりもすればいいわ、練習用木刀もあるし。魔法なしってなると、4対1でもクリーンヒット出せないかもしれないけどね。」
「フェイトちゃんとかシグナムさんとか全然下手なんてことなかったから、そんな差あるかどうか。」
笑いながら言う美由希さんだったが、私は戦慄していた。
お二人とも手合わせの経験があるが、あの人たち相手に下手じゃないなんて、自然に出ていい台詞じゃない。どんな格差だと言うのか…
「ところで、こう言う所での基本として食料の現地調達って項目があるんだけど、私とアインハルトに魚任せてもらっていい?」
え?
「うん分かった。それじゃ皆は山菜集めね。すずかちゃんは飯盒とかお願いしていいかな?」
「はい。」
返事をする間もなく役割が決まってしまって、どちらがいいとか言う間もなく雫さんに手を引かれた。
Side~高町ヴィヴィオ
なんでか雫さんがアインハルトさんをまっさきに連れてってしまった。
うー…雫さんともアインハルトさんとも話せる状況じゃないって、なんだかなぁ…
「ヴィヴィオ、二人の事気になるんでしょ?」
「へっ?」
図星を見事に突かれて慌てて視線を移すと、ちょっと笑ったリオの姿があった。
「アインハルトさんとか雫さんと知り合ってから妬けるくらいだよねぇ。」
「もー、そういう言い方しないでよ。」
ぶんぶんと手を振って抗議するも、リオどころかコロナまでそんな私を見て笑う始末。
アインハルトさんはちょっと憧れの先輩…って感じだし、雫さんは元々身内で厳しいけれど優しく、いつかママを守れる位になりたいって思うなら、私でもそれが出来る事を証明しないといけない。
単に仲良くなったリオやコロナとはちょっと違うわけで、妬けられても困る。
「アインハルトさんは大変そうだけど、雫さんは大丈夫だよ。」
確信を持っているかのようなコロナ。
確かにアインハルトさんはともかく、雫さんは特に私達が来るのを嫌がったりって事はなかった。
そうは言っても、手記探しに行くときみたいにいつ拒絶されるかと思うと…
と、そんな私達を見ながら、美由希さんがくすくすと笑っていた。
「ああ、ごめん。懐かしいな…って。」
「懐かしい?」
「なのは達もそうだったなって。元々三人仲良しで、フェイトちゃんが来てから気になって気になって。気にしすぎて怒られたり。」
なのはママと一緒って言われてちょっと嬉しくなる中、二人からの視線がちょっと怖い。
あわてて視線を周囲に逸らすと、綺麗なきのこを見つけた。
「わ、赤くて綺麗。」
「そういうのは毒だよ、こっちの長い奴は…」
「きのこは無理に触らないようにね、下手したら死んじゃうから。」
文系で無限書庫まで行ってる私達にはそれなりの情報はあるものの、そういう半端な知識が一番危ないって事で、美由希さんには特に見張られることになってる。
山菜探しに戻りつつ、私はやっぱり気になるアインハルトさんと雫さんの事を考えてしまう。
…なのはママみたいに二人に怒られないように気をつけよう。
Side~アインハルト=ストラトス
こんな事をしている場合じゃない。
針を川に沈めて、揺れ動く水面を見つめているとそんな焦燥感を抱いてしまう。
「よ…っと。」
「あ…」
隣であっさりと一匹目を釣り上げる雫さん。
私はその様子を横目に、再度水面を見…
動いていたので引き上げるも、遅すぎた。
再度、水中に針を沈める。
「ずいぶん頑なね。」
少しの間の後に、雫さんが話しかけてきた。
今となると、少し癇に障る。
「…貴女には関係ない事の筈です。」
「ま、そうだけど。ヴィヴィオが遠慮気味だったのは私にもだし、人の事は言えないわね。」
ヴィヴィオさんの名前を出されると、少し…痛い。
私の都合で拒絶した、初めて会った時のように。
「覇を以って和をなす…だっけ?貴女の願い事、今の貴女には無理そうだから言っておいてあげたくて。」
「どういう…」
「見当もつかないの?今の貴女がどれだけの力を手に入れたって和をなす存在にはなれないって言ってるのよ。」
関係ないと言ったとおり、責めるでもない口調で告げられる言葉。
それでも、その内容は聞き捨てならないものだった。
エレミアが最強の能力でもジークさんが普通の女性だったように、私が原因で覇王の願いが叶わないと、彼女はそう言っている。
けど…関係ないと言い切ってベルカの話を適当に聞き流した挙句エレミアの手記探しにもついてこようとしなかった癖に…そう思うと、我慢ができなかった。
「今更何をっ」
「ふっ…」
「あ…くっ!」
二匹目を釣り上げる雫さんを見て、慌てて視線を戻すと、今度は丁度タイミングが良かった。
間に合った、そう思って思い切り竿を振り上げ…
魚が針から外れて宙を舞った。勢いが良すぎて水飛沫も上がる。
竿から片手を離した雫さんがその手を振るうと、伸びた金属糸が宙の魚に巻き付いた。
まるで慌てた様子も緊張も無い、いつ何が起きてもこういう事が自然に出来るのか。
雫さんの手元に来た私の舞い上げた魚は、針が刺さった状態で強く引っ張られたせいか、口が裂けてしまっていた。見ていてすさまじく痛々しい。
「和を…って言うけどさ、慕ってくる人、手を伸ばす人、全てを突っぱねて独りで強くなったとして…覇道はともかく和をなす方はどう考えても無理でしょ、現に今既にヴィヴィオと上手くいってない。」
「ぅ…」
口の裂けた魚を差し出されながら告げられる事実に、否定の言葉が返せなかった。
「覇王の悲願、目指してるんでしょ?今の有り方が望みなら、覇王様はコミュ障の引き篭りだってアクアに広めて貰うわ。」
「…貴女だって似たようなものでしょう。」
「私は学校行ってないからね、お嬢様と違って不良なのよ。」
笑顔で言う雫さん。けれど、どっちが不良か分かったものではなかった。
バケツの中には、雫さんの釣り上げた魚二匹がゆったりと泳いでいて、手にした魚の怪我は、同じところに入れるのを躊躇う程だ。
「強くなるのに必要な、私達にないもの。」
「それは…」
「なんとなく…ね、こういう所にありそうな気がして。だからこっちに誘ってみたの。」
言いつつ、雫さんは私の手にした魚をひったくるとバケツに放り込む。
そして、首で釣りを促した。
肩の力を抜いて、心静かに水面を眺める。
しばらくして、私は竿を引き上げた。
針には、しっかりと魚がかかっていた。
「お見事。どう、見つかりそう?」
「釣りで見つかったら苦労はないです。」
「同感。」
上手くいったのに淡白な返事をする私に、肩を竦める雫さん。
そして、竿を手放すと刀を抜く。
「そろそろヴィヴィオ達の方も終わってると思うし、手っ取り早く済ませようか。」
「え?」
手っ取り早く済ませる。
意味が分からず呆然としている私を前に、刀を振りかぶった雫さんは…
川横の岩に刀を叩き付けた。
振動音が響き、そして…
ぷかぷかと、何匹かの魚が水面に浮いた。気絶している。
川に入っていった雫さんは、そのまま浮いた魚をバケツ目掛けてテンポよく投げる。
最初からそうすればいい、そんなこと雫さんが分かってないはずが無い。
私に釣りをさせるため…力を抜いて心静かに、そんな状態にさせるため。
変な緊張感は、かなり落ち着いていた。
「釣りで見つかったら苦労はない…なので、苦労したいと思います。」
「ん?」
「ヴィヴィオさん達と居て微笑まずにいるほうが、難しそうですから。」
自分の都合で難題から逃げて、傷つけたくない人を傷つけないように。
「そう。」
短い返事だったけれど、何故か一番優しい声に聞こえた。
魚の入ったバケツを持ってテントへ足を向け…
背後からわずかな気配。
振り返ると同時に飛来する泥団子を見つけ、私は片手でそれを崩さず掴んで投げ返した。
ぎりぎりでかわした雫さんだったけれど、服を掠めて泥がついた。
「…旋衝破ね、やるじゃない。」
「貴女やヴィヴィオさんに負けてはいられませんから。」
覇を以って和を成す、かつてクラウスに出来なかった事を…大切なものをこの手で守れるように。
Side~高町ヴィヴィオ
アインハルトさんと雫さんが、なんか仲良くなっていた。
良かったんだけど…
「はい、これ。ヴィヴィオ達の分もよろしく。」
「分かりました。」
いつまでも火に差しておくと焦げてしまうからか、焼き加減を見ていた雫さんが丁度いいタイミングを見計らって焼けた魚をアインハルトさんに渡す。
アインハルトさんの方も、予期していたみたいに紙皿にそれを受け取る。
「あの…どうかしましたか?」
「えっ、や、なんでもないです。」
魚を持ってきてくれたアインハルトさんに私の方が心配されてしまう。
それ以上動揺しているのも変なので素直に受け取って、雫さんを見る。
…家の戦技を継ぐのに一生懸命、強くなるのに同じものが足りないらしくて、あんまりはしゃぐようなタイプじゃない。
雫さんとアインハルトさんって、案外似てて相性いいんだろうか?
「魚ならもうないわよ?」
「べっ、別に食いしんぼうじゃないですー!!!」
雫さんに笑いながらからかわれて腕を振り上げて抗議する。
アインハルトさんも少し雰囲気が和らいでるし、上手くいったのかもしれないけどっ…
無理にアインハルトさんを誘い出した割りに、なんだかいつの間にか全部終わってるみたいだった。
良かったけど、なんだか乗り遅れたみたいな気分だ。
SIDE OUT
泥遊び…は、経験なさそうなメンバーだと(苦笑)