第二話・惑う少女
Side~アインハルト=ストラトス
まだ少しふらつく頭を抑えて、私はその家の前に立っていた。
昨日叩きのめされたばかりで、頭がまだ痛む。
『私が卑怯だからって理由で、その状態で誰かを守る事が出来る?』
「っ…」
頭の痛みとともに、別の痛みも一緒に走る。
胸の奥から聞こえる、数百年分の後悔と過去の哀しみ。
それが、突きつけられた事実から逃げられずに痛みを発している。
この痛みを、悲しみを、受け止めてくれる相手として紹介されたヴィヴィオさん。
でも、何も知らず純粋に格闘技を楽しんでいる彼女にこんな拳は向けられない。
だから断った。そして…
直後、受け止めてくれる相手どころか、傷を広げに来た少女に叩きのめされた。
守れないという言葉が反響する。
…怯えるな、逃げるな。
もし、覇王の悲願を成すのなら…それを断ち切った敵相手に、泣き寝入りして逃げるわけには行かないのだから。
「いらっしゃいませ。」
「ぇ?」
入るなり、銀髪の女性が綺麗な一礼をした。
割引券に描かれていた地図を頼りに店まで来たのだけど…もしかして、彼女本人とは関係ないのだろうか?
「あ、あの…月村雫さんと話がしたいのですが…」
「雫?友達という訳でもなさそうだけど…」
いきなり厳しい問いを投げられた。
『試合で叩きのめされたので話がしたい』なんてわけの分からない理由が通じるわけもないし…
「どちらにしても遅くなるだろうから、夕食時位まで家の方で待っていくか?」
「あ、その…」
断ろうとして、頭痛に目を細める。そんな私の様子を見て、微笑む女性。
「中まで案内しよう。平日はこの通りだから、気にすることはない。」
「え、あ…」
女性が言うとおり、確かに店内に少しある席は、一つも埋まっていなかった。
だからといって私がいきなり世話になってしまう理由が無いのだけど。
「んー…フレイアー、甘いものー…」
と、家に入るなり聞こえてきた声とともに姿を見せたのは…
下着姿に黒い男物のシャツを羽織っただけの女性だった。
「し、忍!なんて格好で!」
「別に人が来るわけでもないしい…」
眠そうに目をこすっていた女性が私を見る。目が合う。
私は気まずくて眼を閉じて顔を逸らした。
「ちょ、い、言ってよ!」
「珍しく部屋から出ている時にだけそんな事を言われても…」
ばたばたとかけていく音がして、しばらくして戻ってくる足音がした。
私は漸くそこで目を開く。
「始めまして、月村忍です。」
黒い服に髪と同じ紫色のタイトスカートをはいた女性が、仕切りなおしとばかりにそう名乗った。
第一印象って侮れませんね…私も気をつけましょう。
「あの子そんな事してたのね…これは恭也に怒って貰わないと。」
フレイアさんが店番に戻った後、忍さんに一通りの話をした。
私との一戦の事は伝わっていなかったのか、忍さんが少し険しい表情をした。
「私も同意しての事ですし…その…危険度で言えば私の方が…」
「そっちもだけど、そもそもあの子半人前以下なのよ。そんな事件とか騒動に関わろうなんて勝手な事したら危ないから。」
半人前…以下?
私は、そんな人に魔力もなしに断空拳を捌かれたの?
「あ、えーっと…強いは強いから、そんなに気にしなくてもいいわよ?」
慰められても答えられる言葉がない。
黙りこくってしまった私を前に頬杖を着いた忍さんは、にっこりと笑う。
「あの子学校行かずに鍛錬してるから。」
「え?」
あまり道徳的な話とも言えず、どうコメントしていいか迷う。
学校行かずにって…
「もうしばらく離れる予定もないし、学校くらい通ってもいいんだけどね…『必要ない』って。」
「必要ない事はないでしょう。」
「全くね。」
私の言葉に頷く忍さん。
そう言っても、通わせてないのは忍さんも同じではないのだろうか?
尤も余所の家の事情にあまり口を挟むものではないので、流すことにする。
「ですが彼女は…」
「魔導師じゃない?」
「…はい。」
騎士だという訳でもない、魔法の使えない人間。
そんな相手に負けて、気にしないという訳にもいかない。
だって…私は身体強化も断空拳も使ったのだから。
「でも、『一人前』はもっと強いわよ。」
「一人前…ですか?」
「なんだったら戦ってみりゅっ!」
唐突に、喋っていた忍さんにハリセンが飛んできた。
投げられたのだろうそれを来た元を見る。
「勝手に人を担ぎ出すな馬鹿者。」
「うぅ…いいじゃない今更。」
見てみると、黒尽くめの男性と…
その傍らにボロボロの雫さんが居た。
額に包帯、頬にガーゼを当てている姿は何かの襲撃にでもあったのかと心配するほどで…
「何?見ての通りなんだけど、今から戦う気?」
「い、いえ…私も今日は訓練を止められてまして…」
「…あぁ、頭揺らしてるものね。」
覇気の欠片もない装いに口調。
これが私を…覇王流をへし折った少女とはとても思えない。
「君がアインハルトか。この馬鹿娘が迷惑をかけたらしいな、済まない。」
「合意の上でしたから。」
「そうか。用事は雫になんだろう?少し部屋で話してくるといい。」
「こっち。」
私が答える前に、雫さんは歩き出してしまった。
少し躊躇ったものの、雫さんにだけ用事があったのは本当なのでついて行く事にした。
「部屋は防音完備だから何喋っても大丈夫よ。で、何の用?」
ベッドに腰掛けた雫さんが用事を聞いてくる。
私は勧められるままクッションに座って話を切り出す。
「貴女は…私に言いましたね、守れないと。覇王の話をどこまで知った上で来たのですか?」
私が個人的に聞きたかった事。
覇王の…クラウスの事は私にとって全てと言って過言じゃない事だ。
気にせずにはいられなかった。
「聞いた話で悪いんだけど。覇王イングヴァルトは昔、ゆりかごに向かうオリヴィエをとめるために一騎打ちを挑んで負けて結局阻止できなかった…って位。」
「確かにそれで、覇王イングヴァルトが守るために力をつけたところまでは分かりますけど…」
私がその記憶を受け継いでいる事までわからなければ、私への挑発には使えないのではないか。
そう疑問に思っての問いかけだったけど、呆れたような溜息一つ返されて終わる。
「伝承を読んだのか、記憶を直接持ってるのか…相当入れ込んでるのは見れば分かるわよ。」
「そう…ですか…」
初対面の人から見てまで私はそんなに余裕無く見えるのだろうか…
見えるんだ、きっと。私は覇王流を存在理由だと思ってるんだから。
「で、それを確認してどうするの?」
「…貴女は私に守れないと言いました。貴女がやったような卑怯な戦いをしなければならないようでは、覇を以って和をなすという覇王の悲願を叶える事が出来ません。」
「納得いかない?」
馬鹿にするでもなんでもない純粋な問いかけ。
正直に言えば、納得出来る筈もない。私にとっては命題なのだから。
「ですが…私は貴女に負けましたから。」
結局の所はこれに尽きる。
彼女に倒されて動く事が出来なくなった私は、ゆりかごに去り行くオリヴィエを見送る事しか出来なかったクラウスと同じで、何も救えず守れないまま。
と、唐突に盛大な溜息が聞こえてきた。
「貴女…どうしたいの?」
「え?」
「覇王さんが苦悩してたって言っても、今からオリヴィエさん蘇らせられる訳でもないから、無念を晴らすって言っても根本的解決なんてないわよ?」
「っ…」
解決がない。
何一つ終わってないこの悲しみの記憶を、どうする事もできない…
「私は、堂々と最強名乗りがしたいだけなのかと思ってたんだけど。」
「え?」
「だって、私が見せた戦いでの守り方納得いかないんでしょ?」
雫さんの言う守り方、何をしてでも。
試しに、毒入り飲料を勧めたり、油断してる所に後ろから殴りかかるクラウスを想像する。
実力で挑んで必ず勝つなんて都合のいい話はいつでもあるわけじゃない。
オリヴィエが守れたのなら、こんな手段でもよかったのだろうか?
身を裂くほどの悲しみを湛えた記憶に問いかけてみるものの、答えは返ってこない。
「ま、答えはそっちで出して。ヴィヴィオと一緒に居て不快でないなら、彼女と競技に出てもいいんじゃない?」
「…はい。」
何も試さず、何も考えずに進める状況でもない。
なら雫さんが示したとおり、私自身で色々考えて、触れてみるしかないんだろう。
と、そこまで考えた所でヴィヴィオさんの名前に、私は漸くここに来たもう一つの目的を思い出した。
…自分の事は後だ、とりあえず聞かないといけない事がある。
「そう言えば、雫さん。ヴィヴィオさんとの約束の事なんですが…」
「あぁ、来週試合して、私が負けたら全力で謝るって奴ね。それがどうしたの?」
なんでもないことのように告げる雫さん。
けれど…覇王流を継ぐ身として、何度も罠にはめられるわけには行かない。
「来週…ヴィヴィオさんとちゃんと試合する気はありますか?」
「…気付いたか。」
雫さんを真っ直ぐ見て問いかけると、当の雫さんは私から目を逸らしてしまった。
…やっぱりだ。
ヴィヴィオさん相手に私と同じく奇襲から致命になりかねない攻撃なんて仕掛けられないだろうし、かといって雫さんが素直にそんな話を守るというのも不自然。
何か裏があると思って約束の内容を反芻した結果、試合をする約束ではない事に気付いた。
「予想通りよ。ヴィヴィオとの約束には、二つの条件がある。試合で勝つことと…そもそも来週私を試合の場に立たせる事。直接ヴィヴィオ回りになにかするのも酷い話だし、被害が出ない方法で分からせてあげようと思って。」
肩を竦める雫さん。
これをあの場ですぐさま考えたのなら大した口をしていると思う。
「どうするの?特にバラすなとは言えないけど。」
「正直、迷っています。」
「よく迷うねぇ…」
呆れたように言う雫さん。
誰のせいだと…と、睨もうかとも思ったけど、負けた身でそれをやっても無様なだけなので飲み込む。
でもこんな懊悩を重ねる度にクラウスが辛かったのだと理解できてしまうので、なんだか私は一生この惑いを抱える羽目になりそうな気がする。
「ヴィヴィオさんに趣味と遊びだと言ったのは…彼女がとても楽しそうだったからです。」
「アレだけ気持ちよさそうに戦ってるとね。私もちょっと羨ましいわ。」
私と同じ物を感じていたのか、雫さんは笑顔で頷く。
「ええ、だから…私の抱える覇王の痛みを、彼女にぶつけたくなかったんです。」
「あ、迷ってるってそういう事ね。」
「はい。」
雫さんの戦いは、悲しみを抱える私とは違うけれど、邪道だ。
ヴィヴィオさんの場所を踏み荒らす事になると言う意味では、雫さんを戦わせるのも同じ事。
おそらくは、承知の上で雫さんと戦おうとしてるヴィヴィオさん。
その気持ちを汲んで彼女を引きずり出すべきか、このまま黙っておくべきか…
「私も戦うのは気が進まないから、このまま済んでくれたほうがいいんだけどね。」
雫さんがどこか疲れたようにしみじみと言う。
…本当に気が進まないんだな。
「…分かりました、私は黙っておきます。」
結局、私はそう答える事しか出来なかった。
ヴィヴィオさんには悪いのだけれど、やっぱり私と違うヴィヴィオさんを、この人と戦わせる気にはなれなかった。
Side~月村雫
たとえヴィヴィオと戦う事になってもならなくても、別に…どちらでもいい…
「はぁ…嘘…よね。」
私は額を抑えて頭を振った。直後、訓練で受けた傷が痛みを発して後悔する。
アインハルトを傷つけた事も勿論だけど、危険度が低いとはいえ勝手に事件に関わった事を、自惚れと称されて実戦形式で叩きのめされたのだ。
嫌と言う程実力不足を思い知らされ…る前から分かってはいた。
それでも尚、今回の襲撃事件に関わろうとしたのは…
私が…魔導師と、『魔法使い』と戦いたかったから。
もう子供じゃないし、まして普通の子供じゃない。自分の本心くらいごまかさずに汲み取らないと。尤も…我慢が効くほど大人にもなれてないみたいだけど。
守護の刃で身内を傷つける提案なんてどうかしている、ヴィヴィオと戦っていいはずがない。まして『殺人剣』で。
にもかかわらず、戦わないつもりとはいえあんな提案を投げかけたのは…告げ口を迷っているアインハルトを全力で止めなかったのは…つまりそういう事なんだ。
「…これじゃお父様に怒られても当然だわ、情けない…何を見てきたのよ。」
握り締めた拳で力なくベッドを叩く。
決して表舞台で賞賛を送られる戦いじゃないし、そのための力じゃない。
分かっていた筈だ、分かっている筈だ。その筈なのに…
…幸い、アインハルトは黙っててくれるって事だし、このままヴィヴィオに憎まれることにしよう。
それでいい、そういう剣で、そういう力なんだから…
ちらついた高町なのはの笑顔の幻影を握りつぶすように目の前で拳を握ると、私はそのまま眼を閉じた。
SIDE OUT
さすがに年中実際に叩かれてはいないものの、木刀で試合形式だとぼろぼろが常の雫。これでも速人の幼少期よりはマシなほうです。
…どんな訓練だ(汗)