第四話・研ぎ澄まされた小さな力
Side~アインハルト=ストラトス
最後の拳と刃の衝突、そもそも雫さんの斬撃がヴィヴィオさんに通じた事も不思議だけれど…もう少しヴィヴィオさんの踏み込みが強く拳が速ければ、少なくとも刃と衝突する事はなかったはずだ。
しかも、あれはヴィヴィオさんの全身全霊…ではなかった。
いや、出来る筈がない。
試合に来たヴィヴィオさんが、身体強化全開の状態で、ジャケットも魔法防御も施していない人の中心に拳を全力で叩き込むなんて。
それも踏まえて…だったのだろうか?
雫さんなら腕が折れた事すら狙っていたような気さえしてくる。
「「ヴィヴィオ!」」
手を押さえて痛そうにしているヴィヴィオさんが心配なのか、リオさんとコロナさんが駆け足でヴィヴィオさんの元へ向かう。
私のその後を早足で追った。
「あぅ、ご、ごめん心配させちゃって。まさか打ち負けると思ってなかったから痛いって言うより驚いちゃって…」
「打ち負けたって、別にどこも切れて…あれ?」
打ち負けたヴィヴィオさんの拳を見ていたリオさんが不思議そうな声を上げる。
「ちょ!ヴィヴィオ!変身解除!」
「えっと…モードリリース。」
慌て気味のリオさんに促されて、苦笑いしながら変身を解除するヴィヴィオさん。
ジャケットで見えなかった手が現れて…
中指と薬指の間がぱっくりと裂けていた。
「ちょ、痛い痛い見てて痛い!!」
「これは早く治したほうがいいよ。」
指付近は神経が普通の部位より感度がいいので、普通の切り傷より痛い。
確かに見ていて痛そうだ。
「雫、お前も来い。骨折れてんだろうが。」
「不要よ。」
ノーヴェさんに声をかけられた雫さんだったけれど、やることは全部済んだとばかりに帰ろうとする雫さん。
さすがにそうまでされて誰一人とめられるはずも…
「アフターケアまでちゃんと面倒見るようにって頼まれてるんだけど、ご自宅にはどう報告すればいいかしら?」
「う…ぐっ…」
ティアナさんから放たれた、優しい声の辛い質問に、雫さんは物凄く嫌そうな声を出して足を止めた。
…なんと言うか、ご愁傷様です。
Side~高町ヴィヴィオ
「それじゃ、ちょっと待っててね。」
簡単に処置を済ませると、薬を用意してくれると席を外すシャマルさん。
お医者さんの準備があるって言ってたのはシャマルさんのことだったらしく、応急処置だけで向かった先で、あっという間に治療を済ませてしまった。
完全治癒ばかりに頼ると独力での回復力や超回復にも影響がでるみたいで、痛みと出血を収める程度の簡単な治癒魔法と、塗り薬で済ませるらしい。
骨が折れたはずの雫さんは、私そっちのけで、包帯の巻かれた腕を見ながら拳を握ったり開いたりしていた。
「雫さん…治療に魔法使ったのは?」
「一応初めてじゃないわよ。怪我の治りはいいほうだからそんなに要らないんだけどね。」
「そ、そうですか…」
会話が続かない。
うー…アインハルトさんも物静かだけど、そう言うのと違うやり辛さが…
「…悪かったわね、ごめん。」
「え?」
唐突に謝られた。
怪我の度合いなら雫さんの方が酷い気がするし…一体何を謝ってるんだろう?
「本当は、戦っちゃいけなかったのよ私。」
「どうしてですか?あんなに強いのに…」
「お父様から見ればひよこ扱いよ。それに…私はさっき言ったように殺せる力で守るべき物を守る剣術家…身内の子供相手に使っていい力じゃないわ。」
どこか落ち込んだ様子の雫さん。
でも…そんなことを謝って欲しいわけじゃなかったのに…
私の…私達の力でもちゃんと守れるんだって証明するつもりで頑張って、いざ命が…雫さんの体が危険だと知った瞬間、全力を出せなくなった。
それで負けてちゃ、まるっきり雫さんの言うとおりだ。
「しょげる事ないわよ。貴女は私より当然強いし、前に言った通り貴女お気に入りのアインハルトとも修行期間が同じならいい勝負になるはずよ。」
「雫さんより強いって…」
今さっき負けたばかりの身で言われると少し受け答えに困る。
けど、当の雫さんはそれが当たり前であるかのように気負わない。
「ま、私の倒し方はアインハルトが気付いたと思うし、そこに立ってる彼女達に聞いてみたら?」
「っ!?」
途中で扉を見て告げる雫さん。
すると、扉が音を立てて、少しの後開いてリオとコロナが…その後ろにアインハルトさんも続いて入ってきた。
「あはは…いやーやっぱり気になっちゃって…」
「わ、私は止めたのですが…二人きりにして何かあったら不味いと…」
「中学生、自分だけ予防線はらない。」
「うぐっ…」
少し焦った様子で部屋に入ってきた三人。
照れたのかしどろもどろになっていたアインハルトさんが、雫さんにばっさり言葉を切られて俯いてしまう。
「それよりアインハルトさん。雫さんの倒し方が分かるって本当ですか?」
話題を変えるために、気になったことを聞いてみた。
振られたアインハルトさんは、チラリと雫さんの顔を見る。
自分の倒し方を周囲に語るわけだし、喋っちゃっていいか気にしているんだ。
「貴女の予想なだけだし、気にせずどうぞ。」
雫さんはあっさり許してくれて、アインハルトさんは小さく頷いた。
「身体強化を全力で駆使して足を常に動かせる状態で牽制打や乱打を繰り返す。それでほぼ間違いなく勝利できると思います。」
「あ…」
淡々と、どこか寂しそうにすら聞こえる声で告げるアインハルトさん。
その解説を聞いた雫さんは、ただ小さな笑みを見せた。
ピストルの弾一つが致命傷で、地形を変えるなんて事は到底出来ない生身の剣士。
動きでついてこれているのが既に不思議なくらいで、力に至っては比べようもない。
それこそ、手打ちの攻撃だけすらまともに防げないほどに…
「…ま、それが正解かは置いておいて、私はスポーツやってるわけじゃないからね。合図を聞いて正々堂々戦う必要ないからいいんだけど。」
あっけらかんとそう言った雫さんは、立ち上がって部屋の扉に手をかける。
開いた先に、丁度シャマル先生が帰ってきた。
「あ、あら?どこに」
「薬受け取って終わりですよね?修行もあるしそろそろ帰ろうかと。」
「修行って、その腕で何を…言う訳ないわね。分かった。雫ちゃんのは飲み薬。栄養剤も兼ねてるからちゃんと飲んでね。」
「お気使いどうも。」
業務報告みたいにさっさと薬を受け取った雫さんは、一度部屋を振り返り…
「用があれば、エメラルドスイーツにでも連絡して。無ければさよ」
「は、はいっ!必ず!」
まるで二度と会わないような台詞を言いそうだった雫さんの言葉を大慌てで断ち切る。
雫さんはそんな私の様子に笑顔を見せてくれた。
「…そう、それじゃまたね。」
去り際の笑顔は、戦う時の厳しい表情でも、私達を馬鹿にしていたときのものでもない、本当に優しくて、嬉しそうなものだった。
「…彼女は、学校にも行かずにひたすらに剣の修行をしているそうです。日に8時間や10時間が当たり前だとか。」
アインハルトさんが静かに告げた事実に、私達は何も言えなくなった。
体力や持続力をつけるためのものならともかく、戦闘訓練をそんな時間で繰り返すのは正気じゃない。
まして、雫さんは生身なんだ。刀どころか、木刀だって打ち所が悪かったら…
そんな鍛錬を繰り返して、兵器位の差がある魔導師の子供相手に戦いで勝てないとしたら…私ですらパワー不足を感じて少し思うところが出来るくらいなのに、雫さんから見て私達は…魔導師はどううつるんだろう。
身内に振るうべきじゃない、そう雫さんは言っていた。そして謝ってきた。
身内に振るうべきじゃないと思っているのに、そんな修行を繰り返してくるだけの心の強さがあっても尚我慢できないほどに、何かがあったんだ。
でも…
それでもいつか、必ず認めてもらうんだ。
ちゃんと雫さんと同じくらい、それ以上に頑張って…うん、どうにかして。
Side~月村雫
「ったく…何ホイホイ使われてるのよ。」
「いやいやとんでもない!いいもの見れて何よりだよ!」
「うん。」
帰り道を共に歩くアクアとクラウ。二人はそれがさも当然みたいに、明るい返事とそれに続いて簡素な答えを返してくる。
…ふん、いいものってどのあたりがよかったんだか。
「いままで何でそっけない対応されてたのか分からなかったんだけど、シュテルちゃんとか…時によっては速人さんまで手伝わせてるのにこんな軽い感じに見えるから嫌だったんだね。」
「…悪かったわね、どーせ子供よ。」
アクア達を手伝ってるのはシュテルも速人さんも勝手にやってる事だ。
私が拗ねるのはお門違い。
うん、理屈では分かってるんだ。わかってたって抑え切れないものってあるだけで。
「そんなことないよ、だって雫ちゃんの見た通りで、私が言えるのはせいぜい『頑張る』って位で…雫ちゃんやアインハルトちゃん程重いものなんてないし、下手するとヴィヴィオちゃんよりノリ軽いし。」
自分で言ってちゃおしまいだ。と、思わなくも無かったけど、彼女達は一般人。
クラウはともかく、アクアの方は『強くなれた分お得』程度の認識でやってるんだから、そんなところに文句を言ってもしょうがない。
それに、テンションや認識の割にはきついだろう課題を、ちゃんとめげずに続けてる辺りは確かに『頑張る』って部分は出来てる。
「でも!私は何とか雫ちゃんとも仲良くしたいっ!!」
ズビシ!と、効果音でも聞こえてきそうな位オーバーなポーズで私を指差すアクア。
それは挑戦状を叩きつける時にやるものでしょうが…と、内心呆れ、
「だから、DSAAに出場する事にしたから!いいとこまで行ったら仲良くしよっ!」
本当に挑戦状だった。しかも意味も理由も分からない。
確か、トラウマ気味の敗戦して以来出る気失せたんじゃなかったっけ?
そんなものに出て大丈夫なんだろうか…
そもそも競技だ、私に関係ない。分かってやってるのか全く…
「…優勝よね?」
「へっ?」
「ヒーローの速人さんとオーバーS級のシュテル、そんな人達の技術サポートをしてるアリシアさん。そんな豪華メンバーに鍛えて貰ってるんだから、いい所って当然優勝よね?」
「あー、うー…」
言いよどむアクア。
それも当然。自信なんて初めてで木っ端微塵になったらしいし、今だってそんな人たち相手にぼろぼろに言われながら色々やってるんだから。
まして、優勝となると他とは群を抜いて強いらしいジークリンデとかいう子にも勝たなきゃならない。
「が、頑張るっ!!」
躊躇った末、アクアは拳を握ってそうとだけ返した。
自信ないまま、それでも約束は守るアクアらしい返しだと思う。
「まぁそうしてくれると助かるわ。アクアが優勝してくれれば、アクアに勝つだけで次元世界最強になれて楽だから。」
「楽って言うなー!」
他流試合なんてもう早々やる暇も機会もない以上、そうなってくれれば私としては非常に助かる。
…ま、目的は別にあるから、最強なんてのはまだいいんだけど。
「なら僕は雫を剣だけで超える。」
唐突に、私達の会話を断ち切るように明言したのは、珍しくクラウだった。
その内容も、驚きで私達を硬直させるのに一役買っていた。
「く、クラウ、あんたそれは…」
「姉さんにとってあの大会に出るのが、出直すのがどれだけ勇気のいる事か、僕は知ってる。だから…僕も。」
アクアに勇気を与えて、私にはアクアの選択が勇気あるものだと証明する。そのための宣言。
アレだけ魔導師相手に酷なことを言って、やってのけた私相手に随分な事を言うものだ。
「ま、やってみたら?」
それだけ言って、私達はそれぞれの家へと分かれた。
一人になった帰り道、思い出すのは…
『は、はいっ!必ず!』
もう用もないだろうと思った、私と無関係のはずの小さな女の子。
その曇りない声。
別に私みたいな面白みもない…きっとあの邂逅だけだと性悪にしか見えないだろう私相手に、何であんな必死になるのやら。
物好きの多い事。
「ただいまー。」
少し呆れながら、回想を終わらせた。
私には、時間がないんだから…
Side~高町速人
憑き物が取れたような珍しい笑顔を見せていた雫。
兄さんの図った賭けはとりあえずは上手い方向に行ったらしい。
…危うい所だよなぁ、ホント。
とはいえ、師に徹する兄さんは一切の甘さを…『見せない』。
本当は褒めちぎりたいだろう所でも、感心する所でも、一切それを口に出す事はない。
姉さんや俺は、そんな中でも大して問題なかったが…何をやってどうなっても褒められず、ひたすら厳しい日常に身を落とすなんて普通の子供ならまず心がぶっ壊れるだろう。
文句も言わずついてきてるけど、自分の力を試す相手が常に自分より遥か上にいて、勝てない試合を繰り返すことになる。しかも強い意志や願いを持って。
挙句、試合用の修行じゃないから勝手に余所と戦えず…
勝負で手ごたえを感じられれば、あるいはそんな雫に誰か一人でも関心や敬意を払ってくれたなら、砂漠で水を見つける位に嬉しいはずだ。
少し位褒めてやればいいという話も出るかも知れないが、それは兄さんが望んでいる『期待値』の問題だ。
全てから大切なものを護れるだけの力。
作品に熱を入れる者が一切の妥協を許さぬように、師として、導くものとして立っている兄さんが、未完を讃えるわけには行かない。
まして、雫自身の願いが兄さんと同じ、御神の剣士としての大成なら尚更だ。
雫が兄さんに褒められるとしたら…兄さんを超えた時と、望んだ位置に辿りついた時。
そこまで今の苦行に一切の救いもないまま進ませるのは、色々不味い。
技巧では間違いなく同年代から並外れてるし、すこしはヴィヴィオ達の興味を引けたようだ。
いやぁ、何より何より……
「だけど、何で俺が出前しないといけないわけ?」
「雫ちゃんのためにヴィヴィオの力を借りたようなものなんだから、ヴィヴィオのねぎらいにお兄ちゃんが出張る位当然でしょ?」
玄関先でなのは相手にケーキの箱を渡しつつ愚痴をもらすと、反論できないような、それでも俺じゃなくて兄さんが出張るべきなようなと、なんだか納得しきれない言葉をなのはに返される。
「やれやれ…身内が滅茶苦茶だと大変だ。」
「一番滅茶苦茶な人が言うなっ!」
ケーキを渡して呆れ混じりに両手を挙げると、また反論できない答えを返された。
家の末っ子には勝てないな、全く。
SIDE OUT
美由希だって訓練そのものには耐えられてたものの、『成長が遅くて恭也に迷惑かけっぱなし』何て勘違いさせるような厳しい日常を送らされてたわけで…
幼少からそんなところが常の雫…よく耐えてるなぁ(汗)