第六話・未熟な子供達
Side~高町ヴィヴィオ
「…で、ルーちゃんそんなバテバテなんだ。」
「雫があんなアグレッシブだなって思わなかったわ…」
疲れきった様子のルールーにキャロさんが笑う。
確かにあれは私もびっくりした。
当の雫さんは、恭也さんの隣で少し俯き気味で食事を進めていた。
恥ずかしいみたいだ、とてもはしゃぐ風には見えないし。
「大人ぶるのは子供の証拠と言う奴だ。」
「別に大人のフリなんてする気ないのに…それに、家にはまともな大人殆どいないし。」
「まともな大人なんてものは幻想だぞ?俺の父親はちょっかいを出す為だけに剣技を使ってきたしな。」
恭也さんの言葉になのはママが苦笑いしている。
おじいちゃんってそんな感じなんだ…確かに明るくてノリのよさそうな人だったけど。
「私まで一緒にしないでよね?そんなこと」
「未だにデバイスで殴られる速人に聞かせてやりたい台詞だな。」
「うぐ…」
反論しようとしたなのはママも一言で片付けられてしまった。
速人さん相手だとちょっとはじけるって言うか砕けるって言うか。とりあえず仲はいいんだろうけど、なのはママが一緒にいて一番ママっぽく見えない人かもしれない。
「DVだな、執務官が二人もいるんだし逮捕して貰うか?」
「えぇ!?」
「人の恋路に首を突っ込むのは専門外なので。」
「ちょ、ティアナ!?」
思いっきり大慌てになるなのはママ。
こんなのめったに見れないんじゃないだろうか…って言うか、多分見れない。
「まぁ速人はともかく恭也さん相手だとなのはもさすがに形無しだよね。ただティアナ…」
「はい?」
「あんまり好きに言っちゃうと、この後模擬戦で大変かもよ?」
フェイトママが笑顔で告げた言葉を聞いて、ティアナさんが硬直する。
「だ、大丈夫!ティアにはあたしがついてるんだから!」
「そうだねー、どの道ちゃんと頑張らないと意味ないしねー。」
「ぼ、棒読みが怖いですなのはさん…」
意気込むスバルさんにどうにか言葉を返すティアナさん。
ホントに怒ってるわけじゃないと思うけど…なのはママが怒ると大変だなぁ。
「雫、此方も午後は鍛錬に行くぞ。」
「はい。」
雫さんの…『あの』雫さんの普段の鍛錬。
ちょっと気になった。
「あの…見学してもいいですか?」
なのはママも模擬戦をやるけど、そっちは何度か見てるし、貴重な機会の方に興味がわくのは当然で…
「あのねぇ…人様に奥義ひけらかす余裕があるほど」
「騒がなければかまわないぞ。この馬鹿娘には奥義も見せていないから、少しつまらないかもしれないがな。」
私をとがめようとした雫さんだったけれど、恭也さんの言葉に俯いて目を閉じる雫さん。
あ…すっごい複雑そう…怒ろうにもパパ相手だから怒れないんだ…
こんな事言われっぱなしじゃさすがに辛いんだろうなぁ。
「雫さん…ドンマイですっ。」
「ううぅぅぅぅ……」
励ましたつもりだったのだけど、雫さんは何故か恨めしそうに私を睨む。
結局理由が分からないままでご飯が終わって、雫さん達が森の方に消えてしまった所で、傍らに舞うクリスを見る。
『この馬鹿娘には奥義も見せていないから』
そう言えば、使ってる刀も修行用に渡されたもので雫さん専用の刀じゃないらしい。
おまけに基礎が出来てきて、魔導学としては応用に入った私。
私が励ましても説得力ないんだ。
学校すら行かずに訓練してまだあの言われよう。
雫さんに余裕がなさそうな理由が、ちょっと分かった気がした。
Side~アインハルト=ストラトス
ヴィヴィオさんが切り出して許可を貰った雫さんの鍛錬見学。
恭也さんからは騒がなければと念を押されていたものの、はっきり言ってその必要はなかった。
防御魔法所か防具一つ無いままで真剣を振るっている人間を前に騒げるわけがない。
鍛錬の筈なのに、真剣で首狙いの一閃を本気で振るってすらいる。
「はあっ!」
二人の右の刀が衝突し、雷のような轟音が響く。
ただ刀を打ち合わせたにしてはあまりに鋭い衝撃音。
間髪いれずに恭也さんが左の刀を横薙ぎに振るい、雫さんは距離をとる。
と、恭也さんの右手から糸が伸び、雫さんの左腕を絡めとる。
「っ!」
引き寄せられた雫さんは、その勢いのままフリーの右に手にした刀を振るうものの、左の刀で防がれて、引き寄せると同時に突きの体勢になっていた恭也さんの右の一閃が、深々と雫さんの体に突き刺さった。
一瞬、貫通したのかとすら思ったけど、よく見たら刀による突きを柄による打撃に変えていたようで…
「ぐ…っ…」
それでも思いっきり打撃を急所に受けた雫さんは受けた場所を押さえながら地面にうずくまった。
偶の模擬戦や試合ならともかく、こんな訓練を平時から繰り返しているのだろうか?
身体がもたない気がする。
「一分休憩だ。」
「は、はい。」
緊張感がある、と言うよりありすぎるその光景を興味で眺め続けるのに引け目を感じた私達は、静かにその場を離れる事にした。
雫さんの元を離れ、ヴィヴィオさんのお母様達の訓練を見学にうつった私は、またしても驚愕する事になった。
二対一で戦う…というか、教導官らしいヴィヴィオさんのお母様がその状況で主導権を握っていた。
「いやぁ…凄いよね!なのはさん達は勿論雫さんも!」
興奮気味のリオさん。でも無理もなかった。
鋭く、張り詰めた糸を見ているような雫さん達の鍛錬に、心燃やされるようなヴィヴィオさんのお母様達の魔法戦。
そして、何よりどちらも今時点で私が驚かされるほど凄いものだった。
届くのだろうか…届かせたい。
覇王の拳を、あの人達に思いっきりぶつけてみたい。
「アインハルトさん、良ければ見学抜けて軽く一本どうですか?」
「…はい、是非。」
ヴィヴィオさんに誘われるまま、見学を抜けて森の中。
相変わらず真剣のぶつかる高い音がどこからか聞こえてくる森の中で、ヴィヴィオさんはミットを手に、受け手として立ってくれた。
人の手にしているミット相手の型練習は、古流のそれとは違うものの、これはこれでいい練習になる。
何より、開けた世界で色々と試してみたいと思っていた私にとっては、こういう機会は願ってもないものだった。
そして、しばらく打たせてもらった後、交代する事にして…
「そういえば、ヴィヴィオさんはどうするつもりなのですか?」
「へっ?」
「雫さんの事です。」
その準備中、少し気になった事を聞いてみた。
私ばかり心配されていたけれど、ヴィヴィオさんも雫さん相手に決定的な敗北を喫している。
自身の力が、守るための力になるって証明する。
そのために試合を挑んで、逆に力の重さの違いを証明されてしまった。
関わりあいにならないようにすると言うならともかく、こうして共にいてその事実をまるきり無視するような事もしないはず…
私の質問にヴィヴィオさんは、少しだけ元気のない笑みを浮かべる。
「それが…『認めてもらうとかの前に、基礎が出来てきたばっかりの半人前さんなのはホントの事なんだから。一つ一つ頑張るように。』ってママに怒られまして。」
「あー…」
見事に元も子もない話である。
「だからとりあえず、ちゃんと続けて強くなって、段階踏んで、いつか…どうにかして。って感じです。アインハルトさんに教わった方法そのままで戦うのもおかしな話ですし。」
それはきっと、順当にいけば大分遠い話。
それでもめげずにいられる辺りは、ヴィヴィオさんの強さなのだろう。
「そういう事なら…きちんと鍛えていかないといけませんね。」
「はいっ!よろしくお願いします!」
休憩がてらの会話も済んだため、私達は練習を再開した。
剣の音は止んでいない。雫さん相手に胸を張るのなら、立ち止まってはいられないから。
Side~月村雫
夕食と言う事もあっていつもほど続かなかった訓練も終わり、汗を拭いつつ時々聞こえていた音の方へ足を向ける。
断続的な打撃音を生んでいたのは、予想通りヴィヴィオとアインハルトだった。
いい動きに打撃だけど、見切って切り込めと言われれば出来なくもない。
…尤も、強打を受けたミットから煙のようなものがのぼるのを見ていると、やりたくはないけど。
私アレを腕で受けたのか、ホントいろんな意味で嫌になる。
「あ、雫さん。」
「そろそろ夕食時だから切り上げたんだけど、二人はまだやるの?」
「気付いていませんでした、戻ります。」
時間も忘れてやってる辺り、本当に熱中と言う感じだ。
「あ、いたいた。おーい!」
丁度魔導師の大人達の方も訓練が終わったらしく、仲よさそうに密集してこっちに向かってきた。
…ま、いいんだろうな。
家でも速人さんを中心に紫天の騎士の皆やらリライヴさんやらが集まってる光景を偶に見る。
羨ましくて仕方ない…というほどではないけれど、ちょっとだけ自分が虚しくなった。
「ママ達は?」
「仕上げだって言って二人で残ってたよ。」
集団に叔母さんとフェイトさんの姿が無いことに首をかしげながらたずねるヴィヴィオに、エリオが答えを返す。
「そう言えば恭也さんもいないわね。」
「当然でしょ、私とだけじゃ訓練にならないもの。」
ティアナさんの疑問に、私は断言するように答えた。
「訓練にならないって、それはいくらなんでも」
「ならないわ。私が弱いから、って言うのもあるけど、お父様が強すぎるから。」
俯くでもなく、自嘲でもなく、でも断言する。
「お父様の『訓練相手』が勤まるのは…速人さんと、偶に来るフレアさんって槍使いだけ。そして、二人ですら技量を以ってお父様をただの一度でも倒す事が出来ていない。」
「一度もって…あの速人さんが!?」
スバルさんが身を乗り出すかのようにして大声で詰め寄ってくる。
Js事件の時に、速人さんの実力の方は身にしみて知ってるんだろう。
「そりゃ、殴っただけで地形を変えるような魔力をフル活用すれば、いくらお父様でも限界あると思うけど…少なくとも、事が技量で済む領域にある間はお父様を破れる人なんて存在しないわ。こんな世界になった今じゃ、絶対って言ってもいい。」
「こんな世界?」
言い方が不味かったのか、曇った表情で此方を見るヴィヴィオ。
でも、その間にスバルさんが入ってくれた。
「それ、あたし聞いた事ある。多分マルチタスクの事でしょ?」
スバルさんは一時期速人さんに格闘関連の指導を受けた事があるらしい。
あの人教えるって意味じゃそんなに凄い人じゃない気もするけど…大方『体で覚えろ』だったんだろう。
身体強化を施し、防御魔法を展開し、射砲を制御しながら近接戦闘。
このうち二つはほぼ常時鍛えて使う必要がある魔導師は、完璧を1として、0.8位の技術を複数同時に扱う事ができる。
大して、ただ一つのみを続ける私達のような技巧訓練は、一つを1に近づけるため0.9の後ろにひたすら9を書き足していくような訓練。
差そのものはそれほどなく、合計値で考えれば複数進めている魔導師のほうが圧倒的に多い。
でも、それを『精度』で図った場合、その差は数百倍、数千倍…数万倍…とにかく途方もない差になる。
絶対に超えられない紙一重、それがお父様と私達の差。
「でもそれでも凄いよねー、あたし速人さんにガードすらして貰えてないし…」
「魔導師様たちの攻撃はね、人間がガードなんてしたら死んじゃうの!さっきだってヴィヴィオ達ミットから煙吹いてたけど、私よくあんなもの防いだって自分で怖くなったんだから!」
のんきな口調で速人さんを褒めるスバルさんに、どうにか自分達のとんでもっぷりを理解して貰おうと熱弁する。
…まぁ、速人さんはそんな技量を身につけておきながら、空で戦う為に魔法の力も借りて、その二つを見事に使いこなしてるけど。
「けどそんな凄い人が身内だと大変でしょ。やっぱり焦ってるのもそのせい?」
ティアナさんからの問いに、私は一瞬硬直した。
焦ってる。
そう言われて、違うと断言できるほどお気楽じゃなかったし、自覚もあった。
お父様がヴィヴィオ達に私を混ぜた理由がその払拭なんじゃないのかってそう考える位には。
でも…
「別に試合があるわけでもないし、焦る理由ないわ。」
それだけ言って、私は早足で皆から離れた。
逃げたのがばれても、焦ってるのが分かっても、その理由だけ分からなきゃそれでいい。
相談に乗ってくれる気にでもなったのかもしれないけど、大きなお世話だ。
何しろ私が死ぬほど努力するか突然才能に恵まれる以外に解決不可能な問題なんだ、考えるだけで気が滅入る。
Side~高町ヴィヴィオ
言うだけ言ってさっさと逃げてしまった雫さん。
追求されたくないのが私でも分かってしまうくらいバレバレだ。
「…思いつめて痛い目見た身として、忠告の一つもしておきたかったんだけどね。」
苦笑しながら早足で帰る雫さんの背を眺めるティアナさん。
やっぱり人生の先輩さん達には色々あるんだなぁとか、そんな事をどこか遠くに思ってる私は今のところお気楽なんだろうか。
「ノーヴェがいつものノリで強引に根掘り葉掘り聞き出せばいいんじゃない?」
「そりゃどーいう意味だ?お嬢…」
「ですが、おかげで私はヴィヴィオさんと出会えたので。」
「お前もかっ!」
振り回されてるノーヴェの姿に思わず笑ってしまう。
焦ってる…かぁ。
尊敬の対象というか、下手するとそれよりも凄い雫さんの技術。
あんな実力で、学校にすら行かずに修行するだけの時間もあって、まだ何を焦っているんだろう?
強くて悩みを抱えていると言えばアインハルトさんもだ。
尤もアインハルトさんの方は雫さんが原因って気もするけれど…
興味本位で聞ける話じゃないのは分かっていたけど、きっと魔導師にかたくなな理由があるんじゃないかって…そう思えて。
もしちゃんと仲良くなるんなら、いつか話して貰える自分でいないといけない気がした。
SIDE OUT
興味本位で根掘り葉掘り質問飛ばすようなのが子供にもいないので、雫が打ちあけないと何も知らないままと言う(汗)
出来た子ばっかりだ(苦笑)