それは此処ではない何処か   作:おるす

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気付いてしまったんだ。周回しながらでも校正作業は出来るという事に……!


七日目「ある騎士との邂逅」

 ガタガタゴトリ。

 フォス街道をガタガタと揺れながら馬車が進んでいく。

 ガタンゴトンゴトゴト。

 馬車の窓から見える光景は、畑、農家、どこまでも続くようなだだっ広い街道。点在する木々に花々、時折擦れ違う行商や旅行中の人々、そして巡回任務をする花騎士達。

 馬車の中はというと、私のように最初から乗り続けている人は少なく途中から乗ってきた人が殆どだ。穏やかそうな老夫婦や、畑仕事の移動にと少しの間だけ乗り継いでいく農夫、さらには荷物だけ載せてくる酔狂な人さえいたりした。誰かに呼び止められるたびに馬車は止まったり速度を緩めたりするので、中々に進みが遅い。

 ……まあこのご時世、助け合いは大事なんだけど、もうちょっと急いでもいいんじゃないかなって思う。

「ふぅ……」

 そんな人間模様や風景を見ながら私は溜息を漏らす。いい加減見飽きた光景である。もうかれこれ一日中見ているのだ。飽きるなという方が難しい。それにそろそろお尻も痛くなってきた。フォス街道は比較的舗装されているとはいえ馬車が揺れない訳もなく、ガタガタと揺れるたびに自然と顔を顰めてしまう。

(いつになったら着くのかな……)

 そう思いつつ空を仰ぐ。太陽も大分傾いてきた。角度からすると大体四時かそれくらいだろうか。日没までに着けばいいんだけど……ああ、それにしてもこんなに暇なら本の一冊や二冊でも用意しておくべきだったなぁ……

 ぼんやりと取り留めもない事を考えながら時間を過ごす。こんな風に馬車に長く揺られるのはもう何度も体験したけど、一向に慣れる気がしない。毎回お尻は痛くなるし、酷い時には酔ったことさえあった。

 そんな自分には歩いたり走ったりする方が性に合っているのだと思う。まあ、もっと早い移動方法もあるにはあるのだけど、あれは短距離しか移動できないうえにちょっと危険だし……

「もうそろそろ街に着くぞー」

「……!」

 馬車の御者さんの声で我に返る。つまらない事を考えていたら結構時間がたっていたようだ。窓から乗り出して前を見ると、なるほど、城壁が見える。もう十数分も待てば着くだろう。……ちょっとだけ緊張してきた。自然と、自分が一日中馬車に揺られる羽目になった理由について思い出してしまう。

(王室からの呼び出しなんて……私、何かしちゃったのかな……)

 事の発端は数日前に届いた一枚の手紙だった。

『王城にて火急の任務あり。可及的速やかに参られたし。なお、貴殿は現時点を以て転属となる。転属先は王城に到着次第伝達予定。部隊再編等の手続きは上官へと一任せよ』

 こんな簡潔ながらも強制力に溢れた手紙が突然私宛に送られてきたのだ。しかもご丁寧に王室紋章の焼印というおまけ付きで。

 それから先の忙しさといったらなかった。

 まず取り敢えずはと上官に手紙を見せたらこれは本物なのかと問い質されたし、次に焼印を見て本物に違いないなと暗澹とした表情を見せつけられ、しまいには自分一人では再編なんて無理だからと醜聞も無く泣きつかれてしまう始末。

 仕方がないので渋々、部隊編成について一から十まで面倒を見てきた。……上官なのに私より各員の力量を把握できていないのはどうかと思う。

 それが終わったら息つく間もなく荷造り、部屋の掃除、仲間への挨拶に追われ、諸々の事をやり終えて馬車に乗りこんだのが今朝の事。正直言って手紙一つでここまで疲れさせられるとは思わなかった……王室の命令は絶対なんだけど、ちょっとくらいこちらの事情も考慮して欲しい。

「おおい、お嬢さん。もう到着したぞ」

「あ、す、すみません」

 またもぼうっとしてたようだ。御者さんに急かされて馬車から降りる準備をする。気付いたら私以外全員下りてしまっていた。

「いけない。荷物忘れるところだった……」

 ……反射的に立ち上がったので忘れ物をするところだった。外套を羽織り、着替えやお金の入った大切なリュックと武器を背負い、今度こそ馬車から降りる。

「おう、ガルデからの長旅で疲れたかい? 大分長いこと揺られてたもんな」

「うん、ちょっとだけ……ありがとう」

「いいってことさ。気を付けてな」

「おじさんも、お気を付けて……」

 御者さんと言葉を交わし別れる。どうにもそっけない言葉しか出てこないのは自分の悪い癖だ。いい加減治したいなとは思うけど、長年染み付いた言動は一朝一夕でどうにかなるものでもないし、半ば諦めている。まあ、困るようなことはあんまり無かったし――

「……いや、結構困る事、あったかも……」

 …………昔を思い出して胸がちくりと痛んだ。

 ある昔日の思い出。

 人を心から信じられなくなった、忘れてしまいたい、けれど絶対に忘れられない出来事。

 今更思い出してもどうしようもない事なのに。何故、事ある毎に思い出してしまうのだろう……

「昔は昔、うん、今はもう大丈夫。大丈夫なはず……」

 言い聞かせるように一人呟いてみる。そして足早に歩きだす。過去を振り払うように、決別するかのように。

 目指す先はブロッサムヒル王城。これからどうなるのかは全く分からないけど、少なくとも昔よりはよっぽど良い事があるはずだ。そんな淡い期待を抱きながら、私は市街へと通じる大門をくぐったのだった。

 

 

 大門を抜け、ブロッサムヒルの市街に到着して早々、私は息を飲む光景に見惚れてしまっていた。

「相変わらず、綺麗な街……」

 石造りの整った街並みに夕陽が降り注いで、さながら燃えるように輝いている。もう幾度となく見た光景だが、こうして見るといつ如何なる時だって綺麗だと思えてしまう。私のような人間でもそう思うのだから、他の人が見たらひとしおだろう。

「…………」

 しばらく堪能した後に一つ深呼吸。気持ちを切り替えて歩き出す。いつまでも呆けているわけにもいかない。

 カツンカツンと石畳を踏みしめ、大門から続く中央通りを歩く。

 ……それにしても、こうして市街へ戻るのは何ヶ月ぶりだろうか。ここ数年は交通の便の悪いガルデに勤めていたせいで、戻る機会もめっきり減ってしまった。街並みは全く変わっていないようにも見えるし、よくよく凝らして見てみると細部が変わったようにも思える。

「あれ、あそこにあんな店なんてあったかな……んん、あそこの花屋は昔もあったはず……? あったよね……?」

 一人、記憶を手繰りながらきょろきょろと周りを見渡す。間違い探しの様でちょっと楽しい。夕暮れ時とはいえ、まだ今日という一日は終わっていないのだ。ちょっとした休憩がてらにこうして遊ぶのも悪くないだろう。

 しばし記憶と戯れながら街をゆらりと歩く。目指すべき目的地には世界花が堂々とそびえ立っているので何の問題もない。迷ってもあそこの下に王城があるのだから、簡単な話だ。

「ん……?」

 そうして一人楽しんでいると、何やら見過ごせそうもないものに出くわしてしまう。

 それは中央通りに面した階段の一角に座り込み、何かを抱えながらうずくまっている。全身黒っぽい服装で建物の影に隠れるように縮こまっていたので、危うく見逃す所だった。

 何故か胸騒ぎがしたので、取り敢えず確認してみようと近寄ってみる。

「……子供、かな……?」

 遠目では分からなかったけど、結構なおちびさんだ。さらりと長く伸びた黒髪に仕立ての良い服装、何かよく分からない白いものを枕のように抱き締めて眠っている。もしかしなくても良い所のお子さんなのかも。何でこんなところで眠っているのか理由はさっぱり分からないけど、大方疲れてどうしようもなくなったのだろう。隣には紙袋も置かれているし、買い物疲れかな。

 ……まあこの子の事情はともかく、このままにはしておけない。もうすぐ日も暮れるし風邪でも引いたら大変だ。

「……もしもし? こんなところで寝てると風邪引くよ?」

 少しだけ躊躇ったが、頭をポスポスと叩き呼び起こそうとしてみる。

「ん、んー……?」

 程なくして起きてくれる黒い子。声が意外と可愛らしい。眼をぱちぱちと瞬かせた後、顔を上げてこちらを見てくる。

「…………」

「…………」

 言葉もなく見つめ合う私達。濃茶色の瞳にそれなりに整った中性的な顔立ち。服装から察するに男の子かな? それとも髪が長いし女の子……? どっちだろう……

「…………あの」

「ん?」

「えっと、どちらさまでしょうか……?」

 思案に沈んだ私に声を掛けてくる黒い子。表情は薄いが、声音からは困惑した様子が伝わってくる。

「あ、その、ごめんね。こんなところで寝てると風邪引くよって思ったから、つい起こしちゃった」

「あ、それはご親切にありがとうございます。……ってそうじゃなくて」

 そこで立ち上がりこちらを見上げてくる。

「あんたは何処の何方で何の意図があって起こしたんだ? 放っておいてもよかっただろ? なんで俺に構うんだ?」

「あ、えっと、その……」

 矢継ぎ早に質問されてちょっと気圧されてしまう。声はとても可愛らしいのに、言葉尻には隠しきれない勝気さを感じる。それにしても一人称が俺って事は男の子なのかな? 髪がサラサラしていてとても綺麗なのに、良いとこ取りって奴なのかな……

「…………あのー? 質問に答えて欲しいんですが」

「あ、ごめん。ちょっとぼーっとしてた」

 綺麗だから見惚れてたなんて言えるわけがないので適当にはぐらかす。黒い子はそんな私を怪訝そうに見てくる。

「お姉さん、大丈夫……? 初対面の相手に言うのも何だけど、ちょっとぼんやりしすぎじゃない?」

「う……」

 辛辣な言葉が容赦なく私を襲う。何だろう、何で私は初対面の相手にダメ出しされてるんだろう。やっぱり起こさない方が良かったかな……

 ……だがそんな弱気を抑えてこれだけは伝えておかなければ。相手の名誉にかかわる事だ。

「えっと、取り敢えず」

「はいはい」

「……よだれの跡ついてるよ?」

「……!!」

 指摘した途端、がばっと回れ右して顔をごしごしと拭う黒い子。再度私の方へ向いた時にはちゃんと綺麗になっていた。……心なしか顔が赤い。夕陽の所為じゃないだろう。

「あっと、その……」

 何を話していいのか分からなくなったご様子。まあ、よだれの跡を付けながらダメ出しなんて上から目線で話をしていたのだ。格好がつかなくなるのも無理はない。

「……さっきの質問なんだけど」

「は、はい」

「私はブロッサムヒル所属の花騎士、アネモネ。わけあってこれから王城に行く道すがら、貴方が道端で眠っていたのを見過ごせなくて起こしてあげたの。……これでいいかな?」

「あ、えっと、満点です……」

 先の質問に返してあげるとこれまた恥ずかしそうに俯いてしまった。こうも委縮されるとちょっとやりづらい。……ちょっと趣向を変えてこっちからも質問してみようかな。

「ところで、あなたの名前は? ここで何してたの?」

「な、名前ですか……イルです。買い物して疲れたからここで休んでました」

「ふぅん……イル…………ちゃん?」

「ちゃんじゃないです! 女じゃないです! あと子供でもないです!」

「ああ、ごめんね。ちょっと見分けづらくて……」

 うがーっと捲し立てて修正を求めてくるイル……君。今まで相当言われてきたのだろうか。あと、このくらいの年の子は子供扱いされると怒るよね。私の周りもそうだった記憶があるし。

「間違われたくないなら髪、切っちゃえばいいのに」

「うっ、それを言われると何も言い返せない……でもこれには海よりも深い事情が……」

「何か大変そうだね……?」

 ぐぬぬと歯噛みしているあたり本当にどうしようもないのだろう。多分私が聞いても何もできない事だろうし、そっとしておいてあげよう……

「それで、イル君はこの後どうするの?」

「ええと、それより先に今何時……って、もう五時ってことは一時間も寝てたのか……」

 時計を見上げ、頭を抱えるイル君。数秒ほどそうしていたけど、吹っ切れたのかはたまた割り切ったのか、ブンブンと頭を振った後に私へと向き直る。

「取り敢えず、今日はもう帰ります……日が暮れたらお城に入れるか分からないし」

「お城だったら別に夜でも入れるけど……って、お城に住んでるの?」

「え? あっはい。仮住まいですけど……」

「それなら目的地が一緒なんだし、一緒に行こうか? 夜になるとちょっと危ないし」

「えっと、いいんですか? アネモネさんは何か用事とかは?」

「ううん、ちょっと暇潰ししてただけだから。特に無いならもう行こうか」

「それじゃお言葉に甘えて……よろしくお願いします」

 こくりと頷いてお辞儀をしてくれた。最初の剣幕からうって変わってとても礼儀正しい。きっとすごく警戒されていたのだろう。まあ確かに、起きて目の前に見ず知らずの人がいたら普通はビックリするよね。私もちょっと軽率だった……

 心の中で少し反省しつつ、王城へ向け歩きだす。イル君も白いなにかを紙袋にしまい、てくてくと横に並んでついて来てくれた。

 ……何だか座ってた時よりも背が高いなって思ったら、この子、結構な厚底の靴を履いてるのか。そんなに身長が低いのを気にしてるのかな。中々の見栄っ張りだ……

「……」

「……」

 ブロッサムヒルの街並みを連れ立って歩く。特に会話などは無いけど、何だろう、一緒だとちょっと安心する。……私の気のせいかもしれないけど、この子から少し懐かしいような感じがするのだ。何処かで会ったことあるのかも。それともただ、我知らず人恋しく感じていたのかもしれない。

 そんな事を考えながらしばらく歩いて、これなら日没までには余裕をもって到着できそうだなぁ、などと考えていたのだけど――

 ぐぎゅうるるるごあああ。

「…………」

「…………」

 何かすごい音が聞こえた、ような。

「……えっと、今の……?」

「…………………」

 隣を見ると、イル君が立ち止まってお腹を押さえていた。俯いていて髪に隠れて表情は見えないが、きっとものすごく赤面しているだろう。

「……お腹、空いてるんだ?」

「……はい。大変不本意ながら……」

 絞り出すように出された声は可哀そうになるくらい震えていた。初対面の相手に恥ずかしいとでも思っているのだろう。背伸びしていて何だかすごく可愛い。

「……イル君は可愛いね」

「なっ……!?」

 ……思わず考えていたことが零れてしまった。私の言葉に反応してこちらを見上げてくるイル君。ほらやっぱり。これ以上ないくらい赤くなってる。

「か、可愛いとか言わないでください! からかっているんですか! 怒りますよ!?」

「ご、ごめん……つい……」

「次そんなこと言ったらもう一人で帰りますので!」

「ごめんったら……」

 またしてもうがーっと食って掛かってきた。この反応も身長があんまり高くないからすごく微笑ましいのだけど、これを言ったらもっと怒りそうだ。

「俺の事はいいから、お城までさっさと行きましょう! さあさあ、ハリー!」

「ちょ、ちょっと」

 困惑する私を置いて家路へと急ごうとするイル君。だが――

 ぐぎゅううううるるるるぐぐごごご。

「……………………」

「……………………」

 またしても鳴り響くお腹の虫。さっきよりもおっきくなってる、ね……

 それと同時にイル君はとうとうしゃがみこんでしまった。ぶつぶつと何事か呟いている。

「ううぅ……なんでこんな……」

「……ねえ」

「ぐぬうぅ……初対面の相手になんて無様……」

「ねえ、ちょっと」

「こんな醜態、エニシダには絶対に知られるわけには……」

 ……仕方なくこちらもしゃがみ、目線を合わせて語気を強める。

「ねえってば!」

「っ!?」

「折角だし、ご飯でも食べてからお城に行こうか? 奢ってあげるよ」

「えっ……」

 予想も付かない提案だったのだろう。目を丸くしてこちらを見てくる。そしてちょっとだけ思案した後、おずおずと口を開いた。

「えっとその、お金はあるので奢らなくても良いです。……でもそれはそれとしてお腹は空いてるので、美味しいご飯のあるところ連れてって下さい……お願いします……」

「うん、決まりだね。良いところ知ってるから、期待してて」

 安心させるようにニコリと笑みを浮かべる。上手く笑えているだろうか、ちょっと自信は無い。

 ……ああ、それにしてもだ。こんな提案をしたのはいいけど、久方ぶりの市街なんだった。あのお店、残っているといいけど……

 多少後悔しながらも、私は記憶を手繰りながら件の店へと歩き始めたのだった……

 




はい、そんなこんなでアネモネさんです。今ホットな御方ですね。書いていた一ヶ月前にはまさかここまでになるとは……
というか、登場してる方々みんな順位高いな? あれか、人気取りか、人気取りなのか、昔の自分よ。

……まあそんな冗談はともかく、次の話で書き溜めていたものも終わりです。どうぞよしなに。
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