それは此処ではない何処か   作:おるす

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事後処理のお時間。そろそろ一区切りの予感がしてきました。


「これまでとそれから」

 ――城内のとある一室にて。

 

「…………」

 私はベッドから身を起こし、窓から見える風景を眺めていた。

 青く澄み渡る空。風に舞う花びら。

 時折空舞う鳥が黒い影を投げかける以外は、何の変哲も無い平穏な世界。

「…………」

 それらをぼうっと眺める私には、以前あったような身を焦がす焦燥や苛立ちは既に無い。

 先の戦いで洗いざらい吐き出したおかげだろうか。意識が戻った時にはすっかり気分が良くなっていて、自分でも驚いた程だ。あいつの荒療治も中々どうして悪くなかったみたい。

「あの時は馬鹿なことしてるなー、なんて思ってたけど、馬鹿な位が丁度良いのかもね……」

 自嘲気味の独り言が漏れる。もっと早く誰かに打ち明けていれば塞ぎ込まずに済んだのかも。そう、例えばあのヒガンバナとかに……いや、弱っているところを見せるのは癪だからって、門前払いしたんだった。今度謝らないと……

 そんな風に解放感に身を浸していると、不意に扉がコンコンとノックされた。

 どうぞ、と言うより先に開けられ、入ってきたのは――

「キルタンサスさん、お久しぶりです」

「……ナズナじゃない。久し振りね」

 我等が団長補佐官殿であった。……いや、今は元が付くかな。

「お体の具合はどうですか?」

「たっぷり休ませてもらったからもう大丈夫よ。むしろ、色々スッキリして前より調子が良い位ね」

「そうですか、それは何より。では……」

「ええ。あいつの部隊に参加させてもらうわ。その為に来たんでしょう?」

「話が早くて助かります。実を言うと、まだ回復しないのかとイルさんから毎日苦情が来てまして……」

「あの馬鹿……」

 確か、団長の研修期間中はフォス街道での実地訓練だったはず。主要街道だから人員なんて有り余ってるはずだし、何より私を寝込ませるような強さで苦戦することも無いだろうに……

「あいつなら私なんていなくてもどうにかするでしょうに……」

「いえ、苦情の理由なんですが……」

 一瞬、眉を寄せながら言い淀むナズナ。

「……『誰も報告書の書き方が分からなくて困っています。早く来て下さい』との事です」

「…………」

 ……なんて事だ。戦闘面以外で詰んでいるとは……

 というか、他の皆も分からないのか。今までどうやって花騎士の業務をしてきたんだろう……

「どうやら想像以上に必要とされているみたいね……」

「起き抜けにこんな事を頼んで大変心苦しいのですが、どうかよろしくお願いします」

「いやいや、頭とか下げなくてもいいから!」

 深々と頭を下げてくるナズナを制し、ベッドから這い上がる。

 ……今までさんざん引っ張ってきたが、やっと社会復帰だ。これまで腐っていた分も含めて十分に気合を入れていこう。

「それじゃ、ちょっと着替えとかするから……」

「あ、はい。私も仕事に戻るので、後はお任せしました。詳細は机の上に置いておきますので」

「ええ。任されたわ」

 体に異常がないか確認をしていく。……手や頭に巻かれた包帯を外してみたが、特に跡などは残っていないようだ。動かしてみて痛みもあまり無い。これなら戦闘をしても差し支え無いだろう。

「よし。特に異常は無し、と……」

 そんな私を横目で見ながら退出しようとするナズナ。

 ……だが思い出したかのように、一言付け加えてきた。

「……ああ、一つ言い忘れていました」

「……? 何かしら?」

「イルさんの今の役職なんですが……」

「役職……? 騎士団長の見習いじゃないの?」

「……いえ、それがですね――」

 

 

 

「はぁ~~……」

 澄み渡る青空の下、俺は深々と溜息を吐いた。誰もが「良い日だねー」なんて感想を漏らす、絶好のお出かけ日和だ。

 程良い温度に湿度、雲一つない空。なるほど、洗濯をするのも一興だろうか。

 ……だがそれとは裏腹に、俺の心には暗く重い雲が垂れこめていた。

「…………」

 眼前の光景を見る。

 長く長く、どこまでも伸びる街道。

 道沿いには草木が生い茂り、そこかしこで色んな花が顔を覗かせている。なんともまあ、底抜けに牧歌的な風景だ。心が癒される事この上ない。

 そんな世界で――

「イルさーん! 害虫の掃討完了しましたよー!」

 ピンク髪の少女が笑いながらこちらへと駆け寄って来てくれた。

「いやぁ、フォス街道の害虫なんて久しぶりですねー。昔と一緒でよわっちい限りで……まあ試し切りには丁度良いのかもですが」

 ……一つ付け足すと、返り血に濡れた双剣を携えながら、だが。

 あらやだ、すっごい猟奇的。

「……サンゴさん、ばっちいから返り血は拭って下さい」

「ああ、すみません。私としたことが……」

 俺の指摘で気づいたのか、自身の得物を見てあちゃーとバツの悪そうな顔をするサンゴさん。

「あそれ、しゅばばっと!」

 無造作に剣閃を一振り。返り血は即座に蒸発していった。

「はい、これでよしっと。それで、掃討終わったんですけど……これからどうしましょう?」

 言葉を受けて俺は持参してきた周辺の見取り図を広げる。……ここ数日、これと睨めっこしっ放しだったので大分頭には入ってはいるが、念には念の為だ。

「……地図を見る限りだとここまでが俺達の管轄みたいだし、今日の見回りはこれでおしまいです」

「ええっ!? 今日はまだ十匹しか倒してないんですけど!?」

 俺の終了宣告に、物足りないと抗議の声をあげるサンゴさん。

「いや、十匹でも十分多いと思うけど……というか、俺何にもしてないのに仕事終わっていいのかな……」

「いえいえ、イルさんは私達の頭なんですから、どっしり構えていて下さい」

「頭って……たまには武器でも振り回して息抜きしたいんだけど?」

「そうは言っても、こないだの試合で武器がダメになっちゃったんじゃないですか?」

「うぐっ、それな……何か起きたら無くなってると思ったら、壊されてるとはな……」

 ……そう。今の俺はブキナシィ、もといヒノキの棒一本でこの場にいる。

 あの試合以降、俺に残された物は替えの衣類と、刃先の消えた斧槍、それと茶色いビワパラさんだけだ。あまりにも少ない。というか、殆どゼロからのスタートと言ってもいい。

「早くお給金を貰って、もっかい武器とか買わないとなぁ。上着もボロボロになるとは思わなかったから、新しいの買わないといけないし……」

 せめて誰かお金でも貸してくれないものかと、知っているツテには全員聞いてみたのだが……

「エニシダにはそんなお金無いとか言われるし、アネモネには何か借りづらいし、ウメ先生はそもそも捕まらないし。ナズナに至っては逆に中庭と訓練場の修繕費を要求されるし……」

 ……結局誰も当てにならなかった。むしろ修繕費の分マイナスだ。初仕事が借金スタートとか、悲しいにも程がある。失職したらどうしよう。

「……サンゴさんもお金貸してくれなかったもんな」

「し、仕方がないじゃないですかっ。家への仕送りと異動の際の備品の整備、それと大きい買い物をしたばっかりで、丁度お金が無かったんですからっ」

 サンゴさんは剣をブンブン振り回して必死に自身の言い分を主張してくる。

 どうでもいいけど、剣を振り回すたびに衝撃波が飛んで来ないかと冷や冷やするんだよな……アレに追われた経験がトラウマにでもなってるのかな、俺。

「だから、せめて今月の二十五日まで待って下さい! 具体的に言うと二十五日の朝九時まで!」

「何ですか。サラリーマンですかあんたは」

 この世界でも給料は振り込まれる形式なのか……でもネットとかは無いし、電報でも届くのかね?

「まあいいです。今日のお仕事は終わりですし、もう帰ってご飯にでもしましょう」

「はーい」

 二人揃って掃除し終わった街道を歩く。日没まではまだ時間があるが、何分徒歩での移動なので、余裕を持って行動しておきたかった。帰り際に害虫と鉢合わせ、なんて事もあり得るだろうし。

「…………」

 てくてくと歩きながら再度空を見上げる。これからのお財布事情を考えると中々憂鬱だが、こうして手に職があるってのは涙が出るほど嬉しいものだ。

 健全な体と健全なお仕事。そしてちょっとした悩みという日常のスパイス。

 これ以上の幸せがあるだろうか、いや、無い。

「イルさん何笑っているんですか? 無言でニヤニヤしてるとちょっと気持ち悪いですよ」

「キモいとか言うなし……ちょっと人生上手く行ってて嬉しいなって思っただけだ」

「ふーん? 私はもうちょっと刺激が欲しいかなって思いますけど」

「……だったら俺の下で働かなくてもいいんじゃないか? もっと過激な所に行けば……」

「うーん、それは、そうですけどね……」

 何か思案するように顎に手を当てるサンゴさん。そしてややあって、俺の顔を覗き込んで来る。

「私、イルさんに負けちゃいましたし、もういいかなって所までは一緒にいますよ」

「……そっか、ありがとな」

「それに研修期間は退屈ですが、これが終わったら何処に飛ばされるか、興味ありますしね!」

「…………」

 そういや、ナズナには特務部隊の後釜とか言われてたなぁ……前任のお人はどういう仕事をこなしていたんだろう。サンゴさんなら何か知ってるかもしれない。

「サンゴさんや」

「なんですかー?」

「一ヶ月前に死んだ団長のお仕事について何か知らない?」

「えっと、一ヶ月前というと……ああ、特務部隊とやらですね!」

「そうそれ。なんか後任として期待されてるから、どういう事してたのとか気になって……」

 俺の言葉を受け、空を見上げながらうーんと頭を捻るサンゴさん。

「任務の内容自体は私も詳しく知らないんですが……ベルガモットバレーの奥地へ行ったり、ウィンターローズの封印大氷壁を見て来たとか、果てにはバナナオーシャンにある絶海の孤島にまで足を伸ばしたとか、そんな噂は聞きましたねー」

「……なんか、団長と言うよりもはや冒険家だな……」

 しかも行く先がヤバ気な所しかない。……良く知らないけど、封印大氷壁とかパワーワード過ぎるし、絶対危険ってレベルじゃ済まないだろ。封印ってのは大抵ロクでもないものがあるもんだろうし。

 ……というか、そんな所がある事にビックリだよ。この世界どうなってんだ。

「はぁ~……俺も研修が終わったらそんな僻地に飛ばされるんだろうか……」

「イルさんはそんな所には飛ばされないと思いますけどね……指名されるにしてもそれなりの下積みをしてからでしょうし、少なくとも一年は平穏無事に過ごせるかと」

「……まあ、先の事を考えても仕方がないか」

 とにかく今日の業務を終了させるのが先決だ。今は途方もない話にしか聞こえないが、毎日コツコツとやっていけば、いつかは大物になっているのかもしれない。

 

 ……あんまり、いや絶対なりたくないけどな!

 

 

 

 ……そんな他愛のない話を続けながら、歩く事数分。

「集合場所はいつも通りの南側大門だったな」

「……ええ。どうやら二人とも、もう来ているみたいですね」

 サンゴさんの言うとおり、他の二人は既に哨戒任務を終えて集合しているようだ。大門の前で検疫を受ける馬車や商人達から外れ、端っこで所在無さ気に壁にもたれかかっていた。

 ……手を振ると即座に気付いたのか、振り返してくれた後こちらへ歩み寄ってくる。

「お疲れ様です。イルさん!」

「おう、お疲れ。問題無かったか?」

「はい。ヨワ虫とかに適当にビームして、追い払っておきました!」

 自信満々に雑な仕事してきましたと報告されても、俺は困るんだが……

「はぁ、適当じゃなくてちゃんとやれ。……アネモネも大丈夫だったか?」

「……こっちはサンボンさんを三体ほど倒しておいたよ。相変わらず、この辺りの害虫は大して強くないね」

「まあそうだな。俺でも倒せるくらいだからな……」

 アネモネの言葉で思わずトライサンボンを仕留めた時の事を思い出す。

 駆け出しも駆け出しだった頃の俺ですら倒せたんだから、アネモネだったら楽勝にも程があるだろう。

「それで、イルとサンゴバナさんの所は平気だった?」

「ああ。サンゴさんが十体ほどバラして、それでおしまい」

「……イルは?」

「俺? 突っ立ってただけです」

「…………」

 じとーっとこちらを見てくるアネモネさん。ちゃんと仕事しろと言いたげだ。

 一緒に仕事をし始めて気付いたけど、この人ものすごく職務熱心なんだよな。エニシダみたいに抜けてないし、かといってサンゴさんみたいに楽しんでもいないし。

「……一応釈明しておくけど、サンゴさんが楽しそうに切り刻むのを見てたら終わってたんだよ。あんなに楽しそうなのに邪魔しちゃ悪いなって思って」

「はい! 今日も私と私の剣は絶好調でした! 害虫も微塵切りでしたよ!」

「そ、そう……それなら、いいんだけど……」

 嬉々として語るサンゴさんの報告に、顔をひきつらせながら答えるアネモネ。いまいちこのテンションに付いていけていないご様子。まあまだ出会って数日しか経ってないし、これから嫌でも慣れてくれるだろう。

 そんな風にうむうむと考え事をしていたら、エニシダがおもむろに提案してきた。

「あ、あの! そろそろ移動しませんか? ここだと門番さんのお仕事の邪魔になるかもしれませんし……」

「ん……それもそうだな。んじゃとっとと帰るか」

 そそくさとその場を離れ大門をくぐる。

 くぐる途中で門番さんから「お勤めお疲れ様です!」などと敬礼されたが、愛想笑いを浮かべるので精いっぱいだ。

 今日の俺、何にもしてないしな……給料泥棒呼ばわりされても文句言えないぞ……

「……あら?」

 ……心中で自嘲する俺を余所に、一足先に大門を抜けたエニシダが何かに気付いたようだ。ある方向を指差して言葉を続ける。

「あそこにいるの、キルタンサスさんじゃないですか?」

「キルタンサス……? あ、ほんとだ」

 見れば道の脇にあるベンチに足を組みながら腰掛け、行き交う人々を値踏みするかのように見渡しているようだった。……あら、目が合ったぞ。

「……!」

 どうやら探し人は俺達だったようだ。すぐさま立ち上がってこちらへと歩み寄ってくる。

 ……それにしても、何だか前にあった時よりも穏やかな印象を受けるな。どこがと言われると困るのだが、何となく、こう、雰囲気が丸くなったような……

 そんな風に何やら変化のある彼女を前に俺が首を傾げていると、目の前まで来て……

「ご、ごご、ごきげんよう! 久しぶり!」

 ……ガチガチに緊張した挨拶を披露してくれた。

「……はい。ごきげんよう」

「き、今日も良い天気ね!」

「そ、そうだな……」

「…………」

 二言話したら、何故か黙り込んでしまった。何だろう。俺何か悪いことしたかな。

 流石にバツが悪いので、こちらから話しかけてみよう。

「……大丈夫か? 何かものすごく緊張してるみたいだが……」

「だ、だっ、だいじょびよ!」

「…………」

 これだいじょびじゃないよね。キルタンサスさんちょっと緊張しすぎだよね。

 そんな俺の懸念を感じ取ったのか、

「……ああ、もうっ! 緊張するな、私!」

 唐突にバシバシと頬を叩き始めるキルタンサスさん。二回三回と小気味良い音が鳴る。

「ふぅ……これで、よし」

 次にこちらを見る時には、この間のように勝気な顔付きに戻っていた。

「それにしても、もう体は回復したんだな。……という事は今日からうちに合流してくれるのか?」

「え、ええ、うん、そうよ?」

「……時にキルタンサスさんは、報告書とか書けます?」

「ああ、その話ね。ナズナから聞いたわよ。……まさか全員書き方を忘れたなんて、今までどうしてたのかしらね……」

 そこで俺から視線を外し他の面々へと向き直るキルタンサスさん。

「「「…………!!」」」

 即座にババッと明後日の方へ目を逸らす花騎士の皆様。……なに君達、そんなに恰好が付かない事だったのかね?

「ひゅー、ひゅぴー」

「……エニシダよ。吹けない口笛をしてまで誤魔化そうとしなくていいぞ……」

「ぴひゅー……うぅ、すみません……」

 こいつは時々奇行に走るよな……相方として反応に困るから、あんまりやらないで欲しいんだが。

「……はぁ、まあいいわ。大方他の人に任せっぱなしにしてて忘れちゃったんでしょ。……結構いるのよね。作戦に従って戦闘さえしていれば文句なんてそうそう言われないから……」

「その口ぶりだと、お前さんはちゃんとしてるみたいだな?」

「ええ、当たり前じゃない。……昔は副官として事務処理なんかも手伝っていたしね」

「……そうか。頼りになる事この上ないな」

 そう言えばこいつは元特務部隊とか言ってたっけ。しかも副官だったとは……想像以上に職務経験豊かだったようだ。だからあそこまで背負い込んで……

 ……いや、やめておこう。あんまりほじくり返して良いものでもないだろう。こういうのは時間をかけてゆっくり解決しないとな、うん。そうだ、今度一緒に酒でも……

「……それで、ちょっと聞きたいんだけど」

「……うん?」

 あーでもないこーでもないと気遣いをうじうじと考えていたものの、あちらさんの言葉で現実へと引き戻される。

「……えっと、その……」

 なんだろう。酷く言いにくそうな表情をしている……

「…………」

 無言のまましばらく待ってあげる。

 そうするとようやく決心したのか、ある一言を絞り出すように言ってくれた――

 

「……あなた、結局団長にはなれなかったんだってね?」

 

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