翌日の早朝、凛と澄んだソプラノの声音が限られた空間に木霊する。
「それ本当なの? ウソついてないでしょうね!」
教室に向かっていた煌燿は、廊下にまで響き渡るその声を右から左へとスルーし、教室にいた一夏はやたらと盛り上がる集団に疑問を持っていた。
クラス対抗戦の優勝商品が判明したときとは別の盛り上がりを見せていたため一夏は疑問に思っていた、ここまでに士気高まる行事はこれと言って思い当たらないからだ。
「何なんだ?」
「さぁ、僕にはわからないよ」
シャルル・デュノアに尋ねてみるも、当然苦笑混じりに首を傾げていた。
「どこか信用に欠けますわね……本当に煌燿さんは了承したのですか?」
「本当だってば! 学園中この噂で持ちきりなのよ? 月末の学年別トーナメントで優勝したら、織斑くんか東雲くんかデュノアくんと付き合え…いえ、1年間―――」
「俺とシャルル、煌燿がどうかしたのか?」
「「「ヒッ、ィヤアアアァァァ!?」」」
急に湧き出た一夏は黒い閃光『G』のような衝撃を女子達に与えた、まさかの悲鳴、絶叫に心を傷つけられた一夏に代わりシャルル・デュノアが尋ねる。
「それで僕たちの話みたいだったようだけどどうかしたのかな?」
「ぅ、うん? そうだっけ?」
「あら織斑 一夏さん。乙女の会話を詮索するのは不躾でしてよ、デュノアさんもめっ!ですわ」
あははうふふと言いながら話を逸らし、優雅にかわす女子達、不自然にも程があったがこういうときはなにも言わずに触れないでおくのが定石であるとシャルル・デュノアは知っていたし一夏も学習はしていた。
「じゃ、じゃあ。あたし自分のクラス戻るから!」
「では私も席につきますので」
「私も早く席につかないと」
「おっともうこんな時間か~、早く戻らないと」
そう言ってく蜘蛛の子を散らすように四方八方へ群衆が霧散していくポツンと取り残された一夏は訳もわからぬまま流れにのって席へ戻る。
「…なん…なんだ?」
「……さぁ、僕にはわからないよ?」
2
同刻
窓側最前列の席では、表面上平静を装いつつ内心頭を抱える少女の姿があった。
煌燿は学年末トーナメントに関しての噂が流れていること自体は知っていた、しかし、その噂の内容を聞かされ、情報を色々と聞き出した結果確かに自分の妹が唖然となるのも無理はないことだと言う結論に達したため今朝もそういった話で持ちきりの集団を無視し現状へ至る。
『学年別トーナメントの優勝者は、世界で3人しかいない男性パイロットのうち誰かを1年間私物化できる』
当初は、箒が一夏に対して『学年別トーナメントで優勝したら(買い物に)付き合ってもらう』と宣言したのが始まりで、その情報をたまたま、偶然聞いてしまった生徒会長が歪な形に情報を加工して流した。
しかも一体何をどこでどう勘違いしたのか『男性パイロットのうちの誰かを1年間私物化できる』ということになっているのだ。
ともかく問題は箒と一夏だけの話だったはずのそれが、既に学園中に広まってしまっているということである。しかもその話はいつに間にか上級生にまで広まっており『学年が違う場合はどうするのか』『表賞式での発表は可能か』『条件を公平にした上でのランダムマッチを行う』だの『3人いるのだから公平にくじで誰か決めて一学年一人にその権利を与える』と後戻りが出来ない状況に追い込まれていた。
─まずい、これは非常に、色々と予想外だ……
もちろん箒としては、一夏が他の女子と付き合っているなど想像もしたくないが、自分が一夏と付き合うことになり学園全体に知られるのも耐え難い、それと同じくらいに自分の兄をこのような事態へ巻き込んでしまったことが嫌だった。
─とにかく、優勝すれば問題ない。何ら問題はないはずだったのだが…話が大きくなりすぎている…
自分の中にある遺産、『剣の道』…剣道。
だがそれは強さの象徴でもあるが、弱さの象徴でもあったのだ、より多くの部分を占めているのだ。
一心不乱に打ち込んだ結果得たものは『全国大会優勝』という輝かしい栄冠。
全部忘れるつもりで打ち込んだ鍛練の末、案の定初戦から決勝戦まで圧勝だった。
決勝戦で叩きのめした対戦相手を見たときに気付いてしまった、対戦相手の悔しさに歪んだ顔に写っていた自分の表情を信じることができなかった。
箒は、笑っていた。
自分は相手を叩きのめすことでこの状況に対する八つ当たりをしていただけで、ただ苦しんでいる相手を見て楽しんでいただけなのだ、と。
余談ではあるが兄である煌燿と似通ったものが箒にもあった。
そうでなくともこの年頃ならば至極当然のことだ、相手よりも自分の方が強かった、それも国で一番。
寧ろその事を気にする箒の精神成熟度の方に目を向けるべきだろう変に偏ってしまった成熟度に。
あんなものは、強さとは呼べない、強くなったと一夏に胸を張って言えない。
自分が求める強さとは、『強くある』ということは何よりも己が知っているというのに。
そのはず、だったというのに
自問を繰り返す。最早箒には、一夏のことを気にしていられる心の余裕など欠片も残されていなかった。
箒の心情は察することが出来なくとも、この現状の全貌を知っていた男がフラりと立ち寄った。
「箒ちゃん、ちょっといいかな」
「お兄…ちゃん」
「泣くな、俺はお前の兄ではないと言ったはずだ…」
─お兄ちゃん、ときたか。昔と混濁しているのだろうか?それほどまでに追い込まれている、もしくは引け目を…責任感が強いのは今も昔も変わっていないな。
「心配すんな、必ず俺がどうにかしてやるから」
─先ずはあのバカから潰したい状況ではあるがそれでは拡散した情報は取り消せない…それにあいつの場合罰ではなくアメ同等になってしまう、今回は放置するか
無意識と言えばそうともとれる行動だった、あまりにも軽率で馬鹿馬鹿しい行いだった。
あのとき、自分の好きなように生きるために切って捨てたはずのものに、自ら歩みよりその上、手を差しのべているのだから。
楽しんでいたはずの自らの変化に煌燿はこの後初めて嫌悪を示した、僅か穏やかに、確実に大人しくなり続けていた、そして自分でも怖いほどにそれらが積み重なっていたからだ。
3
「「…はい?」」
「だから、俺が相手をしてやるつってんだよ。今日は体を動かしたかった気分なんでな…遊んでやる」
「「…はい!?」」
「3度目はねぇからな」
間の抜けたと言うよりかは事実を受け入れられずに呆けた声を上げたのがイギリス代表候補生セシリア・オルコットと中国代表候補生凰 鈴音。
「て言うか一夏とデュノアは?」
「馬夏とデュノアは用事があるんだと、ほらコンディションを整えろ」
2人共々に顔を見合わせ戸惑いの声が放課後のアリーナに響く。
「随分と珍しいわね。前に中国に来たときには散々機嫌をとってからその重~い腰を上げたっていうのに。それに戦う前なのに随分と好戦的な雰囲気ね、まるで人殺しをしそうな勢いよ、あー恐ろしい」
「何度も誘ったはずですのに今日はどうなされたのですか?何時も相手にならないと言って一蹴する筈ですのにわたくし畏れ多くてとてもとても…」
そうやって次々に愚痴る2人をよそに煌燿は競技向けの従来のISよりも1回り小さい機体を体に纏う。
研ぎ澄まされた刃物のような鋭さに無駄を減らし実用性だけを求めた美しさと気品のあるISは彼女たちの闘争心を刺激した。
「嘘をつくな、目は口ほどに物語っているぞ」
その一言が合図だった。
刹那、連結した『双天牙月』を肩に預け両肩の衝撃砲を既に準戦闘状態へとシフト、『ブルー・ティアーズ』の発射口をを即座に変向。
セシリア・オルコット、凰 鈴音がノーモーションで各々が搭載する第三世代兵器を稼働させ煌燿を狙い打つ。
「さて、戦ろうか」
そんな集中放火を悠然と回避、見えないはずの砲撃と音速に迫る光線に囲まれながらも無駄を完全に切り離した最小限の動きで避ける…否、その姿は回避行為とはかけ離れた舞い。
─目は口ほどにものを言う。さっきそう忠告しただろう、バレバレだぜ。
黒が大空を跳び跳ねた。
「中々良かったぞ、クールダウンとしては上出来だ」
「「…クールダウン?」」
「言ったろ、『体を動かしたかった気分』って」
「馬鹿にしてんじゃないわよ…この化け物が。こっちは本気でやってんのにクールダウンですって?あんたは避けるだけ避けてこっちは今までしたことない攻撃パターンで狙っても意味ないし…」
「煌燿さん、この前よりずっと迅くなっていませんか?その上一切攻撃せずに私達が全部出し尽くすまで待つだなんて…」
「「心折れるわ(ますわ)」」
「ま、今の俺に当てることが出来るんだったら今頃は国家代表レベルだろうからな。っと頭と身体が冷めない内にさっさと始めようか、今日の
煌燿の濁流のごとき闘気が2人を撫でた。
しかしその前には2人共瞬時に緊張の糸を張り直し、ISを展開させ己の主武装を展開、距離を取って警戒する。
煌燿が口角を上げるのに伴って空気が張り詰めていく。
2人を交互に見てニヤリと笑う、セシリア・オルコット、凰 鈴音ともに煌燿の悪巧みに気付いた時に不意に嫌な感覚がに襲われた。
まだまだ未熟とはいえ紛いなりとも代表候補生。
ハイパーセンサーと培った感を駆使し即座に導きだした弾道軌道上は直撃しないと判断し2人とも微動だにせず、砲弾が放たれた方向へ視線を向ける。
そこには、肩部レールカノンから硝煙を上げる漆黒の機体、
各々が感じることがあったのだろう、セシリア・オルコットも凰 鈴音の4つの瞳が揺れる、対抗心・警戒心・嫉妬心・感心・出来心、そして決心。
─もうそのレベルまで来たのか
これは煌燿も想定外だったようで少しばかり動揺したが直ぐに笑みを浮かべ、これは更に面白くなるぞ目配せをした、目の前の男が企むことはおおよそ解っていた2人は苦笑いを。
「あの状況で外すなんてドイツ軍はそんなに人手不足なのかしら?その化け物と千冬さんに鍛えられたことがあるみたいだけど大したことないわね」
代弁するかのように凰 鈴音が口を開くが、ラウラ・ボーデヴィッヒは見透かしたように顔色ひとつ変えずに淡々と言う。
「逆にあの状況で下手に動く奴が候補生だったら驚きだ。それが中国の『甲龍』にイギリスの『ブルー・ティアーズ』か。…はぁ、よくもまぁ機体に乗られている分際で口が達者なものだな」
「何? ケンカ売ってんならそんな遠回しじゃなくて直接的に言ったら?それとも愛しの師匠の前で無様に負ける姿を見せられないからそうやって尻込みしてるの?遠慮せずにかかってきなさいよ。それともこう言った方が分かりやすいかしら…Komm zusammen, Liam」
「日本では『弱い犬ほどよく吠える』と言う諺があるが成る程、いい勉強になったぞ、感謝する」
「「この…!」鈴さん、落ち着いてください」
既に我慢の限界に達しかけている凰 鈴音、冷静なセシリア・オルコット。
対照的な対応の仕方は戦闘スタイルを如実に表していた、天性の才能と負けん気の強さ、
冷静かつ客観的にラウラ・ボーデヴィッヒと戦うことが何の意味もない、言ってしまえば煌燿の思う壺だと判断し鈴音を宥めにかかる。
─まったく煌燿さんも趣味が悪いですわね、やらせたいことはわかりますけど…今回は思い通りに事は進ませませんわよ
だが2人が守りに入ったことにより攻守一転、急にラウラ・ボーデヴィッヒが攻め立てる。
「ふん、2人がかりで兄貴に一発も当てれないとは…話題性と過去の栄光で候補生へなった弱者は哀れだな」
ラウラ・ボーデヴィッヒがその後にとった行動はISを展開している相手に対して背中を見せてISを解除する、ということだった、それはIS操縦者にとって最大の侮辱を意味する。
「ぶっ殺す」
一周回った怒りは氷の如く凰 鈴音の頭を冷やした、先程まで見開かれた目は獲物を狩る獣のように鋭く、背を向けた相手に対しても警戒を怠らず距離を詰めようと試みる。
「気持ちは理解りますがそれでは相手の思う壺です…」
セシリアとて、母国を、家族を侮辱された怒りは相当なもの、だがしかし、挑発に乗って戦えばラウラの思惑通りになってしまうことと何かが引っ掛かって飛びつくのを躊躇していた。
「相手の力量も理解らないどこかの国の阿呆とはここまで惨めなものか、だからあの脆弱な出来損ないなどを「わたくしは」」
ラウラ・ボーデヴィッヒが凰 鈴音の大切な人を最悪の侮辱の言葉で罵ろうとするのを察しセシリア・オルコットがその先を遮った。
凰 鈴音の人生の大部分を、いわば生き方の構成部分の土台を占めていた大切な想いを。
想う人は、想う期間は違えどその想いを共有する同士として、仲間として、そして『友』として、悲しみに歪み今にも溢れそうな悔しさを黙って見ていられなかった。
今にも襲いかかろうとする凰 鈴音の肩を強く引き留めた、今感情に支配された状態で立ち向かうにはあまりにも分が悪い、それに自分にも戦う理由ができたから。
「わたくしが、祖国が、蔑むまれ、軽蔑され、貶み、卑しめられ、嘲笑い、貶められても甘んじて受け入れましょう。ですが…わたくしは鈴さんの想いを笑いません、相手こそ違えど想い続けるそれは素晴らしいことです、貴女が織斑先生を想い続けているように…人の気持ちを踏みにじる貴女をわたくしは許しません!」
普段はおっとりとした印象を与えるセシリア・オルコットの碧眼は感情を昂らせながらも感情を支配していた、すべてを飲み込む深海のように静かで重い憤怒。
─貴女の挑発の意味、織斑 一夏さんに向けられた怒り、わたくしには理解りません。ですが…大切な想い・友達を虚仮にする貴女とは
セシリア・オルコットの怒りを真っ正面から受け止めたラウラ・ボーデヴィッヒは笑った、どこかで見たことのある面影を2人に思い出させながら。
だが次の一言で疑惑は確信に変わる。
「イギリス代表候補生セシリア・オルコット。私をガッカリさせるなよ?」
その言い回しは、煌燿が戦闘時に度々口にする言葉だったからだ。
どういうわけか自分は『これめっちゃいい話!』と思った話が評価されない笑
どうやら僕のセンスは他の人よりもずれているようだ。