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まるでマグマのように荒々しい人だった、その時はまだ実際には見たことは無く画面越しに見ただけだけれど全てを蹂躙し楽しそうに荒れ狂って破壊を……戦いをしている姿は衝撃的で、その戦闘技術は芸術性を兼ね備えていた。
余談ではあるけれどその動きはまだ武術にそれほど興味がなかった私が本気で武術を修めようと決意したきっかけでもあった。
酷く凄惨でありながら悠々と戦地を後にする彼をかっこいいと思ってしまった、その在り方に心惹かれたからだ。
その映像の最後は煌耀くんの目を確ととらえていた、小さな紛争地帯を完全に制圧し何も残らないその場を立ち去ろうとしていたところ、その眼は深海のように深くて底が見えずに冷たく暗かった、しかも画面越しに映像越し。
それでも体が凍り付いて固まって暫く放心状態になってしまったのは今でも覚えている、とにかく生きている中で一番強烈だった、未だにその憧憬は色あせることなく心に残り続けていた。
そして互いが互いに認識し時、つまり初めて煌耀くんと対面した時は煌耀はアメリカの客人で私はただの代表候補生の一人として扱われていた時だった。
同じ日本人という事もあって国の方から私が煌耀くんの世話係を担当することになったのだが、その時は名前で区別するというのなら当時の篠ノ之 煌耀くんは厄災という通り名を表したものだった。
つまらないから軍事演習するぞと提案すればそうせざるをえないし(その時は100台ほどの戦車が使い物にならなくなってしまった)、当然私もこき使われた。
夜急に起こされると血塗れの煌耀くんが熊やら鹿やら狐、そして虎を仕留めてきて「今からこれを使って飯を食わせろ」だの「皮をはいで絨毯にしろ」だの無茶苦茶な難題を平然と押し付けてきた。
更識家の当主として育てられたおかげである程度のことは出来ていたし厳しい教育や指導にも耐えてよかったとこの時に実感したものだ、どうやら私には才能があったらしく家の方も期待を込めて厳しくしたとのことだが状況が状況なものだから感謝したものだ。
ともかく煌耀くんが来てからというもの私は毎日のように彼に振り回されていた、ISを使える女が男より上、といった考え方が充満していたので同じ代表候補生の人達からは哀れまれたけれども私はそこまでそう思うことなく(多分煌耀くんのせいではあるとおもうけど)、むしろ楽しくもあった。
やらされることは無理難題、でも昔に怯え畏怖し、それでもその在り方に憧れてしまった人に近づきたくて、認めてもらいたくて一生懸命についていった。
ロシアを去る前に一週間のサバイバル訓練があった、そこでも私は煌耀くんと2人でどこかもわからない山の中に放り出される、当然のように防寒着とサバイバルナイフだけ持った状態で置いて行かれた時は驚きを隠せなかったが。
私にとってはこのサバイバルは他の代表候補生の子たちとは違い過酷な環境のなか生き抜くためのものではなく、プラスαで猛獣と戦わなければならなかった。
それはもちろん煌耀くんおかげで。
人間とはやるかやらないかで迷うよりかはやらなければならない状況下に置かれたとき出来る出来ないかは関係なしに行動は起こすようだ。
拠点をつくらず、短時間の睡眠で一週間動き回る、ついてこれるならついてきな、とでも言いたげに私のペースに合わせることなくひたすらに森の中を歩き続けた、意味もなく足を動かして目の前の背中についていく。
それだけが私に出来ることだった、煌耀くんについていくことが一番安全であるという事もわかったし防寒着とサバイバルナイフだけで極寒の森の中に放り出されてしまったものだから虎の威を借るしか選択肢がなかったのだ。
最初の3日はまだ話す余裕があった、煌耀くんに聞きたいこともくだらない話も聞いてもらうだけで楽しかった、畏れ畏怖し憧れた人と綺麗な自然に2人っきりなのだから当然心も踊る。
けれども後半の3日はまさに地獄と言っても過言ではなかった、ほとんど不眠不休で動き続けることによる疲労と酷い飢餓状態、寒さが体力をどんどん奪っていき普通に歩くことさえもままならない、最後の方はほとんど記憶にないし気付いたら知らない天井の部屋に連れ込まれていたのが私が覚えていることであった。
多分認められたかったのだろう、視界に入れてほしかったのだろう。
だからこそ意地と気合(根性論とか気合とかそういった言葉は好きではないけれど)だけが体を動かしてくれたのだと思う。
煌耀くんがロシアを去る日、彼は私にこう聞いてきた。
「名前はなんだ?」
戸惑った、焦った、心臓があとから熱を帯びたように熱くなって汗が急に噴き出てくる、すぐさま本名を言いたかったけれども私には立場というものがある。
そのころはまだまだひよっこではあったが更識家当主として、更識楯無として最低限の自覚だけはあった。
「更識 楯無」と呟くような小さな声で答えた。
「違ぇよ、本当の名前だよ」と間髪入れずに追及してくる、私はその時あまりの嬉しさに声が震えて、急に涙が止めど無くあふれ出して暫く嗚咽を漏らして煌耀くんの胸の中に飛びついた。
その時の顔は見ていなかったけれどきっと呆れ顔をしていたと思う、それでも優しさなんてないと思った人が出来るだけ優しくぐしゃぐしゃと頭を撫でてくれた感触がとても印象的だった。
IS学園で撫でられた時の優しい感じではなくてもっと無骨で不器用に、どうしていいか分からずに仕方なしに出てきた正直言って力強すぎる頭を撫でるのではなくて触るといった感触がとても心地よかったのだ。
「刀奈、更識刀奈」
絞り出すように何とか言葉を紡ぐ。
「刀奈、か。うん、悪くない。お前には才能がある、だから次に会う時までせいぜい俺を楽しませるようになれよ、勿論ISでな。徒手空拳の技術では不可能だからな」
「でも……貴方は男の人だから、その」
「ああ、その心配か。俺を誰だと思っているんだ?」
不思議とその言葉には説得力があってその当時そんなことはあり得ないと思っていた私だったが煌耀くんだからという理由で納得してしまっていた。
「次に会うとき、俺をがっかりさせるなよ?」
そういってもう一度頭をぐしゃぐしゃとして煌耀くんはアメリカに戻った、それが篠ノ之 煌耀との最初の思い出。
どういう理由かわからないけれど優しくなった煌耀くんとの時間は彼がかつて憧れた彼とは違っても、偽りだとわかっていても愛おしいほどに楽しい時間だった、たった1月ほどの関りではあるが普通に彼と普通に言い争えたり悪戯したりちょっかい出してもめんどくさそうに付き合ってくれる彼はもういない。
私は貴方をがっかりさせてしまったのかな?
答えは返ってこない、左上腹部を襲う寒気がするような痛みが私を現実に連れ戻す。
目を開ければめんどくさそうに笑う煌耀くんが居ればいいのに、なんて自分でも呆れるほどに下らない願望が浮かんでしまった。
4
楯無が目を開けると、そこには期待していためんどくさそうに笑う煌耀ではなく、呆れかえり何やっているんだと溜息はついていないものの誰にでも読み取れるジト目で見下ろす煌耀がいた。
昨日、一昨日とは明らかに雰囲気が違うと楯無は思った、憑き物が晴れたように、迷いが無くなったかのような純粋で自然でありのままの佇まい、ありのままの強者の姿にやはり楯無は美しいと感じてしまっていたのだ。
もっと普通に話したり、ちょっかいを、悪戯をしたりして面倒くさそうに対応してくれる日常なんかも愛おしかったが楯無はそんなことよりも遥かに煌耀はあの時の、畏れ憧れた篠ノ之 煌耀の方が彼らしいと思った。
そして、自分にとって愛おしい時間を作ってくれた東雲 煌耀は紛い物で偽物でしかなかったと認めざるをえなかった。
「蹴りぬいたのは胃の辺り、脾臓が少し損傷しているな。血液が腹腔内に流れ出していれば腹筋が反射的に収縮しているだろう、血液が大量に流れ出た場合は、血圧が低下、ふらつきを感じたり、かすみ目、錯乱、意識喪失などの症状が現れるが……お前はそこまで重症ではないな」
「煌耀く……いえ、煌耀様、数々の無礼をお許しください」
そう言うと深々と正座をして深々と頭を下げた、口の中を切ったのだろうか咳き込むと血が一緒に出てくるが互いに気にした様子もない。
今度は三つ指をついて言葉遣いも表情も仕草さえも丁寧に煌耀の気に障らないように繊細なものになってゆく、逆にそれが煌耀の神経を逆撫でするものだとしてもその選択肢しか選べないのだ、更識 楯無として。
情もある、恐怖もある、個人的な私情もある。
それでも今は、立場が勝っていた。
「おい、どういうつもりだ?」
グニャリと空間が歪んでしまうような錯覚を楯無は魅せられていた、オーラと言うのか怒気と言うのかは定かではないが背骨に氷を押し込まれたかのような寒気に体を支配される、手は震え歯は食いしばらなければカタカタと音を立てる、けれども再び頭を下げた。
「はい、ですから、この通りでございます」
「俺がそういう態度嫌いなことは十二分に知っているだろう、なのに何故媚びた態度を取ろうとする?」
「学園の長として、ロシアの国家代表として、更識家当主として篠ノ之 煌耀様に然るべき態度で接するのが当然ではないでしょうか」
「……結局、お前もそれか」
楯無からその表情を伺う事は出来ない、頭を精一杯下げ続けるのを煌耀は一瞥すると踵を返し楯無に背を向けた、だが扉の前で立ち止まると楯無に背を向けたまま聞き取れるか否かの小さな声で独り言のように呟いた。
「この1か月そこそこ楽しかったよ、こういうのもらしくねぇが前の俺が迷惑をかけた。そして、これから大変になると思うが……お前には関係ない話か、じゃあな凡骨」
決別の言葉だった、見込み違いだったなと寂しげにつぶやく。
―退屈していた、いつもいつも怯え、媚び諂い、気色の悪い笑顔を張り付ける凡骨たちと何の刺激もない生活に飽き飽きしていた、けれどもあの凡骨だけは少し違っていた。
見込みはほとんどなかったがそれでも最低限は俺を少しくらい楽しませてくれるだろうと思ってロシアのあの時声を掛けた、精神力としぶとさだけは立派だった。前の俺の記憶を辿っても俺に臆することなく接することのできた数少ない人物だった気がする、イタズラ好きな猫のような女は立場という下らないもので凡骨へと成り下がった。
朝日が煌耀の目に突き刺さり思わず太陽から目を背けた、ふと目を背けた先に先ほどまでいた武道場が目に入る、認めたくは無いが弱さはまだ抜けねぇかとうんざりし本当に嫌そうに顔をしかめて近くにあった木に苛立ちをぶつけるようにへし折る。
十数本へし折り、随分とすっきりした様子で背伸びをし立ち去ろうとした。
朝日はとっくに上がっているのにかかわらず、赤い太陽は雲に隠れ薄暗い青空が広がっていた。
5
彼の一言はどんな罵倒の言葉よりも重く、彼に蹴られたはずの左上腹部よりも鋭い痛みが胸のあたりに沈み込む、自分を見据えていてくれたはずの目はもう私を見ていてなんてくれなかった、その時にようやく私は彼に少しでも認められていたのだと、でもそれは過去のことで多分、もうそんなことはあり得ないのだと時間が経過していくごとに重く、重く、心に圧し掛かっていた。
心は脳にあるというのは知ってはいるけれど胸がどうしようもなく痛くて苦しくて自分のものではないように切り離された感覚がした、自分でもどう制御していいのか解らなくて漏れる嗚咽と本当に久々に流れる涙で目を赤くして、どうしようもない自分を情けなく思いながら暫く蹲って泣いていた。
更識家当主、ロシア国家代表、IS学園生徒会長として然るべき判断でありそうせざるを得なかったと自負している、楯無としてやるべきことはやったつもりだ。
でも、私はどうなのだろう。
私の意見はどこにあるのだろうか、あったとしてもきちんと煌耀くんに伝えられてはいないのだから、無いのも同然だ。
更識 刀奈としての私はどこにある?
いや、今更言って煌耀くんに届くのすらわからない。
第一この体で煌耀くんに追いつけるのすら怪しいし、実際問題この痛みからしてかなりヤバいことはわかる、煌耀くんのいい方からすれば手術しなければならないかもしれない、虚でも本音でも呼んで治療に専念するのが最善だ。
けれどもいつだって最善の選択が最高の選択とも限らない、時には最善ではない行動が結果的に最高の結果になることもある。
ならば私にとっての最高の結果とは何か、考えるまでもない。
さっきから聞こえる地響きと何かを(多分木を)へし折る音からしてまだ近くにいることは分かっている、左上腹部は痛み少し視界は霞んでいるし、足元はおぼつかない、痛みと腹筋の収縮で思うように体は動かせないし多分顔も酷いことになっているだろう。
それがどうした、今は刀奈としてやらなければならない事がある。
後悔してもしきれないのだけは止めたいから、そして気付いてしまったのだ、この気持ちの正体に。
本当に我ながらおかしいと思う、普通じゃないし一般的なものとはかけ離れている、でも相手が相手で私自身も普通の女の子かと言われればそうではない、それならばと諦めもつく。
意識がいつ飛んでもおかしくない痛みと身体の状況に鞭を打ち必死に走る、速度はいつも歩くよりも少し早いくらいのものだろうけれど今はこれが精いっぱい出来ることなのだ、その背中を追いかける。
「煌耀くん、待って!」
叫ぶ、それでも彼は振り向こうともしない。
届いたとしても煌耀くんにとっては足を止めることも耳を傾けることも振り向くこともないほどにどうでもいいことだったのだろう、さっきまでのことが嘘のように感じられる、もう元には戻れない。
けれどもそれは分かっていたことだった。
煌耀くんを振り向かすためには言葉じゃだめだ、そんなこと遠の昔に分かっていたではないか、あの時もそうだった。
言葉も拳も届くことなんてない、けれどもたった一つだけ煌耀くんの背中が見えるものがあるではないか。
「待ってって言っているでしょ!」
私はそう言うとISを、霧纒の淑女
覚えているのは起動時に発生する光と幾何かの光の筋、そして絶対防御すらも貫く無慈悲な衝撃、お腹の痛みとも相まって人生初となる短時間での2度の意識の喪失に身を委ねた。
気が付くとまず感じたのは患部の痛みだった、安静すればよかったが自分で無理を押して動いたのだから仕方がない、次に感じたのは浮遊感、力が入らない手足は宙に浮いていて背中と膝の裏に力強い何かに支えられていて凄く温かいものがあった、目を開けると晴れやかな青空と見たことのない角度からの煌耀くんの顔が映り込んでいた。
「起きたか、何か言いたいことでもあるのか?」
のした後で添えは無いだろうと私は苦笑してけれど、刀奈としてなら煌耀くんとまだ話せる余地があるのだとうれしく思った。
「何もないわ、ただ見放して欲しくなかっただけ」
「なんだそりゃ?しかし……いい殺気だったぞ、久々に本気になった」
「惚れなおした?」
「見直した、今のお前はまだ俺を楽しませてくれそうな余地はありそうだからな」
全部お見通しだ、彼の異常なまでの推察力には脱帽だ。
「そっかぁ、まだ惚れさせれなかったのか」
変わってしまったけれど、本来の姿の煌耀くんの方がずっと凄い、こんな風に憧れた人の近くにいるのも前の状況がなければ望んだことなのだからとてもうれしかった・
「何笑っているんだ気持ち悪ぃ」
「もう少し優しくしてくれたっていいじゃない」
「俺にそれを求めるのは無理な話だ」
「それもそうね」
それでも、戻ったとしても彼は進歩していると私は思う。
上手くは言えないけれど大人になったという表現が当てはまるのだろうか、煌耀くんは歩みを止めないでいる。
それを甘さだときっと思っているだろう、弱さだと思っているだろう、けれども彼は前よりもずっと大きく強くなっていると私は思っている、勿論そんなこと言うと怒るだろうから言わないが。
「楯無としてではなく、刀奈としてなら私を認めてくれるんでしょ?」
「……そうだな、見込みは無くもない」
「私が今度楯無として接することになっても怒らない?」
「それ相応には覚悟しとけよ」
「それは困るなぁ」
「だったら強くなれ、立場や責務なんてものに縛られることのないくらいに。そして俺を楽しませろ」
「そればっかり……女としてはどうなの?」
「喰らい尽くせない女になれ」
「難しいことを言うわね……ねぇ煌耀くん、キスをしましょう」
「…………」
「いや違うわね、キスをしたら、どうなんです?……なに、嫌なの煌耀くん?」
「ああ、察しろ」
「煌耀くんのいけず!……じゃあ、キスをします」
「は?おい、ふざけたこと……っ」
抜かすな、と続くはずだったのだろう、けれど呆気にとられ驚くような煌耀くんの表情を見れて私としては一本とれた気分だった。
「別にキスは唇だけじゃないのよ、初心ね煌耀くん」
私は煌耀くんの首にキスをした、強めにそれこそキスマークが残るくらいに、私を刻みつけるように。
場所に隠された意味も私の心も煌耀くんは知らないと思う、おそらく煌耀くんはそういった知識には疎いと(意味がないと感じ覚えようともしていないだろうから)思っての私のささやかな抵抗だった。
そこから持ち方も雑になり話もしてくれなかったけれどそれでも良かった、これから彼が何を起こすのかもわからない、楯無には「これから大変になる」と言った、多分煌耀くんは元の通りIS学園を舞台に修羅の道を行くのだろう、私は多くの選択を迫られることとなる、それでも私は私でやらなければいけない責任と使命がある。
そして、喰らい尽くせぬ女になるために私は戦わないといけないのだから。
空は綺麗に澄んでいて太陽も明るく輝いていた、そんなきれいな景色は当然行く末の明るさを示しているのではなく全く逆に嵐を呼び込むような騒動を起されるのだが今はまだ知る由もない。
保健室に運び込まれ立ち去るその後ろ姿は進むしかないけれどどこに行けばいいのかわからない旅人のようにも見えた。
もし良ければ活動報告でアンケートをやっているので回答してくださるとありがたいです。(もう少し情報がほしいので)
またご指摘、アドバイス、要望等ありましたらお願いいたします