「あれ?これちゃんと使えてんの?」
慣れない小型デバイスを操作しつつ、赤髪の男は抜けた調子で呟いた。
出際に仲間が渡してくれた連絡手段。
しかしいざ使おうにも、向こうからの応答が無い始末だ。
「……ったく。人の税金使って、んな不良品作ってんじゃねーっての」
汚名を着せられたデバイスは無残にも、黒に染まる路地裏へと投げ棄てられた。
二度三度乾いた音を立てる。
そして、何かに触れて制止する。
「こんな
男の意識は暗がりの先へ。
これでもかというほど作為的に、言い放った。
「なァ、そこん所どうなんだ。警察狩りさんよォ」
「……。」
一瞬の間を置いて、外套を頭まで覆った人物が姿を表す。
と同時に刺激臭が鼻腔を襲い、男は僅かに顔をしかめた。
「殺った後か」
その手には人間の首が掴まれていた。
血が溢れるように零れ落ちている様子から、犯行はつい今しがたの事なのだろう。
よく目を凝らせば背後には胴体らしき肉塊があり、先程投げたデバイスが傍らに転がっている。
さっきまで『者』だったその『モノ』は、黒い隊服を、真選組の制服を着ていた。
「……んで、次は俺を殺んのか?」
「いいえ」
「……ッ!?」
男は一瞬制止した。
相手が発したその声は予想に反して、
その刹那の膠着に女は生首を放り出し、男の懐に潜り込んでいた。
「お前、一体……!?」
男の眼前で、女は唐突に勢いを緩める。
その緩急の差に男は囚われ、完全に固まってしまっていた。
「あなたこそ、誰?」
男の腕を掴み、もう一方の手を優しく頭へ伸ばす。
そしてゆっくりと、髪の束を摘まみ、振り払った。
赤い頭髪の下から覗いたのは……銀の鬣。
「……白夜叉か」
男は赤獅子――――日原大成に扮した、坂田銀時だった。
布切れの下、女は銀時に視線を合わせる。
血の様に濁った瞳が、銀時を飲み込まんとする。
時間が重い。
鎖にでも巻き取られているかの様に。
「がァァ!!」
そんな無窮にも思えた時の中、今度は耐え難い激痛が銀時を蝕んだ。
肉体が焼き切れるかと錯覚するほどの痛み。
それは、女に掴まれた右腕から。
「てんめェ……!!」
意識が急速に現実へと引き戻された銀時は、咄嗟に蹴りを繰り出した。
相手が女だからなどと、余裕の言ってられない容赦のない一撃。
女はそれを軽く受けると、銀時の拘束を解いて自ら身を退いた。
「オイ……今何をしやがった」
自身の右腕に視線を配る。
そこには女の手形が、判然とした痣となって刻まれていた。
そして、次第にその痣は身体に浸透するように、静かに掻き消えてゆく。
言い知れぬ不快感に銀時は顔を歪めた。
「何も」
冷淡な返答。
いや、愛想が無いというよりも無感情という言葉が相応しいか。
そんな彼女はもう銀時に一瞥すらくれることなく、どこか空を仰いでいた。
「
瞳孔が一気に開かれた。
何故その名を。何処で先生を。
銀時の心中にあった女への疑念が、そして気味の悪さが、抑えきれない程に膨れ上がっていた。
だが女には銀時に対する関心など、もう毛頭もありはしない。
そして、銀時もそれを薄々気付いている。
先の言葉は、銀時に掛けられたモノではなかったから。
「そんな訳があるか」
一閃。
声と共に上空より撃ち降ろされた何かが、晦冥を斬り裂いた。
半歩後退した女は、紙一重でそれを回避する。
彼女が数秒前まで位置していた場所に、突き刺さった何かとは――――鍔の無い長ドスの様な刀。
「……長居し過ぎたようだ」
と、小さく。
自身に向けられた死にすら然程の興味も抱かない様子。
だが、撤退する気か女は外套を靡かせ踵を返した。
そんな背中に向けて、銀時は呼び掛ける。
「待ちやがれ!!」
訊きたいことは山程ある。
しかし女に触れられて以降、身体がうまく機能しない銀時は後を追うことが出来なかった。
特に触れられた右腕が言うことを聞かない。
木刀を握ろうにも、掴むことすらままならなかった。
「てめェは一体、何なんだ……?」
「……。」
哀れにでも思ったのか、ただの気まぐれか。
それとも……。
女は一瞬歩みを止めると、顔は向けず僅かに呟いた。
「近くも遠き後来に、また」
ポツリと呻くように一言。
そうして女は、夜の帳に溶け込んでいった。
その言葉の意味は、今の銀時には分からなかった。
ただの独言だったのかどうかでさえも。
だがこの状況、明瞭であり優先すべき事実が一つ。
もう一人、何者かがいる――――
「逃がしたか」
銀時の横を男が通り抜けた。
その背格好はどこか既視感があり、声音は良く耳に馴染む。
しかし同時に銀時は、懐かしき嫌悪感も抱いていた。
「こんなマヌケ面と比べられるたァ侵害だな」
男は地面から長ドスを抜き取ると、そのまま剣先を銀時に向ける。
と同時に、月の下に男の様相が露となった。
「よォ、久しいな銀時」
包帯で左目を覆い、蝶をあしらった着流しを纏うその男を、銀時はよく知っている。
その名を銀時は、敵意を持って呻吟した。
「高杉ィ……!」
「兄上様?」
「……。」
「兄上様」
「…………。」
「兄上様!」
「………………。」
「もォ~、兄上様ったら!」
身を乗り出してきた妹の呼び掛けに、時の将軍、徳川茂々はようやく反応を見せた。
「あ……ああ、そよか。すまぬ、考え事を……」
「もう、折角のお茶が冷めてしまいました」
そう、将軍の妹君であるそよ姫は頬を膨らませる。
続いて気遣わしげな面持ちで尋ねた。
「また政務でロクに寝ておられないのですか?」
「……。」
沈黙。
それは肯定を意味する。
「そんなに事だろうと思いました」
小さく嘆息するとそよ姫は、茂々の正面に改めて座した。
「聞きました。また一人、兄上様の
言って、そよ姫は細々と語りだす。
それは現状に対する不安の表れか、兄への純粋な心配か。
いや、どちらもだろう。
「あの事件があってから……伯父上様が亡くなってからずっとこの調子」
『あの事件』とは、徳川定々と幕府内部の闇が浮き彫りとなった一件。
天導衆の介入と定々の暗殺、そして現将軍の意志表示で幕は降ろされたが、そよ姫も件の中心人物として大きく関わった。
それ以降幕府の内情は、安定しているとはとても言い難い。
特に、徳川茂々の周囲は。
「今は内輪モメしている時じゃないのに……このままじゃ兄上様は一人ぼっちに……。あっ」
妹のいれた茶を手に取ると、茂々は立ち上がり縁側へ向かう。
その背中を、そよ姫は視線で追った。
「全ては……部下一人、友一人護れぬふがいない
自嘲気味に、微かに笑う。
「時々思う。天下国家の事など何もかも忘れ、こうしていつまでも妹のいれた不味い茶を、呆けた顔で飲んでいられたらと……」
どこか物憂げな表情で、湯呑みに潜む月を眺める。
ゆらゆらと揺らぐ月光。
湯気の立たない冷めた茶は、映える夜空を観賞するには最適だった。
「兄上様……」
茂々の口調にはもう、先程までの固さは無い。
それに気付いたそよ姫は、自身も普段通りの調子で声を荒げた。
「もォ~ひどい!!いれたてならおいしいんですよ、私のお茶!!」
「そうか……いつか飲める日がくるといいな」
虚像の月ではなく、茂々は天を仰いだ。
「
言いつつ、湯呑みを口に寄せた。
自然な笑みが溢れる、口元へと。
その時。
「――――失礼いたします、将軍様」
襖の先から、何者かからの声が発せられた。
思わず二人の視線は、そちらへ向かう。
「一橋喜々公の拝謁の用意が整いました。いかがなさいましょう」
どうやら一橋の使いの者のよう。
微かに眉をひそめると、茂々は一呼吸置いてから受け答えた。
「……わかった。すぐ向かうと伝えてもらえるか」
「承りしました」
その返事を聴いた茂々はお碗を卓に戻し、戸へ向かう。
「こんな夜分に、ですか……?」
怪訝そうに、そよ姫は尋ねた。
将軍が本日行うべきの政務は終えているはず。
ましてや相手は、政敵である一橋派の筆頭。
そんなそよ姫の不審を察したのか、茂々は答える。
そして、詫びた。
「すまぬな、そよ。私から声を掛けたのだ」
「兄上様から?」
頷く。
「大切な話なのだ。お茶会はまた、別の機会にやろう」
そう優しく告げると、返事を待たず茂々は出ていってしまった。
一人取り残される姫君。
ふと、目の前に配された湯呑みに視線を落とす。
茶は一滴も減っていなかった。
「兄上様」
呟くと、お碗を自らの口に寄せる。
ぬるくなった茶を喉に流し込むと、空になった湯呑みを胸に寄せた。
「うん……。美味しくいれれたのになぁ」
「痛ててて」
眼前数寸で制止した刀剣。
その剣先に焦点を合わせた神威は、楽観的な声を漏らした。
刀は神威の掌を貫通し、真選組の小型デバイスも貫いている。
それは……沖田が所持していた物。
「やってくれんじゃん。地球のおまわりさん?」
「これ以上、醜態晒したら示しがつかねェんで」
得物を向けている張本人、沖田は血を吐きつつも口角を吊り上げた。
対峙する神威も同様。
一時は冷めかけた闘争心が再燃した様子だ。
「やれやれ」
そんな二人の戦いを傍観していた阿伏兎は、呆れた調子で溜め息をついた。
「あっちのバカもこっちのバカも、まだ殺る気マンマンのツラだ」
トランシーバーを手先で弄びながら、両者の面持ちを伺う。
案の定両方とも狂気染みていて、夜兎ながらも身震いしてしまう。
「……んまァ本命は、ユクモの兄ちゃんと旦那が行ってくれたから助かったぜ。団長を赤獅子と引き合わせたら、尻拭いする側はたまったもんじゃねェからな」
先程情報を送った二人を思いつつ、阿伏兎は胸を撫で下ろす。
連絡手段を用いていたのは、どちらの陣営も同じだった。
あと残された役目は、神威が暴走しないよう見張るだけだ。
特に赤獅子の下に向かわせてはならない。
「だから精々、団長の足止め頑張ってくれよ。サムライ」
そう、名も知らぬ真選組の男に語りかけた。
……一方、当の沖田。
まさに神威との膠着状態が、解かれんとしている所であった。
先に動いたのは――――神威。
刀が貫通している手を強引に捻り、その刀身を叩き折ったのだった。
すぐさま掌を反転させ、切っ先が刺さった状態の右手を沖田の顔面に突き出す。
「……!!」
しかし沖田はそれに対応した。
刃先を自身の歯で受け止めると同時に、神威の右腕に掌底を食らわし、軌道を横に逸らさせたのだ。
と共に、折れた切っ先を抜き取る。
そのままの流れで沖田は、咥えた刃を神威の腹部に刺し込んだ。
「お"」
臓器を傷付けたのだろうか。
沖田を振りほどくかのように、神威は反射的に番傘を薙いだ。
僅かに触れでもしたら、その部位が全て持って行ってしまわれそうな剛腕。
……だが、沖田程の手練れが今の好感触を見逃すワケもなく。
退きつつも攻撃の手を緩めなかった。
「ガグ……!」
襲い掛かる渾身の一撃を、神威の身体を蹴りつけ後方に跳躍して回避する。
しかも足蹴にした箇所は、切っ先を突き刺した腹部一点。
その蹴りで刃先は、更に肉体の奥深くへと入り込んでいた。
「……いいねいいね。こういうのこの星じゃ『窮鼠猫を噛む』っていうんだろ」
神威の口は赤く滲み、傷口から血の染みが見る見る内に広がっていく。
どうやら本当に、どこかしらの器官を損傷したらしい。
「オイ」
そんな神威に苦笑を送り、沖田は冷やかに吐き捨てた。
「いつから兎が猫になれると、勘違いしていやがる」
そう告げると共に、折れた刀身を差し向けた。
しかし、こうも毅然とした態度を取る沖田だが、神威相手に手傷を負わないはずもなく。
既に何度か、夜兎の剛力をその身に味わっている。
その証拠に沖田の口内には、体内を逆流して来た生血が充満していた。
だが、それでいても揺るぎはしない沖田を目の当たりに、神威は心奥から笑いがこみ上げてくるのを実感していた。
「ヒヒッ」
それは心の内に留まることなく、奇妙な笑い声として外界に漏れた。
「やっぱり……
高揚からか、神威の肩は激しく上下していた。
息も荒く、浮かべる笑みは悪魔染みている。
対して沖田は何も返答せず、ただその様子を徐に静観する。
「死に直面してようやく生を実感する。そんなバカ共だよ、俺達は」
そう語りつつ、神威は傷口に手を伸ばした。
そして。
「だからこそ欲してたんじゃないか。アンタは
語気を強めると同時に神威は、己の肉体に突き刺さる刃を力任せに抜き取った。
――――再開。
重傷とは到底思えない速さで、沖田との間合いを詰める。
その推進力を一点に集約させ、神威は番傘での突きを繰り出した。
これは回避出来ないと察した沖田は土壇場、あえて傘の砲塔に刃を突き立てる。
しかし、折れた剣が満足に働くはずもなく……
夜兎との圧倒的な力量差を前に、沖田の刀は刀身、鍔、柄と、順々に砕け散っていった。
「がッッ!!」
盾を失った沖田はその一撃を諸に受けた。
血吐き散らしながら、沖田の肉体は宙を舞う。
……だが、それでも致命傷には至らない。
沖田の決死の抵抗が番傘の先端を破壊し、深手を避けたのであった。
それを即座に把握する神威。
使い物にならなくなった傘を捨て、手中の切っ先を投擲した。
「……!」
飛来した凶刃は空を斬り裂き、沖田の頭を――――
――――貫いた。
「決着か」
殺し合いの行く末を見届けた阿伏兎は、自身の足下に転がってきた沖田に目を配った。
団長相手にここまで戦えた奴は見たことねェ――――それが阿伏兎が抱いた素直な賛辞だった。
……しかし、横たわる肉体を前に、言い知れぬ違和感が湧き始める。
「なんだぁコイツ。血が一滴も流れて」
いないのだ。
頭部に得物が刺さっていようというのに。
そう訝しんで沖田に手を伸ばそうとした、その時だった。
「て……めッ!!」
突如動き出した沖田は阿伏兎の背後を取った。
続いて自身の頭から切っ先を抜き取り、阿伏兎の首筋を狙う。
……ふと、パサリと何かが舞い落ちた。
それは髪の毛の束。
つまりは、カツラ。
日原大成に偽装した際用いた、赤毛のカツラだった。
これが頭を護る盾となり、首の皮の一枚ならぬ……頭皮一枚繋がったのであった。
「せめて一人は持っていく」
言って沖田は、阿伏兎の肉体を切っ先で斬りつけた。
辛うじて身を翻し、阿伏兎は急所の損傷を免れる。
しかしその斬撃を受けた左腕は、肘より先が無くなってしまっていた。
だが、鈍い感触に沖田は勘づく。
そして少し、落胆したかのように一言。
「……義手かい」
「どいつもこいつも……俺の左手に恨みでもあんのかァァァ!?」
沖田の襟首を鷲掴むと、阿伏兎は力の限りぶん投げた。
空中で受身の姿勢を取るも、派手に地面を転がり生傷を増やしていく。
「……なるほど、これが侍の意地ってヤツか。夜兎を前に臆さないその精神に敬意を表して、拍手の一つでも送ってやりたいところだが」
己の左腕を一瞥し、不敵な笑いを向ける。
その額には青筋が浮かんでいた。
「またできなくなっちゃったよ」
「しなくていーんで」
上体を起こし、沖田は軽く返す。
しかしその身体は満身創痍。
ろくな得物はもはや、刃毀れの酷い剣の先のみ。
そんな状況下、沖田は見た。
阿伏兎の背後から、こちらに向かって来る神威の狂喜の形相を。
この現状は誰がどう見ても絶望そのものだった。
――――だが、そんな
沖田は手の内の切っ先を握り締め、迎撃の準備に取り掛かった。
その見据える先は、神威ではなく――――
「……?」
沖田の妙な空気を察した神威は、刹那冷静になる。
だが勢いは落とすことなく、空中に跳躍すると大きく振りかぶった。
同時に、沖田は切っ先を神威目掛けて繰り出す。
鉛の如く、重く堅牢な拳は沖田の即頭部へ。
散々血肉を浴びた、鋭利な刃は神威の額へ。
互いの攻撃が、互いに到達するよりも速く――――
「!?」
それは掌サイズの、丸い形状の物体。
機械仕掛けであろうそれには、デジタル数字が示されていた。
その表示された秒数らしき数字は――00:00
それが何であるかに気付いた沖田は、咄嗟に後方へ跳んでいた。
それ、とは……時限爆弾であった。
月明かりが映える灰の夜に、墨の様に黒い爆煙が立ち込める。
辛くも爆発から逃れた沖田は、その黒色を眺めていた。
「……まさか、
「別に助けたワケではない」
次第に夜風に流されて、煙は薄くなっていく。
どうやら先方の神威も爆発からは免れたようだ。
だが、ここで注目すべきは対岸ではなく、両者の中間に佇む存在。
男の体格にして美しい長髪。
腰に携えた一口の刀。
そして……この戦場に相応しくない、ラーメン屋の丼。
しかし器に入っているのはラーメンではなく、蕎麦である。
奇天烈な様相の人物の登場により、場は先程までの喧騒が嘘の様に鎮まり返った。
そんな静寂の中、麺を啜る音が一つ。
当然、彼の男である。
仕舞いには汁まで飲み干すと、男は一つ咳払いをし、神威の側に言い放った。
「騒がしいぞ。これでは蕎麦もろくに食えんではないか」