前回、時雨の闇討ち炸裂!
もうそろそろ時雨戦に入ります。
では、本編どうぞ!
淀んだ黒い靄がかかった冥界で、私は一人泣いていた。
私はいつも幻獣の戦闘には、参加してこなかった。防衛のグループだから。
でも。でも。どうして? どうしてなの?
何で、こんなにも彼は傷付かなければならないのだろうか?
私には、何かできなかったのだろうか?
命を賭けて、最大限の努力もしている。それは紛れもない、私達と私達の幻想郷のため。
この世界だけじゃない。外の世界の命運もかかっている。
そんな大きな役目は、彼の重圧となって常に襲い掛かっている。
まだ学生服を着ていた、会ったばかりの時。
私は彼を見て正直、心のどこかで失望していたのかもしれない。
こんな未熟な、まだまだ子供に何ができるのか。ひ弱そうな学生に、何ができるのか、と。
けれど、実際は私の予想とは大きく異なっていた。
様々な障害を跳ね除け、ここまで休まず突っ走ってきた。とても疲れているだろうに。
ここに来る前から大きく精神的にやられていて、私まで悲しくなってきた。
不思議と、いつからか失望はなくなっていた。
ただ、それがなくなったのは、彼の行動の結果であることを忘れていた。
あの小さな背中に、どれだけ重く、大きな
それでも一生懸命に前に進んで、傷付きながらも前に進んで、時には味方の盾ともなって。
そんな彼は、どうしてこんなに傷を負わなければならないのだろうか?
私には、それが不思議でたまらなかった。
もう休んでもいいだろうに、それすら許されないというのか。
どんなに残酷なんだろうか。厳しいのだろうか。
幸福のために、守るために、ここまで傷付いて、まだ傷付けと言うのだろうか?
私はそんなことを言う誰かに、全力で異議を唱えたい。
嫌だ。彼がこれ以上傷付くことが――
――私が、そんな彼に何もできていないことが。
―*―*―*―*―*―*―
気温も下がり、もうすぐ――あと一ヶ月程で年を越すだろうという時期。
炬燵の中でうずくまっていたい気持ちを抑えながらも、薬の開発に勤しむ。
今は、これからの天に必要かもしれない薬を製作している途中だ。
しかし、これは量産が難しそうだ。幻想郷では、取りにくいものばかり。今は作れて一個か二個だろう。
「はぁぁ~……」
薬の制作材料を全て載せた紙をデスクに放り投げ、頭を抱えて椅子の背もたれに寄りかかる。
不意に窓を見ると、冷たい風が窓を叩く音のみが聞こえてくる。枯れた葉も縦横無尽に舞っている。
「はぁ~……」
もう一度溜め息を吐いた瞬間、隣のベッドのところからスキマが見えた。
「紫? どうしたの――えっ?」
スキマが開いたと思ったら、ベッドに血だらけの天が降ってきた。
降ってきたというか、運ばれてきた。
「ええぇぇぇぇえええ……?」
心底嫌な声を出してしまう。絶対に、何かがあった。
今回は特に騒ぎがない。ということは――闇討ちか。
今まで来なかったのが、不思議すぎるくらいなのだが。
「はぁぁぁぁ~……鈴仙~!」
私は大きな溜め息を吐いた後、同じく大きな声で鈴仙を呼びつつ、手早く手術室に運び入れる。
運んでいる途中に、簡易的に今の天の容態を確認する。
四肢欠損はなし、体には二つの穴。恐らく刺突武器で貫かれた跡だろう。そうなると……槍だろうか?
天を抱えた重さや顔色からして、相当な量の出血があったことが予想できる。
もっと詳しく見ないと他はわからないが、それ以外にわかることが、一つだけある。
――天が、今にも死んでしまいそうなことだ。
「いや~……これ、大丈夫なのかしらねぇ……?」
「私にも何とも言い難いですが……お師匠様、どんな具合でしたか?」
手術が終わり、天を病室のベッドに横たわらせる。
全く、この光景を何度見たことやら。――辛くなってくる。
風は依然と窓を叩いていて、寒々しい景色を映し出す。
勢いは全く弱っておらず、雲は少し灰色がかっている。
まだ朝だというのに、どうしてこうなるかねえ?
「……致命傷寸前なだけで済んでるわ」
「『だけ』じゃなくてそれ、ダメじゃないですか」
そう、ダメだ。まずい。
これが冗談だと、どれほどいいだろうか。今の状態は、残念ながら事実だ。
目を細めて、包帯に身を包む天を見続ける私を見て察した鈴仙は、容態についてはそれ以上聞いてこなくなった。
しかし、話しておかないわけにもいかない。
口を開こうとしたとき、弱々しく病室のドアが開いた。
二人で一緒にそちらを向くと、そこには妖夢がいた。
目に光はなく、無表情。悲しい顔よりも、ひどく痛々しく感じられる。
体は力が入っておらず、ふらふらとこちらに近寄る。
「……どう、ですか?」
口からは細々とした声しか出ておらず、今にも掠れて消えてしまいそうだ。
囁き声のようにも聞こえるだろうか。ここに届くのもやっとだ。
「……致命傷寸前。心臓が貫かれてないだけ、まだマシね。あと、このペンダント、はい」
運ばれてきた天が強く握り締めていた、妖夢が首にかけているペンダントと同じもの。
それを受け取った妖夢は、すぐに天の元へ行き、彼の首に優しくかけた。
表情は変わらず無表情のまま、頭を撫でて、頬を撫でて。
撫でて、撫で続けていた。
その状態のまま、妖夢がゆっくりと発言する。
「……それで、天君はどうなんですか?」
「え? えぇ、出血が多すぎるわ。輸血をしたから大丈夫なのだけれどね。怪我も三日くらいで治って、同じくらいの時期に目覚めると思うわ」
「……そうですか」
淡々と短い言葉を連ねて、笑いもせずにただ撫で続けているだけの妖夢。
視線は天一点に集中していて、離そうともしていない。
その瞳に映っているものは、何なのだろうか。
窓を揺らしていった冬風が、いつの間にか止んでいた。
―*―*―*―*―*―*―
また、天君が怪我をして永遠亭に来てしまった。
天君だけが狙われて、天君だけが傷付いて、天君だけが、天君だけが。
恐らく、闇討ちなのだろう。私達は気付かなかったのだから。
――気付けなかったのだから。
私は、何をするのが一番いいのだろうか。
私は、何をするのが一番の正解なんだろうか。
どうすることが、彼のためになるのだろうか。
どれだけ考えても、声にならないし、声になっても答えてくれない。
結局、私は天君を労い、癒やすことしかできない。
今回は気付かなくても仕方ない。そう思うことが、どうしても許せなかった。
彼は私がそばにいてくれるだけで嬉しい、そう言ってくれる。
だから、私にできることはしたい。
「うぁ……いっつ……妖夢、おはよ……」
彼の、掠れた声が聞こえた。確かに、聞こえた。
おはよう、と。
「え……天、君……!?」
「う、うそ!? まだ起きないはずよ!」
驚きの声をあげた永琳が、天君のベッドに駆け寄る。遅れて、鈴仙も。
三人で顔を覗いたら、彼は静かに笑っていた。
「あ、あはは……また、世話になったな、永琳、鈴仙。妖夢も、無事でよかったよ……」
「あんまり喋らないで! 本当は起きちゃいけないのよ!」
「そ、そうですよ! また傷口が開きますから!」
永琳と鈴仙の声が鋭く飛ぶ。
「ご、ごめん、これだけ……妖夢、ありがとう……」
そう、静かに笑いながら言って、横たわったまま私の頬を撫でてくれる。
私の頬を撫でてくれる彼の手は、誰の手よりも暖かく感じた。
私の顔には、自然と笑顔が浮かんでいた。
「いいん、ですよ。私は、天君の恋人なんですから。いつでも側にいますから」
「あ、あぁ……もう少し、側にいてくれ……」
そう言った彼は、私の頭を後頭部から引き寄せ、仰向けの自分の胸に押し付けるように抱いてくれる。
私も、それに応じて思い切り胸に抱きつく。
ただ、傷口に響かないくらいに、できるかぎりの愛情を表現して。
「あ~これだからこいつらは……鈴仙、行くわよ」
「は~い、お師匠様」
二人が部屋から出ていき、扉の閉まる音がする。
それと同時に。
「妖夢~――って、相変わらずね」
「え? ゆ、幽々子様!?」
「お、おう幽々子。はははっ、おはよ」
「……そっちも相変わらずねぇ」
いきなりスキマが現れて、幽々子様が出てきた。
だからといって、抱きつくのをやめるわけではないのが私。
「あ、そうそう。いくらでもそっちにいてあげていいわよ。こっちはこっちでやってくから。じゃね~」
それだけ言って、幽々子様が再びスキマの奥に消えていく。
静寂が部屋に訪れた。彼との静寂は、本当に心地良い。
「え、っと……じゃあ、朝ご飯――というより、もうお昼ご飯になりますが、何か買ってきますね」
「あ、あぁ……その、恥ずかしいんだが……できるだけ、早く戻ってきてくれ」
本当に恥ずかしそうに、視線を逸らしながら言う。
私は、その表情に微笑みながら、頷いて人里へご飯を買いに行った。
昼食を取り終えた。
いくらでもそっちにいていいとは言われたものの、さすがにいつまでも居座るわけにもいかない。
永遠亭の方にも迷惑がかかってしまう。
少し名残惜しいが、今日は帰るとしよう。
「……すみません。私はもう帰り――」
「ま、待ってくれ! ……い、一緒にいてくれ。お願いだから……!」
歩き出そうとした時、腕を引かれて止められる。
振り返ると、そこには寂しそうな顔をした彼がいた。
私は、この調子の彼を一度見たことがある。
彼の両親と、外の世界の話をしてくれた時。あの時とそっくりそのままだ。
今、私にできることは――
「えぇ、いいですよ。すみません。ずっと、一緒にいますからね」
――彼の側に、いること。
私は彼の元に戻って、抱擁する。
……お互いの体温を分かち合って、気持ちも分かち合っていたい。
―*―*―*―*―*―*―
怖かった。ただ、怖かった。
彼女が離れてしまう、たったそれだけのことが、とても。
あのローブの男に襲われた時、俺は自分の命を諦めた。
けれど、実際にこうやって生き残ってみると、未練がありまくりだった。
一度捨てた命に足掻くことは、してはいけない。
そうわかっているのに。
死ぬのは怖い。誰だってそうだろう。
俺は死ぬことが怖いというよりも、死んだ先にある未来が怖かった。
俺は何もない、暗闇の世界で一人で暮らし続ける。
今まで味わい続けていた孤独を、もう一度永遠に味わわなければいけない。
そんな苦痛に浸される世界の訪れに、恐怖した。
彼女は、俺のいない世界でどうやって暮らすのだろうか。
彼女のことだろうから、後を追いそうで怖い。
それで俺は、後を追った彼女の責任を取れるのだろうか。一人の少女を生き死にを、左右していいのだろうか。
俺がいなくなって、彼女もいなくなって。
俺には何も残らなくなってしまう。
彼女には、唯一の大切な人がなくなっていく。
その感覚が、怖い。
あの彼女の抱擁の暖かさ。それが唯一の救いだった。
彼女の温もりだけが、俺を生かしてくれた気がした。
その暖かさが離れた時、異様な虚無感に襲われた。
気がついたら俺は彼女の腕を引っぱって、引き止めていた。
自分の都合を述べて、我儘な自分を見せてしまった。
けれど、彼女はそれを許してくれた。
あの温もりを、もう一度俺に味わわせてくれた。
彼女の腕の中で、俺は幸せを感じていた。
生きていることに、彼女が無事であることに。
窓からの陽光は、明るく俺達を照らしてくれる。
――ありがとう、妖夢。
ありがとうございました!
次回、早かったら時雨戦に入ります。
ではでは!