東方魂恋録   作:狼々

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どうも、狼々です!

前回、時雨の闇討ち炸裂!
もうそろそろ時雨戦に入ります。

では、本編どうぞ!


第64話 ありがとう

 淀んだ黒い靄がかかった冥界で、私は一人泣いていた。

 私はいつも幻獣の戦闘には、参加してこなかった。防衛のグループだから。

 

 でも。でも。どうして? どうしてなの?

 何で、こんなにも彼は傷付かなければならないのだろうか?

 私には、何かできなかったのだろうか?

 

 命を賭けて、最大限の努力もしている。それは紛れもない、私達と私達の幻想郷のため。

 この世界だけじゃない。外の世界の命運もかかっている。

 そんな大きな役目は、彼の重圧となって常に襲い掛かっている。

 

 まだ学生服を着ていた、会ったばかりの時。

 私は彼を見て正直、心のどこかで失望していたのかもしれない。

 こんな未熟な、まだまだ子供に何ができるのか。ひ弱そうな学生に、何ができるのか、と。

 

 けれど、実際は私の予想とは大きく異なっていた。

 様々な障害を跳ね除け、ここまで休まず突っ走ってきた。とても疲れているだろうに。

 ここに来る前から大きく精神的にやられていて、私まで悲しくなってきた。

 不思議と、いつからか失望はなくなっていた。

 

 ただ、それがなくなったのは、彼の行動の結果であることを忘れていた。

 あの小さな背中に、どれだけ重く、大きな重圧(プレッシャー)がのしかかっていることだろうか。

 それでも一生懸命に前に進んで、傷付きながらも前に進んで、時には味方の盾ともなって。

 そんな彼は、どうしてこんなに傷を負わなければならないのだろうか?

 私には、それが不思議でたまらなかった。

 

 もう休んでもいいだろうに、それすら許されないというのか。

 どんなに残酷なんだろうか。厳しいのだろうか。

 幸福のために、守るために、ここまで傷付いて、まだ傷付けと言うのだろうか?

 

 私はそんなことを言う誰かに、全力で異議を唱えたい。

 嫌だ。彼がこれ以上傷付くことが――

 

 

 ――私が、そんな彼に何もできていないことが。

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

 気温も下がり、もうすぐ――あと一ヶ月程で年を越すだろうという時期。

 炬燵の中でうずくまっていたい気持ちを抑えながらも、薬の開発に勤しむ。

 今は、これからの天に必要かもしれない薬を製作している途中だ。

 しかし、これは量産が難しそうだ。幻想郷では、取りにくいものばかり。今は作れて一個か二個だろう。

 

「はぁぁ~……」

 

 薬の制作材料を全て載せた紙をデスクに放り投げ、頭を抱えて椅子の背もたれに寄りかかる。

 不意に窓を見ると、冷たい風が窓を叩く音のみが聞こえてくる。枯れた葉も縦横無尽に舞っている。

 

「はぁ~……」

 

 もう一度溜め息を吐いた瞬間、隣のベッドのところからスキマが見えた。

 

「紫? どうしたの――えっ?」

 

 スキマが開いたと思ったら、ベッドに血だらけの天が降ってきた。

 降ってきたというか、運ばれてきた。

 

「ええぇぇぇぇえええ……?」

 

 心底嫌な声を出してしまう。絶対に、何かがあった。

 今回は特に騒ぎがない。ということは――闇討ちか。

 今まで来なかったのが、不思議すぎるくらいなのだが。

 

「はぁぁぁぁ~……鈴仙~!」

 

 私は大きな溜め息を吐いた後、同じく大きな声で鈴仙を呼びつつ、手早く手術室に運び入れる。

 運んでいる途中に、簡易的に今の天の容態を確認する。

 

 四肢欠損はなし、体には二つの穴。恐らく刺突武器で貫かれた跡だろう。そうなると……槍だろうか?

 天を抱えた重さや顔色からして、相当な量の出血があったことが予想できる。

 もっと詳しく見ないと他はわからないが、それ以外にわかることが、一つだけある。

 

 ――天が、今にも死んでしまいそうなことだ。

 

 

 

 

 

 

「いや~……これ、大丈夫なのかしらねぇ……?」

「私にも何とも言い難いですが……お師匠様、どんな具合でしたか?」

 

 手術が終わり、天を病室のベッドに横たわらせる。

 全く、この光景を何度見たことやら。――辛くなってくる。

 

 風は依然と窓を叩いていて、寒々しい景色を映し出す。

 勢いは全く弱っておらず、雲は少し灰色がかっている。

 まだ朝だというのに、どうしてこうなるかねえ?

 

「……致命傷寸前なだけで済んでるわ」

「『だけ』じゃなくてそれ、ダメじゃないですか」

 

 そう、ダメだ。まずい。

 これが冗談だと、どれほどいいだろうか。今の状態は、残念ながら事実だ。

 目を細めて、包帯に身を包む天を見続ける私を見て察した鈴仙は、容態についてはそれ以上聞いてこなくなった。

 しかし、話しておかないわけにもいかない。

 

 口を開こうとしたとき、弱々しく病室のドアが開いた。

 二人で一緒にそちらを向くと、そこには妖夢がいた。

 目に光はなく、無表情。悲しい顔よりも、ひどく痛々しく感じられる。

 体は力が入っておらず、ふらふらとこちらに近寄る。

 

「……どう、ですか?」

 

 口からは細々とした声しか出ておらず、今にも掠れて消えてしまいそうだ。

 囁き声のようにも聞こえるだろうか。ここに届くのもやっとだ。

 

「……致命傷寸前。心臓が貫かれてないだけ、まだマシね。あと、このペンダント、はい」

 

 運ばれてきた天が強く握り締めていた、妖夢が首にかけているペンダントと同じもの。

 それを受け取った妖夢は、すぐに天の元へ行き、彼の首に優しくかけた。

 表情は変わらず無表情のまま、頭を撫でて、頬を撫でて。

 撫でて、撫で続けていた。

 

 その状態のまま、妖夢がゆっくりと発言する。

 

「……それで、天君はどうなんですか?」

「え? えぇ、出血が多すぎるわ。輸血をしたから大丈夫なのだけれどね。怪我も三日くらいで治って、同じくらいの時期に目覚めると思うわ」

「……そうですか」

 

 淡々と短い言葉を連ねて、笑いもせずにただ撫で続けているだけの妖夢。

 視線は天一点に集中していて、離そうともしていない。

 

 その瞳に映っているものは、何なのだろうか。

 窓を揺らしていった冬風が、いつの間にか止んでいた。

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

 また、天君が怪我をして永遠亭に来てしまった。

 天君だけが狙われて、天君だけが傷付いて、天君だけが、天君だけが。

 恐らく、闇討ちなのだろう。私達は気付かなかったのだから。

 ――気付けなかったのだから。

 

 私は、何をするのが一番いいのだろうか。

 私は、何をするのが一番の正解なんだろうか。

 どうすることが、彼のためになるのだろうか。

 どれだけ考えても、声にならないし、声になっても答えてくれない。

 

 結局、私は天君を労い、癒やすことしかできない。

 今回は気付かなくても仕方ない。そう思うことが、どうしても許せなかった。

 彼は私がそばにいてくれるだけで嬉しい、そう言ってくれる。

 だから、私にできることはしたい。

 

「うぁ……いっつ……妖夢、おはよ……」

 

 彼の、掠れた声が聞こえた。確かに、聞こえた。

 おはよう、と。

 

「え……天、君……!?」

「う、うそ!? まだ起きないはずよ!」

 

 驚きの声をあげた永琳が、天君のベッドに駆け寄る。遅れて、鈴仙も。

 三人で顔を覗いたら、彼は静かに笑っていた。

 

「あ、あはは……また、世話になったな、永琳、鈴仙。妖夢も、無事でよかったよ……」

「あんまり喋らないで! 本当は起きちゃいけないのよ!」

「そ、そうですよ! また傷口が開きますから!」

 

 永琳と鈴仙の声が鋭く飛ぶ。

 

「ご、ごめん、これだけ……妖夢、ありがとう……」

 

 そう、静かに笑いながら言って、横たわったまま私の頬を撫でてくれる。

 私の頬を撫でてくれる彼の手は、誰の手よりも暖かく感じた。

 私の顔には、自然と笑顔が浮かんでいた。

 

「いいん、ですよ。私は、天君の恋人なんですから。いつでも側にいますから」

「あ、あぁ……もう少し、側にいてくれ……」

 

 そう言った彼は、私の頭を後頭部から引き寄せ、仰向けの自分の胸に押し付けるように抱いてくれる。

 私も、それに応じて思い切り胸に抱きつく。

 ただ、傷口に響かないくらいに、できるかぎりの愛情を表現して。

 

「あ~これだからこいつらは……鈴仙、行くわよ」

「は~い、お師匠様」

 

 二人が部屋から出ていき、扉の閉まる音がする。

 それと同時に。

 

「妖夢~――って、相変わらずね」

「え? ゆ、幽々子様!?」

「お、おう幽々子。はははっ、おはよ」

「……そっちも相変わらずねぇ」

 

 いきなりスキマが現れて、幽々子様が出てきた。

 だからといって、抱きつくのをやめるわけではないのが私。

 

「あ、そうそう。いくらでもそっちにいてあげていいわよ。こっちはこっちでやってくから。じゃね~」

 

 それだけ言って、幽々子様が再びスキマの奥に消えていく。

 静寂が部屋に訪れた。彼との静寂は、本当に心地良い。

 

「え、っと……じゃあ、朝ご飯――というより、もうお昼ご飯になりますが、何か買ってきますね」

「あ、あぁ……その、恥ずかしいんだが……できるだけ、早く戻ってきてくれ」

 

 本当に恥ずかしそうに、視線を逸らしながら言う。

 私は、その表情に微笑みながら、頷いて人里へご飯を買いに行った。

 

 

 

 昼食を取り終えた。

 いくらでもそっちにいていいとは言われたものの、さすがにいつまでも居座るわけにもいかない。

 永遠亭の方にも迷惑がかかってしまう。

 少し名残惜しいが、今日は帰るとしよう。

 

「……すみません。私はもう帰り――」

「ま、待ってくれ! ……い、一緒にいてくれ。お願いだから……!」

 

 歩き出そうとした時、腕を引かれて止められる。

 振り返ると、そこには寂しそうな顔をした彼がいた。

 

 私は、この調子の彼を一度見たことがある。

 彼の両親と、外の世界の話をしてくれた時。あの時とそっくりそのままだ。

 

 今、私にできることは――

 

「えぇ、いいですよ。すみません。ずっと、一緒にいますからね」

 

 ――彼の側に、いること。

 私は彼の元に戻って、抱擁する。

 ……お互いの体温を分かち合って、気持ちも分かち合っていたい。

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

 怖かった。ただ、怖かった。

 彼女が離れてしまう、たったそれだけのことが、とても。

 

 あのローブの男に襲われた時、俺は自分の命を諦めた。

 けれど、実際にこうやって生き残ってみると、未練がありまくりだった。

 一度捨てた命に足掻くことは、してはいけない。

 そうわかっているのに。

 

 死ぬのは怖い。誰だってそうだろう。

 俺は死ぬことが怖いというよりも、死んだ先にある未来が怖かった。

 

 俺は何もない、暗闇の世界で一人で暮らし続ける。

 今まで味わい続けていた孤独を、もう一度永遠に味わわなければいけない。

 そんな苦痛に浸される世界の訪れに、恐怖した。

 

 彼女は、俺のいない世界でどうやって暮らすのだろうか。

 彼女のことだろうから、後を追いそうで怖い。

 それで俺は、後を追った彼女の責任を取れるのだろうか。一人の少女を生き死にを、左右していいのだろうか。

 

 俺がいなくなって、彼女もいなくなって。

 俺には何も残らなくなってしまう。

 彼女には、唯一の大切な人がなくなっていく。

 その感覚が、怖い。

 

 あの彼女の抱擁の暖かさ。それが唯一の救いだった。

 彼女の温もりだけが、俺を生かしてくれた気がした。

 その暖かさが離れた時、異様な虚無感に襲われた。

 

 気がついたら俺は彼女の腕を引っぱって、引き止めていた。

 自分の都合を述べて、我儘な自分を見せてしまった。

 

 けれど、彼女はそれを許してくれた。

 あの温もりを、もう一度俺に味わわせてくれた。

 

 彼女の腕の中で、俺は幸せを感じていた。

 生きていることに、彼女が無事であることに。

 

 窓からの陽光は、明るく俺達を照らしてくれる。

 

 ――ありがとう、妖夢。




ありがとうございました!

次回、早かったら時雨戦に入ります。

ではでは!
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