「あぁぁぁぁあ!」
「待って、天!」
「待ってください! 天君!」
俺は時雨に駆け出した。
自分の右腕で、背中の神憑を掴み、抜刀する。
「
「はい、よッと!」
俺の神憑の居合が、槍で弾かれた。
それはまるで、剣を使うように横薙ぎしていた。
槍の形状は、薙刀のような形をしているので、できなくもない。
だが、時雨は柄で弾くように受け流した。
「煉獄業火の閃ッ!!」
「ほら、ほらほらほらァ! さっきから全部外れているよ!? 少しは当ててみたらどうだい!?」
時雨の奇声に、イライラが募っていく。
それに比例して、攻撃の質がだんだんと落ちている。自分自身、それに気付かない。
「あぁ! ったく……行くよ、天!」
「私も行きます!」
「じゃ、私はサポートかなぁ? 殆ど何もできないだろうけど」
「了解、翔! 妖夢! 栞!」
三人の声に、少し冷静さを取り戻す。
一旦距離をとり、俺と時雨との間が開いたその瞬間。
翔が練習したのであろう、霊力強化での走行で、俺の真横を通って接近する。
「はあぁぁ! 青龍の波紋!」
そう大きく、高らかに叫んだ翔。
右腕に持ったセルリアン・ムーンは鮮烈に輝き、四方に光を放ち始める。
刀身の色はどんどんと濃く、青くなっていき、霊力が集まっているのが感じられる。
刀身を左手で軽く摘み、左半身を左に撚る。
それによって勢いのついた攻撃は、容赦なく時雨に襲いかかる。
まさに、青龍の神速。通る軌跡には、水面に映る波紋しか残らない。
「へぇ、君、面白い……ねぇ!」
「ぐっ……あぁぁ!」
槍を横薙ぎにして翔を向かえうった時雨。
しかし、その攻撃にも負けることなく、体勢を崩しながらも青龍の波紋は続いている。
青龍の鉤爪が、時雨に襲いかかる。
が、鉤爪はローブを少し切り裂いたのみで、時雨そのものを引き裂くことはなかった。
目元のローブが少し切れて、紫色の瞳が明らかになった。
そのまま力のベクトルに流されて、翔は地面に落下する。
顔を顰め、慌てて体勢を立て直そうとする。
――しかし。
薙刀の形の刃が、横たわっている翔に突き刺さった。
「うあぁぁあ!」
「……な~んだ。つまらない。もっと良い声で哭いてくれないとね~!」
既に突き刺さった槍は、突き刺さったままで左右に、上下に、時には回して。
傷口を抉っていた。血液はそれだけで吹き出し、顰められた翔の顔は、さらに苦痛に歪む。
「あぁぁぁあ! アァあ!」
「あはは~、そうそう。やればできるじゃ~ん」
「相模君に、何をするんですか!」
妖夢が叫び、時雨に向かっていく。
楼観剣を構え、翔と同じく高らかに叫ぶ。
「人鬼 『未来永劫斬』!」
……素晴らしい、の一言に尽きた。こんな状況なのに。
その剣技は、美しかった。目に焼き付けられた。
一瞬で、無駄のない接近の動きは、流星の如く。
連続して繰り出される斬撃は、全て、一斬残らず目にも留まらない速さだ。
それさえも、時雨は防いでみせる。
が、さすがに刀と槍では、手数が違う。ましてや、妖夢を相手にしているんだ。
俺の、師匠である妖夢を。
ローブが多箇所に渡って切れ、その軌跡を辿り、なぞるように時雨の血液が滲む。
斬撃の度にその赤々とした軌跡は増え続け、なぞられ続ける。
ある程度を捌いた時雨は、妖夢との距離を取る。
「そうかいそうかい。じゃあ……はっはァ! 俺の能力、見せてやるよ!」
荒々しい怒号にも似た声で、妖夢に向けて右腕を出す。
すると、その右腕から
狼狽える妖夢は何もできず、そして。
「あ、あぁ……れ……?」
音を立てて膝から崩れ落ち、そのまま地面に突っ伏す妖夢。
動く気配すらなく、現に指先一本すら、ピクリとも動いていない。
心底驚いた声を出すだけで、起き上がる要因となっていない。
そして……あの黒い靄。幻獣の纏っていたそれと、全く同じものだ。
このドス黒い気力は、
「おい。その靄……!」
「ふふふっ、あぁ、これね。まず、俺の能力は『瘴気を操る程度の能力』。で、今の黒靄が瘴気、ってわけ。今は妖夢の頭の中に瘴気が回って、まともに動けないはずだよ。わかる?」
笑いながらそう言って、煽るように。
俺の方を向いて、獰猛であり、嗜虐的な、底知れない闇の笑顔を浮かべていた。
その瞬間、俺の中にある本能が、まずいと警鐘を鳴らし始めた。
直後、それまでほんの僅かも動かなかった妖夢が、体を突然ビクつかせ。
「あああぁぁぁぁぁあ! うあぁぁぁあ!」
「妖夢! おい、妖夢!?」
「アッハハハハ! 瘴気っていうのはさぁ、幻獣の通りに気性を荒くさせるんだよね~。暴れる、気が狂う程の瘴気を発狂ギリギリで流し込み続けたら……どうなると思う?」
発狂寸前で、瘴気を流され続ける。それはきっと、拷問に近いだろう。
幻獣の狂気は、恐ろしいものだ。その原因となる靄は、今現在進行系で妖夢をかきまわしている。
自分の理性が吹き飛んだら、見境なく暴れまわることになる。
それをギリギリのところで保たれるということは、終わりがない、ということ。
「やめろ! 時雨ぇぇええっ!」
「おっとぉ! それ以上近付こうとすると、妖夢ちゃん、暴れまわっちゃうよ~?」
「そ、天、君……私は、いいですか――あぁぁああ!」
その瞬間、妖夢が反応をなくした。
大きく痙攣していや体も静まり、動く前の妖夢の状態に戻った。
それをつまらなさそうに見下ろす時雨に、俺は頭にきた。
本当に、物理的な意味でも、腸が煮えくり返りそうだった。
「あ~あ、気絶しちゃった。ほら、起きてよ」
そう言って、無慈悲に振り下ろされる槍。
刺突武器は、妖夢の足をしっかりと貫き、鮮血を散らせた。
「――うあ! あ、あああぁぁ!」
「ほいほい、天~? まだ助けにこないの~? 可哀想にね~、あんな彼氏、捨てちゃったら~?」
「そ、天君、は――お前の思っている程、くすぶった人間じゃない!」
……俺は、動かなかった。
こいつをどうしようか。そう考えることで、頭がいっぱいだった。
妖夢の苦しみを無視しているわけではない。
そうして考えて、一つの考えに行き着いた。
燃え滾る気持ちを、ゆっくりと押さえつける。
押さえつけ、抑えつけ、やがて一つの固体へと収束していく。
その固体は禍々しい、等と生温いものではない。自分ですら自覚できるくらいだ。
怒りに燃える感情を押し殺し、逆の感情を表明化させる。
「おい、時雨」
「あ、ほらぁ、助けられない名ばかりの英雄様が、口を開いて――」
「――死ねよ」
冷酷に、残酷に、燦然と、無気力に、そう言い放つ。
と同時に、俺は全力で駆け出した。
今まで……過去、最高速度。
音を越えて、地面が割れる音が遅れて聞こえる。
「なッ……!」
時雨は慌てて飛び退いた。
霊力強化で無理矢理に飛び退いたため、音を越えていても間一髪のところで逃げられた。
――しかし、これだけだと思うなよ、時雨。
これもまた、音を超越した攻撃。
斬撃モーションをそのままに、遅れてだが神憑以上の射程を持つ。
霊力刃。鋭く金属音が鳴りそうなスピードで飛ばされた斬撃は、深く時雨の腹を切り裂いた。
しかし、まだまだ余裕という目をしながら、感嘆の声をあげる。
「わぁお……へえぇ、中々、だね。たださぁ……忘れてない? 俺が天に瘴気を使ったらどうなるか。いいの? それ以上攻撃したり楯突いたら――」
「そうかよ。じゃあさっさとやれよ」
あっさりと、俺は言う。
俺は。瘴気の能力の突破口を、既に見出した。
「降参なら、今の内だよ……?」
「こっちのセリフだ。どうした? やらないのか? ――いや、
「……!」
初めて。ここで時雨が初めて、焦った目をしている。
ローブのフードに未だに隠れる表情は、きっと同じく焦っていることだろう。
俺の口にも、自然と笑みが浮かぶ。
「瘴気は、自分の理性とは反対の狂気が自身を蝕むんだろ? だったらさぁ……
「…………」
時雨は、答えない。それは、無言の肯定だった。
俺の殺意と、守る意志の勝利。それに関しての、肯定。
一番敵意がむき出しの目をしているのがわかる。それについ、微笑を浮かべてしまった。
「ま、それならいいよ。――俺も、この能力の真骨頂を見せるから! あははははは!!」
俺の顔から、一瞬で微笑が消えた。
時雨が、
檮杌戦で、俺とオレの霊力の柱が空に届いたように。
しかし、それとは異なり、深い闇の色のみをしていた。
「アッッハハハハハハアアァァァ! いいね! いいねェ! この滾る感覚はァッ! 最ッ高だあ! じャあ……死ねェッ!」
紫の瞳が、ギラギラ妖しく、恐ろしげに輝いた瞬間を最後に。
時雨が、消えた。
「天! 危ない!」
「ぐはぁ……! あ……?」
俺の腹に、深く深く、時雨の持っていた槍が貫通している。
それを合図にするように、俺の腹と口から、血の塊が吐き出される。
栞の警告も、虚しく消えていった、厚い黒雲に覆われた空間に。
「あッれれれ~!? こんなに天は弱かッた!? 遅かッた!? やッぱりィ、英雄ッて名ばかりなんだねェえ!」
「そら……大丈夫か……!」
「そら、くん……!」
二人の俺を呼ぶ声が、時雨の佇む笑顔が、霞んで聞こえ、見える。
意識は朦朧とし始めて、立っているのすらやっとだ。
強引に槍を抜かれて、あの時と同じ――いや、貫かれているので、それ以上の痛みに襲われる。
膝から崩れ落ちる寸前、神憑を地面に突き刺して、杖として踏みとどまる。
足元に血溜まりができていくのを見て、さらに血の気が引いていく。
「あァァァ、あァァあ! もう終わりかァ! そんなに強くはなかッたなァ!」
……いや、まだ対抗策は、あるにはある。
俺には、もうその先へ進むことの条件に気付いていた、
思えば、最初からおかしかったのだ。
――霊力を
リベレーションは、体全体に霊力を
だが、何故内側に……それこそ文字通り、体全体に
それは、いつしかの栞とのやり取りを思い出して気づいた。
『なぁ、限界ギリギリ以上の霊力使ったらどうなるんだ?』
『ん~? 多分反動で内臓ぐちゃぐちゃになって生きられないんじゃない? 生きても数分。それにおまけの激痛付きだと思うよ?』
……恐らく、いや確実に。これはリベレーションの先のことだ。
体全体に霊力を流し込んで馴染ませたら、内蔵がぐちゃぐちゃになり、命は数分。
栞は俺にこの危険を、知らせたくなかったのだ。
俺のことだから、教えたら使うだろう、と。
でも、今の状況は最悪だ。このままでは死あるのみ。
翔と妖夢は、ご丁寧に逃げられないように足を貫かれている。
浮遊で逃げるにしても、瘴気が襲いかかる。
俺だけでなく、ここにいる三人が危ない。
やるしか、ない。それ以外の選択肢が、残されていない。
「妖夢には、また怒られるんだろうなぁ……」
「……天? 何しようとしているの!?」
俺の呟きに、栞が反応する。
俺の掠れるような、諦める声で察したのだろうか。
「……ごめんな、栞」
「いや……いや、やめてよ、謝らないでよ天! だめ、だめだから! 使っちゃだめ! 絶対に!」
けれど、これを使わない限り、勝てない。
「天~! 来たわよ~!!」
そこで、随分と後ろの空中から、霊夢の声が聞こえた。
数人分の霊力、魔力が近づいてくる。
……でも、今の時雨には到底勝てないだろう。
今の時雨が、強さの限界とは限らない。
瘴気をもっと溜め込んで、さらに強化されるかもしれない。
……纏うだけであれだけの強さを誇る、リベレーション。
それが、体全体に馴染んだら。それはもう、リベレーションの何倍も強くなるのだろう。
自分の一番近くで、栞の霊力を行使するのだから。
どちらにせよ、俺が先を――限界を、超えるしかない。
「来るな! 止まれ、皆!」
「誰か! 天を止めて! 早く!」
俺の制止の声と、栞の仲間の暴走を止めるような声が、同時に響く。
そのせいで、皆は混乱して動けず、その場で浮遊しているのみ。
よし、それでいい。ほんの僅かだけ、止まれば。
俺の心は、固まっていた。
どうしようもなく我儘で、どうしようもなく自分勝手だ。
けれど、同じくどうしようもなくお節介で、英雄をやりたい。
だから、皆を救いたい。
覚悟を、『無限』を決めて、前へ――!
「やめてぇぇええぇぇえええええええええええ!」
「アンリミテッドォォオオォォオオォオオオオ!」
ありがとうございました! と同時に狼々です!
今回も、前書きはなしです。
さて、リベレーションの先は、アンリミテッドでした。
栞とのやり取りの「臓器ぐちゃぐちゃ」は、第15話と随分前ですが、伏線張ってます。
ちゃんと回収しますぜ? 忘れた頃にやってきますから。
次回で時雨戦終わりだぜぃ!