ぼちぼち ゆっくりと頑張ります・・・・・・
恐らく 生きてきた一生の内で最も長い一日だったと全員が思っている事だろう。
学校内に残っているゾンビを全て無力化した後はその範囲を広げる事に着手した。
一番の問題は 大きく破壊された学校の壁だ。暴走バスが突っ込んできて破壊された学校の壁は、ゾンビたちの出入り口になってしまっているから。
だから、そこを放置された車数台で強引に塞ぎこんだ、前線に龍が立ち 一匹され侵入をさせず その間に先生達が車を用意する。その連携で一先ず侵入を防ぐ手立ては出来た。
知能が殆ど低下した連中ではどうやら乗り越えてくる事は出来ないらしく、生き残った先生、生徒達は安堵感に包まれるのも自然だった。
だが――直ぐにまた地獄に変わった。
侵入を許した訳ではない。
何かの映画よろしくゾンビ達が進化しより狂暴になって襲い掛かってきた訳でもない。
『死』が連鎖しだしたのだ。
兆候は確かにあった。痛みを訴える者達が急増し始めた。危険は去った筈だったのに、一日が終わろうとした時には何人も物言わぬ身体になってしまった。
まだ繋がっているネットでも色々と言われていた。
あのゾンビとなってしまった人達の事を『保菌者』と呼ばれていて、その理由は噛まれると何かに感染して死ぬからだ。
映画と言う空想、想像の産物が全て現実へとやってきた。そう思った瞬間でもあった。死と隣り合わせの世界。一体誰がこんな事を望むだろうか。
死者の8割が大人だった。子供達を守ろうと最後まで戦い、最後は苦痛に苦しみながら息を引き取った。それをただ見ている事しか出来なかった。
そして今。視聴覚室にて、何かを整備している龍の姿があった。その傍にはいつも付きっ切りでいた筈の香里の姿は無かった。
「……よ………しッ」
軽くガッツポーズをする龍。
騒動のせいで、壊れてしまっていた無線機を 学校の備品を使ってどうにか修復する事が出来たのだ。
スイッチを入れると、雑音が聴こえてくるが問題なく繋ぐ事が出来た。
「聞こえるか? こちらは龍。神城。聞こえたら返事してくれ。―――どうぞ」
『漸く連絡を寄越しやがったな? 龍。小学校にいるんだろ? そっちは大丈夫か?』
「……ぁぁ。今んとこはな。とりあえず、あの訳の分からん連中――保菌者、だったか。アレはお引き取り願った所だ。校内は安全だ」
『ったく、可愛げのねぇヤツだな……やっぱ。心配して損したぜ。……流石だ』
ぐっ…… と自然と無線機のマイクを握る手に力が籠る。
「……テツ先輩は?」
『今出払ってる所だ。……先輩も結構心配してる風だったぞ。表情はあんま変わってなかったが』
「……そりゃ、あの人がオレを此処に連れてきたんだし。でもまぁ、今は感謝してるよ。……今、それを伝えたかったんだが、そうか、……いないのか」
『……………』
軽くため息をする龍。
それに何かを感じ取ったのか、神城も返事が遅れた。
「なぁ……神城。今のこっちの現状だけど全部伝える。……悪い。優先順位ってのがあるとは思うんだが。オレと皆の好で こっちに人を寄越してくれないか?」
『ああ? 何言ってんだ龍。お前ひとりいりゃ 全部守るのだって楽勝だろ? 一体誰と訓練をしてきたと思ってんだ。あんな連中一捻りだろうが』
龍はそれを訊いて、今度は軽く笑った。確かに今の自分がいるのは、皆を……香里を守る事が出来たのは この相手……神城のおかげだとも言える。今から言う言葉……それは 普段、そんな事口にはしないが、自然と出てきた。
「ありがとな……」
『……何言ってやがる』
「頼む。……何も訊かず、ただ『判った』と言ってくれ。それだけで十分だ。……その言葉だけで、十全に信じられる。だから後は……ッ。頼み、
初めて聞いたのは 神城だって同じだ。
消防署のメンバー全員が龍の口から訊いた事の無い言葉だった。
懇願する事、敬う様な話し方。全部殆ど全部ひとりでやってしまう様な男からの頼み。
そして、それを訊いたのは神城だけではなかった。
『消防士の役割。役目はなんだ!!』
一際デカい声が聞こえてきたかと思えば、続けざまに聴こえてくる。恐らく、神城の傍に何人もいたのだろう。話を、訊いていたのだろう。
『市民を助け、そして生還する事!』
『諦める事など、許す筈もない! 許される事でもない! 死ぬ事だって、許される筈がない!』
続いてガチャ! と無線の奥で音が聞こえる。乱暴に無線機をひったくった様だ。
『それが真田 龍 と言う消防士の人生だ! オレはそう教え込んだ筈だぞ!! 何を忘れている!!! 忘れるな!』
「……テツ、先輩」
そこには いないと言っていた筈の男が戻ってきていた。
『……おい。聞いてんだろ? まだくたばってねぇんだろ? 先輩方はこんなに弱腰になったお前にご立腹だ。……最後まで男を見せろよ。ぜってぇ死ぬんじゃねぇ。お前なら出来る! 何せお前は、オレを初めて負かした男だろう? ……ぜってぇ死なねぇよ』
時間が止まった様に感じる龍。
何処か諦めている自分が確かにいた。次々と死んでいく人たち。そして、鈍く痛む傷口。鎮静剤を打ったがそれでも効果は無かった。身体を蝕んでいくのがよく判る。……死がみえだしてきているのも判る。だから、諦めてしまっていたんだ。
『おいコラ! 聞いてんのか!?』
『溜まりに溜まったツケ、まだ払ってもらってないんだぞ!』
『成人式で、酒たらふく飲ませてやるっつったよな? 破るなよ!?』
『返事しろよ!
賑やかになってきているのが判る。
そんな時だった。背に感触があったのは。
「……りゅう、先生」
それは小さい手。
小さくとも懸命に戦い、皆を守ろうと頑張ってきた者の手。
「諦めちゃ……嫌。せんせーは 何だって、出来るんだから…… いやっ」
その手は震えている事も判った。
守ろう――と誓った者が まだここにいる。今自分がいなくなるわけにはいかない。
何故諦めてしまったのか判らない程に、脱力しきっていた龍の中に力が戻ってきた。
そして、今だ賑やかな無線機をぐっと握りしめ、タイミングを見計らってボタンを押し、力の限り叫んだ。
「皆して うるせぇな! やりゃあ良いんだろう! やりゃあ!」