暴動の類であれば、国内外問わずに何度も経験がある。
役職は消防士と言う分類だが、壮大な構想を頭の中に入れている出張所のボスは 消防士と言う範囲内には収まらない。まさに壮大な防災部隊に仕上げようとしているのだ。
『例え地球外生命体が襲い掛かってきても対処できる様にする!』
とか言う子供じみたスローガンを掲げているが 訓練に関しては国内のどの様な部隊よりも厳しい。
龍や神城が参加した国外での合宿(?)みたいな訓練では アメリカのグリーンベレーとの合同訓練を朝飯前。朝のラジオ体操の様に行わせ、その後はデルタフォースやフォース・リーコン等々との訓練をしたりもしている。
国外の軍部とのつながりでもあるのだろうか、と言う疑問は今更だから省略するが、事実 アメリカだけではなく 様々な国との演習訓練をしたりして来た。演習だけでなく実践訓練もそうだ。部隊に紛れて沈静化を図り 暴漢共を抑え込んだりもしてきた。
こういった様に様々な経験をしてきたのだが この目の前に広がる光景は、どれとも当てはまらない。人間が血に飢えた肉食獣の様に口許から血を滴り落としている様な光景は。まるで映画の中の話だ。
だが、生憎これは現実。虚構ではない。
「りゅ、りゅう……せんせ……」
香里もこんな場面に遭遇するなどと、夢にも思わなかった事だろう。
女の子らしく、恋をして これから始まる中学校生活に想いを寄せて……、仲の良い友達。大好きな兄。……特別に好きになった先生がいて、希望にあふれていたと言うのに、目の前に広がるのは地獄の様な光景だった。
「下がってろ、……香里」
龍は、混乱渦巻く場の中でも冷静に状況を見直した。
最初は思考の渦に身を窶してしまっていたが、それはコンマ数秒レベル。
どんな事が起きても迅速に対応できる防災部隊。理由があってそこに所属をしており、訓練を続けてきた龍は、如何に現実離れをした光景であったとしても、……動ける。
誰一人として動く事の出来なかった。悲鳴を上げるだけでその場に立ち尽くすしか出来なかった。その中で負傷をしている教師の元へと駆け出したのだ。
「りゅうせんせっっ!!」
「そこにいろ! 下手に動くなよ!? 何があっても絶対に守ってやる!!」
「っ……!」
――
それは 龍の想いの中に強く思った言葉。だが、今は強く呑み込んだ。
こんな状況になって、命を落としかねない状況になって漸く、龍は香里の事を……ある人物と重ねてみてしまっていたと言う事に。それは 香里にとっても申し訳ない事だと言えるが、それでも今は何よりも優先させる事があった。これ以上の死者を出さないと言う事。
「あ………。っっ……!」
そして、香里は混乱し続けていたが、それでも龍の力強い言葉が 香里に勇気を与えてくれた。このまま蹲ってしまっていれば、友達が怪我をしてしまうかもしれない。
だから、今は自分が出来る事を 出来うる事を全部やる。と心に強く刻み、震える脚を抑えつつ行動を開始した。
龍の言いつけを守りつつ、皆の事も助ける為に。
無数の化け物に襲われた教師は全身数十か所以上喰いつかれているが、まだ命はあった。そして 身体からは出血もしているが、まだ大丈夫なレベル。だが これ以上の傷を増やすと危険だ。
龍は駆け出して、群がる人外共を1人1人引き剥がすと奥へと放り投げた。
「しっかりしろ! 歩けるか?」
「う、うぐ、うぐう……、あ、脚が……っ」
恐怖と強烈な痛みの両方が襲い 動けなくなっている教師。肩を貸そうとしたのだが。
『うごがあがああああ!!!』
あの化け物たちが怒涛の勢いで襲い掛かってきたのだ。
動くものを標的にしている様に。
「う、うわあああああああ!」
「きゃ、きゃああああああああ!!」
その悲鳴に反応する様に 化け物たちは一気に散開し、逃げ惑い悲鳴をあげる生徒達襲いだしたのだ。
襲い掛かってくる化け物達だったが、生徒達に触れる事はなかった。
「………悪いが、暫く動けなくなって貰う」
襲い来る化け物達の脚を 素早い動きでヘシ折った。
痛みは感じていない様だが、歩く為には当然脚が必要で、おかしな方向に折れ曲がった脚では 満足に歩く事も出来ず、その場でもがく事しか出来ていなかった。
悲鳴と混乱が渦巻く体育館の中。違った大声が響き割った。
それは、龍の声。大声。
「全員 バラけるな! 落ち着いてオレの指示に従え!」
その声量は、身体全身に叩きつけられる様な錯覚を感じる程だった。
否応にも頭の中に叩きつけられる。まずは大人である教師陣がその言葉に従う姿勢を見せた。まだ、若いとはいえ防災部隊としての経験が多く、信頼できると思ったからだ。
何より……襲い掛かってきている化け物達を瞬く間に行動不能に追いやっている姿を見れば、誰でも従おうと言うものだ。
そして 生徒達も同様。
まだまだ、下級生たちは恐怖から泣き出したり、パニックになったりする子が殆どだったが、そんな下級生たちを上級生たちが6年生達が中心となって支えて、まとまる事が出来た。
「これは、訓練だ! 避難訓練だ! 《お・は・し・も》 前に教えて予習もさせたよな!? 忘れてないだろ!? だが、状況に応じて《は》の部分は 走れ! に変えろよ!」
龍の声かけに皆が頷く。
だが、正直な所 ここに集まっている人数は化け物の数より多い。その上 出入り口が4カ所しかない体育館で 全員が脱出するのは困難だと言わざるを得ない、と言うのが通常だ。
順番待ちの時間が何よりも怖い。直ぐ後ろで犠牲者が出だしたら もう恐怖心を抑える事が出来ないだろう。そこからは押し合いが始まり 犠牲者が跳ね上がるだろう。
それをよく判っているからこそ、
「ここはオレが対応する。先生達は 生徒達を、怪我人をここから逃がしてくれ。安全な場所……は 正直判らないが、それでも このあいつらと同じ空間に居続けるよりは良い」
「わ、判りました!」
脚を負傷した教師を同じ教師に任せ、他の生徒達も同じく任せた。
龍の言葉にうなずくと、そのまま生徒達を外へと連れ出していった。
「先生は!?」
香里が後ろで叫ぶ。
一緒に行こうよ! と続けて叫んでいるが、龍は首を横に振る。
「こいつらが邪魔だからな。一緒にはいけない。だが 片付けたら行く。先にいってろ」
「で、でもっ!」
「オレなら大丈夫だ。香里」
龍は一回だけ、一回だけ振り返ると。
「後で行く。約束だ」
短くそう言った。
それだけでしか言えない。もう目の前には 迫ってきているのだから。
「っ……うんっ。 絶対、絶対に戻ってきてよ!」
「ああ」
香里はそう告げると、皆と一緒に駆け出した。
それと同時に 龍も駆け出した。
――この化け物……1人残らず、ここに留める。
幾ら異形な姿になってしまったとは言え、ほんの数時間前まで、話をしていた相手だ。
時には面白おかしく、時には真剣に。ありふれた話をしていた。突然配属になったとはいえ、短い時間だったとはいえ、自分の教え子でもあり、教師に至っては同僚。仲間でもある。
そんな人達に手を上げるのは、正直心が痛む。……が それでも、一目見たら判る。目の前の大勢の人達は、もう
あの時の彼らは間違っても 肉を求めて狂気を剥き出しにし、得体のしれない蛆虫を身体中から沸き出したりはしていないのだから。そして、医療分野においてもそれなりの知識を持つ龍だったが、これは見た事も聞いた事も無い症例。そんなものをこの街で研究して、特効薬の様なものを作ってる病院なんてある筈がないのだ。
「……ほんと悪いな。暫くは動けなくなって貰う。治療費くらいは出してやるからよ。勘弁しろ」
龍はまた、『悪い』と口にしつつ、化け物たちを無力化していくのだった。
この時は目の前の脅威を取り除く事に集中していた龍だったが、それでも最悪の想定は常に頭の中に描いていた。
□ この現象が、この小学校だけでなく、街中に広がっていたとしたら?
□ そして、もう街中に蔓延し ここから逃げたとしても もう逃げ場など最初から無かったとしたら?
今は訓練を積んだ自分自身が対象出来るからこそ、如何に多勢とはいえ押し留める事が出来ているが、普通の一般人であればそうはいかない。この化け物達の性質。人間を食すると言う異常な行為を除いたとすれば、身体能力自体は 普通の人間よりも動きは遅いがそれでも力は普通の人間と変わらない。
集団で襲われでもすれば、一般人であれば勝ち目はない。
「……今は 考えても仕様がない。今はこいつらを抑えて、ここに閉じ込めたら 移動開始だ」
龍は様々な想定を頭に浮かべつつも一度それ以上考える事を止めて目の前の脅威に集中した。
そして――龍の想定していた考えは、的中してしまう事になるのだった。
こんなバイオみたいになったら 速攻で死にますよ自分。