りぜろぼつSSしう   作:カリフォルニア饅頭

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マジで碌でもないSS。スバルくんが調子に乗りまくってます。


アナタノタメニ

 

 

「な、んで……」

 背中が熱い。火にあぶられているようだ。いや、実際に炙られている訳ではないけれど。

 そんな、どうしようもないことを考えなければ、正気を保っていられない。目の前に広がっていく、鮮やかな紅。鼻腔をくすぐる、鉄のにおい。迫ってくる死の気配を遠ざけたくても、何もできない。やがて、その命はだんだんと失われていって――

「ふふっ……みつけた」

 完全に失われる直前。そんな、楽しげな声を聞いた気がした。

――

――――

――――――――――

 頭の後ろに、柔らかく暖かい感触があった。

「え……」

 目を開ければ、そこにいたのは。

「さ……」

 サテラ、と呼びかけて直前で食い止める。先ほど、それで失敗したばかりなのだから。向こうもこちらが目を覚ましたことに気付き、声をかけてくる。

「あ、起きたのね。良かった。大変だったのよ? 背中の傷、とっても大きくてふさぐの苦労したんだから。血もすんごく流れてて、補充するの大変だったんだから」

 その優しげな声は、先ほど自分に叩きつけられたものととてもよく似ていた。

『人を、『嫉妬の魔女』と同じ名前で呼ぶなんて、どういうつもりなの!?』

『このための足止め……あなたもグル!?』

 この異世界で俺を助けてくれた銀の彼女。――それが、突きつけた険のある声。向けられた表情は硬く険しいもので、怒りすら孕んでいるように思えた。一連のやり取りを思い出して、また心が痛む。どうして彼女は――。

「む、聞いてるの!?」

「あでででで。き、聞いてます聞いてますからほっぺを捻るのはNGNG」

 ならよし、等といって手を離す彼女。抓られていたほっぺも離され、ひねられることによる痛みも消える。

それをいいことに、どうやら俺を助けてくれたらしい少女を観察する。

 

 否、少女という表現では語弊がある。年の頃は20代前半といったところか、美しい女性だった。そして、先ほどサテラと間違えてしまったのも無理はなく、顔立ちはどこかよく似ているがしっかりと見れば別人だとわかる。

 たとえば、サテラの瞳はアメジストの宝玉の様な綺麗な紫だったが、今膝枕をしている女性は黒。つまり、スバルと同じだ。これは髪の色もそうで、サテラは月の光のように幻想的に美しい銀色だったが、目の前の女性は黒である。すなわち、全くの別人、他人の空似。

「起きたのなら、もう良いわよね。はい」

 じろじろと見ていたことがばれたのか、膝枕をしていた彼女はそのまま立ち上がる。必然的に、頭の裏側で味わっていた柔らかい極上の感覚は失われ、そのまま地面と頭がごっつんこする。

「い、いでぇぇぇ!? め、目が、目が!? 目から火が出てる!?」

「はいはい、大げさなんだから」

 石の地面に頭をぶつけた衝撃でのた打ち回る俺に、彼女は何事かを呟くと――次の瞬間には頭の痛みは無くなっていた。

「の、脳が――ってあれ、痛くない?」

「そ、回復魔法かけたからね。全く、どうしてそんなに生傷がたえないのかしら」

「いや、背中の傷直してくれたのはありがたいけど、今頭打ったのは間違いなく君のせいだよね!?」

「え、何のこと?」

 顔を傾けて、頬を人差し指でつんつんとする。あ、あざとい。しかし、二十代前半に見える女性がそんな仕草をするのはなんというか無理をしているような――

「今、失礼なこと考えたわよね」

「ち、違えし。ほほらアレだよ、あざと可愛い女子が最強だとかそういう話だよ」

 震える声で違うのだと主張。それを容れてくれたのかは解らないが、彼女は追及の矛をそらした。

「ま、それはとりあえず置いておいてあげる。私はイザヨイ。それで、あなたの名前は? どうしてこんなところで背中に大穴あけて転がってたの?」

「そこだけ聞くとなんかコミカルな状況だな。俺の名前はナツキ・スバル。無知蒙昧で三国一の一文無し――って、そうだった! こうしてる場合じゃない! それが――」

 それが、彼女と初めて会ったときのこと。けれど、今にして思う――ここから、俺の異世界生活は始まったのだと。

――

――――

――――――――

「おはようございます!」

 異世界に来てから、朝の目覚めはバッチリである。昨日の夜にはそこそこカロリーを消費したはずだが、疲れが残っているということもない。何だってできる、そんな充実感と充足感がスバルの寝起きを早くそして満ち足りたものに変えていた。こちらに来てすぐは日本に帰りたかったが、今となってはそんな感情は微塵も残っていない。

「っと、相変らずすーすー寝てるな」

 隣で安らかな寝息を立てているのは、俺の異世界生活最高にして最良のパートナー、イザヨイだ。

 彼女と初めて会ったのは、異世界に来てすぐの王都だった。裏路地でチンピラ三人組に刺されたスバルは、偶然通りかかったイザヨイに助けられ九死に一生を得た。そのまま自己紹介も疎かに、記憶の中にあった盗品蔵に彼女とともに向かえば、そこではフェルトとロム爺、そしてエルザが席について交渉を始めていて。フェルトが下手をやったと勘違いしたエルザは、その場で徽章をころしてでもうばいとる方針に転換したのだった。

 狭い盗品蔵の中で、エルザの見るものに恐怖を与える歪な形のナイフが踊る――狙われたことすら気付けなかった俺を助けてくれたのはイザヨイだった。彼女は、失伝されたとされる高度な陰魔法の数少ない使い手だったのだ。そのまま、イザヨイの魔法とエルザの体術がぶつかり、一進一退の攻防が行われる。

 状況が動いたのは、その少し後。――あの少女が、エミリアが盗品蔵に入ってきたのだ。蔵の中で繰り広げられていた死闘に、それを傍観する二人組み――それも彼女からすれば自分から徽章を盗んだ。何がなんだか、という状況だっただろうが、それはエルザもまた同じ。さらに旗色が悪くなると判断した彼女は入り口から脱出しようと、あっけに取られたままのエミリアに襲い掛かり、近くにいた俺がそれを庇ってお腹を開かれてしまった、というのがあの王都での顛末。後で聞いた話では、傷が深くその場でイザヨイが傷を治してくれなければかなり危なかったらしい。

「っと、いけね。華々しい活躍を回想してる場合じゃなかった。早く行かないとまた姉様に小言言われちまうぜ」

 イザヨイは寝起きがあまり得意ではなく、いつもスバルが起きてしばらくしてから起きる。しかも、低血圧なのか目を覚ましてから活動出来るようになるまでベッドの中にしばらく居なければならない。朝の早いロズワール邸付き執事としては、置いていかざるをえないのである。

「ふっ、ナツキ・スバルはクールに去るぜ」

 ――そういえば。彼女と出会う前に二度ほど有った臨死体験のようなものは何だったのだろう。夢や幻と切って捨てるにはあまりにもリアル過ぎたが、あれからあのような現象は起こっていない。あるいは、何らかの加護なのかもしれない。何せ、俺は異世界人。失伝されたとされる陰魔法だって自在に使いこなせるのだからそういうチート能力を持っていても何らおかしくねえな!

「遅かったわね、バルス。仕事が半人前の上に時間も守れないなんて、使用人として恥ずかしくないの」

「いや、姉様の方も遅れてきてるからね!? それブーメランだからね!?」 

「先輩より先に持ち場に着くのは後輩の勤めよ。立場を弁えたその心意気だけは評価するわ」

「ああもう、ホントにああ言えばこう言うな姉様!?」

 仕事場に少し遅れてきたのは、ロズワール邸のメイドの姉、ラム。可愛らしい容姿と裏腹に、口が減らない先輩メイドである。しかも、メイドとしての技能は家事暦せいぜい一ヶ月の俺とどっこいどっこいで、メイドとしてどうなのだろうか。

 王都でエルザにお腹を開かれた後、目を覚ましたら目の前に居たのが彼女と妹のレムのメイド姉妹だった。盗品蔵でエルザの攻撃から庇ったことに恩を感じて、エミリアが連れて帰ってくれたそうである。そこから、なんやかんやでロズワール邸の下男として働くことになる。そこからの数日は、めまぐるしいものだった。メイドの姉妹に家事を教わりながら、暇を見つけてエミリアに話しかけに行き、夜にはイザヨイに魔法を教わる。

 そう、俺には、魔法の適正があったのだ。ビバ異世界! それも、この時代には殆ど使い手が居ない陰魔法で、しかも、すぐ傍には有数の陰魔法の使い手が居て、手とり足とり教えてもらえる。こんな偶然に巡り会えるなんて、すばらしきかな異世界ファンタジー! ああ、やっぱりこっちの世界に来て良かったぜ!

 まあ、やっぱり異世界なりの苦労はあるけど。例えば、屋敷に来て数日で呪われた件とかは完全に異世界ならではだったな。

『スバル、あなた――呪われてるじゃない』

 今思い出してもとんでもない宣告だと思う。いつものようにイザヨイと夜のレッスン(変な意味ではない、断じて。……この時点では)に勤しもうとしたとき、彼女は俺に呪いがかかっていることを看過し、それを解いてくれた。アーラム村の子供たちが危ないと様子を見に行けば、案の定、子供たちは浚われていて。そこを、俺とイザヨイの活躍でどうにかした、という訳だ。ウルガルムに対して「ミーニャ」を撃ったときは、中々感動ものだったぜ。……まあ、結果的には子供全員を助けられなかったけど、しかたないよな。アーラム村の皆も喜んでくれたし。

「で、今日はロズワール邸の東棟を掃除するので良いんだよな」

「ええ、本棟はレムがもう掃除してるはずよ」

「いや、ホントレムちーはすげえよな」

「ラムの妹なのだから、当然ね。さあ、行くわよバルス」

「はいはい了解……って、ん?」

 敵意の込められた冷たい視線を感じて、後ろを振り返る。が、誰も居ない。――またか。

「おっかしいな。今間違いなく熱い視線に見つめられていた気がしたんだが」

「……何油を売っているのかしら、バルス。ただでさえ時間が足りないのに、どうしてそう無駄な挙動ばかり繰り返すのかしら」

「いや、時間足りないのは遅れてきたのは姉様のせいだからな!?」

「それにしてもさあ、姉様」

「無駄口を叩く暇があったら手を動かしなさい、バルス」

「それ、さっきまで雑談してた姉様が言って良いの!?」

 ロズワール邸の東棟、普段使われていないこの棟にも当然掃除の手間は必要となってくる。それゆえラムと俺の二人がかりで清掃している。そのついでにとあることを相談しようとしたのだが、まあ、ラムは歪みない。

「まあ、それはともかく。何か話でもあるの?」

「あー、その。最近、レムの俺に対する態度が厳しい気がして」

 そう。最近、メイドの妹レムの俺に対する態度が心なしか厳しい気がする。仕事でミスをしたとき、ラムが

こちらを罵ってくるのはいつもの事なのだが、最近はレムまでこちらを責めるような言葉を、それもラムよりも辛辣に冷たくにべもなく放ってくるのだ。さらに言えば、特にラムと二人で話しているときの彼女は、こちらの背筋が寒くなるような冷たい視線を向けてくる。何か、気がつかないうちに何か機嫌を損ねることをしてしまったのだろうか。屋敷で初めて会ったときはそこまで厳しい態度ではなく、姉様の方がむしろきついぐらいだったのだが、今となっては反対である。

「……気のせいでしょう。それか、バルスの手際の悪さにお冠なのかもしれないわ」

「やっぱそうなのかなあ。やっぱ頑張って見返すしかねえかな。ナツキ・スバル、男の子。一日も早く、認めてもらえるよう頑張るっきゃない!」

「……そうね、そうなるといいわね」

 それきり会話は途切れ、お互い掃除に精を出し始めた。

「……おっ、ここは!」

 ラムとは先ほど分かれ、別のところを掃除しているのだが、その途中いかにもきな臭い扉を発見。

「おーい、金髪ロリ! 元気してるか!」

 声をかけながら扉を開けると、そこは予想通りに古本のすこしかび臭い匂いが漂う書庫で。そこに、いつも通りいつもと変わらない定位置で金髪ロリが――ベアトリスが読書に勤しんでいた。

「その、腹立たしい呼び方を止めるかしら。何度聞いても癪に障るのよ」

 彼女と出会ったのは屋敷で働き始めてしばらくしてから。なにやら胡散臭い感じの扉を開ければ、そこに広がるのは広大な空間に配置された無数の書架と何冊あるのか数えきることも困難であろう分厚い本の数々。そして、それらの間にちょこんと座る小さな管理人、だった。ベアトリスと初めて話したときから、彼女のリアクションがたまらなく弄りがいのあるものだったので、彼女を弄るためにもこの場所にはよく訪れるようにしている。それも、この頃は少し反応が薄くなってきて少し寂しい限りだが。

「それよりも、お前。早く出て行かなくていいのかしら。双子の姉が探しているのよ」

「っと、いっけね。掃除中だった。ってか、わざわざ教えてくれるあたり、やっぱりお前ってば俺に好意的だったり――ってうわ!?危ね!?」

 叩いた軽口の代償は、暗い杭だった。慌てて、陰魔法で空間の歪みを作り、飛んでくる杭を無効化する。あ、危ねえ!今のはあたってたら粉微塵だったぞ!

「――ちっ、かしら」

「ちょっ!?今舌打ちしなかった!? もっと陰魔法の使い手同士仲良くしようぜ」

 先ほど飛んできた杭は俺自身も得意とする陰魔法の一つ。そう、この金髪ロリ、陰魔法を使う金髪ロリだったのだ!

「お前と仲良くだなんて、心底お断りなのよ。早く出て行くかしら。双子の姉の怒りもそろそろ限界なのよ」

「姉様気が短すぎやしません!? まあしかたねえ、今日はこのぐらいで勘弁してやるよ。またな、金髪ロリ」

 そう言って、禁書庫の扉から出て行く。肌に触れる空気が、書庫の中の何処となくひんやりとした陰鬱なものから、屋敷内の少し暖かいものに変わる。去り際に、ベアトリスが何かを言っていたような気がしたが、声が小さすぎて聞こえなかった。まあ、大方照れているだけで別れの挨拶をしてくれているのだろう。以外に可愛いやつめ!

「他人から与えられた力を、それに気付きすらしないで自分のものだと勘違いしているお前のような愚か者と、ベティーがどうして仲良くしなければならないのかしら。心底疑問なのよ。ああ、お母様。ベティーは何時まで――」

 作業を続ける昼下がり。廊下の端で、ばったり天使と会った。違った、エミリアたんと会った。

「あっ、す、スバル。こ、こんにちは……」

「お、エミリアたんじゃん! 今日もマジプリティ。すなわちEMP(エミリアたん・マジ・プリティ)!」

「あはは、あ、ありがとう。スバル」

 そう言って微笑を浮かべるエミリアたん。最近、エミリアたんは俺の冗談をきちんと受け入れてくれるようになった。まあ、俺のアプローチが順調ってことだな!一時期は仲違いをしてしまったが、現在ではエミリアとの関係は修復されている。

 仲違い。今思い出しても中々心に来るものがある。――こちらに来てから二度目の王都ルグニカ。王都に王選関係の用事で向かう彼女に無理を言って同行し、約束を守ってくれるよねと言う彼女を心配して王城に潜り込んだときのこと。潜り込む勇気も、その手伝いにもイザヨイが力を貸してくれた。

 けれど、エミリアたんは俺の行動を理解してはくれなくて。ハーフエルフへの露骨な差別に声を荒げた俺に、彼女は退出を『お願い』した。俺に、それを断ることなどできなかった。

 そして、意気消沈する俺に、声をかけるいけ好かない騎士――たしか、ユリウスと言ったか。そいつが、騎士の誇りを侮辱しただなんて難癖をつけて、俺に喧嘩を売ってきたのだ。異世界召還にありがちな決闘イベントって奴だ。まあ、当然陰魔法を使ってコテンパンにしてやったのだけど。そういえば、後から聞いた感じでは、奴はもう腕の健が治らず剣が振るえないそうだ。全くいい気味だが――その後からが問題だったのだ。

 決闘が終わった後、その場に駆けつけたエミリアたんと俺は、その場で感情のままに言葉をぶつけ合った。俺の行動が、俺の言葉が信じられないと錯乱する彼女には、こんなにも君のためにしているのにという言葉は通じず、彼女から一方的に関係の断絶を告げられたときの絶望は、筆舌に尽くしがたかった。まあ、その絶縁宣言も、俺が魔女教を退けたことで撤回されたけど。

 ――だが、最近の彼女の調子は余り良いものではない。部屋に閉じこもり気味で、食事にもめったに降りてこない。

「その、まだ引きずってるんだよな――アーラム村のこと」

「う、うん。そう、なの。ごめんなさい」

「いや、良いって良いって。エミリアたんが謝ることじゃないでしょ。悪いのは魔女教! それでFA(ファイナルアンサー)!」

「そうそう、リアが悪いことなんて一つもないよ。――悪いのは、全て魔女教なんだから」

 何処からともなく現れた彼女の契約精霊も、俺の意見を肯定する。アーラム村は、魔女教徒と魔女教大罪司教の襲撃で半壊し、そこに住まう人の多くもまた犠牲となった。――しかも、奴らの目的はエミリアたんだった。襲撃以来、半数以上の村民を失ったアーラム村の雰囲気は重く暗いものになっていて、俺も最近は村を訪れることを躊躇ってしまう。ともあれ、これがエミリアたんが未だに落ち込んでいる理由。心優しい彼女は、未だにそのことを後悔している。襲撃を未然に防げなかった自分に、襲撃の被害を小さくできなかった自分に。

 だが、無理もないだろう。そもそも俺とイザヨイ、そしてレムが王都から戻らなければ、エミリアたん自身も危なかったのだから。毎度必要なときに居ないと評判のロズっちは今回も例に漏れず領内の有力者とやらに会いに行っていて丁度留守であり、全てが終わった後にひょっこり戻ってきた。つまり、彼女を救えるのは俺たちしか居なかったわけだ。俺たちが戻ったときにはアーラム村は地獄であり、村民と魔女教徒の死体がそこらに転がっており、各所で戦闘が行われていた。その後、俺とイザヨイの陰魔法が炸裂し、魔女教徒と、大罪司教を下すことになんとか成功し、彼女に、俺が彼女のために頑張っているのだと認めてもらうことに成功した。なにせ、途中で俺も大罪司教に乗り移られかけたのだから。イザヨイがどうにかしてくれなければ間違いなく乗り移られてたな、うん。

 ――そういえば、王選候補者の、確かクルシュ公爵と言ったか、あの長い髪を颯爽とたなびかせていそうな凛とした女性の話題が、食事時や職務中にも全然出てこないのは何故なのだろうか。他の候補者の話は良く出てくるのに。謎だ。

「スバル。リアはまだ体調が優れないんだ。あんまり長く話したらリアの調子に障るから、僕らはこれで失礼するね」

「え、ちょっとパック……。でも、パックが言うなら」

「お、おう。そうだったか。それはスマン。それじゃあエミリアたん、バイビーって、早!?もう見えなくなってるし!?」

 言葉を言い終わる前に廊下の曲がり角に消えていく彼女の後姿。もっともっとエミリアたんのマジ天使な姿を見ていたかったが、調子が悪くなるなら仕方がない。そう言い聞かせて、仕事に戻った。

「――ねえ、スバル。どうしてなの。どうして、貴方は」

 そんなか細い声での問いかけが、曲がり角の向こうから聞こえてきた気がしたが、きっと気のせいだろう。

「あー、今日も一日働いた働いた! 明日も頑張りましょー……って、うお」

 一日の仕事を追えた後、部屋に戻った俺を出迎えたのは何か暖かい衝撃。見なくてもわかる、イザヨイだ。彼女が扉を開けた俺の後ろ側に手を回し、硬く抱きしめてきているのだ。彼女の整った顔がとても近くにある。鼻腔をくすぐる石鹸の香りとすぐ傍に感じる暖かい温もり。湯浴みを終えた後なのか、上気した頬が色っぽい。ふ、ふええ、くらくらしちゃうのおお。

「おーおー。お帰り、スバル」

「た、ただいま……って、まいどまいど情熱的な出迎えだな」

 今となっては慣れたものだが、王都で誤解からエミリアと決別してしまった後彼女とこのような関係になってから、彼女はやたらとスキンシップを求めてくる。いや、役得と言われたらそれまでだが。なんというか、これに限らず彼女の愛は重いような感じもする。なんだったら、髪の毛の一筋まで、汗の一滴まで愛する、だなんて言い出しかねない雰囲気すらある。ま、まあ?俺がそんだけ魅力的ってことだから?しかたねえよな!

「まあ仕方ないわ、スバルと会えない時間がそれだけ寂しいのだもの」

「「寂しいの」頂きました!こんな美女をたぶらかしてしまう俺の魅力マジ罪作り……」

「いや、それはどうかと思うけど」

「そこは肯定しねえの!?」

「まあまあ、良いじゃない。今日もお勤めご苦労様。大変だったでしょう」

 こうやって、よくからかわれこそすれ、彼女が俺にぞっこんであることは疑いない。なにせ、俺の一番がエミリアであることを許容してくれた上でこうしてくれているんだから。エミリアたんにも、俺の気持ちは伝えてあって後は向こうの返事待ちなのだが、どうにもまだまだ恋愛と言うのを考えられない様子。まあ、これからどんどんアプローチしてエミリアたんも振り向かせて見せるさ!そして夢のハーレムへ!ナツキ・スバルの野望はまだまだ続くぜ!

「それで、今日はその……良いか?」

「そうね、勿論……と言いたいところなんだけど、今日は先日の恩賞の件でこれからロズワール様のところに行かないといけないの。ごめんなさいね。遅くなるだろうから、先に寝ていて」

「うげっ……ロズっちのところか……。いや、色々気をつけてな」

 ロズっちのところには、毎晩のようにメイドの姉妹特に姉のラムが通っている。生々しいことなのでこれまであまり言ってこなかったけれど、ロズっちも存外に手が早いかもしれない。そのことを暗に伝えると、イザヨイは心外だといわんばかりの表情で続ける。

「ふーん、そんなに私のこと信じられないんだ。私はこんなにもスバルのことを愛しているのに。それを信じてくれないだなんて、スバルってほんとに心配性なのね」

「い、いや、信じていないとかそういうわけではなくてだな……」

「じゃあ、信頼の証、見せて」

「うっ、それはだな……」

「良いじゃない、減るものでもないし」

「いや、なんと言うか思春期のまどろっこしい男の子事情と言いますかなんと言うか……」

「あーもーめんどくさいわね。はい、こっち向いて」

「いや、なんというかちょっと待ってってうお――」

 強引に顔に手を回され、イザヨイの方を向かされ、そのまま口元に柔らかく暖かい感触が触れる――。なんど味わっても心地良い、至福の時間。しかし、それは長く続かず、幾度かの瞬きの間の後に間近に有った彼女の顔も離れていく。

「それじゃあ行ってくるわ、愛しい未来の旦那様」

「うう、ケダモノ……」

「はいはい、それじゃあまた明日。愛してるわ」

 バタリ、と扉が閉まる音が聞こえる。彼女がロズっちとの会談に赴いたのだろう、と火照って回らない頭で考える。先ほどのような過剰なスキンシップは、健全な青少年であるスバルにとってはとても刺激が強い。――たとえ、そのもう少し先を味わっていたとしても、だ。

 ともあれ、彼女との触れ合いが日々に潤いを与えてくれる大きな要因の一つであることには変わりない。今日も良い一日だった。こんなに日々が充実しているのは、小学校に入るぐらい、あの全てが一番だった頃以来かもしれない。そうだ、俺はやればできるんだ!間違っているのは、俺じゃなくて、俺から離れていった――。

 そんなことを考えながら、布団に入り目を閉じる。明日も、充実した幸せな一日になるだろう!

 ――――そうして、彼は失い続ける。本来ならば築くことのできた絆を、払われるはずだった敬意を、受け取ることのできた親愛を、望むことのできた幸せを、勝ち取ることのできた信頼を、得ることができた友情を、そして自分の弱さを認める強さを、困難に抗う勇気を。ずっと、ずっと、永遠に。

「やーぁ、こんな夜分にお出ましいただいて申し訳ないですねーぇ」

「全くね。私のお肌が荒れちゃったらどうしてくれるの?」

 黒髪黒目の美しい女性は、屋敷の主人の何処か間延びした声にとぼけた口調で返す。それに、食って掛かるものが一人。

「そんなことより、貴方は一体何者なんですか!?」

 これまで我慢して来た鬱憤がついに吐き出されたのか、青髪のメイドが、声を荒げる。

「レム」

「けど姉様――レムは、レムはもう限界です。ロズワール様も姉様も手を出すなと言うからこれまで我慢してきましたが、コイツからはどうしようもないほど強く魔女の臭いが」

「それでも、よ。落ち着きなさい」

 先走って敵意を示す妹に、姉が注意する。それを受け、不満そうではあるが妹メイドは沈黙する。一連の流れを見ていた背の高い道化――今は席に腰掛けているために、それほど視覚的な大きさは感じないが――が声をかける。

「わーぁたしの部下が、大変な粗相をしてしまいました。お許しを。しーぃかし、われわれが貴方について疑問を抱いていることは事実。ゆーぅえに、答えていただきたい――――貴方は、何者なのか」

 最後の一言だけが、いやにはっきりと聞こえた。そこで道化に扮した屋敷の主人は一端言葉を切る。それに対して、妙齢の黒い美女は何も言わずただ微笑を顔に貼り付けるだけ。 

「レムは、幼い頃に魔女教徒に襲われて以来、『魔女の残り香』を感じ取れるよーぉうになった。つまり、魔女と関係のあるものを知覚できるわけだーぁね。そのレムが、貴方から強い『魔女の残り香』を感じて――」

「だから、私が魔女教徒だ、と?」

 道化が、つい先ほど知ったことであるなどおくびにも出さず、従者の秘密を語る。それに応える形で、常とは違った、冷え切った声が室内に響く。思わず身構える桃髪と青髪のメイド。しかし彼女らの主人は二人に敵意を放つことをやめるように目配せする。それを見届けた女性は、ことさらに明るい声で続ける。

「安心して。あんな趣味の悪い付きまとい集団とは関わりが無い――と言えないのも辛い所ね。けど、少なくともこちらから関わろうとは思っていないわ。でも、私の存在が知れれば、間違いなくあの連中に追っかけられるでしょうけど」

「どうして、そんなことが解るのですか」

「そこまでは秘密よ。けど、追っかけられる方の辛さも解ってほしいところね」

 特にあんな変態集団には、と苦笑を浮かべる美女。屋敷の主人の共犯者を自称する桃髪のメイドの鋭い指摘もあっさり受け流して、これで終わりと言わんばかりに立ち上がる。

「それじゃあ、失礼するわ。一刻も早く、愛しの人の傍にいたいもの」

 そのまま、部屋の入り口へと歩みを進める美女。だが、必要以上に何も語らない女性の退去に抗議するかのごとく、それは放たれた。

「――ウル・ゴーア」

 めらめらと燃え上がる獄炎。魔法行使者の意に沿って、美女を焼き尽くさんと飛翔する。放たれた魔力に反応して美女が振り向くも、火球はあっという間にイザヨイの頭部に迫り、あわや彼女を焼き尽くさんとして――何処からとも無く黒い影が現れ、火球と衝突する。火球は影を蒸発させるも、それに力を使い果たし自らもまた消滅する。だが、次の瞬間に起きた事に、屋敷の住人たちは目を疑った。

 イザヨイの顔が、否正確には顔の周りの光景がおかしい。顔の目から上と首から下は、いつも通りの、優しげな微笑を絶やさない豊満な体型の魅力的な美女。けれど、顔の目から下に当たる部分、すなわち先ほど火球を吸い込んだところに見えるのは――銀色の髪に少しとがった耳、そして二マリとした不気味な薄ら笑いを浮かべる口元。けれど、それも一瞬のこと。すぐに、もとの黒髪の美女に戻る。あっけに取られるメイド二人をよそに、火球を放った主人は驚愕とともに呟く。

「まさか、貴方は……」

「さあ、どうかしらね。どちらにしても、私にはスバルだけ居ればいいの。彼に危害を加えない限り、私は何もしないわ」

 そういって、今度こそ屋敷の主の執務室を後にする。愛するただ一人の傍に居るために。

 ――それが、その愛するただ一人のためにならないことを知っていて確信犯で。それでも、自らの欲望のために。

「ねえ、さま……」

 美女が去った後の執務室。メイドの妹の、不安に揺れた声が紡がれる。

「大丈夫よ、レム。大丈夫だから」

 それに答える姉の声は、微塵の動揺も感じられず。それが、還って不気味ですらあった。

 ――妹ではなく、無理をして自分自身に言い聞かせているかのようで。





無敵系主人公()スバルの力(本人のとは限らない)が、ルグニカを救うと信じて!
ご閲覧、ありがとうございました!

没理由
いわずもがな

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