周りはそれを喜んでいるようだが、どうもあの性格が簡単に変わるとは思えない。
何かきっかけがあると考えた私は、なぜ様子が変わったのかを調べることにした。
このファイルの存在を知っているのは私だけである。
○月―△日
『彼女』のクラスメイトに話を聞いてみた。
戦車道の時の『彼女』の様子を話すと、驚いていた。
聞くにはどうやら普段の授業などではかつての『彼女』らしい。
普段と戦車道とで切り替えているのだろうか。
それならばまだ納得はいくが、なぜあそこまで変われるのかについての答えにはならない。
○月―□日
戦車道の仲間であるAが相談に来た。
Aも『彼女』の様子に違和感を感じたそうだ。
Aにも普段の『彼女』のことを話しておいた。
○月―■日
普段の『彼女』に話しかけることにした。
聞いていた通り、以前までの『彼女』だった。
だが、戦車道の話が出た時、急に様子が変わった。
戦車道の『彼女』になった。
気がかりなのは、様子が変わったときに「何か用か?」と言ったことである。
それまで話し続けていたので、その発言はおかしい。
それに戦車道の話になった途端に様子が変わるというのも妙である。
もしかすると、意識して変えているわけではない・・・?
○月―○日
再び普段の『彼女』に話しかけた。
戦車道の話を振らなかったところ、戦車道の『彼女』は出てこなかった。
やはり戦車道に関わることが鍵なのだろうか。
その後の戦車道の練習では様子が変わっていた。
思ったより状況は複雑かもしれない。
○月―▲日
学校の保健医に相談してみた。
もちろん『彼女』のことは伏せた。
保健医が言うには『解離性人格障害』かもしれないという。
専門的なことはよくわからないが「別人格が出ている間の記憶はない」そうなのでこちらで調べることにする。
○月―◎日
『彼女』自身が話に来た。
普段の『彼女』である。
聞くと「戦車道をやっている間の記憶がない」という
信じられないが、そうだとすると戦車道の『彼女』には普段の『彼女』の記憶がないことに合点がいく。
状況は複雑かもしれないどころか、非常に複雑だ。
○月=|日
解離性人格障害について
正しくは『解離性同一性障害』と呼ぶらしい。
解離性障害の中で、自分の中にいくつもの人格が現れるものを『解離性同一性障害』と呼び、ある人格が現れているときには、別の人格のときの記憶がないことが多いそうだ。
『解離性同一性障害』なら、普段の『彼女』に戦車道の『彼女』の記憶がないのは事実になる。
『解離性同一性障害』は、本人にとって堪えがたい状況において自分を護るために切り離した
記憶や感情が成長し、別の人格となって表れるものだという。
立場上、『彼女』は期待や比較されることが多く、心が相当傷ついていたのかもしれない。
『彼女』の様子が変わったころ、『あの人』のような指揮だと喜んでいた者が居た。
周りの者も『あの人』のような指揮を望んでいたのだろう。
『あの人』のような指揮を求められ続けることで心が押しつぶされてしまったのなら・・・
かく言う私も、『彼女』と『あの人』を比較するようなことを言ったことがある。
私も同罪だ。どうにか『彼女』を救えないだろうか・・・
当然、このことは『彼女』には話さないつもりだ。