超えられない壁   作:食べきりサイズ

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雪穂目線の二話目です。


よろしくお願いします。


#15-2 雪穂’s STORY 〜膨らむ気持ち 初体験〜

 

 

 

 

お昼休みの最中、亜里沙が他の子に呼ばれて席を外したのと同時に三嶋君を廊下に呼び出して今日の放課後に話があると伝えた。

 

 

いつもの帰り道ではなく少し遠回りをして人気の少ない公園へと向かった。立ち話ってわけにもいかずお互いブランコに並んで座る。

 

 

もし三嶋君が亜里沙のことを好きだとしたら私は辛すぎて今まで通りの関係なんて続けていられない。だったらこれまで同様、三人で仲良く過ごしていた方がいいのではないかという考えが消さずに聞こうと思ってもなかなか言い出せない。

 

 

それでも三嶋君の気持ちが知りたい。おそらくここで逃げ出してしまったら私は自分の気持ちをずっと隠さなくてはならない。それなら当たって砕けた方がいい。後悔なら後ですればいい。

 

 

勢いよく立ち上がり三嶋君の前に立つ。

 

 

 

 

「亜里沙のこと……好きなの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま。……お母さん、今日は夕飯いらない。」

 

 

「おかえり雪穂。どうしたの?体の具合でも悪いの?」

 

 

「ううん。そうじゃない。ちょっと疲れちゃっただけだから寝ればすぐ治るよ。」

 

 

 

 

カーテンを閉め部屋を暗くしてからベッドに倒れるように横になった。亜里沙からの連絡の内容を確認したが今は何もしたくないので内容を確認しただけで返信はしなかった。

 

 

 

 

『今の関係を大切にしたい。』

 

 

 

 

目を閉じるとこの言葉がすぐに浮かんでくる。真っ直ぐ私の目を見てそう答えた三嶋君の表情と声が頭から離れない。三嶋君らしいといえばらしい答えだったし結果的には誰も傷つかずに済んだ。私の求めた答えとは違っていたが三嶋君ならそう言うだろうなと予想はしていた。もっと踏み込んで聞いても良かったかもしれないが三嶋君も私の考えていることが分かっているみたいなので少し腹立たしかった。文句を言わない代わりに最後は精一杯の苦笑いでその場を立ち去った。

 

 

次の日の朝、いつも通りの時間には起きたが体が重く起き上がりたくなかった。……………別に体重が増えたわけではない。結局、昨晩は寝つきが悪く夜中に何度も目を覚ましてしまい全然寝た気がしないし起きる度にあの事を思い出してしまった。このまま学校を休みたかったが今日休んでしまったら三嶋君との間に壁ができてしまいそうだったので仕方なく登校の準備を始めた。

 

 

 

 

「バカにしないで!」

 

 

 

 

自分でも驚くくらい大きな声が出たのと同時に視界がボヤけた。コンタクトが取れたわけではなく涙が出ていたのだ。ごめんと一言だけ謝り三嶋君に背を向け走り出す。

 

 

保健室の先生には体調が悪いから少し寝かせてくださいとお願いをしてベッドを一つ借りて横になった。カーテンを全て閉め、声を殺しながら泣いた。自分でも何故こんなに泣いているのが分からない。それでも涙はどんどん流れてくる。

 

 

 

 

「雪穂!?」

 

 

 

 

保健室の扉が勢い良く開いた。廊下から聞こえてきた足音を聞いていたので声の主が亜里沙だということは分かっていた。ペタペタと亜里沙特有の足音が近づいて来てカーテンに人影が見えた。

 

 

 

 

「雪穂。開けるよ?」

 

 

 

 

心配そうな声が聞こえた。おそらく私の鼻をすする音が聞こえているのだろう。ベッドの横の椅子に座った亜里沙は何も言わずに私の手を握ってくれた。その亜里沙の優しさが嬉しかったのとこんなにも支えてくれる友達に自分が嫉妬していたのかと思うと余計に泣けてきてしまった。

 

 

 

 

「亜里沙、ありがとう。」

 

 

 

人前でこんなに大泣きしたのは初めてで泣き止んだ後、相手が亜里沙だというのに何だか恥ずかしくなってしまった。

 

 

 

 

「私は何もしてないよ。」

 

 

 

 

亜里沙はいつもの笑顔でそう言ってくれた。

 

 

何もしてないことなんてない。私が泣き止むまでずっと傍に居てくれて静かに手を握ってくれていた。泣き止んだ今でも何故こうなったのかは無理矢理聞こうとはしてこなかった。きっと私が自分から説明できるようになるまで待ってくれているのだ。亜里沙の顔を見てそう思ったら一度止まった涙がまた流れてしまった。

 

 

 

 

「もう、雪穂ー。大丈夫だよー。」

 

 

 

 

今度は亜里沙がベッドに座り頭を撫でてくれた。それと同時に自分のハンドタオルを渡してきた。気がつくと私のハンドタオルは涙で色が濃くなってしまっている。

 

 

 

 

「もう平気?何があったかは今は無理に聞かないけど三嶋君が関係してることは分かってるよ?だから、話せる状況になったら教えてくれないかな?」

 

 

「……うん。分かった。」

 

 

 

 

亜里沙が原因でこんなことになってしまったとはすぐに言えないし私も整理ができていない。

 

 

 

 

「それと、今日はどうする?もうすぐホームルーム始まるけど具合が悪いなら帰った方がいいよ?」

 

 

「じゃあそうしようかな。」

 

 

「うん、分かった。じゃあ先生には私から伝えておく。それと雪穂の荷物も取りに行ってくるね。」

 

 

 

 

初めての大泣きのせいか本当に頭が痛くなってきた。帰ったらお母さんに「やっぱり具合悪かったんじゃないの。」なんて軽く怒られそうだな。亜里沙が私の荷物を持って再び保健室に来た。

 

 

 

 

「さっきより顔色悪いけど大丈夫?もう少し保健室で休んでから帰れば?」

 

 

「大丈夫。泣いたから少し頭痛がするだけ。それに寝るなら学校より家の方がいい。色んな意味で。」

 

 

「…そっか。まぁ今日はゆっくり休んでね。学校終わったら行くからね。」

 

 

「うん。」

 

 

 

 

なんとか家に帰り、制服をハンガーに掛けてからベッドに横になる。両親のおかげで高坂姉妹は風邪を滅多に引かない丈夫な身体で産んでくれたので二人とも学校を休んだり早退をしたことがなかった。そのせいで帰った直後はお父さんとお母さんはとても慌てていて仕事そっちのけで看病をすると言い出したが一人にして欲しいとだけ伝え部屋に入った。

 

 

携帯を確認すると亜里沙から連絡が入っていた。

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

ちゃんとお家には着いた?

 

さっきも言ったけど今日はゆっくり休んでね!

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 

時間帯を考えるとホームルームが終わった直後に送られてきたのだろう。内容だけ確認しそっと目を閉じた。

 

 

 

 

 

ボヤける目をこすりながら時間を確認すると十六時を回っていた。ずっと寝ていたので頭痛はほぼ治っていてお腹も空いていた。食欲が出てきたということはもう平気そう。この様子だと明日は学校に行けそうだ。……学校…か。一度顔を洗うため一階の洗面所へ行った。鏡に映る私の両目は赤くなっていて少し腫れている。こんな顔、今は亜里沙にしか見せられそうにない。

 

 

部屋に戻ってから改めて朝の出来事を思い出した。私のせいで亜里沙にはとても迷惑をかけちゃったし明日からは三嶋君にどんな顔をして会えばいいのか分からない。とりあえず謝らなきゃ。

 

 

 

 

「雪穂ー!入るよー。」

 

 

 

 

三嶋君にどうやって謝ろうかとうっすら考えていると部屋の外から亜里沙の声が聞こえた。私の返事を待たずにドアが開けられ、亜里沙は何も言わずにベッドの近くに座る。この際、どう謝ればいいのか亜里沙に相談して見ることに決めた。

 

 

 

 

「あの……高坂さん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「亜里沙……さっきのがどういう事なのか分かりやすく教えてくれるよね?」

 

 

 

 

三嶋君とお姉ちゃんが部屋から出て行った後、亜里沙が部屋に来たのでベッドの前に正座をさせてどうして三嶋君を連れて来て二人きりにしたのかを説明してもらう事にした。

 

 

 

 

「えーっとねー。雪穂がこんな事になっちゃったのは三嶋君も関係あるし、私に詳しい事を教える前に二人が仲直りしてからの方がいいなって思って三嶋君を連れて来たの。でも三嶋君を連れて来たって言ったら部屋に入れてくれなさそうだったから秘密にしてた。って感じかな。まぁ何はともあれ仲直り出来て良かったね!」

 

 

 

 

亜里沙は説明の最後にパンという音を鳴らしながら手を合わせドヤ顔を決めている。

 

 

 

 

「良かったけど良くないよ!こんなにも目が赤く腫れてるのに。こんな顔見られたくなかった!亜里沙は勝手すぎるよ。」

 

 

「でも明日になったら余計言いにくくなっちゃうでしょ?ほら、クラスのみんなもいるだろうし。」

 

 

「…………それもそうだね。…ありがとう。」

 

 

「よしよし。よく頑張ったね。もう大丈夫?」

 

 

 

 

ベッドに座っている私の隣に移動して来たのと同時に頭を撫でてくれた。いつもなら少しだけ鬱陶しく感じるのだが今日はその手が心地良かった。

 

 

 

 

「亜里沙。今日の事を説明する前に一言だけ先に言わせて。…ごめんね。」

 

 

「え?」

 

 

 

 

私が何を言っているのか理解ができていないのがすぐに分かるくらいキョトンとした表情をしている。今から私にとっては凄く大切な話をしようとしているのにそんな顔をされたら笑ってしまう。そんな表情を見て少しだけ気が楽になった気がした。ふぅと一呼吸ついて説明を始めた。

 

 

 

 

「まずは昨日の放課後の事から話すね。昨日は亜里沙にお願いして三嶋君と二人で帰らせてくれたでしょ?その時にね三嶋君に亜里沙のことが好きなの?って聞いたの。」

 

 

「……は?……え?…ちょっちょっと待って雪穂。なんでそんなこと聞いたの?え?なんで?」

 

 

 

 

まさか自分が関係しているとは思ってもいなかったように慌てて私の話を遮る。それでもよく考えれば昨日といい今日といい、事の原因は亜里沙だ。可能な限りその事を分かりやすく伝えなくてはならないと改めて感じた。

 

 

 

 

「二人の一番近くに居る私が感じただけであくまで私の思い込みだとは思うけど、どうしても確認したかった。亜里沙の気持ちが変わって三嶋君のことが好きなら私は負けたくない。でも三嶋君が亜里沙のことが好きで二人が両思いなら大人しく身を引いて友達として二人の手助けをしようとしたの。だからまずは三嶋君にそれが聞きたかった。」

 

 

「雪穂。前にも言ったけど私は雪穂の恋を応援するよ?私も三嶋君のことは好きだけどそれは雪穂の好きとは違う。それで、三嶋君は何て?」

 

 

「今の関係を壊したくない。って言われた。…なんかマンガとかによくありがちな答え方だなって思ったけど三嶋君なりの優しさなんだろうね。私はそんな事考えずに自分の事しか考えてなかった。最近、亜里沙と三嶋君が仲良くしているのを見て焦ってたんだと思う。だからあんなにも無神経な事が言えたんだ。」

 

 

「今日だって同じだよ。亜里沙の髪型を褒めているのを近くで聞いて勝手にヤキモチを妬いて三嶋君に八つ当たりした。」

 

 

 

 

淡々と話す私のことを亜里沙はじっと見つめ、今朝のように手を優しく握りながら話を聞いている。本当は亜里沙の目を見ながら話そうと思っていたけれどいざ話を始めると少し俯いてしまった。こんなことを聞いて亜里沙は何を思い何を言うのだろう。

 

 

 

 

「…雪穂はそんなに三嶋君のこと好きだったんだね。」

 

 

「へ?今、なんて言ったの?」

 

 

 

 

全く想像していなかった言葉が聞こえたので思わず変な受け答えをしたのと同時にもう一度聞き直した。亜里沙は亜里沙で私が聞き返したことに対して疑問を持っているかの様な表情をしている。

 

 

 

 

「え?だから、私が思っていたより雪穂は三嶋君のことが大好きなんだなって言ったの。」

 

 

「…どうしてそんなことが言えるの?今までの話聞いてなかった?私は親友の亜里沙にさえ嫉妬してたんだよ?私のことを…その…嫌な奴だなとかって思ったりしなかった?」

 

 

「んー……。私は雪穂のことをそんな風に思えないや。もしも私が雪穂と同じ立場だったら雪穂と同じことを考えると思うだろうし。それに、私だったら雪穂みたいに我慢できずに雪穂に嫌な事しちゃうかもしれないし。」

 

 

「でもね雪穂。私のせいで我慢させて辛い思いさせちゃってごめんね。」

 

 

「違うよ!それだけは違う。…だから謝ったりしないでよ亜里沙。」

 

 

 

 

亜里沙の手を握っている手に力を入れもう片方の手で亜里沙の肩を掴む。亜里沙は黙ったまま小さく頷いた。

 

 

時計を見ると亜里沙が部屋に来てから一時間が経過していて、照明は消されたままなので部屋は薄暗くなっている。コンタクトを外しているためハッキリとは見えないが亜里沙の目が少し潤んでいる様に見えた。

 

 

「とにかく、もうこの件に関しては解決したからこれで良しとしよう。三嶋君とも話したんだけど、これからも三人仲良くしていこうよ。私もそうしたいし三嶋君も同じこと言ってた。それは亜里沙もでしょ?」

 

 

「それはもちろん。…でもまた今回みたいになったりしないかな?また雪穂が苦しい思いしちゃわない?」

 

 

「その件ならもう平気だよ。言い方悪いかもしれないけど亜里沙が三嶋君のことを好きなんじゃないかって思い込んでて焦ってただけだし。だからもうこの話は終わり!」

 

 

 

 

しんみりとした雰囲気の中で話をするのは私達二人には似合わない。というか亜里沙とはいつだって楽しく話をしていたいので多少強引になってでもこの話は終わりにしたかった。もちろん、投げやりになったわけではなく亜里沙にも言った通りこの件はすでに解決したから。

 

 

勢いよくベッドから出て部屋の電気を付け亜里沙の顔を見る。明るくなったおかげでお互いの表情をハッキリと確認することができた。やはり亜里沙の目は潤んでいて今にも涙が流れてしまいそうになっていて下唇を噛む様にして我慢していた。不謹慎かもしれないけど、目を潤ませながら上目遣いをしている亜里沙はとっても可愛いと思った。こんな表情で亜里沙に見つめられたら大抵の男子は亜里沙に惚れてしまうだろう。……私も練習してみようかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「雪穂。やっぱり私は雪穂と一緒に音ノ木坂でスクールアイドルがやりたい。」

 

 

 

 

音ノ木坂学院高校のオープンキャンパスに行き、初めてμ’sのライブを見た次の日の放課後、亜里沙がいつにも増して真剣な眼差しで私の方を見ながら告げた。私は元々、UTXに行こうと思っていて夏休み中のオープンキャンパスにも行く予定になっている。春先に音ノ木坂が廃校になるという情報を聞いてから私の進路の選択肢の中に音ノ木坂は入っていなかった。

 

 

だけど、共学になるかもしれないという話が出て三嶋君が音ノ木坂への進学を考えていると知った時から心が揺らいでいる。三嶋君は特進クラスに入るとはいえ、もしも本当に音ノ木坂に進学するのであれば今の様に亜里沙と三嶋君の居る学校に通える。本当に亜里沙と一緒にスクールアイドルをやるかどうかは別の問題として三人が一緒の高校に通えるという事が私の中ではかなり大切な事で、進学先を決める上で大きな悩みの原因となっている。

 

 

 

 

「んー…今すぐに音ノ木坂にするとは言えないかな。UTXとか他の高校のオープンキャンパスも夏休み中に行くことになってるし他の学校がどんな感じなのか見ておきたいから。ごめんね亜里沙。」

 

 

「そっかぁ。」

 

 

 

 

亜里沙は残念そうな顔をしているが少しムッとしている様にも見える。その表情のままコップに入っていた麦茶を一気飲みした。

 

 

他の学校も見ておきたいとは言ってももうすぐ夏休み。夏休みが終わり秋になる頃にはみんな進学先を決めて本格的に受験勉強をするはずなのはお姉ちゃん達の様子を見て分かっていること。私もあまりのんびりとはしていられそうにない。

 

 

 

 

「それはそうと亜里沙。志望校が決まってるなら早目に受験勉強始めた方がいいよ?絵里さんなら音ノ木坂の対策問題集とか持ってるだろうし。」

 

 

 

 

未だにムッとした表情を続けている亜里沙は自分のバックを開け何かを取り出した。何度か経験したことはあるがこういう時の亜里沙はちょっと面倒くさい。

 

 

 

 

「雪穂が言ってるのってこれのこと?」

 

 

「それそれ!今から少しずつでもやった方がいいよ。」

 

 

 

 

亜里沙が取り出したのはまさしくその問題集。絵里さんのお下がりだとすぐに分かるくらい付箋がたくさん付いている。問題の解説の文章には蛍光ペンで線が引かれていたり、色ペンで絵里さんのメモの様な文字も書いてあった。私もお姉ちゃんから押し付けられた問題集を持っていて付箋やメモが書いてあるが書体を見る限りお姉ちゃんの字では無いことがすぐに分かる。しっかりとした文字で書かれているのが海未ちゃんで可愛らしい字はことりちゃんが書いたものだろう。お姉ちゃん達が受験の年に海未ちゃんとことりちゃんが泊まり込みで勉強を教えていて、限界になると私の部屋に逃げる様に入ってくるお姉ちゃんの姿が今でも鮮明に思い出せる。……亜里沙もウチに泊まり込みで勉強する様になるのかな。

 

 

 

 

「お姉ちゃんがこの問題集をやっておけば平気って言ってたけど本当なのかな?それにこの問題集ちょっと難しい。雪穂なら分かると思うから私が分からない所は教えてよ。」

 

 

「いいけど、私でも分からない問題もあると思うよ。」

 

 

「そうだよねー。」

 

 

 

 

頬杖を立てながら片手で問題集をペラペラと流しながら見ている。亜里沙は日本に来て一年半ほどしか経っていないのだから本来であれば塾に通うなり家庭教師を雇うなどして人一倍勉強をしなくてはならないと思う。しかし亜里沙の性格を考慮した上で考えるとそこまでして勉強をしたがるとは到底思えない。身寄りに誰かいい人がいればいいんだけど…。

 

 

 

 

「あ!良い事思いついた!」

 

 

 

 

ちょうど問題集を最後のページまで捲り終えた後、本を叩きながら急に大きな声を出した。こういう時は大抵、何かを思いついた時でこういう所は私のお姉ちゃんに似ている。

 

 

 

 

「三嶋君に教わればいいんだよ!三嶋君の説明って分かりやすいし、いつも教えてもらってるから頼みやすいんじゃないかな?」

 

 

「まぁ三嶋君の予定次第だけどいいんじゃないかな。」

 

 

「…私のおかげで夏休み中も三嶋君に会えるんだからもっと嬉しそうにすればいいのに。」

 

 

 

 

三嶋君との喧嘩の一件が解決した辺りから私と三嶋君の距離を縮めようと亜里沙は必死な気がする。本来であれば私個人の問題なので自分の事は自分でどうにかするしかないといけないのに私以上に亜里沙が積極的なのでペースを乱されてしまう。今まで恋愛経験の無い私がペース云々と言える立場ではないが経験が無いからこそ慎重に行動したい。こういう事に関していくら亜里沙だからとはいえ深く踏み込んで来ないと決めつけていた私の考えが間違っていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お邪魔します。初めまして。絢瀬亜里沙です。今日からよろしくお願いします。」

 

 

「高坂雪穂です。急にお願いしてしまってすみません。よろしくお願いします。」

 

 

「いらっしゃい。和樹の母です-----」

 

 

 

 

亜里沙の突拍子もない一言が原因で明日からの夏休みはいきなり三嶋君の家で泊まり込みの勉強合宿からスタートすることになった。確かに三嶋君には勉強を教えてもらおうと思ってはいたけどまさか泊まり込みでやるなんて考えてなかったし、三嶋君のお家の人も許可してくれるとは思ってもみなかった。

 

 

お家に入ると私達の一つ年下で三嶋君の妹の雫ちゃんと三嶋君のお母さんが出迎えてくれた。話し方も含め、如何にも優しい雰囲気が出ていて綺麗な二重の目元が三嶋君とそっくりなお母さん。人懐っこく笑顔が可愛くて、亜里沙より少しだけ背が低くボブヘアーがとっても似合う雫ちゃん。お父さんは単身赴任をしているので挨拶をすることができなかった。

 

 

挨拶を済ませると亜里沙はすぐに雫ちゃんの手を取り、広いリビングの奥にあるピアノの元へと走って行った。あの姿を見る限り三嶋君の家で勉強合宿をしたいと言ったのは雫ちゃんのピアノを聞きたかっただけなんじゃないかなって思ってしまう。

 

 

 

 

「雫ちゃんのピアノ凄かったね!」

 

 

「そうだね!まさかμ’sの曲をアレンジして弾いてくれるとは思わなかったよ。」

 

 

 

 

雫ちゃんがμ’sの曲をピアノ風にアレンジして聴かせてくれた。前にも雫ちゃんのピアノを聴かせてもらったけど、雫ちゃんのピアノは人を感動させる何かがあると思う。今は吹奏楽部でトロンボーンをやっているけど、このままピアノも続けて欲しいし何度でも聴きたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

「雪穂ちゃん!亜里沙ちゃん!しばらくの間ウチに泊まるんだよね?」

 

 

「「うん。」」

 

 

「だったら、部活が休みの日にどっかお出かけしようよ!」

 

 

「いいよ!私も遊びたい!」

 

 

 

 

夕飯を食べ終え、二人で食器洗いをしていると私達の間から雫ちゃんがヒョコッと顔を出してきた。質問されたのと同時に亜里沙が即答したので遊びに行くのは決まったみたいだ。雫ちゃんと一緒に嬉しそうに亜里沙を見ていると普通に遊びに来ているようにしか見えないから本来の目的である勉強に本腰が入るか心配だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『寝顔も……可愛いな』

 

 

『ゆ……雪穂……ちゃん…おやすみ』

 

 

 

 

時間は午前一時半。まだ眠りの浅かった私にはハッキリと三嶋君の声が聞こえた。寝顔"も"可愛いな。"も"ってことは普段の私のこともそんな風に思ってるってこと?さらに問題なのが最後の一言。雪穂ちゃんなんて普段言われないから驚いたし言われた瞬間ドキドキした。おかげで眠気なんか吹っ飛んでしまい全く寝れそうにない。こういう時に話し相手がいれば気が紛れたり自然と眠気が戻ってきたりするが肝心な話し相手はすでに深い眠りについてしまっている。

 

 

部屋を明るくするわけにもいかずコンタクトを外してしまったので携帯を見ることもできない。とりあえず目を瞑り、今日雫ちゃんが聴かせてくれたピアノの音を思い出しながらいつもより深く呼吸をしてみた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう!お母さん!ちゃんと予定くらい確認しておいてよー。」

 

 

「ごめんごめん。あ、お父さん!店番は雪穂がやってくれるから安心して!じゃあちょっと行ってくるわね。」

 

 

 

 

勉強合宿二日目。今日は夏休みの予定を立てて三人が集まる日を決めていたところ、お母さんから電話がかかってきて急に店番をすることになってしまった。割烹着を着ていつも通り店番を始めるが今日は欠伸が止まらない。昨日は目を瞑った後すぐに眠りにつけたのでそこまで遅い時間まで起きていたわけではないが寝つきが悪く何度も起きてしまっていたので全然寝た気がしなかった。

 

 

 

 

「三嶋君があんなこと言うからだよ。」

 

 

 

 

小さな声で呟いた。私があの言葉を聞いていたなんて三嶋君は思ってもいないだろうから今朝だって普通に接しようと必死だった。家を出る時だけ変な間が空いてしまったので亜里沙に勘付かれていないか心配だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

合宿三日目。今日は午後から吹部のコンクールを見に行ってきた。雫ちゃんはもちろんだが、私達の友達にも吹部の子がいるのでとても楽しみだった。結果は見事に金賞、それでも全国大会への出場権を得ることはできなかった。表彰式が終わった後、部員達が泣きながら顧問の先生からの話を聞いていたり、部長や副部長が必死に言葉を振り絞って挨拶をしている姿を見て私もあんな風に何か一つの物事に必死に取り組んで見たいと思った。隣で同じようにずっと黙って見ていた亜里沙にとって、その何か一つの物事がスクールアイドルなのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「雪穂ちゃん。亜里沙ちゃん。今日はありがとね。ご飯も凄く美味しかった。」

 

 

 

 

雫ちゃんの部屋に布団を敷き雫ちゃんを真ん中にして三人でお喋りをしていると急にお礼を言われた。照れ臭そうに小さな声で言ってはいたが部屋が静かだったためちゃんと聞こえた。その瞬間、和かな表情をしている亜里沙につられて私も自然と表情が緩む。

 

 

今夜は雫ちゃんのお疲れ様会ということで夕飯も三嶋君に教わりながら三人で作り、夕食後も勉強はお休みして雫ちゃんと一緒に居ることにした。ちなみに明日は吹部の練習が休みなので三人でお出かけすることになっている。

 

 

 

 

「ご飯の件に関しては私達よりお兄ちゃんにお礼を言った方がいいよ。私達は三嶋君の言われた通りにやってただけだし。」

 

 

「そうだね!それにしても三嶋君と一緒に料理してる雪穂凄く楽しそうだったよ!」

 

 

「へぇーそうだったんだー。やっぱり雪穂ちゃんってお兄ちゃんのこと好きだったんだねー。」

 

 

 

 

こういう状況になったら雫ちゃんに好きな人の話題を振られることは覚悟していたが亜里沙から雫ちゃんにパスが出るとは思っていなかった。今まで寝っ転がっていた雫ちゃんは起き上がっていて亜里沙は体制こそ変えなかったがさっきとは違った笑顔を見せている。

 

 

 

 

「亜里沙、この話を振った件に関してはチョコレートパフェで許す。」

 

 

「私がしなくても今日中に雫ちゃんから聞かれてたと思うからパフェは無しかなー。」

 

 

「そうだねー。さっき亜里沙ちゃんには聞いちゃったから今度は雪穂ちゃんの番だよー。」

 

 

 

 

亜里沙にも聞いたとはいえそんな相手はいないのだから聞かなくったって同じだ。それにさっきの会話で私が三嶋君のことを好きなのは分かったのだからこの話はもう終わり。

 

 

 

 

「ねぇねぇ、お兄ちゃんのどこが好きでいつから好きなの?」

 

 

 

 

好きな人の妹にこんな事を教える人なんているのかな何て思ったりもしたけどすでにスイッチが入ってしまっている雫ちゃんは誰がどう見ても止められそうにない。

 

 

 

 

「中学に入学する前から気にはなってたけど好きって自覚したのは中学二年の冬だから、ちょうど半年前かな。」

 

 

「そっかそっか。それで?どこが好きなの?」

 

 

 

 

この後、雫ちゃんの質問攻めにあい亜里沙にも言ったことのない内容まで教えてしまった。その代わりに、三嶋君の好きな食べ物だったりどんな事をすれば喜んでくれそうなのかを教えてくれた。好きな人のタイプも聞いてみたけど三嶋君はそういう話は全くしないらしく雫ちゃんでも知らないらしい。

 

 

 

 

「雪穂ちゃん。そんなにがっかりしないでよー。二人っきりで帰ったり、相合傘したりもしたんだから脈は大アリだよ!妹の私が保証する!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

寝つきが悪く目を覚ましてしまったため枕元に置いてある眼鏡をかけ携帯で時間を確認するとちょうど午前二時になったところだった。常夜灯が点いているため部屋は薄暗くなっていて隣を見ると気持ち良さそうに寝息を立てながら寝ている。

 

 

 

 

「寝れないの?」

 

 

 

 

雫ちゃんの隣に居るはずの亜里沙の声が窓の外から聞こえた。亜里沙がこんな遅い時間に起きていることなんて今まで一度も無いので少しびっくりしたが私と同じように寝つきが悪かっただけかもしれない。私も体を起こしベランダに出て亜里沙の隣に並んだ。

 

 

 

 

「亜里沙がこんな時間に起きてるなんて珍しいね。どうかしたの?」

 

 

「んー。大した事じゃないんだけど…ちょっと…ね。」

 

 

 

 

夜風に靡く髪を抑えながら静かに答えた。いつもより落ち着いているのは時間の関係なのか大した事じゃない悩み事のせいなのかは分からないが亜里沙らしくなかった。

 

 

 

 

「どうしたの?らしくないよ。」

 

 

「そうかな?ねぇ雪穂。………私、ロシアに帰ろうと思ってるの。」

 

 

「………え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そろそろ時間だから行くね。二人とも態々見送りに来てくれてありがとう。」

 

 

 

 

亜里沙がロシアに帰る。

 

 

帰るといっても五日ほどの帰省。雫ちゃんの部屋のベランダで突然ロシアに帰ると聞かされた時は本当にびっくりしたがその後すぐに短期間の帰省だと分かったので安心した。絵里さんはμ’sと生徒会の活動があり、どうしても学校を離れられないため今回は亜里沙一人で帰ることになった。向こうの空港まで無事に着きさえすれば迎えの車が来ているそうなので心配はいらないそうだ。

 

 

椅子から立ち上がり忘れ物が無いか確認して準備が出来た後、亜里沙に手を引かれ隣に居た三嶋君から少し距離をとった。

 

 

 

 

「いい?雪穂。この前言ったようにちゃんとデートしてくるんだよ?」

 

 

「う、うん。頑張るよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ…疲れたー。」

 

 

 

 

朝から夕方までやっていた店番がやっと終わりベッドに倒れ込む。亜里沙がロシアに行って三日が経ったが私はまだ三嶋君と遊べていない。遊べていないだけならまだしも会えてすらいない状況なため本格的に焦り始めた。今までだったら亜里沙と一緒だからという口実を使って集まったりしていたが亜里沙が居ないだけで何も行動が出来ない自分にビックリしている。電話帳に登録してある三嶋君の番号を眺めてはホーム画面に戻り、また電話帳を開くという行為を何度繰り返したか分からないくらいやっている。

 

 

とりあえずどうやれば自然な流れで出掛けられるかを考え始めたところで雫ちゃんから電話がかかってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんな調子じゃ本当に亜里沙ちゃんに怒られちゃうよ?」

 

 

 

 

三嶋君と会えていない状況やその理由について一通り話したところで呆れたような顔をされた。先ほどの電話は亜里沙が帰って来たらまた三人で遊びたいという内容で、そのついでに相談に乗ってもらおうと思ったので家に呼んだ。

 

 

 

 

「だってどうしたらいいのか分かんないんだもーん。」

 

 

 

 

もどかしさを振り払いたくて枕に顔を押し当て、足をバタバタとさせながら大声で叫ぶ。叫んだ後、携帯をいじっている雫ちゃんの小さなため息が聞こえたので仏頂面をしながらそちらに顔を向けると携帯の画面を見せてきた。

 

 

 

 

「こういう事だから明日はお兄ちゃんと二人きりで勉強ね。場所はもちろんウチで!」

 

 

 

 

画面には雫ちゃんと三嶋君のメッセージのやり取りが映し出されていたので今日の日付の所から下へスクロールしながら内容を確認していく。

 

 

雫ちゃん達のご両親は二人でお出かけ、雫ちゃんは部活動があるため学校へ。三嶋君だけ明日も明後日も予定が無いため家に居るつもりらしい。なので。私が勉強を教えて欲しいという訳で三嶋君の家に行くことが決定しているらしい。ここまでで連絡のやり取りが終わっていたので雫ちゃんに携帯を返した。

 

 

 

 

「いい?雪穂ちゃん。お兄ちゃんは明日も明後日予定が無くて暇なの。そして、亜里沙ちゃんが帰ってくるのは明後日の夜。」

 

 

「あ……もう…明後日しか無い。」

 

 

「そういう事!だから明日中にデートに誘わないと………後が怖いよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

無事に三嶋君と出かけることになった。

 

 

どうしても雫ちゃんが部活に行っている間に決めたくて、かなり焦りながら過ごしていた。おかげで午前中にやっていた勉強の内容や三嶋君との会話の内容が全く頭に入っていない。それでも、遊びの誘いをするタイミングが分からずにグダグダな感じで誘ってしまったことだけは鮮明に覚えている。

 

 

 

 

お出かけ当日は朝早くから仕込みをするためかなり早起きのお父さんとお母さんと同じ時間に起きてお弁当を用意を始める。お母さんには前日の夜に事情を説明しておいたのでお店の準備の傍、私の料理の味付けや下処理の手伝いをしてくれた。

 

 

同じ時間に起きた私を見てビックリしていたお父さんは何が目的でお弁当を用意しているのかを察したようで少し寂しそうな表情をしながら遠くから様子を見ている。深くは聞き込まれなかったがおそらく私が居ないところでお母さんに問い詰めるに違いない。

 

 

昨夜鏡を見ながら何度も合わせて決めた服に着替える。最初はスカートだったりワンピースを着て行こうと思ったが如何にも気合い入ってます。みたいなアピールになってしまいそうだったので黒のTシャツにホットパンツというシンプルな格好に収まった。着替えを終え普段はあまりしないお化粧をして居間で待っている三嶋君の元へと向かう。

 

 

 

 

行ってらっしゃいと言いながら手を振るお姉ちゃんに見送られながら家を出る。

 

 

隣にはいつもとは違って緊張しているように見える私の好きな人。

 

 

私にとって好きな人とこうして出掛けられるのは人生で初めて。

 

 

今日は楽しくなるといいな。

 

 

 

 






これにて雪穂目線の話は一旦終了です。


今後、物語の進み方次第で今回のように視点を変えて話を作っていきたいと思っております。


今後ともよろしくお願いします。


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