夏休みが終わると本格的に受験対策が始まり、教室だけに留まらず三年生のクラスが並んでいるフロア全体が重い空気に包まれている。授業と授業の間に設けられている少しの空き時間を使って勉強をしている人や朝早くに学校へ来て勉強している人など、教室を見渡せばずっと下を向き続けている人が多くなった。ちなみに俺の隣の席の子も今は下を向いている。
「亜里沙!起きて亜里沙!授業終わったよ。」
勉強をしているため下を向いているのではなく勉強をしている最中に寝落ちしてしまった絢瀬さんを前の席に座っている高坂さんが起こす。新学期が始まってからこういう光景を見ることが多くなった。今までより夜に勉強する時間を増やしたことが授業中に居眠りをしてしまう理由らしい。俺と高坂さんに比べて夜は弱い方タイプだと思うし自分でもそれが分かってはいるが周りに影響されて自分もやらなくてはならないという気持ちになってしまっているそうだ。だが、そんな状態で勉強しても身に付かないだろうし体調を崩してしまってはそれこそ意味が無い。最初のうちは高坂さんが何度も注意していたが今はもう何も言わなくなってしまった。
夏休みが明けて変わった事がもう一つある。母さんにも相談して決めた事だが九月から受験が終わるまで塾に通うことになった。友達が通っている所で個別指導を取り入れていて週に何日通うのか自分で決められると聞いて体験させてもらったところ、課題の進み具合や苦手分野の勉強などをよく管理してくれるので体験で行ったその日の夜には通うことを決めた。
そのせいもあり最近の放課後は三人揃って帰ったり、一緒に勉強をする時間がかなり減った。絢瀬さんはスクールアイドルの練習と生徒会で忙しい絵里さんの代わりに家事をやる都合で一人で帰ることが多くなった。高坂さんとは一緒に帰れてはいるが絢瀬さん一人が居ないと寂しく感じる。隣に並んで歩いている高坂さんもきっとそうだろう。
「なんだか急に受験モードに入っちゃったって感じだよね。私だけ取り残されてる気がするよ。まだ志望校も決まってないし。」
道端に落ちている小石をちょこんと蹴り、転がった先を見つめながら寂しそうに呟く。夏休み明けすぐに担任の先生との二者面談があり、夏休み中にオープンキャンパスに行ってきて自分自信が受けた印象の報告や志望校の確認を行った。現在の時点で自分が合格ラインに対しての立ち位置の確認や対策を立てることが今回の面談の目的で、一人ひとりに与えられた時間がかなり多かった。クラスの中だけだと志望校が決まっている生徒は二割程度で大半の生徒はまだ決まっておらず高坂さんも決まっていない。
「でも音ノ木坂かUTXの二校には絞れてるんだよね?」
「……うん。三嶋君ももしかしたらまだ決まってないんじゃないのかなって思ってたんだけど……….。決めたんだね。音ノ木坂に。」
夏休み中には志望校を決めておいてもらいたいという先生達からの要望があったのと同時になかなか決められない性格が悪い方向に働いてしまい夏休み後半はずっと悩んでいた。他の人が聞いたら嫌味にも取られてしまうかもしれないが背伸びをしてレベルの高い高校を受験しなければどこの高校でも合格する自信はあるし、その分選択肢も多い方。だから高坂さんが音ノ木坂を受験すると言えば俺も音ノ木坂にするだろうしUTXにするのならば少し距離のあるもう一つの高校にしようと思っていた。言い換えれば自分の意思とは関係なく高坂さん次第だという考えが強かった。
そんな考えを知り、呆れたのと同時に一つの可能性を見出してくれたのは絢瀬さんだった。
夏休みが終わる一週間前、一日中付きっ切りで勉強を教えて欲しいと連絡が入り俺の家に来た時があった。高坂さんは店番をしなくてはいけないため来れなかったので自然と二人きりで過ごすことに。
約束の当日は朝八時という考えられない時間に家に来た。部活の練習があるため朝ごはんを食べていた雫がパンを咥えたまま部屋に知らせに来た時は何の冗談かと思ったが後ろからひょっこり顔を出した絢瀬さんを見て一気に目が覚めたのをよく覚えている。
俺が身支度や朝食を済ませている間に絢瀬さんは勉強を始めていて声をかけて時間を知らせたお昼前まで一度も休憩をしないまま続けていた。人間がしっかりと物事に集中出来るのは精々一時間程度という話をどこかで聞いた覚えがあるし、俺自身も学校の授業時間である五十分程度が限界だ。それだけに絢瀬さんの集中力の高さと持続時間の長さにびっくりした。
一階のリビングに降りると母さんが昼食を用意してくれていて、疲れたと言いながらソファに横になった姿を見て、部活から帰って来た直後にいつも横になる雫と姿が重なり少し可笑しかった。手足を思い切り伸ばし一度大きく息を吐くと勢い良く起き上がり、その勢いのまま母さんのいる台所まで小走りでかけて行った。
「何かお手伝いできることはありませんか?」
「あら、ありがとう。じゃあお皿を用意してくれるかしら。」
分かりましたと笑顔で答え慣れた手つきで食器棚から食器とコップを持ち出して並べていく。絢瀬さんは自分の家でも家事をしているので本当に手際が良い。高坂さんもそうだが二人ともウチの何がどこにあってどの様にして片付けをすればよいのかが分かりきっているので母さんも安心して手伝いなどを任せられるのだろう。
「そういえば今日は家に来るのは亜里沙ちゃんだけ?雪穂ちゃんは来ないの?」
「はい。雪穂はお店のお手伝いがあるみたいなんで。ね、三嶋君。」
「え?うん。そうだね。」
「そう。残念ね。」
深い意味は無いのだろうが絢瀬さんが態々俺の名前を呼んだ事や母さんの残念という言葉が引っかかった。それと同時に台所の方から嫌な視線を感じたが今ここでそっちを向いてしまったらまた面倒な事になるに違いないと思い必死に我慢して携帯の画面を見続けた。
昼食を食べ終え部屋に戻り勉強を再開すると午前中同様、絢瀬さんは真剣な表情で勉強を続けていた。俺はというとお手伝い中にも関わらずメッセージを送ってきてくれる高坂さんと連絡を取り合いながらダラダラと進めていた。どうやらお店の方はお客さんが来るピークは過ぎたみたいでお昼過ぎから来るお客さんは常連さんばかり。しかも買ってからはお店の中に置いてある椅子に座りお喋りをしてから帰るのでその話し相手にならなくてはいけないそうだ。その相手が何よりも疲れるらしい。
そんなやりとりをしている間に時計の針は15時を回っていたので絢瀬さんに声をかけ、休憩を取る事にした。
「だぁー疲れたよー。」
持っていたシャーペンを離し両手を上げながらそのまま後ろに倒れた。腕を上げていたためおへそが少し見えてしまっているが絢瀬さんはそんなことは御構い無しに目を瞑っている。おそらくこのまま放って置いたら寝てしまうのではないかと思ったが休憩を取るのが目的なので声をかけずに部屋から出て飲み物を取りに一階へ降りた。
雫も部活から帰ってきていないためリビングには誰もおらずテーブルの上には【買い物に行ってきます】と書かれたメモが置かれていた。おそらくママ友達で集まってお喋りでもしているのだろうと思った矢先に母さんが帰って来て右手には見慣れたケーキ屋の箱を持っていた。
「ただいま。あら、休憩?ケーキ買ってきたから一緒に持って行きなさい。」
母さんから箱を受け取り、飲み物を持って部屋へ戻ると絢瀬さんは俺が部屋を出る前と全く同じ体勢をしながら寝息を立てていた。部屋が静かなせいでよく聞こえるし何よりとても気持ち良さそうに寝ている。
ふとテーブルの上に広げられたノートが目に入ったので手に取る。プライバシーもあるだろうがどうやって受験勉強をしているのかが気になり内容を見せてもらう事にした。数学二冊目と書かれたノートには計算式や公式がびっしりと書き込まれており、所々に絢瀬さんの字ではない文字が書かれている。書体を見る限り一つは高坂さん、もう一つは見覚えの無い書体だがまるで大人が書いた様に綺麗に書かれているのを見てすぐに絵里さんの字だと気づく。一冊目も同様に公式やコメントなどが書かれているに違いないと思いながらページをめくっていくと隅の方に小さいが色の違うボールペンで【絶対合格!三人で音ノ木坂に!】と書かれているのを見つけた。おそらく絢瀬さんにとってはこの言葉が今の様に勉強を頑張れるモチベーションになっているのだろうと思った。
ページを元々開いてあったページに戻し、そろそろ絢瀬さんに声をかけようと思ったところで高坂さんから電話がかかってきた。携帯を持ち椅子に座って通話ボタンを押す。
「もしもし?どうかした?」
『いや、特に用事があるわけじゃないんだけど私がちょうど休憩だったし亜里沙はどんな感じなのかなって思って。亜里沙は携帯にかけても留守電だったからさ。』
「そっか。そういえば勉強中は全く携帯を見てなかったよ。そもそも休憩すらしないでぶっ通しでやってたから気づかないのもしょうがないのかもね。」
絢瀬さんの足元に置かれている携帯に目をやると着信やメールが入った時、それを知らせるために光ると思われる所が点滅していた。その後、高坂さん自身が少し分からない問題があるとのことで同じ問題集を見ながら教えているとあっという間に高坂さんの休憩時間が終わってしまったので電話を切った。
時計を見ると十五時三十分を過ぎていて絢瀬さんをそろそろ起こさないとと思い体を反転させるとすでに目を開けていて仰向けのまま携帯をいじっていた。
「起きてたんだね。あ、それ母さんがケーキ買ってきたから食べようか。」
「え?本当?っていうか私、二十分くらい寝てたんだね。おかげでスッキリできたよ。」
一度も起き上がらずに寝っ転がったまま携帯をいじっていたのでケーキの箱には気付かなかったのだろう。ケーキがあると聞いて勢い良く体を起こし手際よくテーブルの上を片付けて箱に手を伸ばした。
「そういえば雪穂から着信があったんだけど、さっきの電話の相手って雪穂?」
「あ、うん。絢瀬さんの勉強が捗ってるか気になったんだって。」
「ふーん。……ねぇ三嶋君。雪穂って本当に私のことが気になって電話をかけただけなのかな?」
高坂さん自身がそう言ったのだからそういうことなのだろうと思ったし別の理由を問いただしても絢瀬さんは何も教えてはくれずにただニヤニヤとした表情で誤魔化してくる。そして、その後はすぐに箱を開けて鼻歌を歌いながらケーキを選び出した。
「んー!美味しい!あ、そういえば三嶋君って夏休み中には志望校を決めておけって先生に言われたんだよね?もう決まったの?」
絢瀬さんが選んだのはチョコケーキで、一口食べた後に何とも幸せそうな表情をした。確か絵里さんもチョコが好きだった様な気がする、そういうところも似てくるものなのだろうか。そんな表情をした後に珍しく絢瀬さんの方から進路の話をし始めた。こういう内容の話の時は基本的に高坂さんか俺が振るので絢瀬さんからというのは珍しかった。
「うーん。それがまだなんだよ。」
「そっかー。それって雪穂もまだ決まってないからっていうのも関係あるの?」
いきなり核心に触れられてしまい飲んでいた紅茶を吹き出してしまった。
「あっ!何やってるのー!ケーキにかかっちゃったよ。罰としてこれは三嶋君が食べてよね。」
そう言いながら箱からモンブランを掴み、俺の目の前に置いた。幸い元々食べようと思っていたので都合としては良かったのかもしれないが自分で思っていたよりも先ほどの紅茶がかかってしまっている。
「それで、どうなの?まぁ吹き出しちゃうくらいだから雪穂のことが関係してるっていうのは分かっちゃったけどね。」
「絢瀬さんの想像通りだよ。高坂さんが音ノ木坂に行くって言えば俺もそうしたいと思う。UTXに行くならまだしも音ノ木坂は共学になるからね。」
うーん。と考え込む様な顔をしながらも手はしっかりと動いていてケーキを食べ続けている。頬っぺたに付いているチョコクリームが今にも白いTシャツに落ちてしまいそうだったので付いているのが分かるようにジェスチャーをしながらティッシュを一枚渡すとそのまま手を握られてしまい不覚にもドキッとしてしまった。それでも握られた手に少しの痛みを感じると一瞬だけときめいた感情がすぐに無くなり次第に恐怖へと変わっていった。
「えっ。え?ど、どうしたの?っていうか少し痛いんだけど。」
絢瀬さんを見るとニコニコしていて如何にもいい事を思いついたような表情をしているて、半年の間学校だけではなく放課後も共に過ごしてきからはっきりと分かる。こういう表情をしている時は無理難題を押し付けてきたり俺や高坂さんでは思いつかないような事を考えている時の顔だ。
「良い方法を思いついたよ、三嶋君!」
夏休み明けの始業式やホームルームが終わった後、自分から先生に声をかけて志望校の件で話があると伝えた。進路相談室に入ると担任と進路担当の先生がすでに席についていて、二人の手元には俺が希望していた二つの学校のパンフレットや試験内容が記載されているプリントが置いてあった。席に着き一呼吸置いたところで自分の志望校を伝える。
「早速なんですが、先生達の要望通り志望校を決めてきました。……音ノ木坂にします。」
そう告げると先生達が一瞬だけほっとした様に見えた。おそらく、どちらの学校を志望するにしろすぐに対応できる様にと準備をしていてくれたのであろう。もっとも先生達の要望で夏休み中に決めてきてくれとのことだったのでこうやって準備をしてもらうのは当たり前だと言えばそうなのかもしれない。
「そう。夏休み中に決めてきてなんて無理言っちゃってごめんね。でもちゃんと決めてきてくれて助かるわ。ありがとう。」
「どうして音ノ木坂にしようとしたのか教えてもらってもいいかな?まだ廃校の可能性だってあるし、今年が初めての特待試験なのに。」
俺が音ノ木坂を選んだ理由はとてもではないが先生達に伝えることができないので進路担当の先生からの質問にどう答えて良いのか分からなかった。
それでもその【理由】というのが俺の中ではとても大切な事なのだ。
絢瀬さんが見つけた良い方法は俺と絢瀬さんの進学先を音ノ木坂にして高坂さんをこちら側に引き込もうという作戦……らしい。どちらの高校に進学しようか迷っていた俺としては内容はともかく、音ノ木坂に進む良い理由になったし、高坂さんと同じ学校に通えるとしたら音ノ木坂しか可能性が無かったのでちょうど良かった。ただ、俺と絢瀬さんが同じ高校に進学するからといって高坂さんも音ノ木坂に進学するかどうかはまだ分からない。
一通りの話を終え、時計を見ると十二時を少し過ぎたところだった。校内には人影が無かったが上の階からは吹奏楽部の合奏音が聞こえる。雫から聞いた話だと今年のコンクールで全国に行けなかったのが相当悔しかったらしく、代が変わってからはさらに練習量を増やすらしい。ただ、各パートの音の中心を担っていた三年生達が抜けてしまったので合奏しても上手くまとまらなかったり音全体が弱いなどといった問題点が多過ぎて苦労しているそうだ。この間も各パートのパートリーダーと呼ばれる子達が家に集まって話し合いをしていた。雫はリーダーではないがあいつ自身思うことがあってそれを伝えたかったから家に呼んだらしい。そういった姿を見て中学入学と同時に始めた雫と小学生の時から続けている子達との間に壁が無いように見えて安心した。
「三嶋君。今日の放課後って塾とか用事ってあったりする?」
「え?……今日は特に何も無いよ。」
「ちょっと相談したいことあるから時間いいかな?」
全員の二者面談が終わり短縮授業から通常授業に戻ってから一週間が経ちやっと暑さが和らいできた。今日最後の授業が終わり、帰り支度を始めた時に高坂さんから声をかけられた。隣に座っている絢瀬さんは授業が終わる十五分くらい前から力尽きるかの様に顔を伏せて寝てしまっている。いつもなら絢瀬さんを起こしてから話を始めることが多いが今日はその順番が逆で絢瀬さんを起こす前に話しかけてきた。高坂さんから相談されるのは絢瀬さんと絵里さんの件以来。絢瀬さんを起こす前に言ってくるくらいなのだから余程の事なのかもしれない。
高坂さんと話をするためいつもより遠回りをして帰り、公園に立ち寄る。人一人分の隙間を空けて二人で座った。俺は深く腰掛け背もたれに寄りかかっているが高坂さんは足に手を置き下を見つめている。
「決めたんだね。音ノ木坂に。」
「うん。ずっと迷ってたんだけどね。」
「音ノ木坂に進学しようって思った理由って何なの?」
隣から覗き込む様にこちらを向いた高坂さんと目が合う。この質問に対してはっきりと答えていいのかが分からなく、考え込んでしまう。もちろん他の理由もあるが俺は絢瀬さんももちろんだが高坂さんと同じ学校に通いたくて、絢瀬さんは音ノ木坂で高坂さんと一緒にスクールアイドルをやりたい。だから二人で高坂さんを引き込もうという考えで、俺と絢瀬さんが音ノ木坂に進学すれば高坂さんもきっと音ノ木坂を選ぶはず。そう絢瀬さんが言っていたが今のところそんな感じは見受けられない。だからあえて俺と絢瀬さんの企みの件に関しては触れないようにして他の理由を伝えることにした。
「まず第一の候補として考えてたのが進学校っていうのは高坂さんも知ってたよね?」
「うん。何となくの割にはかなりレベルの高い高校を考えてたよね。」
「その高校は遠いけど仕方ないかって思ってた矢先に地元の高校に特進クラスが設立される事になったから、だったら近い方が良いかなっていう単純な理由だよ。」
「そっかー。私は距離の問題とかは無いから気にしたことなかったよ。」
はぁ。と小さな溜め息を吐いた高坂さんは何だか疲れているように見えた。おそらく進路の事でここ最近は考え事ばかりしているのだろう。すると、半歩後ろから聞こえていた地面に革靴が着く時になる乾いた音が聞こえなくなったので高坂さんの足が止まったことに気が付き後ろを振り返ると高坂さんが真剣な眼差しで真っ直ぐこちらを見ていた。
「……三嶋君は私がどっちに進学すればいいと思う?」
「え?」
高坂さんから発せられた言葉を理解するのに少し時間がかかり、あまりにも咄嗟の出来事だったので情けない声も出してしまった。高坂さんは右肩に提げているバックの取っ手の部分を両手で強く握りしめている。思い込みかもしれないが俺が高坂さんを音ノ木坂に誘うのを待っているようにも感じた。もちろんこのタイミングでその言葉が出てくればベストなのかもしれないがその言葉は出てこなかった。
「なーんてね!冗談だよ冗談。自分の問題なのに三嶋君に聞いても仕方ないもんね。」
さっきまでの真剣な顔とは打って変わってケラケラと笑っている。再び歩き始め、横を通る瞬間に「そんな真面目に考えないでよ。」なんて言いながら右腕を軽く叩かれた。その笑顔はとてもぎこちなく、前にも見たことのあるような笑顔。一度だけしか見たことがなかったのとその笑顔を見たときの苦い思い出は今でもはっきりと覚えているので思い出すのに全く時間はかからなかった。
《 亜里沙の………こと好きなの? 》
今日と同じくこの公園で聞かれた言葉が脳裏に浮かぶ。
話の内容に少しの違いはあるがあの時の高坂さんはかなり考え込んでいたしその件で喧嘩もして泣かせたりもしてしまった。今もその時と同じ顔をしているので悩んでいるのに違いない。というか実際にどっちに進学すればいいのかを迷っている。俺に聞いてきたのだって全部が全部冗談だとは思えなかった。さっきは言葉に出来なかったが今なら言えそうな気がする。絢瀬さんと決めた作戦を無視してしまう形にはなるかもしれないが言うなら今しかないと思い、高坂さんの左腕をぐっと掴んだ。
「いたっ!な、なに?急に。」
「…高坂さん。俺は……高坂さんと一緒に音ノ木坂に行きたい。」