「おかえりなさい。今日は少し遅かったのね。」
「ちょっと寄り道してきたんだ。それより、はいこれ。」
「あら、ほむまんじゃない。どうしたの?」
「久しぶりに食べたくなったから買ってきたんだ。」
手に持っていたほむまんを母さんに渡し自分の部屋へと向かう。部屋の電気をつけ鞄を机の上に置き部屋着に着替えた時にふと高坂さんのことを思い出した。学校でしか会わないため当たり前のことだが制服姿の高坂さんしか見た事がない。着替えた後の高坂さんを見て、初めて一人の女の子として意識してしまったのかもしれない。
夕飯を食べるため一階に降りようとすると机の上に置いてある携帯が鳴ったので画面を見るとそこには絢瀬さんの名前が表示されていた。絵里さんの件に関しては明日話すと言っていたので何の用で掛けてきたか検討もつかなかったが無視をするわけにもいかないので通話ボタンを押した。
『あ、もしもし急にごめんね。今って大丈夫だった?』
「平気だよ!今ちょうど帰ってきたところだったし。それよりどうかしたの?」
絢瀬さんの声が明るくなっていて安心した。絵里さんの気分転換になればいいと言っていたが本人にとってもきっと良い時間になったのだろう。
『特に用事があったわけじゃないんだけど、雪穂を置いて帰っちゃったから怒ってなかったかなって思って。』
「あははは。そんなの気にすることないよ。高坂さんがそれくらいで怒っちゃうような人だったら絢瀬さんと仲良くなれてないと思うし。」
『それってどういう意味?』
「え、あ、なんでもないなんでもない。それと、俺も一緒に帰ったから一人で帰ったわけでもないよ。」
『そっか!良かったー。』
神経質になり過ぎな印象を受けたが絢瀬さんにとってはこれが普通のことなのだろう。だが、高坂さんは絶対にそんなことで怒るような人ではないし人一倍気の利く人だ。その相手が絢瀬さんならなおさらだろう。自分よりも絢瀬さんのことを優先し、考えて行動している。実際にそういう様な場面も何度か見てきた。
「俺も話したい事があったし、ちょうど良かったよ。」
『話したい事って?』
「あや…………じゃなくて、そのー、なんだ、そうだ!勉強の事だよ」
『せっかく二人で帰ったのにずいぶんと詰まらなそうな話するんだね。』
ここで正直に絢瀬さんのことで話し合っていたと伝えてしまっても良かったのだろうが絢瀬さんに余計な心配はかけたくなかったため絢瀬さんの嫌いな話題を出して深く聞き込まれない様にした。
「まぁ来年受験だからね。情報交換ってやつだよ。そういえば絢瀬さんの志望校って
『もちろん音ノ木坂だよ!お姉ちゃんの母校になるわけだしμ’sもあるからね!来年絶対に合格してμ’sに入りたいの!』
ある程度の予測はついていたがどうやら本気のようだ。聞くところによると廃校の可能性がある音乃木坂をわざわざ志望する人はかなり少ないらしい。廃校が本決まりしてしまったらどこの高校に行くのかと聞こうとしたが絢瀬さんがそこまで先を考えているようには見えないため口にはしなかった。
「それじゃあ絵里さんにはもう少しだけ頑張ってもらわないとね。」
『そうなの!だから三嶋君も協力してね!じゃあ私は宿題しなきゃいけないから切るね。今日はありがとう!また明日。』
「うん!またね。」
宿題なんて出てないはずだが……
「兄ちゃん。今日高坂さん先輩と一緒に帰ってたよね。付き合ってるの?」
「ぶっ!ゴホゴホ!」
「うわっ汚いわねー。それより高坂さんっていえば穂むらの娘さんよね? ………! あーそういうことね!だから今日ほむまんを買ってきたのね。」
「そうだったの?それはもうそういう事だよね。」
「どうしましょう。今度お店の方にご挨拶行った方がよろしいのかしら。こういうのは早い方がいいだろうし。お父さんの都合も確認しなきゃね。」
今、母さんと一緒に騒いでいるのは 三嶋雫 一つ年下の妹で小学生の頃から吹奏楽をやっていて中学生になった今でも続けている。普段は部活があるため俺が帰る時間と少し誤差があるはずだがテストが近いということで早めに下校していた時に俺らの姿を見つけたらしい。だからといって態々母さんの前で言う必要もないだろう。
「はぁあ。残念ながら二人が思っているような関係ではございませんのでこれ以上騒がないでください。あと雫。学校では余計なこと言うなよな。俺はともかく高坂さんにも迷惑がかかるんだからな。」
「はぁい。あぁあ、つまんないのー。」
なんだか面倒くさいことになりそうだな。とは言っても二人が思っているような関係ではない……ないが俺がこう思っていても高坂さんに迷惑をかけてしまうわけにはいかない。これからは気をつけなくてはならないな。
「「おじゃましまーす」」
「二人ともいらっしゃい。私に協力してもらっちゃってごめんなさいね。どうしても中学生の素直な意見が聞きたくて。」
絢瀬さんのいう協力というのは絢瀬さん自身が何かをしたいというより絵里さんに協力してほしいということだった。来月中学三年生を対象にした学校説明会があるらしく、生徒会長である絵里さんが生徒を代表して挨拶を含め軽い学校紹介をするため当日の準備として挨拶文を実際に聞いて俺らの意見が知りたいそうだ。そのため俺と高坂さんは絢瀬さんの家に来ている。
「わっ!また体重増えた! ……あ、すみません。」
正直言って高坂さんが寝てしまう気持ちが分かってしまうくらいつまらない紹介文だった。テンプレートのように学校の歴史や部活動紹介を述べているだけで学校の良さが全く伝わってこなかった。
「ごめんなさいね、つまらなかったかしら。本番当日までには直すから気になったところがあったら遠慮なく言ってね。」
「いいえ!面白かったです!後半ドンドン引き込まれました。」
…………睡魔に引き込まれたのかな。
俺も正直な感想を伝えていいのだろうか迷ってしまい黙り込んでいると絢瀬さんが口を開いた。
「亜里沙は全然楽しくなかった。お姉ちゃんは廃校を阻止するために生徒をたくさん集めたいから説明会を成功させたいって思ってるんだよね?それなのにこんなことを発表したって雪穂みたいに寝ちゃう人がきっと出てくるよ。これが本当にお姉ちゃんのやりたいこと?」
そこにはいつもとは雰囲気の違った絢瀬さんの姿があった。絵里さんの目を真っ直ぐ見つめ自分の意見を正直にぶつけている。絵里さんは奥歯を噛み締めるように辛そうな表情をしている。
「三嶋君はどう思うの?」
どう思うって聞かれても…………
思わず顔を下げてしまう。
絢瀬さんの意見と同じような事を思った。つまりいい意見ではない。だがここで自分の意見を伝えてしまうと絵里さんが懸命に考えた説明文を全否定してしまうことになる。絵里さん自身が必死に考え時間をかけて作ったもの、という考えが生まれてしまい感想を伝えていいものか迷っていた。
「三嶋君。黙っているってことは亜里沙みたいに良い感想を持っていないってことと同じことだよ?亜里沙言ったよね。協力してほしいって。それに三嶋君だって亜里沙のためならなんでもしてくれるって言ってくれたよね。黙っていることが亜里沙のためになるって考えてるなら今後一切三嶋君には頼らないし相談もしないよ。」
今まで聞いたことのない冷めた声で淡々と話す絢瀬さん。協力すると言った割には曖昧な態度をとっている俺に腹を立てているのだろう。
ーー今後一切、頼らないし相談もしないーー
この言葉が耳に残っている。
俺がはっきりしないせいだ。
絢瀬さんが辛そうに悩んでいる姿が見たくなくて、絢瀬さんのために協力したいと思ったからここに居るのだ。本来の本質をいつの間にか見失ってしまっていた。今は絵里さんの気持ちを考えるのではなく絢瀬さんのために自分の気持ちを伝えなくてはならないのだ。
絢瀬さんが自ら考え、これが絵里さんのためになると思って協力を仰いできたのだとしたらその想いに応えなくてはならない。そう決心して顔を上げ絵里さんの顔を見た。
「正直に伝えます。これは絵里さんのためでもありますが絢瀬さんのためでもあります。」
「率直な意見としては "つまらなかった" の一言です。僕たち中学生が知りたいのは学校の歴史や先生方についてのことではありません。本当に知りたいのは実際に通っている生徒さんが学校のここが魅力的だな、ここをアピールしたいなと思うような事です。そのために生徒を代表として絵里さんが挨拶するのですよね?だったらまずは絵里さんが自分に素直になり話さないと何も伝わらないと思います。亜里沙さんが言ったように絵里さんの本当にやりたい事をやってください。」
「そうでないと僕と高坂さんは亜里沙さんの辛そうにしている顔を見続けなくてはいけないことになります。確かにこれは絵里さんと学校の問題だとは思いますが亜里沙さんにも関係していることを忘れないでください。」
絵里さん。
これはあなた一人の問題ではありません。
あなたには支えてくれる人、姉想いの優しい妹がいることを忘れないでください。