「んーー!明日のライブ楽しみだなぁ!お姉ちゃんが踊ってる姿見るのも久しぶりで楽しみだし何より海未さんのダンスを早く生で見たいなぁ。」
明日は音ノ木坂学院のオープンキャンパスということで隣の席の絢瀬さんは授業どころではないみたいだ。朝からずっと同じことを言っていているので一種の催眠術かのように俺自身も楽しみになってきてしまった。
「亜里沙!本当にうるさいから静かにして。一週間も前からずっと同じこと聞かされてるこっちの身にもなってよね。っていうか三嶋君は隣の席なんだからちゃんと注意して亜里沙にノート書くように言ってよ!」
「おい!高坂!後ろ向いて喋ってないでノートちゃんと書けよー。」
俺と亜里沙さんを注意していたにも関わらず先生に怒られたのは高坂さんだったため俺と絢瀬さん、そして周りの生徒までクスクスと笑ってしまった。高坂さんはすみませんと一言言い終わると俺の方をジッと睨んだ。元はと言えば絢瀬さんが悪いと思う。
あの一件があった後も三人で仲良く話しをしたり高坂さんの家に行ったりしている。気まずくならないといいなって思っていたけれど次の日以降も高坂さんとも普通に話ができているので安心した。変わったことがあるとすれば最近は高坂さんとよく目が合う。それでもお互いがすぐに晒してしまうので見つめ合っているっていう感じではない。
……ないが、高坂さんと目が合うと照れるというか、恥ずかしい。
帰りのホームルームが終わり、帰ろうとすると校門のところで雫を見つけた。どうやら部活は休みらしい。
「あ!お兄ちゃん!待ってたんだ!一緒に帰ろう。」
雫の部活が休みの時はこうして一緒に帰ることがある。シスコンとかブラコンっていうわけではなく昔から仲が良かったため喧嘩なんて最後にしたのか覚えてないくらいしていない。雫のピアノのコンクールや吹奏楽部のコンクールも母さんと毎年行っている。
「高坂先輩、絢瀬先輩。今日は一緒に帰ってもいいですか?」
「もちろん!でも私は家が逆の方向だから今日は一緒に帰れそうにないの。また今度になっちゃうけどごめんね。」
「そうなんですか。残念ですけどしょうがないですね。あ、そうそう!良かったら今度高坂先輩と絢瀬先輩と一緒にお出かけしたいです。」
「いいよ!私も楽しみにしてるね!じゃあまた明日!」
絢瀬さんは今日、明日のライブに向けて頑張っている絵里さんのために夕飯を作ってあげるそうだ。そういうところを見ると仲の良さがよく伝わってくる。
「雫。なんで急に俺たちと帰りたいなんて思ったんだ?せっかくの休みなんだから部活仲間と遊びに行けば良かったじゃないか。」
「うーん。それもそうなんだけど今日はお兄ちゃん達と帰りたいって気分だったの!それに高坂先輩と絢瀬先輩と仲良くなりたかったし。」
こうは言っているものの何かを企んでいるようにしか見えなかった。これは今まで十四年間同じ釜の飯を食ってきた兄としての勘だ。
「そうだったの?嬉しいなー!亜里沙もきっと喜ぶよ。せっかくだし連絡先交換して遊ぶ予定とか早めに決めちゃおうよ。」
「本当ですか?ぜひよろしくお願いします。」
高坂さんと絢瀬さんと妹が仲良くなって遊んでいる光景を想像すると変な感じがするが高坂さん、絢瀬さんにとっては雫が妹。雫にとっては二人が姉の様な関係性になってくれれば俺としてもいいとは思う。ただ、さっきも思った様に悪い予感がしてならない。
「高坂先輩ってお兄ちゃんのことどう思ってるんですか?」
………コイツ、馬鹿か。なぜ今そういうことを聞く。聞くなら俺がいないところで聞け。
……………まぁでも………気にはなるな。
「どどどどうしたの急に!私が三嶋君のことをどう思ってるかってこと?」
「あははは。少しからかっちゃいました。私が知りたいのは先輩達といるときのお兄ちゃんがどんな感じなのかが知りたいんです。」
まだそんなに仲良くないのによくそんなこと言えるな。でもさっきのは本当に気になる。今までも高坂さんは自分のことになると何かと誤魔化して話をそらしたりして聞かせてくれないからな。
「私達といるときの三嶋君かー。特に何かをしてるってわけじゃないけど一緒に話してて楽しいし亜里沙の面倒も見てくれるから助かるってるよ。私一人だとどうしようもない時とかあるしね。私は三嶋君がいると安心する……かな。」
初めて高坂さんの本当の気持ちを聞いた気がする。こんな風に思ってくれていたなんて思いもしなかったし素直に嬉しかった。
「ふーん。何か普通過ぎてつまらないですね。私の知らないお兄ちゃんの一面でもあるのかと思ってたけどそのまんまですね。」
「悪かったなつまらない男で。っていうかそんな一面を知ろうとして何しようとしてたんだよ。」
「お母さんに言いつけてからかってやろうかと思ってた。」
そういうことか。本当にロクなこと考えないな。
「そういえばお兄ちゃん。今日はお母さんが用事あるから夕飯はお兄ちゃんに作ってもらってねって言ってたんだけど聞いてる?」
「いや、今初めて聞いたよ。まぁいいか。じゃあ家にある物で適当に作るよ。」
俺が三者面談の時にもう少し早く教えろって言った割には自分だって言ってないじゃないか。もしかしてこういうところは母さんに似てしまったのかもしれない。それにこの話の流れは嫌な予感がする。
「へぇ意外だなぁ。三嶋君料理できるだ。」
ほら、こうなる。
「春休みにやることないし趣味もないからって言って急に料理やるようになったんですよ。中学生の男の子の趣味が料理って珍しいですよね。しかもそこそこ美味しいし。」
「そうなんだ!いつか食べてみたいな。」
「じゃあ今日の夕飯はウチに来て三人で食べましょうよ!いいよね?お兄ちゃん!」
予想通り過ぎて呆れた。
それにそこそこ美味しいって何で上から目線なんだ。
「うーん。高坂さんがいいなら俺は構わないけどそれなら余り物じゃなくてちゃんと作りたいな。」
「いいの?じゃあお言葉に甘えてお邪魔させてもらおうかな」
家族以外に自分の料理を食べてもらう機会なんて来ないと思っていたしその相手が高坂さんならしっかりとした物を作ってあげたかった。
「じゃあお兄ちゃんと高坂先輩は買い出しね。私は先に帰って少し掃除しておくから。はい。お兄ちゃんこれお金。」
母さんから一応持っておけと言われお金を預かっていたらしい。そのお金を俺に渡すと雫は走って行ってしまった。
「強引に誘っちゃってごめんね。じゃあ行こうか。」
「いいのいいの。それに三嶋君の料理が食べられるの楽しみだし。」
二人でスーパーへ行き高坂さんの苦手な物や好きな物を聞きながら買い物を済ませ家に着いた。母さんが毎日のように掃除をしてくれているので雫がやることは無いような気もしたがお客さんが来るから一応ということなのだろう。
「お邪魔します。三嶋君のお家……大きいね。」
「そんなことないよ。俺は着替えてくるからリビングで待ってて。雫ー!高坂さんに飲み物出してあげて。」
はーい。という雫の返事を聞いて二階にある部屋へ入り着替えを済ませる。リビングへ行くと高坂さんがソファに座りながら部屋中をキョロキョロ見ているが目立って珍しい物があるわけでも無い。
「ねぇ三嶋君。家族の中でピアノを弾く人がいるの?もしかしてお母さんとか?」
高坂さんは部屋の一番奥にあるピアノを指を差しながら聞いてきた。最近は聞いてないが昔は雫がよく弾いていて俺も雫のピアノを聞くのが好きだった。
「昔は雫がよく弾いてたんだよ。小学生になる前からピアノ教室に通ってたし。今は吹奏楽部だけど俺はピアノを続けて欲しかったなって思った時期もあったよ。」
「そうなんだ。聞いてみたいな雫ちゃんのピアノ。」
すると雫は恥ずかしいと言いながらしっかりとピアノの前に腰掛け弾く体勢に入っていた。今でもそれなりに弾けるはずだし久しぶりに聞けるから俺も楽しみだ。高坂さんと一緒にピアノの側まで行き雫の小さな演奏会が始まった。
「ふぅ。まぁ久しぶりだしこんな物かな。どうだった?お二人さん。」
「すごいよ雫ちゃん!私、感動しちゃった。とっても上手だね。」
高坂さんらパチパチと拍手をしながら雫を褒めた。俺も聞き入ってしまい演奏を聴いた後は自然と拍手をしてしまった。雫のピアノには人を引き込む力があると思う。
「どうしてピアノ辞めたんだ?中学に入る少し前から急に弾かなくなったから気になってたんだよな。」
「今だから言えるけど小学生の時に通ってたピアノ教室に二歳年下の桜内梨子っていうか子がいたんだけど私がレッスン中に弾かなかった曲をあっさりと弾かれちゃって……これから先、上の舞台で活躍する人ってこういう人のことなんだって思い知らされちゃってさ。要するに挫折してそのままピアノから離れたって感じだよ。」
自分が思っていたよりも重い回答だった。雫はだって遊び半分でやっていた訳ではない。友達と遊ぶ時間を削ってまで家で練習し、教室にも通っていた。才能の違いと言われてしまえばそれまでかもしれないが人はそう都合のいいようにできていない。ましてや小学生の時にそんな思いをしてしまったらピアノから離れてしまうのも無理もない。
「それでもね、家に一人でいる時はたまに弾いてたりしてたんだよ。なんだかんだ言ってピアノも好きだし音楽も好き。だから今日は二人の前で弾けて嬉しかったし楽しかったよ。ありがとう。」
照れながらもしっかりと俺たちを見て言ってくれた。中学二年生のわりにはしっかりし過ぎていて兄としては複雑な気持ちになった。
「雫ちゃん………抱きしめてもいいかな。」
そう言うと高坂さんは雫の返事も聞かずに抱きしめた。でもどうして急にそんなことしたんだろう。あれか?母性本能とかそう言う感じのことか?雫は雫で困ってはいるが嫌ではなさそうだから放っておくことにした。
そろそろいい時間なので夕飯の準備を始めようと思いキッチンに向かう。二人はというとソファに座りながら話をしていて、今日一日でかなり仲が良くなったように見えるし二人とも楽しそうだ。ここに絢瀬さんが加わればもっと楽しくなるはず。
今日の夕飯はトマトベースのパスタと三色のピーマンを使ったイタリアンサラダ、もう一品としてグラタンを作ることにした。ウチは基本的に和食が多いが自分で作る時くらいは違った物が食べたいと思い母さんに教えてもらった。
「お兄ちゃん今日は何を作ってくれるの?あ!パスタってことは私の大好きなやつだね。雪穂ちゃん!今日のお兄ちゃんの料理食べたらきっと驚くよ。」
「そんなに美味しいんだ。楽しみだなー。」
もう雪穂ちゃんとか呼んじゃってるよ。
……………羨ましい。
羨ましいけど今さら名前で呼ぶなんて恥ずかしくてできない。
「いい匂いしてきたね!お腹すいてきちゃったよ。」
「あれ?雫は?」
「あ、なんか電話があったみたいだよ。友達にマンガを貸すらしくてちょっと外に行ってくるって言って出て行っちゃったよ」
高坂さんはほぼ完成している料理を食べたそうに見ている。俺の手元を見ようとして肩がぶつかる程度の距離まで近づいているため少しだけドキドキするし、何故か手が小刻みに震えてしまっている。緊張してしまっているのだろうか。
食事中は高坂さんと雫が話している内容を聞きながら食べ、二人は美味しい美味しいと言ってくれたので嬉しかった。食後は雫が先ほど外出した時にした買ってきてくれたアイスを食べた。
「じゃあ俺は洗い物しちゃうから高坂さんは雫の相手でもしてあげてよ」
「洗い物くらいやらせてよ!ご馳走してくれたお礼がしたいし。雫ちゃん。一緒に………って寝ちゃってるし。」
雫はソファに横になってスースーと寝息をたてながら寝てしまっていた。夏にあるコンクールに向けて最近の練習がキツイと言っていたし、先輩達の足を引っ張らないようにしようとしていてプレッシャーもかかっているはずだ。コンクールメンバーに選ばれた時も喜びよりも恐怖心の方が大きいとも言っていた。
そんな大事な時期なのに風邪でも引いたらそれこそ迷惑になってしまうと思い、雫に薄いタオルケットをかけて高坂さんのいる台所へと向かった。
「三嶋君と雫ちゃん、本当に仲良しだね。まぁあんなに可愛い妹のことを嫌いになる方が無理だよね。ケンカとか言い合いも全くしなそうだもんね。」
「うーん。最後にケンカしたのを覚えてないくらいだから仲は良いと思うけど高坂さんはどうなの?」
「私の場合はお姉ちゃんがだらしないから私が一方的に言うだけだからケンカはしないかな。それにしても家ではあんなにダラダラしてるのによくμ’sのリーダーが務まってるなって感じだよ。まぁ海未ちゃんとことりちゃんが居てくれるから心配はしてないけどね。」
呆れたように言ってはいるが表情はとても柔らかいので説得力があまり無い気がするし照れ隠しをしているつもりなのだろう。
「じゃあ私はそろそろ帰ろうかな。今日はありがとね!雫ちゃんのピアノも聴けたし美味しい料理も食べられたからぐっすり寝れそうだよ。」
洗い物が終わり一息ついたところで高坂さんが立ち上がった。時間は20時を過ぎているため家まで一緒に行くことにした。
「別に送ってくれなくても良かったのに。今日は数学の宿題も出されたし往復してる時間がもったいないよ?」
「あぁあれは他の授業中に終わらせておいたから平気だよ。」
「……相変わらずだね。そうだ!亜里沙だけじゃなくて私にも勉強教えてよ。全部ってわけにもいかないだろうから苦手な教科だけ教えて欲しい。」
高坂さんだって勉強ができないわけではないし学年での順位も上位の方だからそこまでする必要はないとは思う。ただ成績がいいに越したことはないからっという考えなのだろうか。高坂さんこそ相変わらず真面目だな。
「高坂さんなら理解するのも早いだろうから教えるのが楽そうだね。」
「それって亜里沙のことバカにしてる感じに聞こえるけど。」
「そんなつもりないよ!ただ、絢瀬さんはいきなり中学生の内容を勉強しちゃってるから基礎があまり身に付いてないから少し大変だなって。もちろん向こうの国でも勉強はしていただろうけど……知らない日本語とか出て来ちゃうとサッパリみたいだからさ。」
少しニヤつきながら言っているのでからかわれているのは分かってはいたが後から絢瀬さんに言いつけられても困るので、それらしいフォローはしておいた。
「うーん。まぁ確かに知らない国に来て急に受験っていうのも大変だよね。亜里沙からはそんな素振り全然見えないけど。でも私と三嶋君が側にいて助けてあげればなんとかなる気がするな。」
私 "と" って言ってくれたことが嬉しかった。去年の今頃は用件があれば話すという程度の関係だったのに今ではこうして話したり遊んだりできているのが不思議なくらいだ。おかげで毎日が楽しくて仕方ない。
この二人がいるのなら音ノ木坂に進学するのも悪くない………かな。
「おかえりお兄ちゃん!私に感謝してよね。雪穂ちゃんと二人きりになれたんだからさ。それに見てよこれ!カップルみたいで微笑ましかったよ。」
家に帰ると雫が携帯を見せてきた。画面には洗い物をしている最中の俺と高坂さんの写真が写っていた。それも一枚だけではない。他にも買い物中や料理中の写真まである。つまり先に帰ると言っていたのも先ほど寝ているように見せかけたのも全て雫の演技でありその目的はこれらの写真をとるためだった。本当の悪い予感とはこれのことだったのか。
「おい、雫!なんだよこれ今すぐ消せ!」
「ふーん。せっかく二人きりの写真なのに消しちゃってもいいのかな?こんな機会滅多にないと私は思うんだけどなー。そ!れ!に!この写真、欲しいって思わなかった?」
「うっ…………確かに………欲しい…です。でも誰にも言うなよ!絶対だからな!」
その日の夜は早目にベットへと入った。何度も何度も高坂さんとの写真を見て今日の事を思い返す。雫に感謝しなきゃな。