須賀京太郎の90余日   作:Sky0011

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訪問者は唐突に ~まず来客自体が珍しい~

 

 

インターハイの激戦を終え、夏の終わりも見え始めるある日。

休日午前にあった麻雀部の練習から帰る道すがら、須賀京太郎はふと、大会直後の熱を思い返していた。

 

 

「改めてスゲェよな、咲達は……」

 

自らも同行して間近に見た全国レベルの戦い。

数々の死闘を潜り抜け、見事に全国制覇の目標を達成してみせた清澄麻雀部。

その中心には、何をやらせてもダメだと思っていた幼馴染の姿もあった。

 

 

「今度からは、迂闊に近寄れねぇかもしれんなぁ」

 

今や清澄麻雀部女子は、全校どころか県内あげての英雄扱いだ。

 

部長の竹井久は三年という事もあり、実業団のスカウトらと話している姿を見かける事がある。

 

その部長を支え続けた染谷まこは、実家の雀荘が大盛況で手が足りないと嬉しそうにぼやいていた。

 

先鋒で印象深かった片岡優希が「力の秘訣はタコス力だじぇ!」などと全国放送で宣ったばかりに、未だ日本でも数少ないタコスのチェーン店が長野県への進出を決定したという。

 

原村和は最早アイドル的な存在として認知され、連日彼女目当てで入部しようとする不届きものに対する門番となってしまっているのが少々不憫だが、何故か彼女の表情は全国優勝からむこう、安堵のそれに満ちている。

 

そして宮永咲は、数々の戦いで得た人々との繋がり、そして実の姉との和解に至った事で精神的な余裕が出来たのか、一時期より感情表現が豊かになったと思う。

 

 

多くの変化が訪れ、前より活動的になったと思える麻雀部の仲間を尻目に、京太郎は少し蚊帳の外にいる状態であった。

 

もっとも、彼自身それに関して思うところはさほど無い。

彼女らが成し得た偉業は、偏に彼女ら自身の不断の努力と研鑽あってこそのものであり、そこに及ばざる自分が彼女らと距離を取るのは当然の事であると、京太郎は認識する。

 

とはいえ完全に割り切れないのも事実であり、一抹の寂しさも覚える。

 

多忙の竹井久が自分に雑務を色々と振ってくれる事が、ある種心の支えになっている部分がある程度には。

 

 

 

 

――――――――

 

 

 

 

「ただいまー」

 

帰宅した京太郎は習慣で声を掛けるが、いつも反応は無い。

父親は休みのこの日にも仕事に出ており、母親も平日に手の回らない部分の家事に忙しいからだ。

 

このまま部屋に戻り一度着替え、ペットのカピバラの世話をした後に家事を手伝う。

休日の変わらぬ家での日常がそこにある

 

 

「おかえり京太郎。アンタにお客様がみえてるわよ?」

 

筈だった。

 

母親の出迎えがあったことにまず驚いたが、「友人」ではなく「客」という様な人物が自分を訪ねて来ているというのがそれ以上の驚きだった。

 

 

「は? 客って誰?」

 

「知らないわよ。 外国人の女の人……学校の先生みたいだけど、アンタの学校にそんな先生居た?」

 

「いや知らねぇ。 居なかったと思うけど……」

 

学校にたまにいるという外国人教師の事は知っているが、清澄に居た記憶はない。

だとすれば他校の教員か、あるいは母親の思い違いか……教員に家庭訪問されるような事をしでかした覚えは無いが、何れにせよ会って話さないことには始まらない。

 

 

手早く着替え、真っ直ぐに向かったリビングで、件の客人はソファーに座って待っていた。

短く切り揃えられた銀の髪に凛々しい目線、スーツ姿が恐ろしく似合う端整な外国人の女性。

何か命じられれば、二の句も無くYESと答えてしまいそうな雰囲気すらあった。

 

 

「こんにちは……あー、えっと……」

 

「身構えなくていい、日本語も充分理解出来る。 まずは座ろう、話がしたい。」

 

客人は京太郎が現れると立ち上がり、咄嗟に日本語で挨拶し通じたかどうか迷う彼の姿に先んじて答え、小さなテーブルを挟んで向かい側にあるソファーへ座るよう促してきた。

 

 

「あ、はい、すいません……あの、どちら様でしたっけ……?」

 

「すまない、挨拶が遅れたね。 私はアレクサンドラ・ヴィントハイム……臨海女子麻雀部の監督と言えば、多少は思い当たるフシがあると思うが?」

 

「臨海女子!?」

 

その名を聞いて、京太郎は直ぐに思い当たった。

忘れる筈も無い、インターハイ準決勝と決勝にて、清澄を大いに苦しめた東京の強豪校の名だ。

 

海外から強い選手を選りすぐって組まれたチームは、全国の舞台でも圧倒的な強さを見せつけた。

そんなところの監督が自分を訪ねてくる理由など多くはない。

 

その一つに思い至ったとき、京太郎はすぐさまその答えを口にした。

 

 

「……咲たちについてなら、諦めて貰えませんか? 俺が言うのも間違いかもしれないっすけど、アイツら今の環境ですっげぇ楽しそうなんです。」

 

恐らくは、臨海女子の選りすぐった留学生チームを打ち破り全国優勝を果たした清澄の部員に、スカウトのターゲットを向けたという事。

自分はその交渉が阻害されない様にするための、外堀埋めの一因とでも思われたのだろう。であれば答えは決まっている。

その意図に協力は出来ないという意思表示をする事、それこそが京太郎の揺るがぬ意思である。

 

 

「ふむ、察しは悪くないが早計だな君は。 確かに、清澄のカタオカやミヤナガをウチに欲しいと思うのは正直な所だが、今日私がここに来たのはそういう話ではない。」

 

京太郎の言葉を聞いたアレクサンドラは、表情を崩す事なく言葉を返した。

予測と大きく食い違う内容の返答に、京太郎は更なる混乱に陥った。

 

 

「えっ……? あの、じゃあ、何をしに来たんです?」

 

「そうだな、単刀直入に話そう。 スガキョウタロウ、臨海に来る気はないか?」

 

 

「…………」

 

 

 

 

沈黙。

 

京太郎は完全に言葉を失っていた。

 

今、何と言ったこの人は?

臨海に行く? 自分が?

女子高に? 男の自分が?

 

確かに最近、服装によって至極希に、女性に見間違われる事がある。

以前部内で罰ゲームと称し、部長に遊び抜きの本気で女装させられた時などは、友人の片岡優希は言葉を失っていた。

幼馴染の宮永咲は「京ちゃんすごい! 可愛くなったね?」などとほざいた罪により、その場でグリグリの刑に処してやった。

 

あぁ、そうか

 

 

「あの、お疲れですか、監督さん……? あ、ウチのカピバラ見ます? アニマルセラピーってやつで落ち着いたらきっと」

 

「何の間違いでも無いし、私は疲れてもいない。 君に言ってるんだよ、清澄高校麻雀部の、男子部員の、スガキョウタロウに。」

 

失礼ながら、ほんの僅かに哀れみを込めて返した京太郎の言葉はあっさりと切り捨てられた。

何の間違いでもなく、本気で自分の事をスカウトしに来たのだという。

 

 

「何も臨海女子に編入しろという話ではない。 ウチに外部スタッフとして来てみないか、という話だよ。」

 

「は、はぁ……」

 

「加えて言えば、永続という事でもない。 期間は約90日で、それが終われば君はまた清澄の生徒だ。」

 

「つまり……短期のアルバイト的な?」

 

「有り体に言えばそうだね。」

 

つまり、生徒としてではなく何らかの人手として呼ばれるという事。

事ここに至り、京太郎の混乱は頂点を極めた。

 

 

「それなら地元から選べば良いんじゃあ……」

 

「そうしたいんだけどね、適性のある人間がいないんだよ。 君は、今回の事に適性アリと認められたんだ。」

 

「……何をさせられるか聞いても?」

 

「同意を得られるまでは話せない……見くびられる前に言っておくけど、君を通じて清澄の情報を得ようとか、スカウトのパイプ役になって貰おうという意思は一切無い。 それこそ、そういうのは我々の方で直に行うよ。」

 

先程抱かれた疑念があってか、京太郎を間者として使う意思がない事をアレクサンドラは先んじて伝える。

京太郎も、こちらの疑念を解消しにかかる以上、相手が基本的には話に乗ってくる事を望んでいるというのは理解できた。

 

 

「学習は当然受けられるし、スタッフとしての給与も多少だが出る事になっている。 加えてスタッフとして真面目に従事すれば、その記録が君の内申評価や進路にも良い影響を与える事は間違い無い……君自身、悪くないメリットがある話だと思うよ。」

 

立て続けに提案される条件は、確かに京太郎にとっても魅力的なものだった。

勉強が遅れない事や給与もあるというのもそうだが、何より内申や進路に関してのメリットは大きいだろう。

後は、期間中自分が居なくなる事の影響だったが……

 

 

(学校や部活には、俺がいない事で出る影響なんてものは無い)

 

(向こうの言葉を鵜呑みにする訳じゃないけど、確かに俺から得られる情報なんて欠片もないだろうし、逆に臨海の情報を得るチャンスかも知れない)

 

(カピーの世話をおふくろにさせるのは申し訳ないな……)

 

幾分かの逡巡を経て、京太郎は口を開いた。

 

 

「……このお話、応えはいつまでに出せばいいですか?」

 

「出来れば早い内、二、三日の間に出して貰えると有難い。 手続きや調整の諸々を考えるとね。」

 

「でしたら……俺個人としては、受けようと思います。」

 

その答えを聞き、アレクサンドラは表情を緩ませる。

 

 

「そうか、では親御さんに相談してみるといい。 私も、君を受け入れる前提で調整を進めていこう。」

 

「分かりました、今おふくろに話してきます。」

 

そう言って京太郎はソファーから立ち上がり、キッチンで聞き耳を立てていたであろう母親に直接話をしに行く。

アレクサンドラもまた、携帯や持ち寄った資料を広げ、手早く諸々の手続きの準備を進めていった。

 

 

 

――――――――

 

 

 

かくして、小さな変化が一つ訪れる。

 

不安と期待を胸に、見ず知らずの場所で、自分に与えられる何らかの仕事。

 

 

 

「東京か……受けちまったんだ、悩んでも仕方ねえか。」

 

アレクサンドラが帰った夜に、京太郎は自室で一人腹をくくる。

 

数日後、須賀京太郎は一時、その居を移す事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――

 

 

 

翌日・臨海女子麻雀部部室

 

 

「遅かったね監督?」

 

いつも通り部室に顔を出したアレクサンドラは、部室にいた留学生、ネリー・ヴィルサラーゼから声をかけられた。

 

 

「遅い? いつも通りの時間の筈だけど?」

 

「そうじゃなくて、昨日のことだよ。」

 

「昨日?」

 

何を言われているのか良くわからないといった風のアレクサンドラを見かねてか、三年のメガン・ダヴァンが口を挟む。

 

 

「監督が昨日、夕方くらいには戻れるだろうと言っていたノニ、夜になっても戻らなかった事でスヨ。」

 

「あぁ、そういうこと……色々とあったんだよ。 先方の学校にも色々と調整をしないといけない事があったしね?」

 

「ですが確か、先方を休日に訪ねる可能性があるから、凡その手続きは済ませてあると仰っていた様な……?」

 

曖昧に答える監督に対し、雀明華も続けて会話に混ざってくる。

たかが帰りが遅れたくらいでこうまで詰問されなければいけないのかと、アレクサンドラが適当に話を切り上げようとした矢先に、助け舟は出された。

 

 

「そこまでにしておけ。 監督には責任者として色々とやる事があるんだ、学生でしかない私達には分からない事がな? さぁ休憩は終わりだ、再開するぞ?」

 

部長であり三年の辻垣内智葉が声を上げ、全員の意識を雀卓の方へと引き戻させる。

彼女の目線が「大丈夫です、理解しています」と告げている。

 

それを受け、アレクサンドラは軽く手を挙げて応えると共に、心の中で謝罪した。

 

 

(苦労をかけてすまないね、サトハ……)

 

 

 

 

カピバラと戯れて電車を2本も逃したなど、口が裂けても言い出せなかった……

 

 

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