須賀京太郎の90余日   作:Sky0011

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到達、新天地  ~ここより変わるか、変わらずか~

 

 

「ようやく着いたぁ……そして暑ぃ……!」

 

夏本番の8月もそろそろ終わろうというこの時期にも、快晴の陽は衰える事なく街に射している。

故郷の長野から新幹線で移動する事およそ2時間、須賀京太郎は東京へとやって来た。

 

 

数日前、唐突に自宅を訪ねてきた女性、アレクサンドラ・ヴィントハイム。

彼女が言う“仕事”を請け負う事に決めた京太郎は、仕事場となる臨海女子高等学校へ向かうため、荷物と共に新幹線を降りて駅を後にする。

 

つい2週間ほど前に味わった東京のうだる様な暑さは全く変わっておらず、額に汗を流しながら歩き出す。

事前の連絡通りであれば、少し歩いた先の駐車場に、目的地へ移動するための車が来ているという話であった。

 

 

「あー……どんな車かくらい聞いときべきだったぜ……」

 

そうしてたどり着いた広い駐車場には、当たり前だが幾つもの車があった。

 

目的の車は一体どれであろうかと、京太郎はあたりを見回し漠然と歩き出す。

自分一人を乗せるのであれば、普通のセダンタイプでも充分だろう。 となれば残念な事に、この駐車場に停めてあるほぼ全ての車両が候補に挙がる。

 

この暑い中で延々探すのも億劫なものであり、恥を忍んで連絡先として貰っていたアレクサンドラの携帯へ電話を繋ごうとしたところ

 

 

「時間通りだね。 迷わないようインハイの会場ルートにした甲斐があった。」

 

「うわぁあっ!? あ、アレクサンドラ監督!?」

 

背後から急に声をかけられた。

 

電話を掛けようとした途端に、当の本人から声をかけられた事もあり、京太郎は素っ頓狂な声を上げて振り返った。

 

 

「驚き過ぎだ。 私の方が心臓に悪いよ……荷物はそれで全てか?」

 

「あぁ、はい。 残りは後で郵送する予定です。」

 

「結構、では車に積んでしまおう。」

 

見ると、車はすぐそばに止めてあるものだった。

持ってきたドラムタイプのスポーツバッグと幾つかの手荷物を車の後部に積み入れ、京太郎は助手席に乗り込む。

 

 

「すみません、よろしくお願いします。」

 

「あぁ。 新幹線から立て続けの移動で悪いけど、また少し長くなるよ。」

 

「いえいえ、全然大丈夫っす!」

 

そう言って、京太郎は健常をアピールする。

事前に臨海女子のことについて調べていた事もあり、車の移動でもある程度時間がかかる事は予測していた。

 

 

 

ちなみにそうして調べた結果、京太郎は臨海女子について誤解していた事に気付いた。

 

それは、臨海女子にはほとんど留学生が居ないという事。

調べるまで京太郎はてっきり、臨海女子は多くの留学生がいる国際色豊かな学校であると思い込んでいた。

 

しかし実際には、留学生は麻雀部レギュラーの4人くらいのものだという。

日常会話の英語も怪しい京太郎は戦々恐々としていたが、それを知って胸をなでおろしたのだ。

 

また、臨海女子麻雀部は留学生とは別に、日本人の部員も数多く所属しているという事もそうだ。

今年のインハイは先鋒に日本人のオーダーが必須のレギュレーションであった為、団体レギュラー争いはさぞ熾烈を極めたであろうと想像した。

その点については、部員ギリギリの清澄には無い環境だと言える。

 

 

(来年はどうなるか分かんねぇけどなぁ)

 

とはいえ、今年のインハイで見事に団体優勝を果たした清澄麻雀部には、既に中途の入部希望者がちらほら出始めている。

来年以降は新入生の入部も大いに期待でき、清澄の中でもレギュラー争いが起こる事は間違いないだろう。

 

 

(つっても咲達がそう簡単に抜かされるとは思えねぇけど……寧ろ自分の心配か)

 

和目当てが見え見えな連中も含め、男子の入部希望者も少なくない。

来年には男子個人、団体共にエントリーする事も充分ありうるだろうが、果たしてそこで自分が席を確保出来るだろうか?

 

麻雀の経験が多分にある新入生なども当然いるであろう。 京太郎は何とも言えない面持ちになるも

 

 

(まぁ、オレが出てまた清澄の名前に泥を塗るよりは、そういう強い奴が出るのが良いんだろうな)

 

自らの県大会での醜態を思い返して苦笑い浮かべ、そこで思案を一時中断する。

ふと窓の外に目を向けると、車が高速の入口に差し掛かっているのが見えた。

 

 

「あ、高速で行くんですか?」

 

「下道では流石に時間がかかり過ぎるからね。 君も少しでも早く着いておきたいだろう?」

 

問われた所で、元より同乗者でしかなく土地勘も無い京太郎にルート選択の権利は無い。

それに早く着いた方が色々と身辺整理も可能であり、高速利用に関して言う事はない。

この地を走り慣れたドライバーに任せて、自分は口を出さずにいようと京太郎は決め込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

京太郎は知らない。 首都圏高速自動車道の修羅の如き交通事情を。

 

 

京太郎は知らない。 ハンドルを握るアレクサンドラの生まれ故郷に何があるのかを。

 

 

京太郎は知らない。 自分の乗っている車が、ドイツが生んだ最高級のモンスターマシン、BMW・M5であるという事を。

 

 

 

 

 

 

 

 

人生で始めて、声さえ出ない恐怖というものを味わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――

 

 

 

 

 

「着いたよ。 ここが今日から君の宿舎に……どうした?」

 

「は、はははは……生きてる……オレ、生きてる……」

 

アレクサンドラが車を走らせる事約一時間、京太郎は今後住まう事になる宿舎へと到着した。

震える脚で車から降り、荷台から荷物を取った京太郎は、今自分が生きている事を神に感謝しつつ、アレクサンドラの案内で部屋へと向かった。

 

 

「おぉっ……!? 随分広いっすね?」

 

「元々、外部から雇用した期間スタッフを住まわせる為の部屋でね? ある程度の居住性を確保しているんだよ。 少なくとも、生徒の寮よりは充実しているね。」

 

部屋に通された京太郎は、思いの外に整備された一室に驚きを隠せなかった。

 

テレビや冷蔵庫、洗濯機等の生活家電は揃っている。

加えて、やたら外付けアクセサリの付いたデスクトップパソコンが一台。

 

アレクサンドラはある程度などと言ったが、はっきり言って充分である。

寝床と洗面台がある位の一室を想像していた京太郎は思い切り面食らう形になった。

 

 

「ドアの前にいるから、荷物を降ろして支度が出来たら言ってくれ。 君の職場に案内しよう。」

 

「分かりました、すぐに済ませますんで。」

 

そう言って、アレクサンドラは部屋から出た。

京太郎も降ろした荷物を部屋の脇に寄せ、手早く着替えを済ませると部屋を後にした。

 

 

「私服で構わないと言ったじゃないか。」

 

「そうなんですけど、これから学校に入るのに私服っていうのも何だか……」

 

「そうか、まぁ別に構わないよ。 その格好なら別にどうという事もないだろう。」

 

部屋を出た京太郎の姿は、ワイシャツに黒ズボン。 清澄男子の夏服姿であった。

 

言葉通り、京太郎はアレクサンドラには服装の自由を言い渡されていたものの、仕事を、しかも学校でするというのに私服姿というのも気が引けたのだ。

これから向かう先が女子高という事もあり、男であるという以上の悪目立ちを避けたいというのもあったが。

 

 

「詳しい話は着いてからするけど、君に頼みたい仕事というのは、簡潔に言えば麻雀部のマネージャーだ。」

 

「あ、やっぱり……」

 

「予感はあった?」

 

「あ、いえいえ、そういうんじゃなくてですね……まぁ気にしないでください。」

 

宿舎の廊下を歩きながら、アレクサンドラは京太郎へと声をかける。

一方の京太郎は、その話を聞いてつい口をついて出てしまった。

 

 

(ほんの少し、もしかして、ひょっとしてとか思って部分はあったけど……ホント、結局どこいっても同じか……)

 

清澄にいた時から変わらない事。

環境が変化しても、求められる事は変わらない。

そう思い、僅かな落胆とともについ口を滑らせてしまったのだ。

 

 

(まぁ、それでも気は休まらねぇかなぁ……臨海女子麻雀部って、清澄の比じゃねぇ部員数みたいだし)

 

自分を含めず5人、団体メンバーを組むのがギリギリという清澄と異なり、地元の強者が多数ひしめくのが臨海女子だ。

 

華と言える団体が留学生中心で組まれる事を加味しても、個人の枠で臨海の看板を背負おうという人は数多い。

 

地元で以前行われた四校合同合宿。 京太郎自身は参加しなかったものであるが、あれ以上の人数がいる中で男手一つ雑用係というのは、色々ときめく以上に不安が大きかった。

 

 

「気負う必要はないよ。 何も全部が全部君一人にという話でもないしね……さて、あそこに見えるのが本校舎だ。 部室まではぐれずについて来て。」

 

「お、おっす……!」

 

宿舎を出て10分とかからない距離に、それはあった。

 

先を歩くアレクサンドラが指差す方角に見える、臨海女子の本校舎。

綺麗に整備され、どことなく違う他校の匂いというもの感じつつ、足を踏み入れた京太郎はアレクサンドラについて行く。

 

すれ違う生徒からの奇異の目線に耐えつつ、まるで上等な部室棟かとも見間違う、室内系の部室が並ぶ一角にたどり着く。

同じ麻雀部でも、旧校舎の屋根裏を間借りしている様な清澄のそれとは設備や待遇からして違うのだと実感させられた。

 

その中から麻雀部のプレートを目にした瞬間、京太郎は大きく息を吸い込み気を引き締める。

 

中からは大勢の声が聞こえてくる。

牌を打つタンッタンッという音、崩した山を自動卓に入れるジャラジャラという音、それらも一体となって聞こえてくる。

 

いよいよだ。

これから約三ヶ月、働く事になるであろう部室の前に到達し

 

 

 

「……あ、あれ?」

 

アレクサンドラは部室を一瞥する事もなく、その前を通り過ぎた。

 

 

「あ、あの、監督?」

 

「ん? ……あぁすまない、そこじゃないんだよ。 もう少しついて来て。」

 

思わず声をかけた京太郎に気付き、足を止めて振り返ったアレクサンドラは、そう言って再び歩き出した。

 

 

(麻雀部じゃない……? じゃあ、オレは一体どこに連れて行かれるんだ……?)

 

麻雀部のマネージャーをするという話はなんだったのか。

そう困惑する京太郎を尻目に、先を行くアレクサンドラは淀みなく歩みを続ける。

 

暫しの沈黙の後、京太郎の目に見えて来たのは再び麻雀部のプレートが掲げられた一室。 ただし、先程の物とは毛色が違っていた。

 

 

(……英語表記?)

 

プレートに書かれた「麻雀部」に並列して表記された「Mah‐jongg Club」の文字。

もし臨海女子麻雀部の事を事前に知らなければ、何事かと思った事だろう。

 

しかし、京太郎は事前に調べてきてしまっている。

それが示す意味に、自然と思い当たってしまう。

 

 

(おいおいまさかっ……!?)

 

「さぁ着いた、ここだよ。」

 

アレクサンドラが部室の扉に手をかけて開く。

 

その先にあったのは、清澄のそれと然程変わらない程度の一室。

 

 

「ん? 監督が戻ったか。」

 

「という事は、そっちが例の人ですか。」

 

「あら、私達と同じ……ではないみたいですね?」

 

「遠路遥々、よくお越しくださッテ」

 

「ふーん、そいつがそうなんだ?」

 

 

中にいたのは、国籍の異なる5人の少女。

 

 

「ここが君の職場だ…… ようこそ、臨海女子麻雀部へ。」

 

 

 

全国の舞台で見た、あの強豪の姿がそこにあった。

 

 

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