須賀京太郎の90余日   作:Sky0011

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歩き出してみよう  ~信じる気持ちを持って~

 

「こいつはここで良いし、後はお湯の取替えと……」

 

臨海女子麻雀部に雇われ始めて、はや一週間。

京太郎は日課となった、部活開始前の部室整理を行っていたのだが……

 

 

(俺の出番あったのかなぁコレさ……)

 

京太郎はもうじき自分の仕事が無くなるのではないかと危惧していた。

 

 

そもそも、清澄と違って臨海女子麻雀部には顧問(監督)がいるので、大まかな備品の管理や申請はそちらで行われている。

 

また部員が圧倒的に多いとは言え、京太郎が請け負っているのは留学生中心の団体レギュラー側のみである。

 

そして留学生の彼女達はといえば、海を渡り単身日本へ麻雀をしに来ているだけの事はあり、自分の面倒は概ね自分で見ている。

 

こちらから何か無いかと聞いても、特には無いという感じであり……また彼女達からこちらに用事を振ってくることも殆ど無い。

そこもまた、清澄とは随分違っていた。

 

加えて部室も充分に整頓されていたので、この一週間で部室に関わる雑務は失われつつあったのだ。

 

残った仕事はケトルのお湯を入れ替えたり、購入してきた麻雀関係の本を整理する程度の瑣末事。

追加で仕事を入れられない限り、後は練習後に部室の整理整頓をして日常業務はほぼ終了であった。

 

 

「これで部室はよしっと、後は……」

 

時計を見れば、もうすぐ部室に皆が集まり出す頃だった。

そうして部活が始まれば、最も厳しい仕事が待っている。

 

臨海女子団体メンバーとの対局。

 

よく「強い相手との対局はタメになる」などと言うが、物事には限度というものがある。

全国クラスどころか世界クラスの腕前を持つ全員が、真剣そのもので攻めてくるのだ。

学ぶより前に朽ち果てる。

 

実際、昨日まで行われた対局全て、京太郎が半荘最後まで箱割れしなかった事など一度も無かったのだから。

 

 

「今思うと、アイツら気を使ってくれてたのか……」

 

そして、清澄で卓を囲んだ時の仲間たちの様子を思い出す。

 

本人達は手加減してるつもりはないのだろう。

けれどそれは、「須賀京太郎を含んだ卓上で出すレベルの本気」……言ってしまえば“集中して遊んでる”程度のものだ。

 

仲間内だからというのもあるかも知れないけれど……同じ部で、同じ競技をやっていながら、対戦相手に気を使われる。

そう考えると何ともいたたまれない気分になり、胸のあたりがもやもやする。

暗くなりそうな思考を振り払おうとしたその時、部室のドアが音を立てた。

 

 

「こんにちは……やはりスガさん一人ですか。」

 

「おっ、ハオさんお疲れ様です。」

 

最初に部室に顔を出したのは、中国は香港からの留学生、郝 慧宇(ハオ ホェイユー)その人だった。

学生服姿にも見慣れたものであるが、一様に慣れないのは彼女からの「スガさん」呼びである。

 

元々、京太郎は同級生や親しい友人には基本的に呼び捨てにさせている。

同じ部の原村和を始めとする一部は「須賀君」と呼ぶ事もあるが、流石にさん付けされるというのはムズ痒い。

 

 

(距離置かれてんだろうなぁやっぱ……)

 

しかし当然、京太郎は臨海の面々にとって本来は部外者である。

付き合いに距離を保たれるのは当たり前であり、致し方ない部分があるのだ。

 

一方の京太郎もそういう部分に加え、ハオの不思議と年上の様に感じる雰囲気もあり、ついつい敬語で話してしまうのだが……などと考えながらも一度思考を中断し、まず気がかりを聞く事にした。

 

 

「やはりって、何かあったんですか?」

 

「今日、サトハと監督が所用で遅れるそうで……メガンは私用があって、部を休むそうですよ。」

 

「そうだったんですか、それで……」

 

つまり、今日は少し始まりが遅れそうという事だった。

取り敢えず京太郎は自動卓の電源を入れ、他の部員が集まるのを待つ事にした。

 

 

 

 

――――――――

 

 

 

 

 

「……今日もズタズタだったなぁ……」

 

練習後、全員が部室を後にしたタイミングで、京太郎は一日の後片付けを始める。

 

とはいえやる事は然程多くはなく、部屋の掃除や牌の片付け、自動卓の確認等ごく些細な事であった。

 

それでも疲れを感じるのは、やはり練習中に行われる対局が要因であろう。

 

少しでも麻雀にしようという京太郎の思いや努力も虚しく、今日もまた幾度も箱割れの憂き目にあわされた。

和了られ、点棒を支払う際のドッと来る疲労感は何とも言い難いものがあるのだ。

 

一通り片付けを終えて帰る前に、京太郎は一息付こうと部室のソファーに腰を下ろす。

目の前に広がる、整頓された部室……ソファーの前に置かれた、磨き抜いたテーブルが良いアクセントになっていていい。

 

柔らかく沈む感触に、身体を預けて脱力しながら大きく息を吐き出した。

 

 

「はぁぁ……せめて箱割れだけでも回避したいよなぁ……」

 

「そうですね……あれだけやられて、逃げ出さないのは良いと思いますが……」

 

「ですよね……せめて半荘最後まで打てる様に……んん?」

 

「それだけでも大したものでしょう。 臨海の一般部員でも、あの状況で最後まで打てる者は殆どいないでしょうし。」

 

「……うおぁっ!? は、ハオさん!?」

 

いつの間にか部室にはもう一人。 制服姿のハオがいた。

全く気が付かなかった事もあり、飛び上がって驚く京太郎……慌てふためく姿を見せたバツの悪さを隠そうと、一度自分を落ち着かせてから声をかけた。

 

 

「……な、何してるんですか?」

 

「少し用があったもので……整理したばかりのところ申し訳ありませんが、少し流しの方を借りますね。」

 

「別に良いっすけど……」

 

そう言って、部室にある流しの方へ向かったハオは、茶器棚から急須とお椀を取り出し、お茶の用意をし始めた。

 

 

(アレは……)

 

京太郎の目に映ったのは、茶器棚の中にあった少し変わった急須や茶碗のセット……物の雰囲気から、恐らくハオのものであろうとは思っていた一品だ。

 

慣れた手付きで急須に茶葉を入れてお湯を注いだ後、何を思ったか蓋をした急須の上からお湯をかけ始めた。

 

 

(何そのお茶の淹れ方ぁぁぁぁ!?)

 

急須をお湯で温めておくというのはよく聞くが、あんな方法は知らない。

口をついて出そうになる声を抑え込みながら眺めていると、ハオが急須と茶碗をお盆に乗せて運んで来る。

 

 

「どうぞ。 口に合うかは分かりませんが……」

 

そして至極落ち着いた様子で、急須から茶碗にお茶を注いで差し出してくれた。

 

 

「あっ、美味ぇ……」

 

「そうですか、上手く出来たか不安だったんですが……」

 

奇行にも映ったハオの入れたお茶を飲んだ第一声が、その美味しさを称えるものであった。

少し安心した表情を見せるハオ。 しかし、お茶を振る舞うのが目的ではないだろう。 その為にわざわざ戻って来たとは考えにくい。

 

 

「で……一体何の用だったんです、ハオさん?」

 

「そうですね……」

 

ハオの言葉を聞き、居住まいを正す京太郎。

京太郎の横に腰掛けたハオが、小さく呼吸を整えた後、口を開いた。

 

 

「スガさんは……何か悩みはありませんか?」

 

「えっ……?」

 

「ですから、悩みです。」

 

「悩みって……いきなり言われても……」

 

聞かれた京太郎にとって、敢えていえばこの状況自体既に悩ましい状態なのだが、そういう意味ではないのだろう。

 

とは言え、悩みという程のものが中々思い付かない。

悩ましい事は幾つもあるのだが、個々の問題が小さいのと、話した所で解決の道が無いというのもある。

 

 

「本当にありませんか? 話せば楽になる事もあると思いますが……幸い、今なら誰も聞き耳を立てる事はありませんし……」

 

京太郎に向く様にして、間髪入れずに聞き込んでいくハオ。

その様子は、普段部にいる時と何となく違う風に思える。

 

 

「あの、ホント何があったんですかハオさん?」

 

「……」

 

違和感の正体を確かめようと問う京太郎の言葉に短く沈黙した後、ハオが再び言葉を紡ぎだした。

 

 

「スガさん、私が日本に来た理由は知っていますか?」

 

「え? あ、一応それとなく監督から。 確か……」

 

思いがけない問いであったが、それはアレクサンドラ監督から概ね聞いていた事だった。

中国麻将で小学生チャンプになるも、アジア大会では銀メダルに終わる。

ルールの違いに翻弄された結果を反省し、ルールが近い日本のインハイで勉強する。

その意図があって、臨海のスカウトを受ける形で留学してきたのだという。

 

聞いていた話をざっと伝えると、ハオはそのまま話を続けた。

 

 

「そういう事です……ですが、日本に来てからも問題はありました。」

 

「問題?」

 

「監督に言われ、こちらのルールに沿った打ち方を身に着けようと思ったのですが……そうすると思ったように牌を引く事が出来なくなって……」

 

(いや、思い通り引けるのがまずおかしいと思うんですけど……)

 

「期待されていた成果が出せず、私自身塞ぎ込んでいたのですが……ある時、中国麻将の和了を目指して打っていたら、また思うように牌を引けるようになって……それ以降、今のスタイルを見出して成果を挙げられる様になったのです。」

 

「マジっすか……」

 

「えぇ。 そして、その頃を振り返って思うんです……環境が変わり、上手く行かない事が続いたあの時期に、もし誰かと気軽に話せたら……悩みを打ち明けられていたら、もう少し心が楽だったんじゃないか、スタイルを見つけられるのが早かったんじゃないか、と。」

 

「あっ……」

 

「ですから私は、心に決めていたんです……次に留学生が来て、変わってしまった環境に悩んでいる様であったなら、私がその悩みを聞こうと。」

 

「そう、だったんですか……」

 

つまり、京太郎が戸惑ったこの気遣いは、ハオの純粋な思いやりに他ならなかったという事。

とはいえ疑問も残る。

 

 

「でも何で、俺が悩んでると思ったんです? 環境変わったっていっても日本ですし、やってる事も清澄と変わらないですし……」

 

「あぁ、悩みが無いのでしたら、それはそれでいいんです。 あれば聞きたいと思っていた程度なので。」

 

「いいのかよっ!?」

 

もしや、自分で気付かなかった悩みを見抜かれたのではと考え、改めて自問しようとさえ考えた所で肩透かしを食らう。

思わずツッコミを入れた所で、思い立った様にハオが声を上げた。

 

 

「それです!」

 

「……へ?」

 

「スガさん……何故、私には普段からそういった態度では無いのですか? 同じ学年のネリーとは、普通に話しているのに……」

 

「いや何故って……何となく、ハオさんの雰囲気というか……あと距離置かれている感じがしてどうも……」

 

「それは誤解です。 私としては、スガさんがこちらと距離を置いている様に思っていましたよ。」

 

「あー……」

 

お互いに誤解の交差。 しかしこれは、完全に京太郎自身の失敗であった。

 

自分から周囲へ気さくに接するよう求める一方、今目の前の相手には遠慮した態度で接していたのだから。

これでは、距離を置かれていると思われても仕方がない。

 

部にいる時、彼女らが用事を言って来ないのも、そういう距離に自分がいなかったからなのだろう。

 

 

「……ごめん、何か俺、勝手に勘違いしてたっていうか……部外者だし敵みたいに思われてんじゃないかって……」

 

「まさか。 事情は分かりませんが、臨海に居ると言うのであれば、部外者でも敵でもないでしょう……後、スガさんの腕前では敵に成り得ないでしょうし。」

 

「ごはっ!? ……分かっちゃいるけど、面と向かって言われるとキツいぜ……」

 

的確に痛いとこを突かれて思わず吹き出す。

そして言ったハオの側は、どうしてかとても柔らかであった。

 

 

「ふふっ……そうか、それは悪かったね?」

 

「あれ? その言葉遣い……」

 

「お互いに誤解があったなら、直す事が出来る……だから私は、キョウタロウに気兼ねをする事を止めようと思う。」

 

「ハオさ……あ、いや……」

 

「もちろん、キョウタロウにそれを強いるつもりはないよ。 キョウタロウが今まで通りでも、私はこのままでいるつもりだ。」

 

「……なら、俺もそうする。 ハオだけじゃない、皆と仲良くやっていきたいしな?」

 

勝手に思い込んで、勝手に作っていた壁を取り払う。

たったの三ヶ月、それでも仲間と思って貰えるように……何よりも

 

「そうしないと仕事になんねぇし。」

 

「仕事……あぁ、ここでの事か。サトハが不思議がっていたよ、アイツは無駄に手際がいい。 清澄で執事でもやっていたのかっ? てね。」

 

「嬉しいけど、その評価はされたくねぇなぁ……分不相応過ぎて。」

 

「そうなのか?」

 

「あぁ勿論……執事ってのはもっとこう、格好良くて、万能で、優秀で、素敵滅法で、黒い服装がよく似合うパーフェクトな男性にこそ相応しい称号なんだ。」

 

「……キョウタロウ、日本の漫画文化に浸りすぎじゃない? 」

 

「いや居るんだって本当に! 主人に呼ばれりゃ当たり前に瞬間移動とかしちゃう人がさ……あ、そうだ。」

 

「どうかした?」

 

一度壁を取り払えば、色々と気が軽くなる。

そして、京太郎は思い立ったように声を上げた。

 

「ハオ、さっき俺に悩みがないかって聞いたよな?」

 

「あぁ、聞いたよ?」

 

「悩みってほど深刻じゃあねぇんだけどさ? まぁちょっとそれらしい事は色々あるんだ……今日はもう遅いからいいけど、今度付き合ってよ、話にさ?」

 

「……もちろん、キョウタロウの気が済むように。」

 

2人は再び穏やかな笑みを浮かべ合い、どちらともなく立ち上がり、共に後片付けをして部室を後にする。

 

 

「それじゃあ、また明日な?」

 

「あぁ、キョウタロウも。」

 

 

 

――――――――

 

 

 

校舎を出た所で分かれた後、程なくして京太郎は宿舎に辿り着く。

 

机に向かい、今日一日の牌譜を確認しながら感じる疲労も、今日は今までのそれ程辛くは感じない。

 

 

「少しは、打ち解けていけるのかな……」

 

短い様で長い一週間。

為人を知るには充分な時間を過ごし、漸く歩み寄れた小さな距離。

 

この場所で過ごす残りの期間……同じ高校生同士、どうせなら仲良く出来たほうがいいに決まっている。

 

 

「うっし、また明日からも頑張んねぇと……!」

 

椅子から立ち上がり、窓際に立ち夜空を見上げる。

宿舎の二階に位置するこの部屋は、実家の自室と似た様な高さにあり、そこもまた過ごしやすさを担っている。

 

そして見上げてみた空の向こう……清澄の皆も頑張っているのだろうと思う。

 

そう思い立った時、京太郎は窓を開けておもむろに息を吸い込む。

 

そして

 

 

「俺ぁ頑張ってるからなぁ咲ぃぃ!!」

 

宿舎に他の人がいないのは既に知っているので、少し大きく声を上げる。

 

長野の地にいる幼馴染あてに叫び出した声は、誰に届く事もなく夜空に消えていく

 

 

 

 

 

 

 

 

「何で宮永?」

 

 

 

筈だった。

 

 

 

「……え゛っ?」

 

 

思わず見下ろす窓の外。

どういう訳かそこにいた一人の少女、ネリー・ヴィルサラーゼに聞かれなければ。

 

 

「ふーん、へぇー……そうかそうか。」

 

「あ、ぇっ……ちょ、待っ……!?」

 

狼狽える少年を余所に、最高に得意満面の笑みを浮かべた少女。

 

 

 

 

一人と歩み寄れたその日、一人との力関係が決定した。

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