具体的には美帆と梨華子についての補完になります。
読まなくても何も問題がありませんが美帆と梨華子のその後が気になった方はどうぞ。
美帆はその日、とある人物と待ち合わせをしていた。
もう随分と会っていない相手だが、ついこの間突然会いたいと連絡が来たのだ。美帆にとっては断る理由もなかったし、久々に会って話をしてみたいとも思っていた。
美帆は待ち合わせ場所で時計を見る。相手が美帆が知っていた頃から、変わっていなければ、もうすぐ――
「隊長!」
丁度そのとき、美帆のよく知った声が聞こえてきた。美帆のことを“隊長”と呼ぶ、その声の主が、美帆に向かって走ってくる。
「お久しぶりです、隊長!」
「ええ、久しぶりです、梨華子。それはそうと、私はもうあなたの隊長ではありませんよ。だから、名前で呼んで下さい」
美帆がそう言いながら微笑みを向けると、元黒森峰の副隊長であった梨華子はとても嬉しそうな顔をして応えた。
「はい、東さん!」
二人はとりあえず近場の喫茶店に入った。梨華子がゆっくりと話をしたいと言ってきたからだ。
美帆は窓から外が見える席に着くと、店員にコーヒーを注文した。梨華子もまた同じく、注文はコーヒーだった。
「それにしても本当に久しぶりですね。高校を卒業してからですから……二年ぶりでしょうか? その後はどうしてるんですか?」
「はい、大学に進学して戦車道を続けています。東さんは……ご活躍をよくテレビで拝見させて頂いています」
そう言われると、美帆は顔を赤くしながら、少し困ったように頬をポリポリと掻いた。
「あはは……まぁ、露出だけは多いですからね、私」
美帆が疲れたようにそう言うと、梨華子はすっと両手を膝の上に置き、急に真面目な顔を美帆に向けた。
「実は……そのことで今日はお話があってお呼びしました」
「そのことと言うと……私のテレビ出演が何か?」
「正確には、そのテレビ出演がきっかけになった、というべきですね……」
梨華子は佇まいを直し、膝の上に置いた両手をぎゅっと握りしめる。
美帆もまた、梨華子の真剣な姿から察し、真剣にその話に耳を傾ける。
「実は私……ある時期から、東さんのこと、怖いって思ってたんです。まるで、心のない人形のようにしか見えなくて……最後の大会で優勝したときなんかは、特にそうでした。だから、それからしばらく私、東さんのこと戦車道以外のことでは避けてました。それは、東さんが卒業してテレビに出るようになってからもそうで……テレビで笑う東さんの顔も、作り物にしか見えなくて……でも、この前偶然テレビで見たとき、東さんの笑顔が変わっているように思えたんです。作り物じゃない、本当の笑い顔だって。そしてさっきの東さんの笑顔で確信しました。この人はもう、あのときの人形ではないって。……東さん、教えてください。東さんに一体、何があったんですか? 今は、もう大丈夫なんですか? そのことが気になって仕方なくて、こうして久しぶりに連絡させていただきました。……答えたくないのなら、答えなくて結構ですから」
梨華子は最後に俯きながら呟くと、今度は不安そうに美帆の顔を覗き見た。
美帆はそんな梨華子の様子を見ると、一呼吸置き、どこか遠くを見るように窓の外に視線を向けながら口を開いた。
「そうですね……確かに私は一時期、心と感覚をなくしていました。原因は……私が自分の人生の根幹としていたことが、すべて崩れてしまったからです。そのことについては……すみませんが今は話せません。でも、それから二年ほど経ったあるとき、ある人の助けによって、私は自分の心を取り戻しました。だから、今はもう普通の人と変わりません。いえ、むしろ黒森峰よりも前の、本当の私に戻れたと思っています。もう、大丈夫です。もちろん、心を失っていた間のことは本当に周りに迷惑をかけたと思っています。あなたや、当時の黒森峰の隊員たち、そしてなにより、泣いてあげるべきときに泣いてあげられなかった、私の大切な妹……。ですから、今は当時泣けなかった分、妹のために泣き、もう笑えなくなった妹の分、精一杯笑おうって決めてるんです」
美帆はそこまで言うと、梨華子に再び顔を向け、ゆっくりと頭を下げてきた。
「すみませんでした。梨華子。あなたにもいっぱい迷惑をかけてしまって」
梨華子はその姿を見て、大きく慌てて軽く立ち上がりながら、手を美帆の前に左右に揺らしながら突き出した。
「そんな……! こちらこそ、そんな事情があるとも知らず失礼な態度を取ってしまって……! いいですから、顔を上げてください!」
美帆は梨華子に言われた通りに顔を上げる。その顔は、笑顔でありながらも、眉を八の字にした、どこか申し訳無さそうな笑みだった。
その顔を見て、梨華子もまた気まずそうな顔をしながら席についた。
そのときだった。二人の前に、トレーにコーヒーを載せた店員がニコニコとした笑顔でやってきた。
「こちらご注文のコーヒーになります。ごゆっくりおくつろぎ下さいませ」
店員はコーヒーを二人の前に置くと、テーブルの中央に伝票を置き去っていった。
「…………」
「…………」
二人はコーヒーを見つめながらしばし黙る。だが、
「……飲みましょうか」
という美帆の一言で、固まっていた空気はいともたやすく溶けた。
「……はい」
梨華子もそれに答え、コーヒーを口にする。至って普通の喫茶店のコーヒーの味だ。
そこでふと美帆の方に視線を向けると、美帆がコーヒーにシュガースティックを五本、ミルクは二個も入れているのが見えた。
梨華子はその姿を見てつい吹き出す。
「ぷっ!」
「おや、どうかしましたか?」
美帆は不思議そうな目で梨華子を見る。梨華子は、必死に笑いを堪えながら口を開いた。
「いえ……東さんが――隊長が本当に帰ってきたんだなぁって思いまして」
美帆はよく分からないといったような表情を浮かべながらも、未だにクスクス笑っている梨華子の様子に、別に悪いことではないのだなというのをなんとなく理解した。
「ええ、だから言ったじゃないですか、今の私はもう大丈夫だって」
そこまで言うと、美帆は一旦言葉を区切り、とても小さな声で呟いた。
「……それに、エリカさんは私のものですしね」
「えっ? 何か言いましたか?」
「いえ、何も。さて、久々に会ったんです。もっとゆっくり話をしましょうか」
「……はい!」
梨華子も美帆も、互いに微笑みあい、お互いについて様々なことを話し始めた。
こうして、旧交を暖め合う二人の時間は、まだまだ続くのであった……。