インフィニット・ストラトス Re:IMAGINE 作:如月十嵐
九話「銀の鋼」
一夏は息を呑む。全身の神経を集中させ、一方で思考を回転させる。セシリアは動かない。ビットも同様だ。先ほど待つことが得意と言っていたのはジョーク等ではない。狙撃戦は待てるかが勝負。本当に彼女は、それこそ一夏がシビレを切らすまで待ち続けるつもりだ。アリーナを借りれる時間? おそらく彼女にとってはくだらない事象なのだろう。しかし、一夏が動けば、そこからは継ぎ目無く攻防が始まる。待ち続け神経を削れば削るほど一夏が不利なのだ。故に勝負は、長いようで一瞬。決着はすぐに付く。
一夏が微動だにしないのに彼女が撃たないのは、一夏の姿勢にある。臨界までブースターを上げておき、撃たれれば、否。レーザー兵装の速さならば、撃った時点で射線上にいれば当たる。故に見切られるのはトリガーを引く動作。ハイパーセンサーによるコンマ零零秒の超反応で加速回避。次弾発射前に勝負は決するからだ。ビットの一撃は痛いが、正直削り切るには至らない。セシリアもわかっているのだ。ビットが牽制以上の兵器になり得ない事は。彼女にとってビットは攻撃主体ではなく、迎撃・防御・牽制を兼ねたまさしくセシリアという親機に対する子機の役割なのだろう。
(まるで一人軍隊だ)
一夏は唸りながら、作戦を構築。理想目標は彼女を一回のアプローチで削り切る事。最低目標は、彼女の今の体勢を崩しきる事。どちらにせよ、肉を切らせて骨を断つ作戦になる。二人が全く動かなくなって、今で五分たつ。たった五分。しかし二人にとってはその数十倍にも濃縮された時間。
突如、一夏は武装をコール。上部コンテナがミサイルと同じ時のようにハッチが展開。先ほどより小さめのミサイルが左右一六発が発射され、一夏はそれにワンテンポ遅れて加速直進する。ミサイルは直上に撃たれると、上空で破裂、粒子のようなものを散布していく。
「!」
セシリアはすぐにそれがレーザー兵装妨害用の重金属粒子群である事を知る。ただでさえ距離減衰・拡散が難点のレーザー兵装の使い勝手を悪くするセシリアの武装に対する最も有効なメタ兵器とも呼べるものだ。レーザー兵装はいまだ開発途上の兵器。見る限り汎用型であろう銀鋼がそんな兵器にピンポイントメタを張って常備しているとは思えない。おそらく、公開情報の収集でセシリアの機体がレーザー兵装実験機体である事を見ぬき、イコライザ(後付武装)したのだろう。ブルー・ティアーズの最重要機密はビット兵装。BT兵器であり、レーザー兵装は調べればバレる範囲だ。
これは卑怯ではない。セシリアは感心すると同時に感謝する。レーザー兵装がこれらの妨害に弱いこと等、開発部も含め熟知の上だ。つまり、この程度の妨害を対応できないようではセシリアもブルー・ティアーズも、所詮はそれまでということ。実戦ならばこの程度の障害は無いほうが不自然。
セシリアは素早くそれに対応。ビット子機三機を重金属粒子群が散布されきる前に一夏への射撃を繰り返しながら素早く呼び戻し、ブルー・ティアーズ機体本体の近くまで引き寄せる。一夏はビット射撃をバレルロールで超低空横転回避。そのまま高度を上げていき、重金属粒子群の適用範囲内に紛れる。
一夏は武装をコール。下部コンテナ二つから引き出されてきたのは、大型の二〇ミリ六連ガトリングキャノンである。一夏はコンテナから小型補助アームで展開されたそれを握ると、それをセシリア目掛けて発射しながら再び加速。弾幕と散布された重金属粒子群の盾で突撃し、そのまま削り切る構え。
セシリアは攻撃用ビット三機で迎撃。防御用ビット二機で物理的に攻撃を弾くが、それをくぐり抜ける特殊徹甲弾の弾幕が一発また一発とブルー・ティアーズの装甲・シールドエネルギーを削り取っていく。しかしそれでもセシリアはライフルを微調整。迫り来る一夏の射線へとレーザーライフル「スターライトⅢ」を構える。銀鋼ゼロ距離までの到達時間はコンマ一秒代だ。
セシリアはその一寸に、レーザーの減衰を防ぐためにギリギリまでレーザー密度を絞り切る。針の穴を通すような射撃。このブルー・ティアーズならば、容易い事だ。ハイパーセンサーが鋭敏化されていき、時間が何十倍にも引き伸ばされたような感覚になる。チャンスは一瞬。さもなくば削りきられて負けるだけ。
その時、距離残り十メートルを切ったところで、一夏がガトリングをクローズ。収納すると、ガントレット装甲の拳を構えた。まさか、銀鋼の近接格闘は徒手空拳だとでも言うのだろうか。そんなことも言ってられまい。まだだ。まだ撃たない。
一方一夏はギリギリのチキンレースを味わっていた。この距離まで近づけばもはや重金属粒子群の減衰効果なんてあったものではない。減衰範囲内で撃ち続ければより有利かもしれないが、それは彼女が絶対に飛ばない。という事を前提にした作戦になる。もしも彼女が己の戦法を切り替え急上昇されれば、一夏は対応する間もなくゼロ距離からのレーザー兵装で負けに追い込まれる可能性があった。
戦いとは常に、相手の行動を読み取り、なおかつ相手の行動に依存しない勝ち筋を見つけるべきだ。多少のリスクを背負っても、近接戦闘を行うのが良策と一夏は考えた。一夏のガトリングキャノンがセシリアのシールドエネルギーを削ると同様、セシリアの迎撃ビットが一夏のシールドエネルギーを削る。取るに足らないダメージだが、おそらく狙撃の一撃で倒しきれる余裕を稼いでいるのだ。ならばカスって当たる一発も致命につながっていく。
もはや一夏とセシリアの距離は眼と鼻の先。あともう一瞬で、一夏の拳はセシリアのレーザーライフルの先端に触れるほどだ。まだ撃たないというのか。これ以上はもはや接射ですらない。
だがその一瞬が来る前に、彼女はトリガーを引く。ISの銃器のトリガーは、直接引く必要はなくただトリガーにかけた指でISを通して「命令」するだけでいい倫理トリガーとなっている。直接引くよりずっとラグもないが、それでもわずかな前動作はハイパーセンサーで感知できる範囲だ。そして一夏は、この真っ当な状況ならば例え彼女が文字通りの零距離。それこそ押し付けられて撃たれても躱す自信があった。
レーザーが射出される。その時には、一夏は残像を残す速度でわずか、本当に最小限の動きで彼女のレーザーを躱す。減衰を恐れての引き絞りすぎだ。より拡散方向にすれば、一撃とは言えずとも一夏にダメージを与えられただろう。プライドに押し負けたのだ。彼女は。
そしてそれと同時に、一夏は右手を構える。掌打だ。だが、IS相手にただの掌打では意味がない。
ISを殺す掌打。対機格闘術「重連掌打」シールドエネルギーに対して多段衝撃を与える掌打を打つ事で、その実際威力以上にシールドエネルギーを削り取る。言わばISのための格闘打撃。セシリアにはもはや後退する道もない。すなわち直撃。そのまま一夏はセシリアを、ブルー・ティアーズを蹴り上げる。脚部ブースターも利用した加速蹴りにセシリアのISは反応する間もなくゴムボールのように打ち上がる。
勝ちだ。もはや彼女のシールドエネルギーは残り僅かのはず。一夏は振り返りながら空を見上げ、セシリアを見る。セシリアは虚ろに空中に浮遊しながら、消え入るような声でボソリと呟いた。
「頭、取りました」
瞬間、一夏の頭部を高密度レーザーを撃ちぬく。絶対防御発動。だが、それで衝撃が全部吸収されるわけもない。一夏は首がねじ曲がるような感覚を覚えながら吹っ飛んだ。シールドエネルギー減少420ダメージ。残量67。だが、一夏の脳内は既にダメージではなく現状把握へと意識を向かわせていた。
一体どこから撃ったのだ。あの威力からしてビット射撃でないのは確か。そもそも、ビット射撃は精密な挙動故に集中力がいる。あの打撃をくらってからのタイミングでは不可能なはずだ。つまりセシリアは打撃を受ける前に照準を終わらせている必要がある。レーザーライフルは確かに躱した。ならば、一夏に当たったのは何だ。完全な死角からの射撃とこの威力。ビットとレーザーライフル両方の性質が無ければ不可能……両方? まさか……
「な、なんなのだあれは!」
ピットルームのリアルタイムモニターで箒は驚く。モニターで見ていた彼女は分かる。一夏の頭を撃ちぬいたのはビット兵器の一つだ。彼女は最初から、ビット兵器を一つ一夏の死角に待機させていたのだ。だが、驚くべきはそこではない。セシリアが撃ったレーザーライフルの一撃を確かに一夏は躱した。だが、そのレーザーの射線の先には件のビットがあった。そしてビットはレーザーの直撃を受けたのだが、何とそのビットはレーザーを受け止め、停滞させ、一夏が完全にセシリアの方へと意識を向けたと同時に反射したのだ。
「お、織斑先生……あれは」
山田摩耶が千冬の方を見る。彼女は頷いた。
「あのビットにはレーザーを反射させるプリズム装甲が使われているのだろうな。撃ったレーザーをプリズム内に反射させ、短時間ならば待機も可能。その上で反射による偏光射撃を行えるようになっているのだ。本来なら一撃で仕留められるはずだが、反射待機中に威力が若干減衰したのだろう」
それでもあの状況から的確に偏光射撃によるヘッドショットを当てれるのはタダ事ではない。まさしく耐え続け、待ち続けたセシリアが掴んだ好機の一撃だ。ブルー・ティアーズは試験兵装の性能を見るための実験機である以上、装備に偏りが出て実用性に欠ける。しかし彼女はその性能を吟味した上で、自らに最も有用な戦い方を見つけ出し、自らの力と兵装を引き出すためにISの力の使いドコロを変える事で有効な運用を行なっているのだ。さすがにあの一撃は、一夏でなくても。それこそ千冬自身でも避けるのは不可能だろう。つまり一夏は、あのワンアプローチでセシリアを削り切る必要があった。それが出来なかった一夏の過失だ。
だがそれは同様にセシリアにも言える。彼女のシールドエネルギーも残りわずか。先ほどのヘッドショットで倒しきらなければいけなかったのだ。何より彼女が自ら敷いた鉄壁の布陣は崩れた。ここから先は全く両者の勝敗がわからない状態。
(真実を知った。か。なら、ここでその力を見せてみろ……一夏!)
ブルー・ティアーズ戦その2 戦闘がこの作品の華ですし、初戦闘でもあるので途中省略は無く全戦闘描写です。
二人の戦闘力としては、現時点ではほぼ互角です。なのでどちらが勝ってもおかしくはない。という描写に努めました。どちらが勝つかは次回。ということで。