インフィニット・ストラトス Re:IMAGINE 作:如月十嵐
セシリア・オルコットは、心より両親を愛していた子供だった。没落していたものの教養に溢れ貴族としての誇りと確かな人徳を備えた父と、富豪の名家に産まれ類まれな行動力と商才を持つ母。父は婿養子として母の家に入ったが、それでもいつも落ち着きと温かみのある笑顔でセシリアを迎えてくれた。母は厳しい人だったが、セシリアにとっての憧れだった。ただ、仕事に忙しい母だったので、幼少時の思い出は父との思い出だ。
父はいろいろな事をセシリアに教えてくれた。基本的にはセシリアの好奇心に応じたモノに父が乗る形だったが、唯一つ、射撃の心得は父が自ら教えてくれたものだった。といっても、父は特別セシリアに撃ち方を教えた訳ではない。
あの頃のセシリアがまだ幼かったこともあったが、何よりも父がセシリアに教え込んだのは、精神面のものだった。銃を扱うという事。人を撃つという事。兵器を持つという事。そして持つ者が負うべき義務の事。それらを時にお伽話を聴かせるように、時に子守唄を聴かせるように教えてくれた。技術的なものは全て、見て覚えた。
休みの昼時、父と一緒に森に狩りに出かけるのが子供時代のセシリアの一番の楽しみであった。
だが、その幸せにヒビが入った。それはISという存在の誕生だ。父は最初、ISという存在を心配気に見ていた。「選ばれし者しか使えない兵器が支配する世界は、必ず差別を生み、争いを生む」そうセシリアに言っていた事を覚えている。そして実際、その通りになった。世の中はISを扱える女性にどんどん有利な社会となっていった。それはセシリアにとっては良い事なのか悪い事なのか分からなかったが、父はその時からより真剣な言葉でセシリアに「力を持つ者の義務と心得」を説くようになった気がする。
そしていつからだろう。母の心は次第に荒み、父を侮蔑するようになった。しかし父は何故かそれを咎めようとはしなかった。今思えば、父は母が荒んだ原因をわかっていたのかもしれない。そんな父の態度が母にとっては余計に苛立たしいモノに映ったのか、母は父をより嫌い、鬱陶しがるようになった。
そしてその影響はセシリアにも出始めた。父と一緒にいる事を禁止され、最低限の会話しか許してもらえなくなった。そのうち、別々に住む事を強制された。
セシリアは母を恨んだ。しかし、父はそれを諌めた。母の気持ちをわかって欲しい。といい、そして必ずまた親子で仲良く過ごせる日々を取り戻すから。と約束してくれた。
そこで父と母にどのような話し合いがあったかはわからない。だが、父と母は久しぶりに、本当に久しぶりに二人で一緒に出かけ……事故で帰らぬ人となった。越境鉄道の転倒事故。死傷者は百人を超える大規模なものだった。
あまりにもあっけなく、セシリアは一人になってしまった。しかし彼女は泣きこそすれ、悲しみこそすれ、誇りを失いはしなかった。どんな時でも、貴族はその魂の高潔さを失ってはならない。それは、セシリアが最も敬愛した父の教えであったからだ。
それからはあっという間に時間が過ぎた。手元に残った莫大な遺産を守るため、セシリアはあらゆる勉強を行った。それと同時に、父が心から信頼していた一部の人間を頼り、遺品を整理していく事となった。
そして、セシリアは見つけた。母が最後に住居としていた部屋から、母が荒んだ原因となるべきモノを。それは一枚の紙だった。そこには、母の苦しみをセシリアが察するに十二分の事が書かれていた。
セシリアの母には、IS操縦の適正が一切。虚しいくらいに無かった。
IS簡易適正調査と書かれた紙には、その事実を知らせる事だけが書かれていた。そしてセシリアは察した。どうして母が荒んだか。母があんなにも憤っていたのは、父親にじゃない。自分自身。そしておそらく、ISによって、ISに乗らずとも地位が上がった女性と社会そのものに対してなのだ。
母はISが普及する以前から、己の努力と実力で地位を積み上げて来た人だった。会社をいくつも経営し、成功を収めていた。そんな彼女にとって、ISという存在で、ISに乗らないでも地位が上昇した女は、何の努力もせずに、ただ環境が変わって相対的に上昇した地位で威張り散らしてるだけの母が最も唾棄すべきような存在だった。
しかし、母にはISの才能がまるで無かった。それが別に、母の格を貶めるようなものでは当然無い。だがプライド高い母だ。許せなかったのだろう。辛かったのだろう。才の無い己と、ただ流れに身を任せて威張る女が、同等の存在に見えてしまったのだ。
セシリアは後悔した。母が死ぬ寸前、セシリアはあまり母と口を聞いていなかった。母がどれだけ悩んでるかを、セシリアは察せなかった。分かっていれば、もっと母のために何かが出来たはずなのに。
その後すぐに、セシリアのIS適正がA+である事が受けた検査で分かった。IS適正は血で遺伝するとは限らないものらしい。何でも特殊装備に対する適正があるという事で、政府から国籍維持のために様々な好条件が提示された。セシリアの心は決まった。
父の誇りと、母の誇り。その血を受け継いだ己の誇りを守るために、ISに乗る事を。
そこで、彼女は政府に一つの注文をつけた。女尊男卑という時代の流れもあってか、それはすぐに承認された。セシリアのために授爵状が新たに書かれ、女王陛下より直々にセシリアは賜った。
貴族である父の爵位。伯爵位を自分でも、女でも相続できるようにした。
セシリア・オルコット伯爵。母の家であるオルコットと、父の位である伯爵。セシリアは両方を己に課し、その誇りを守る者となった。その身分も、精神も、貴族となった。
かの古式のエンフィールドライフル銃をセシリアが相続したのは、その後の事だった。父が懇意にしていた弁護士が、セシリアが父の意思を継ぐ事を明確にした場合に、この銃を渡すよう頼まれだと言う。そしてそれには、父からの手紙……実質の遺言状も添付されていた。それを読んで……
以後、セシリアは一度も泣いていない。
サァァァァァと、シャワーノズルから熱めお湯がセシリアの裸体を濡らす。その美しく白い肢体はセシリアの生まれながらの天恵と努力によって得られた自慢だ。胸はその年の白人女性で比較すれば若干控えめであるが、それでも艶美を主張するには十分な膨らみがある。その胸にシャワーを浴びながら、セシリアは物思いに耽っていた。
(……随分と、昔のことを思い出してしまいましたわ)
感傷に浸るのはあまり趣味ではないのだが。そう思いながらもセシリアは理由はわかっていた。
「織斑一夏……」
口に出してその名を呟く。実は、セシリアは彼の事を事前に知っていた。顔も、プロフィールも。それは入学する少し前の事になる。彼女の元に英国先進技術研究会という組織が接触してきた。彼らは表向きにはIS用装備の開発組織であったが、その真実は「ISコアがなくとも動くIS」の開発を行なっているチームなのだという。
彼らはセシリアにいろいろな事を教えてくれた。というよりは勝手に話した。この世界の事。ISの存在意義。その開発者篠ノ之束の目的。そしてこの世を歪ませようとする闇。どうしてこのような事を教えてくれるのかと尋ねるセシリアに、彼らは言った。あの人の意思を継ぐ娘ならば、味方にならなくとも、必ず世界を裏切ったりはしないだろうからと。あの人とは、父の名だった。彼らの一部はかつて、父に恩を受けた者らしい。
そして彼らは世界中に同志が存在する事を明かし、可能ならば自分たちと協力関係を結んでほしいと言ってきた。
セシリアはそれを保留したが、彼らは何も言わなかった。代わりに、ある一人の男を紹介した。織斑一夏。日本のIS技術研究所のテストパイロット。伝説のIS操縦者織斑千冬の弟。そして、「男が乗れるIS」を駆る「ISに乗れる男」
彼らは言った。もしもその気が起きたなら、緊急時に彼に協力してほしいと。
セシリアはその写真を見て、一言だけ答えた「彼が、相応する人間であるならば」と。
そしてセシリアは一夏と戦い、負けた。久しぶりの敗北だ。しかし、これほど清々しい負けであった。あの男には底知れない可能性がある。それはまるで、青く広い空のようだ。限界を知らない可能性の獣。その広さを推し量るように戦ったセシリアは、彼の力を気に入った。
(いくらでも伸びそうで、いくらでも心を開いていきそう)
彼の戦っている姿は、まるで好奇心と欲望の赴くままに走り続ける子供のようだ。それは反面、頼る力を失えば簡単に壊れてしまいそうなほど脆いものにも見えた。セシリアは、彼の行き着く先を見てみたいと思った。その道を指し示す力があると自分には考えた……まるで子を見守る親だとセシリアは笑う。
「わざわざ、この極東に来た甲斐がありましたわ。ねえ、スピネル」
誰にともなく言うセシリアに、光の粒子のようなものが三つ舞う。
翌日、織斑一夏が正式に一組のクラス代表となる事が決定された。
セシリアの過去回想回。ISというラブコメアクションにしては重めの内容ではありますが、今回の話がこの二次創作の要となるテーマを表しています。
「ISのせいで何かを失い、ISに乗る事でそれを取り戻す」
セシリアの場合はそれが両親の誇りであり、絆となります。本編での設定から拡大解釈した考えになりますが、受け入れてもらえれば幸いです。
次回はあの娘。来ます