インフィニット・ストラトス Re:IMAGINE   作:如月十嵐

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十八話「空白を埋めるモノ」

 

 迫り来る鈴の接近は瞬時加速ではなかった。距離は約三十メートル。おそらく彼女の限界反応距離があるのだろう。なにせ瞬時に音速を超える加速だ。ハイパーセンサーがあろうとも、その判断を下すのは人間だ。余りにも近い距離での瞬時加速は、彼女の自滅を生むのだろう。

 だが、それは些細な問題点だ。なにせ瞬時加速を必要としない距離ならば通常加速でも存分間に合うからだ。鈴音のスラスター加速回転蹴りを一夏は潜ってかわすが、彼女はパッシヴ・イナーシャルキャンセラーを操作。瞬時に横から縦への回転へと身を翻し、加速スラスターかかと落としを行う。一夏はこれをバックで躱す。そこを鈴音の両手に持った両刃の青龍刀が襲う。跳躍からの攻撃を受けられた際、空中で身を翻し踵落としへと転ずる。当然敵は後ろに行くので、そこにすかさず追撃を叩きこむ。凰式戦闘術の基本メソッドの一つだ。一夏はコールした多機能戦闘用ブレードでその刃を受け、拮抗せずに刃と刃の接点を起点にして翻る。

 近距離は不利。されど遠距離は必殺の瞬時加速を使われる。適正距離はつかず離れずだ。一夏はハイパーセンサーバイザーから目視操作でコンソールパネルを開く。敵距離に応じて自動ブースト。角度真正面。距離設定二十五メートル。

 

 銀鋼はブーストをかけると、鈴音とのちょうど二十五メートル時点で静止する。コア制御により誤差一ミリ範囲内で、彼女の行動に合わせ、位置距離を維持する移動を行う。普通は移動時の編隊維持のためにある機能だ。通常戦闘では相手が撹乱するように動けばそれに律儀に反応してしまい、戦闘どころではなくなるからだ。ハイパーバイザーでただでさえ鋭敏化されてる感覚は、不意に揺さぶられる視界の変化に脳がついていけなくなる。言ってしまえば物凄い乗り物酔い。IS酔いを起こすのだ。IS適正には、少なくとも自身の空中機動でIS酔いをしないという項目が含まれてるくらいだ。

 

 一夏は定位置についた瞬間、固定移動機能を解除。上部コンテナより武装をコール。上部コンテナハッチに既に展開されていたミサイルポッドから追加武装「センサージャマー」が量子変換される。代わりに前方へと、無数の小型珠状物体が飛来し空中展開する。ハイパーセンサーの目標認識補助機能をマニュアルに変更。

 一方鈴はハイパーセンサーからは表示される「目標認識」の文字にすぐさま反応しようとして、ハイパーセンサーが示す情報に度肝を抜く。位置全方位数二百!? それほどまでに大量の武装を同時に、有効に展開する機能が銀鋼にあるのか!?

「っ!」

 鈴は脚部装甲から迎撃用の散弾を射出。散弾は球状物体に当たると、パン! と弾けた……パン……?

「風船!?」

 鈴音は声に出して驚く。攻撃も一向に来ない。これは武装でもなんでもない。ただの風船だ。ならばこれは撹乱。一夏は……と鈴音は探すが、目の前を覆うほどの「目標認識」の文字が鈴音を邪魔する。ハイパーセンサーの目標認識補助機能が自動ロックであるせいで、無数の風船全てに認識反応してしまうのだ。

 

 これが一夏の本日のビックリドッキリ武装。「センサージャマー」である。ハイパーセンサーに誤作動を起こさせる事を目的とした兵器で、射出される風船には特殊な波長が出ており、ISのハイパーセンサーに必ず引っかかるようになっている。なんでもただの無害な風船である事がミソらしく、ブラックボックス的な部分が多いが、精神や心めいたモノを持つISコアに対して何らかの友好反応を出してるらしい。ISの特徴であるハイパーセンサーだけを潰し、通常のレーダーやセンサーを邪魔しない有効な兵器なのだが、IS対IS戦には使いにくい。何せ自分のハイパーセンサーが己の射出したセンサージャマーに対しても反応してしまうからだ。

 

 そのために、一夏は目標認識補助機能をマニュアルにした。簡単な対策なのだが、わざわざ目標認識補助機能をマニュアルにするという行為等誰もしないので、存外操作方法を教本で見ただけ。という人間が多いのだ。やり方が分かってても実戦でやったことがない変更を戦闘中瞬時には出来ない。

 しかし一夏は違う。彼はハイパーセンサーだけでなく、本来自動で発動するISの機能ほとんどのマニュアル操作を熟知している。何故なら、彼のISである銀鋼がそうでなければ動かなかったからだ。男である一夏を無理やり乗せるための手探りの調整が行われたコア。それ故にコアが機能を作動しない不具合も多く、そのたびにマニュアル操作での機能確認を行い、調整をして自動発動を行えるようにする。という行いを繰り返してきた。銀鋼は戦闘中でもコンソールパネルから多数の設定を変更出来るようになっている。これも、途中で不具合が起きればすぐさま応急操縦が行えるようにするための措置なのである。

 

 欠点を嘆くではなく、持ち味を活かす。それこそIS乗りの基本であり、素質。一夏はISの特殊技術はほとんど使えない。普通に動かせるようになるので、一年が過ぎたからだ。しかし一夏は、基礎の基礎。その更に下地においては自信がある。それが戦闘技術に差のある一夏と鈴音を埋める物!

 

 一夏は目視により鈴音の甲龍をロック。突入位置は……真上! そしてそれに気づかない鈴音に対して、直上からの高速加速。

「!」

 直前で鈴が直感によって察知するが、それは生身ならばともかく、IS戦では遅すぎる反応だ。一夏は回転踵落としをぶち当てる。対機格闘ではない凰式戦闘術の基本ムーブからなる綺麗な直撃。それは鈴音のシールドエネルギー大幅に削って地面へと叩き落とす。絶対防御発動領域には足りなかったのはやはり鈴音と一夏の能力差だ。もしもこの踵落としが鈴音ならば、確実に絶対防御が発動していただろう。

 

 同時に、自然減衰でエネルギー反応を示せなくなった風船が自動で一斉に割れる。これも、セシリア戦の重金属粒子散布ミサイル同様、一回分のみしか搭載していない。この優勢状況のまま、鈴音を倒す。一夏は目標認識補助機能をオートに戻す。

「ハッ!」

 気合を入れるように一喝し、一夏は多機能戦闘用ブレードを構え。鈴音への直下加速を行う。鈴音が立ち上がり迎撃の構えを見せるが、上等である。上を取っている以上、地の利はある。真っ向から押し勝つ!

 

 

 衝撃があった。

 

 

「え?」

 鈴音が理解できない顔をする。アリーナを伝わるほどの衝撃。その衝撃波は……一夏を真横から襲い、彼をまるでボロクズのように壁まで吹き飛ばした。当然絶対防御が発動するが、その一撃は明らかにそれを貫通してダメージを与える。

「え?」

 二度目の衝撃。これは先程よりも小さい。それは、一夏がアリーナの壁にぶつかった衝撃だった。アリーナの壁は深くめりこみ、銀鋼のコンテナはひしゃげ、脚部装甲にヒビ入り、頭から血を流す一夏が見える。ハイパーセンサーで見えてしまう。

「嘘……」

 鈴音の口から、言葉が漏れ出る。そして一夏と反対側から熱源反応をハイパーセンサーが感知する。種別はISに極めて類似の反応。所属は不明。鈴音は放心したような顔でその方を向く。

 

 そこにいたのは、異形だった。

 

 身長三メートルを超える、濃灰の異形。手が異常に長く、まるでゴリラのようだ。右手が突き出され、その先には砲塔があり煙が出ている。それが一夏を襲ったのは明らかだった。

 特徴的なのはその全身が装甲で覆われていたという事だ。全身装甲(フルスキン)のISなんて、鈴音は見たことも聞いたこともない。首や顔もなく、かろうじて上の辺りに並んだ不気味なセンサーレンズが顔と呼べるようなものを形成していた。

 異形のセンサーレンズは、鈴をまるで認識出来ていないかのように見ていなかった。そのレンズの先は、一夏をひたすら見つめている。まるで、死んでいるかどうかを判断しているかのように。

 

『織斑君! 凰さん! 聞こえますか! 応答をお願いします!』

 一組の副担任、山田真耶の声が聞こえる。緊急の個人通信だ。

『緊急事態です! 今すぐ逃げて! すぐに先生達がISで制圧に行きます!』

 何か言っている。必死で。そうだ。今、自分がすべきなのは……

 

 加速。鈴音の姿は消え、次の瞬間には異形を一夏とは真反対へと蹴り吹っ飛ばした。もはやそれは、加速という域を超え、瞬間移動に近い。一夏がアリーナにぶつかったのと同程度の衝撃。しかし、異形に目に見える損傷無し。やはり、シールドエネルギーがあるのか。鈴音は判断する。

 

『凰さん!?』

「いえ、先生たちが来るまで私が食い止めます。一夏が今、動けない状態で放っておくのは危険ですし、あの威力です。おそらくアリーナの遮断シールドも容易に貫くと思います。観客の誘導を早く。私は大丈夫です」

 恐ろしく冷静で冷淡な口調で、鈴音は喋る。まるで他人が代わりに読み上げてくれているようだ。何か耳がうるさいので、緊急で開いていた個人通信を切る。

 異形が起き上がり、鈴音を見る。どうやら、ようやく敵として認識したらしい。鈴音は異形を見る。

 

 その目は、修羅が如し。その表情は、羅刹が如し。

「許さないわ」

 断定的に、鈴音は呟く。シールドエネルギー残量420。先ほどの一夏の攻撃がやや効いた。が、それの何が問題なのか鈴音には分からないので今はどうでも良かった。今、重要なのは目の前の異形をどう消し去るかだ。

 

「私の、家族を」

 もう、一人しかいない。そして、これからなってくれるかもしれないたった一人の、最後の家族を。どこから現れたか。何者か。それはもう、鈴音にとって無用な事なので思考から排除。

「でも、二度目は無いわ」

 鈴音は構える。異形は動かない。余裕の現れなのだろうか。知ったことではない。

 

「一夏だけは……好きな人だけは、絶対に守ってみせる!」

 

 凰式戦闘術皆伝、凰鈴音。参る。




激闘から乱入。そして王道展開まで。基本的に各キャラの戦闘力は上がってるのですが、この乱入者は今回特に強化要素としてあげられる一体です。ちょうつよい。

ストックがなくなってきてるので、今回もしくは次回更新から更新に間があくと思います。

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