インフィニット・ストラトス Re:IMAGINE   作:如月十嵐

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一話「IS技研から行く男」

 3月も末、春の陽気もそれなりに顔を出し始めた頃、織斑一夏は十人ほどの女性を一緒に隣り合って座り、雑談をしていた。といっても、一夏はほとんど発言していない。香水の話題なんて分かるワケがない。確かに生まれて十五年。余り小洒落た趣味も持たずに生きてきた彼であったが、別に硬派を気取って生きていた訳でもない。だからといって、分からない話はわからなかった。

「織斑君! 訳知り顔で頷いてないで話に入りなさい!」

 そうこうする内に、普段は通信オペレーターを担当する静さん(23歳独身)から注意の声が上がる。それに他の女性陣も頷く。皆、十代後半から二十代前半ほどの若い女性ばかりだ。

「いやだって、香水の話題とか全然わからねえし……」

「現場でそれは通用しないわよ! 貴方来月から生活する場所を想定して言ってるの?」

「……はい」

「せっかくデモンストレーションしてるんだから今のうちに慣れた方がいいわよ?」

 ため息をつきながら、しかし心配そうな表情で静が言う。

「いや、俺別に女性が苦手とかそういうのでもないし、普通に会話できますよ」

「それサバンナでも……IS学園でも同じ事言えるの?」

 仰るとおりです。

 

 IS技術研究所。通称IS技研は日本政府が設立したIS研究機関だ。政治も女性がメインとなることの多くなった昨今。既得権益と権謀術数で衆議院の席を守る賢しくも己の保身と同時に国の未来を考える彼らによって、この組織は作られた。表面はISの多様な利用のための研究。であるが、その実態は「男でもISが乗れるようにする」ための研究を日夜行なっている。

 

 構成員はISのブラックボックス部分であるコアの研究に熱心な科学者と、ISの登場によって落ち目となった旧軍事系産業の技術者。そして、挫折を知ることで視野を広げた元IS操縦者の女性達が多くを占めている。

 

 その中で、若干15歳。中学三年時に組織入りし、この一年間通いながらもこの組織に属している織斑一夏のポジションは、技研専属のテストパイロットである。本来男では動かせないISを、動かすために呼ばれた男。一見どこにでもいそうな彼が、技研よりテストパイロットとしてスカウトされたのには理由がある。それは姉の織斑千冬の事だ。

 彼の姉、織斑千冬を今この世界で知らない者もいないだろう。最初のIS操縦者にして、最強のIS操縦者。「オールドワン・オールワン」「ブリュンヒルデ」の異名をとる天才。IS世界大会(モンド・グロッソ)の第一回総合優勝および格闘部門優勝者。この世界では開発者である篠ノ之束と同じく、生ける伝説とでも呼ぶべき存在だろう。故にその弟である一夏に声がかかった。まあ、それは一夏にとっても千載一遇の好機であった訳だが。

 

 

「愉快なハーレムオリエンテーションはどうだ? サマーズワン」

 声がかかる。振り返ると、IS技研の最高責任者。八張総司長官であった。一夏をIS技研にスカウトした人物であり、知りたかった真実を教えてくれた一夏にとっては恩師の一人で数えれる男だ。ちなみにサマーズワンとは一夏の組織上コードネームの事だ。読んで字の如しの名義的なものだが、八張はコードネームで呼ぶことに徹してる。

「順調……だと思います」

「そりゃ良かった。断言されたら逆に不安になるところだった」

 八張長官はそう言って笑う。

「学園の入学手続きは既に済ませてる。送る荷物は事前提出させた分で全部か?」

「はい。残りは手持ちの荷物なんで。ありがとうございます。長官」

「何礼はいらん。サマーズワン。お前がわが組織に貢献した功績に比べればな。『銀鋼』が完成したのはお前のおかげだ」

「全員の成果です」

「無論そうでもあるがな」 

 

 銀鋼(シロガネ)それは、世界初の「男でも乗れるIS」その試作壱号機の事である。日本製第二世代量産型IS「打鉄」の次期後継機用テストフレームを基礎とし、旧軍事企業と男系技術者がその技術の粋を集めて製作。そこに篠ノ之束から特別に提供コアを解析、独自にチューンを施す事で一夏が搭乗、操縦に成功した機体である。現状はまだ、一夏しか乗れない機体ではあるが、それでも男が乗れるISという人類未踏の領域に踏み込んだ機体なのだ。

 このコア特別提供は、篠ノ之束と一夏の姉である千冬が特別友好的な関係を築いている事に起因している。つまりこれもまた、一夏が技研にスカウトされた理由なのだ。あの奔放な天才。篠ノ之束から専用の研究用コアをもらうための口実。それが一夏であった。

 

 いいように利用されていると。時々一夏は感じる。しかしそれ以上のリターンを一夏は得ていた。持ちつ持たれつの利害の一致。それは、心地いい関係だった。

 

 

「銀鋼はまだ調整中ですか?」

「ああ、最終調整中だ。なにせ、確実な稼働において怪しい点が山ほど残っているくらいだからな。その上実質スペックは第二世代初期機相当だ」

「ハイパーセンサーもまともに稼働しなかったあの頃に比べれば贅沢なくらいです」

 銀鋼の建造は困難を極めた。それは一夏が操縦に成功してからも同様だったのだ。本来ISで使えるはずの機能すら動かない。武装を呼び出そうとしたら、全く別の武器が出た。そのたびに調整を行い、さらに昨今投入され始めている第三世代相当機に対抗するための兵装も同時に開発していたのだ。これに関しては、篠ノ之束から「気まぐれ」という名のアドバイスやパーツが送られてきてそれを以ってようやく実装に成功したくらいだ。

「まあ安心しろ。一週間後の任務出撃時には完璧な状態にしてお前に渡す。お前はそれまで、レディーの扱い方でも勉強してろ」

「うげえ、これ以上は勘弁ですよ……」

 音を上げそうになる一夏の腕を女性陣がつかむ。

 

「そういう事言わない! 次は女性のお風呂を偶然覗いた場合の対処法よ!」

「それ必要なのか!?」

「なんとなく貴方には必要そうと思って」

「なにげにすごく酷い言われ方!」

 

 うんざりながらも楽しそうにはしゃぐ女性陣と一夏を見ながら八張はニヤリとし、しかし口を引き締めた。

 

 

 

 そして4月の初め、出発当日。彼のためにだけに作られた白い男用のIS学園制服を着た一夏は、必要な手荷物を入れたカバンを背負い、技術研究所の上昇エレベーター前に立っていた。IS技術研究所は地下施設なのだ。前には、IS技研の職員全員が一列に並び、それだけではない。IS技研を設立した衆議院議員神正治も同席していた。これ以上ない見送りだ。その中で八張長官が一人前に出ると、一夏に歩み寄り大きなベルトのバックルのようなものを渡す。これが銀鋼の待機状態用ドライバーなのだ。

「可能な限りベストな状態に仕上げたが、当てにならない仕様がざっと50はある」

「言えば切がありません。ベストを尽くします」

 一夏がドライバーを受け取ると、八張長官は敬礼する。

「IS技研のテストパイロット。サマーズワン・織斑一夏に敬礼!」

 ザッとそれに合わせて職員、官僚一同が敬礼。一夏もそれに敬礼で返すと、彼らに背を向けると、一夏は上昇エレベーターに乗る。その間、彼は決して振り返らず、ただ前を見続けるのだった。




第一話は本編でいうIS学園入学試験の辺りになります。大きな違いとしては、この作品の一夏は入学試験を受けておらず、技研から推された特別枠の推薦という形での入学になっている事です。
また、一夏がISに乗れるのは「一夏だから」である以上に「男でも乗れるIS」だから。という事で理由付けされています。

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