インフィニット・ストラトス Re:IMAGINE 作:如月十嵐
「凰さん、通信を拒否しちゃってます……織斑君の方は依然反応ありません……」
「……そうか」
ピット内。リアルタイムモニターで見守る中。真耶の言葉に、千冬は重く反応をする。
「生徒一人にあの場を任せる等非常識にも程があるが、実際にこの状況だ。突入まで凰に時間を稼がせるしかあるまい、それに……」
千冬は謎の侵入者である異形に猛攻をかける鈴音を見る。
彼女は異形を圧倒していた。それこそ、異形に反撃の隙を一分も与える事なく。
だが異形の方もダメージを受けている様子はない。いずれ鈴音の集中力とエネルギーが切れる。それまでに打開策が無ければ、鈴音も一夏の二の舞になるのは目に見えた。千冬は落ち着かせるようにコーヒーを飲む。あの異形、明らかに「最初から内側にいた」外部に保護用に展開された遮断シールドに反応がない事からも確か。しかし、ならばあの巨体でどうやって侵入してきたのかというのか……これは今考えても堂々巡りだ。千冬は手前の容器から塩を一匙、コーヒーに入れて飲み干す。その味が、彼女を冷静に戻した。
「先生、IS使用許可を。それと、アリーナの電源も少しお借りしたいのですが」
セシリアは無表情に、しかし早口で言う。
「扉はロック、遮断シールドはレベル4……緊急事態宣言レベルに設定されている。アレの操作だろう。それをどうやって……電源?」
「外部電源を借りて、レーザーライフルの威力を無理やり底上げします。引き絞れば、二十センチ程度の穴は開けれます」
「そんな小さい穴を空けて何をする気だ。小人でも援軍に送るのか?」
「大体、そんな感じです」
皮肉を真顔で返されて、千冬はセシリアを見る。彼女が冗談を言ってるようには見えなかった。現状では援軍、救援は一切送れない状況。教師陣と三年の精鋭がシステムクラックを行ってるが、多少ならすぐさま解除できるはず。今も手間取っているところを見れば、向こうも相当なロックをかけている。セシリアは二十センチの穴に何を送るつもりのか。
「もし、突入部隊に私が数えられているならば、この提案を却下してくださって構いません。レーザーライフルは確実に一時的使用不可になりますので」
「いや、お前のISは多対一には向いてない。そもそも数に入れてない……何か自力で出来るというのなら、やってみろ。IS展開と電源の使用許可はここで臨時に私が出す」
「感謝します!」
言うが早いが、セシリアは真っ直ぐに部屋を出て行く。冷静な顔はしていたが、やはり状況が状況だ。駆け出しくて仕方なかったのだろう。
「一夏……」
そんな中、箒は一人険しく鋭い視線を映る画面に向けて、ギュっと両手を握りしめていた。
十二度目の瞬時加速。二十八回目の斬脚が異形を蹴りつけ、アリーナの壁へと再び激突させる。右脚部ユニット損傷率三十二%。左脚分ユニット損傷率十八%。連続の瞬時加速と鈴音の蹴りにも容易に耐える甲龍の脚部装甲も、徐々に悲鳴を上げ始めていた。圧倒はしているが、異形は未だ無傷。もしもあれにシールドエネルギーがあるなら、十度は零にしているはずだ。
しかし、そんな様子はまるでない。実はシールドエネルギーは存在せず、異様に硬い装甲だけなのかとも思ったが、それにしても甲龍の特殊ブレードを以てする鈴音の蹴りをこうも受けてかすり傷一つ無いのはおかしい。脚部ブレードはダメージを受けているが、別段刃こぼれしたという訳でもない。つまりアレには通常のISの十倍を超えるシールドエネルギーがあるのだ。そんなエネルギーをどこに。とも思ったが、鈴音はこれまでの戦いで一つの推論を立てていた。
あのISには人が入っていない。おそらく無人。無尽蔵なエネルギータングがその人がいるべき部位に搭載されているのではないか。無人のIS等聞いたこともないが、ならば全身装甲も然りだし、常識では考えられないシールドエネルギー量もそうだ。あれはそもそも、ISに似て非なるもの。そう考えた方が早かった。
異形はめり込む壁から起き上がると、姿を消す。ハイパーセンサーからも消える。直感による気配も感じない。音も無い。完全なステルスだ。おそらくこれがあのISがこの学園に侵入し、一夏に一撃を与える事が出来た要因。完璧に己を消し去るステルス機能。これも、常識を超える兵器たりうるISという観点から見ても常軌を逸する機能である。こうも完全に消えられての不意打ちでは、どれほどの達人であっても見切る事は不可能。
だが、不意打ちでも来ると分かっているなら話は別だ。
鈴音は一呼吸置いて目を閉じる。感じるのは空気の流れ。しかし信じられない話だが、あの異形は空気の乱れすら感じさせない。ステルスというよりは、本当に消えている可能性があると思うほどに。そして実際そうではないと鈴音は考えていた。あの異形の武装は両手による打撃と、砲塔から出す見えない衝撃波。鈴音の甲龍に本来搭載されるはずだった第三世代兵装「衝撃砲」に似ている気がするが、まだ今の技術では一撃でISを粉砕する威力は出せない。あくまで見えない砲弾を活かした牽制射撃の類なのだ。故に甲龍には採用を見送られ、空間圧縮技術の洗練と装置の小型化を優先し、衝撃砲そのものではなく、脚部加速ユニットに同系統技術が使われたのである。
もはや消えている間はアレはここに存在していない。そう鈴音は割り切っていた。ありえないと切り捨てるのではなく、そうであると受け入れる。つまり見るべきは再び現れる瞬間。ついに、異形が姿を再び現す。場所は、未だ倒れる一夏の目の前! 鈴にとっては……予想通り。
だがそれは同時に甲龍脚部ユニットの限界でもあった。鈴は脚の痛みに膝をつく。右脚部ユニットの損傷率は八割を超えている。瞬時加速はもはや使用不可。それでも、鈴自体の右足に痛み以上の異常がないのであるから、中国IS開発部がその威信をかけて開発した脚部装甲の堅牢性が分かる。
「はあ、はあ、はあ、はあ……っ!」
そしてそれは、鈴自身の限界も示していた。これ以上の全力戦闘は困難。実質片足での戦闘となる。対して異形は……
「そう……まあ、そうよね」
さも当然と、起き上がっていた。確かに胸部装甲には亀裂が入りそこから火花が散っている。しかし戦闘行動には支障がなさそうだ。鈴は左脚部から迎撃散弾を撃つ。しかしそれは防がれる。信じられない話だが、シールドエネルギーが復活しているのだ。無限だとでもいうのか。アレは。
「もう少し、後。もう少しだけ」
それでも鈴は立ち上がる。この身、この一念、己の愛した人を守らんがため、どこに倒れる道理があろうか。少なくとも、鈴には無い。無いのだ。鈴は壊れた右脚を軸とし、損傷の薄い左脚を構えた。
……
昔の事を、思い出していた。
目を閉じ、耳を塞ぐのは簡単な事だよ。それが楽チンな生き方。でも、私は生憎それが出来なかった。天才っていうのはね、世界がそれを許してくれないんだ……立ち止まる事を許してはくれない。
思い出すのは、自分が変わる契機となった会話。
私は世界の深淵を、覗き続けてきた。そしたら、戻れなくなっちゃったんだよ。好きで狂人になる人間はいないよ? それともいっくんは、私が生まれた時からこんな人間だと思ってたのかい?
彼女は常識を壊していった人間。人々が目を背ける真実に真っ向から向かい続け、壊れた人間。
ま、それはそれで楽しいからいいんだけどね~。でも、ちーくんや箒くんにはそうなってほしくなかった。だから私は今、こうやって一人好き勝手生きてるんだけどね~。で、いっくんはどうなのかな?
彼女は問いかける。
いっくんは目を閉じ、耳を塞いで生きる事ができる。普通の人のように。私は、いっくんには楽しい人生を過ごして欲しいと思う。ちーくんや箒くんのように。でも、いっくんには素質がある。ちーくんの弟だから、素質があってしまう。まだ目覚めていない素質に、見ないふりをする事も出来る。
彼女は笑っている。だが、今はその言葉に鋭さがある。
でも、真実を知ろうとするならば。ちーくんが目を背けた真実に、向きあおうとするならば。いっくんはもう「普通」に戻れなくなる代わりに、「真実」を得れる。
彼女は両手を差し伸べた。右手は、自分を助けてくれる手。「普通」への道。左手は、協力者を求める手。「真実」への道。
好きな方を選びなよ。どちらを選んでも、私は嬉しい。でも、「選ばない」事は許されない。悪いけど、ここがいっくんの人生の分岐点だよ。人生の分岐点は突然現れる。子供でもそれだけは逃げてはいけないんだ。だから、ここで選ばなければならない。さあ、どうする?
彼女が笑みで問いかける。俺は……織斑一夏は、その左手をしっかりと握った。彼女は……篠ノ之束はニヤリと笑う。
ようこそ、深淵へ。歓迎するよ、盛大にね。
『駄目だなあ、いっくん。目を閉ざしてちゃ』
声が聞こえる。そこで、一夏は意識が覚醒する。体中が痛い。シールドエネルギー残存30。知らない間に随分と削れている。何があったのか、よく覚えていない。
『お、目を開けたね。そうそう。そうこなくっちゃ。君は双眸見開き、世界を見る事を決めた人間だ。今ここで目を閉じるのは世界に対する冒涜だよ?』
『……すんません……束さん』
一夏はその個人通信に応える。篠ノ之束、世界の愉悦と真実を求め続ける探求者。彼女がいきなり通信をしてきたことに、一夏は驚かなかった。全てのISのコアは彼女が製作者だ。それはつまり、全てのISコアが彼女の眼にも等しい。
『時間が惜しいのでパッパいくよ。ビンゴだ、やっぱりいっくんで正解だった。私達の「仮想敵」が出てきた』
『!』
一夏は前を見る。そこにあったのは、濃灰の異形と、それに立ち向かう鈴音。では、あの異形が……篠ノ之束の、IS同盟の仮想敵?
『言っても、下位クラスだけどね。だけど間違い無い。あれは
『あれが……』
『にしてもあの娘、すごいねえ。超越兵器に拮抗しちゃってるよ。すごいすごい……でも、さすがに限界っぽいね』
束が面白そうに見る。鈴音は確かに防戦一方だった。その脚部はぼろぼろだ。しかし異形の胸に亀裂が入ってる事から、一撃を入れたのだろう。それがどれほどの困難な事なのか、一夏は知っていた。
『さあ、それじゃあ。行こうか。いっくん。ここまで耐えた彼女には感謝しつつ退場してもらおう。ここからは「私達」の戦いだ』
『了解です。束さん』
銀鋼、再起動。一夏は加速と共に、鈴音に一撃を与えようとしていた異形に重連掌打を叩きこむ。シールドエネルギーにダメージは防がれるが、異形は吹っ飛び距離は稼ぐ。
「い、一夏っ!」
「悪い。迷惑をかけた」
驚きと嬉しさが綯い交ぜになった表情の鈴音に、一夏は応える。
「遅すぎるわよ。寝坊しすぎ」
鈴音は何か言葉を探して、軽口を叩く。だがその言葉の重みを一夏は分かっていた。
「ここからは俺がやる。お前は後ろに」
「でも、そのISじゃあ」
「いや……手はある。任せろ」
「……じゃあ、任せたわ。バトンタッチ」
その眼に何かを察した鈴音は反論せず、後ろに下がる。その際に一夏は彼女と選手交代のタッチを交わし、真正面に異形を見据える。束の通信が飛ぶ。
『モノがモノだからね、五分が限度だよ。後勝手もいろいろ変わる。でもま、大船に乗った気でいなよ。天才束ちゃんの自信作だからさ。それに、きっと言わずとも分かるはずだよ。君のためにあるシステムなんだから』
『わかりました』
一夏は頷くと、コンソールパネルからシステムロックを解除。システムから口頭入力による承認を求められる。一夏は応える。
「
そこに、『白』が化現した。
オリ要素全開からの覚醒展開まで。ここまで毎日更新を心がけてきましたが、ここにて一度更新が滞る事になるかと思います。原作一巻完結分までを書けた時点で、また更新を再会する予定です。
一巻分は全25話を予定しています。