インフィニット・ストラトス Re:IMAGINE 作:如月十嵐
5月も末の朝、一夏が登校するとクラス中の女子が冊子片手に談笑していた。チラリと見ると、それはISスーツのカタログらしかった。ISスーツは現代技術の粋が集結したもので、ある意味世界でもっとも高性能な服と言えるのかもしれない。ちなみにこのISスーツがピッタリと肌に密着してるのはいいとして、やけに露出度が高いのはこの女尊男卑社会を支配しているのが、実は男であるという事を証明する一つとなっている。
最も、そんなことをIS学園の生徒が知る由もないし、知って気持ちのいいものでもないだろう。だから一夏は黙る。
「ねえねえ、織斑君のISスーツはどこのタイプなの?」
「うちの研究機関の特注だそうだ。モチーフはストレートアームモデルらしいけど」
ちなみに、このISスーツが無くてもISの操縦は可能なのだそうだ。某人造決戦兵器も似たような感じだった気がするが、理由は何だっただろうか。
「ISの表面には微細な電位差を検知するセンサーがつけられており、操縦者の動きとISの機動をシンクロさせているのです。なのでデザイン値段よりも、自分の体に合うかどうかを第一に選ぶべきなんですよ」
そう答えながら現れるのは山田先生だった。おお、と生徒が感心するが、何だか友達感覚な感心のされ方である。山ピー、やまや等既に八つもアダ名をつけられているのだから、慕われているのやら低く見られているのやら。
「諸君、おはよう」
「おはようございます!」
続いて千冬姉が教室に登場。また山田先生とはえらい態度の違いである。方向性の違いこそあれ、慕われてるのは同じであろうがこうも態度が違うと、山田先生も少し可哀想だ。千冬姉は教壇に立つとクラス全員を見据えテキパキと喋る。
「今日から本格的な実践訓練。ISに搭乗しての授業を開始する。ISスーツは各人のが届くまでは学校指定のものを使用するように。それを忘れたものは学校指定の水着を着てもらうのでそのつもりで」
この学校指定の水着は何とスクール水着。それも紺色のアレである。そして体操服はブルマ。言うまでもなく、女尊男卑社会の支配者が実は男である事を証明……いや、それ以前の問題だ。正直一夏はこの事実を知って変な声が出そうになった。無駄な知識だが、ブルマは確か十年以上前に完全廃止された存在である。しかも皮肉なことに、その廃止を推進したのは、IS普及以前の女性運動家達や女子学生達である。つまり女尊男卑の世の中にあってこのIS学園の規定は過去の女性の活動を否定しているのだ。嫌な事実である。
IS学園に自分の性癖を余すところ無くぶつける奴も奴だが、受け入れた学園も学園だ。確かに旧式スクール水着やブルマは今の時代には逆に新しいモノとして写るのかもしれないが、それにしたってこれはない。あんまりだ。決めた大人はきっと、着る立場にない他人事で決めたのだろう。それを女子生徒が受け入れてしまってる辺り、モノを知らないというのは恐ろしい。最も、一夏のスクール水着やブルマの知識はこう……ゴニョゴニョな出所からなので実際目にしたことはないのだが。
閑話休題
何故ISスーツに学園規定のモノがあるのに専用のを購入するかと言えば、ISの搭乗者に適応し変化するという仕様に合わせて、己のスタイルを確立するためにである。IS自体の専用機は無理でも、ISスーツだけでも専用とすることで、オリジナルを見出すのだそうだ。実際これは気休めとはいえ効果も実証されている。
これに関して専用機持ちには「パーソナライズ」という特権がある。ISスーツは本来一々着替えないといけないのだが、スーツとISを同時展開する事が出来るのだ。非常に便利だが、これをするといざ普通にISスーツを着る時に手間取るので授業でのパーソナライズは禁止されている。
「さて、報告事項はもう一つある……何とも珍しい事であるが、転校生が当クラスに来る事になった。二名だ」
『えええっ!?』
千冬姉の言葉にクラスの女子達が驚く。一夏も驚いた。この時期に転校生とは。それも二人? まず国家代表候補と考えていいだろう。一組に集中したのは、偶然ではなく必然と考えるべきである。一夏自身はあまり自覚がないし、そもそも一夏自身の特別性は薄いのだが世界的に見れば一夏は現在たった一人の例外なのだ。多少無理をしてもその環境にスパイ。とは言わずとも候補生を放り込んでおきたいと思うはずだ。
「では、入って来い」
千冬姉が促すと教室の部屋が開いた。
「失礼します」
「……」
入ってきたのは、女子が二人。髪と目からして二人共ヨーロッパ系。二人共ズボンタイプの制服だが、内一人は黒眼帯に冷徹な視線。軍関連と見て間違いない。
と、ここでクラスの女子が静まり返ったことに一夏は気づいた。何故急に黙るのだろうか。
「シャルル・デュノアです。フランスから代表候補生として転校してきました。不慣れな事もあるかとありますがお願い致します」
幼い少年のような声で、シャルルが自己紹介する。礼儀正しい振る舞いに、中性的に整った顔立ち。髪は金髪で、後ろの髪を首の後ろでまとめている。背はそう高くない。それにしてもシャルル? 確か男名でなかったか。親は男として産みたかったのかもしれない。一夏がそう考えていると、
「お、男?」
一人の女子生徒が呟く。おいおい、いくら男名で中性的な顔立ちだからってそれは失礼だろう。男の一夏には分かる。この子、雰囲気が女子だもん。
しかしこのシャルルは何とその言葉に頷いた。
「はい。こちらに僕と同じ境遇の人がいるとの事で是非このクラスにと転入を……」
なにを言ってるんだこいつは。そんな見え透いた嘘が通るとでも思ってるのだろうか。クラスの女子には分かるだろ。そう思った一夏の周りで歓喜の声が上がる。
『きゃああああああ!』
「二人目の男子!」
「しかもうちのクラス!」
……え。誰も気づかない系ですか? 一夏が辺りを見回すと、セシリアと箒に目が合う。セシリアは「どうしたものか」という顔をしていた。箒は無表情。とりあえず後で協議しよう。それにしても、女子生徒だけならばともかく教員を、何より政府や学園の審査をどうやってパスしたのかがかなり疑問だ。これは、正式に調べた方がいいのかもしれない。
「騒ぐな。転校生の紹介はまだ終わってない」
別にそちらも忘れていた訳ではない。こちらも無視するには困難を極める強烈な個性の少女だ。長い銀髪、眼帯ではない方の目は何と紅。肌の白さからもアルビノか。その背はかなり小さく、軍服を改造したような制服と眼帯が無ければ、妖精と形容してもいいだろう。
「……」
当の本人は目を閉じて黙ったままだ。何か思う所があるのか。それとも単純にクラスに興味がないだけか。
「挨拶をしろ、ラウラ」
千冬姉の言葉に、ラウラは目を開けて素直に返事をする。
「はい、織斑教官」
「今は教官ではない。ここでは先生だ」
「……Jawohl」
ラウラと呼ばれた少女は少しだけ不満気味に頷くと、クラスを見回し一言。
「ラウラ・ヴォーデヴィッヒだ」
『……』
「以上だ」
終わりかよ。まあ、一夏もそこまで洒落た自己紹介をしたわけではないので文句を言う筋合いはない。それにしても千冬姉を教官と呼び、さっきの言葉……ドイツ人か。千冬姉がとある事情でドイツ軍のISチームの教官を一年していた事は、一夏にとっては少しだけ辛い事実だ。そこでふと、一夏の目線がラウラと交錯する。
「! 貴様……」
彼女は教壇を降りると、一夏の目の前に立つ。一夏はそれを真っ直ぐ見据える。
「確認を取る。織斑一夏か」
「そうだ」
「そうか」
するとラウラが右手を差し出した。握手だろうか。応じない訳にもいかないので、その手を握る。華奢で柔らかい手だ。彼女が軍人である事を忘れそうになる。そう思った瞬間、一夏はまるで万力で掌を潰されるかのように握りしめられた。
「ッ!」
「私は、お前を許さない。だが同時に、お前には感謝しなければならない。腹立たしい話だ」
「……そうかい」
ラウラが手を離し、一夏は痛みを表に出さないようにしながら手を戻す。手が砕けるかと思った。一夏もお返しにと強く握ったが、彼女はまるでそれを痛む素振りも見せない。キツい挨拶だ。
それを何とも言い難い目で見ていた千冬姉が、やれやれと首を振る。
「それでは、HRを終了。これより二組との合同訓練を行うので、各人は着替えた上、すぐに第二グラウンドに集合すること。以上」
その言葉を聞いて、一夏はすぐさま立ち上がる。この場はもうすぐ、禁断の花園と化す。それまでに脱出しなければ男尊女卑でも捕まる状況だ。更衣室は第二アリーナの場所が空いているはずだ。
「織斑。デュノアの面倒を見ろ。同じ男だろう」
千冬姉が言う。男? 未だに一夏はそれに対して疑念を持っているが、まあ男だと言うならそうということにしておこう。どうせ女なら、すぐに。それこそ今にでもボロが出るはずだ。
「君が織斑君? 初めまして、これからよろし……」
「挨拶は後だ。まずここを出るぞ」
一夏はシャルの手をさりげなく握って教室から連れ出す。きめ細かく柔らかい肌。やはり女だ。軽くカマして露呈させ、真意を聞き出そう。
「とりあえず男子は空いてるアリーナで着替えだ。言っとくが俺たちだけ時間制限に猶予はないぞ。スピードが命だ。慣れろ」
「ああ、なるほど。分かったよ」
「便所は済ませたか? 着替えたら面倒だぞ?」
「とっくに」
シャルルは軽い調子で答える。なるほど。この程度では動じないか。
「何よりだ」
一夏はシャルルを連れて足早に行く。何故なら、障害は距離だけではない。
「あ、転校生の子よ!」
「それも織斑君も一緒! ヒャアー! 我慢できねえ! カモがネギしょって歩いてるようなもんだわ!」
「HQ! 二階にて目標を発見! 援軍ありったけ!」
HRを終えたのであろう他の組の女子達がわらわらと出てくる。もしもアレに捕まれば、質問攻めで遅刻。その後には理不尽な反省学習だ。シャルルが横でヒューと笑う。
「華々しい歓迎だね。サインの練習してないや」
「随分と余裕だな。多数の女子に追い回された経験は?」
「コレージュ時代に少し」
自然な対応だ。しかし、女子であってもシャルルの中性的な顔立ちならばモテておかしくはない。とりあえず今は、突破を優先しよう。
「突破するぞ。言っとくが、ここの波状攻撃がフランスのお淑やかなお嬢様と同じだと思ってると痛い目にあうぞ」
「お転婆なマダムは好みだよ」
「そいつぁ良かった!」
一夏とシャルルは同時に走りだし、女子達からの逃走を開始した。