インフィニット・ストラトス Re:IMAGINE   作:如月十嵐

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二十七話「模擬戦」

 

 

 一夏は銀鋼を展開すると、授業に重宝するだろうと追加装備枠に入れていた武装。「可変式銃剣」をコールする。展開されたのは文字通り銃と剣の両方の性質を持つ武器であった。簡易変形機構を備えており、銃モードでは単発ライフル。剣モードでは近接ブレードとしての機能を兼ね備えている。使い分けで便利がいいのだが、器用貧乏な武器で実戦に向いてるとは言い難く今のような授業での模擬戦に重宝する武装だ。一夏はそれを剣モードにしてその刀身四尺のブレードを右手に持つ。

「授業は残り一時間半で、俺たちの班は十人か。一人頭七分で進めてく。遅れれば織斑先生のきっつい補習だ。気合入れてくぞ!」

『おーう!』

 一夏の言葉に十人の生徒が手を上げて同意。士気十分で結構な事だ。

「結構! じゃあ一人目は誰だ?」

「はいはーい! 出席番号一番! 相川清香! ハンドボール部所属! 趣味はスポーツです!」

 元気よく名乗った彼女はそのまま待機状態の打鉄に搭乗。コンソールでステータスを確認すると起動する。まだ実際に動かしたのは数度のはずだが、そこは適正試験や実技試験をパスしてこのIS学園に入学してきた才ある少女。スンナリと起動させ、装備である近接ブレードを展開する。

「織斑君! 一本取ったら何か賞品ある?」

「訓練に賞品を求めるのかよ……よし。じゃあ訓練で俺から一本とった子は昼飯奢りだ!」

 おお! とグループの生徒十名が笑顔を見せる。餌で釣ってるみたいだが、それで士気が上がるなら結構。

 

「言っとくが、そう簡単には取らせんぞ。本気でいくからな」

「十分! じゃ、行くよ!」

 清香と名乗った少女がダッシュでこちらに向かいブレードを振るう。それを一夏は可変銃剣で軽く受けると、右足で彼女を思いっきり足払いして転ばせる。実は余り知られていないが、ISのシールドエネルギーはあらゆる場合に発生する訳ではない。その状況でコアが判断してシールドエネルギーや絶対防御を使い分けている。故に直接の殺傷力が皆無なただの足払いでは発動しないのだ。最も、ISには慣性制御があるので、多少の物理衝撃は中和されてしまうので全力で蹴る必要がある。

「ひゃあ! ……なんてね!」

 彼女は蹴られて転がりながらもブレードを真上に投擲。一夏はそれをかわして清香の頭を軽く叩き、寸部狂いなく落ちてきたブレードを左手でキャッチする。

「あ」

「さすがにこんな引掛けでは負けるつもりはない……次!」

 

 その後一夏は順調にグループの女子達と訓練を続けていく。優秀な班で一夏は大変結構なのだが、一夏に一矢報いようと搦め手ばかり使おうとするのでそれは失敗だったと心中で反省する。

 その傍ら、隣を見る。鈴音は蹴りを封印して武装である双天牙月を用いての近接訓練。セシリアは空中機動するISへの射撃訓練。シャルルはラファール・リヴァイヴの特性を活かした武装切り替えを教えながらの訓練と、それぞれ己の味を活かした訓練を行なっていた。そして最後の一人、ラウラだけは無言で、怖じけながら来る生徒達をまるで野良犬でもあしらうかのようにいなしているのが気にかかっていたが……少しだけ空気が変わる。ラウラ班の最後の一人。それは箒だった。箒は打鉄に乗り込んでブレードを展開すると、ラウラを見据え喋る。

「篠ノ之箒だ」

「……篠ノ之束の妹か」

 ラウラは少しだけ目を細め、自らのISに搭載された腕部プラズマブレードを構える。しかしラウラの態度が変わったのは、決して箒が篠ノ之束の妹だから。だけではない。箒自身の鋭い覇気が、彼女に戦闘態勢を取らせたのだ。

 

「手合わせを願いたい」

「御託を並べず来い」

 言い捨てるラウラに、箒はブレードを両手で構えるとラウラに突撃する。箒の今の戦い方は、受けと流しに特化した剣術よりも棒術に近いモノだ。木刀はその両方に用いる事が出来る箒にとってちょうどいい得物だったのだ。それをIS用の近接ブレードでどうするのか。一夏は疑問に思ったが、箒は真っ当愚直にブレードによる袈裟斬りを行う。当然それはラウラの右手プラズマブレードに防がれる。そのまま流れるような動きで突き出される左手のプラズマブレード。これは生身の戦闘とは違う。プラズマブレードの刀身をいつものように手で受けるのは危険な行為だ。だが箒は、まるで自らプラズマブレードの餌食になりに行くかのように前進。しかしその一撃はまるで流水を斬りつけたが如く躱され、箒の手がラウラの腕を掴む。次の瞬間。PICによって慣性制御されているはずのISが箒の手首一捻りでひっくり返った。そのまま仰向けに倒れるISとラウラ。

 

「!?」

 驚くラウラ。当然だ。攻撃を行ったら、何故か自分が組みふされているのだから。そして驚いたのは一夏も同じだ。箒とはISの操縦を教えるという名目で何度か練習していたが、それはあくまで基本的な操縦の話だ。箒は強い。しかしそれはISに関してはまだまだ素人。の、はずだった。箒は手を離すと、ラウラを見下ろす。

「ありがとうございました」

 ペコリとお辞儀をして背を向く箒。それはラウラにとって最大の恥辱だろう。彼女はすぐさま起き上がり叫ぶ。

「待て! ……もう一度だ!」

「……」

 箒は黙ってラウラの方を向くが、その顔は僅かに微笑んでいる。わざと挑発したのだ。箒は近接ブレードを構える。

「なら、お前から来い」

「ッ!」

 いつのまにか立場が逆転していた。しかしラウラは一度箒に訓練とはいえ倒されたのだ。文句を言う道理はない。気づけば、周りの人間の目線が全てラウラと箒に集中していた。その中には当然、教師の、千冬の視線もある。これでまた先ほどと同じように倒れてはラウラの、ドイツ国家代表候補の尊厳は地に落ちるだろう。先ほどに油断がない訳では無かった。純粋にこの篠ノ之箒は強いのだ。格闘の受けに限定すれば代表候補を軽く凌ぐ程に。

 ラウラは一瞬目を閉じて……見開いた。迷いは残ったが、躊躇いは消えた。両腕のプラズマブレードを静かに構える。箒の表情からも僅かな微笑みが消え、戦闘者のそれとなる。それを見ていた周りは、何も喋れなかった。それほどまでに二人から放たれる「気」とでも呼べる何かが、鋭い刃のように空気を裂いていたからだ。

 

 影が走るように、音も無くラウラは箒へと加速した。そして刺突。当たれば絶対防御の発動は免れないであろう致命への攻撃。しかしそれを箒は近接ブレードを蹴り弾いての回転で左腕の刺突を絡め受け、そこを支点として刃をラウラの右腕に向ける。ラウラはそれを弾く。まるでバトンのように再び近接ブレードは回転。通常ならば回転するブレードをアーマー越しとはいえ素手で操る等狂気の沙汰ではないが、箒はその回転に平然と手を突っ込み回転を制御し、軽い蹴りで勢いをつけて回転を持続させる。さすれば近接ブレードはまるで箒を守る刃の盾だ。

 しかしラウラは退かない。退けば楽だろう。何より箒の戦い方は射撃武器を範疇に入れていない。格闘限定の訓練だからこそ強さを発揮する戦闘方法。生身の格闘戦術をそのままISに組み込んでいるだけに過ぎない。そもそもレーゲンタイプの豊富な武装を一つに限定するというこの訓練は手加減もいいところではないか。そんなくだらない言い訳が頭に浮かんでは、ラウラの冷徹な思考がそれを潰す。だからなんだ。それが箒の強さを貶める理由にはならないし、ここで退いていい、負けていい理由になるはずもないのだ。

 ラウラは絶え間なくプラズマブレードを操り箒の回転する近接ブレードに拮抗する。それだけなら、ラウラが一つ防御を切り捨て攻撃するだけで勝てるが、もしも箒に腕を掴まれたらそれだけで負けるのは先程の事からも分かり済みだ。剣身一体とはまさにこの事。戦いながら、ラウラは自分の心に可笑しくなる。

 

 ただ、織斑教官を連れ戻したかった。その弟を排除したかった。それしか頭に無かったはずなのに、こんな極東の学園に、ここまで凄まじい現代の「侍」がいるとは。何と、人生の面白いことか!

 

 ラウラは一歩間合いに踏み込み、回転する刃を制して右のプラズマブレードを突き入れる。箒もまたそれに合わせて踏み込む。プラズマブレードの刺突は確かに箒を捉えていたはずなのに、その攻撃は躱され、ラウラの右手首が掴まれる。しかし、同じ手を二度も受けるために攻撃したラウラではない。

 瞬間回転するラウラ。しかしそれは前回と違う所がある。それは二度目であるという事だ。ラウラは自らが回転すると同時に肩の関節を外す。激痛が走るが、この痛さをラウラは知っている。知っているならば、それは障害とはならない。ラウラは掴まれた右腕を無視して身体を回転。予測不可能な左プラズマブレードの刺突を繰り出す。だが箒は違和感を察知。即座に掴んでいた右手を放すと、近接ブレードでプラズマブレードを受け流す。

 そこに軍隊仕込みのラウラの蹴りが箒を直撃する! その威力にシールドエネルギーが発生。直撃を守るが、衝撃を受けて吹っ飛ぶ箒。そのまま回転して空中で停滞しようとするが、どうやら空中停滞と慣性制御が不慣れで維持できずに落ちてしまう。

「ひゃっ」

「おっと!」

 それに一早く反応したのが一夏だ。素早く箒の落下点を予測して、彼女を受け止める。あれだけの技量を持ちながら、攻撃を受けてからの空中停滞の一つも出来ないとは。ラウラは若干呆れながら、肩の関節をゴキリという音と共に戻した。 

 

 それらの一部始終を見た千冬が、タイミングを見計らって喋り始める。

「……血気盛んなのはいいが、授業中での訓練で余り全力を出し過ぎないように。それでは、午前の授業はここまで。午後からは今日使った訓練機の整備を行う。各人格納庫まで使用ISを運んでおく事。以上」

 それだけ言って教師二人は去り、生徒達は片付け作業に入る。一段落ついて一息ついた一夏の腕で、箒が暴れる。よく考えれば今箒は一夏に所謂「お姫様抱っこ」をされてる形だった。

「そ、そろそろ降ろせ!」

「ああ。はいはいお嬢様」

 一夏が箒を降ろすと、彼女は何か文句を言いたげな顔であったが、一先ずISを牽引用の荷台に載せて降着状態にさせて降りる。そして無言で一夏の方を見る。一緒に押せというのだろう。一夏はやれやれと首を振って箒と一緒にISを押す。

「……お前が悪いのだぞ」

「ん?」

「お前がふっ飛ばされてからの空中転換を教えなかったからこうなったのだ」

「あ~、確かにそうかもな。すまん」

 理不尽な言われ方が一理ある。実際一夏が教えていればもう少し箒も格好がついただろう。

「こんな急に必要になるとは思わなくてな……部屋が別々になってから、教える機会も減ったし」

「……ま、まあ。それはそうだな」

 

 どことなくギクシャクした会話になってしまう。あの日部屋が別れてから一夏と箒が交わす言葉の数も減っていた。同室していた時も最低限しか喋っていなかったが、いざこうなってみると同室者である事の重みを感じる。箒を意を決して喋る。

「そ、そうだ。一夏。今日昼休みの予定はあるか?」

「ん? ああ、お前とセシリア、後鈴も誘って昼食を食べたいと思ってる。もう一人の転校生の事で意見を聞きたい」

「もう一人……デュノアという子か」

「いろいろ引っかかる所がある。昼飯ついでに意見が欲しい」

 二人ではないし、本筋も他の人間の話……だが、箒もシャルルには若干気がかりな点があったし、セシリアや鈴は多少とはいえ勝手知ったる仲だ。断る道理もないだろう。

「分かった」

「ああ、それじゃあ昼休みに屋上に来てくれ」

 

 二人は格納庫にISを入れると言葉を交わして、それぞれの方向へと去っていった。


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