インフィニット・ストラトス Re:IMAGINE   作:如月十嵐

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二十九話「一触即発」

 

 

 

「ねえ、一夏」

「なんだ。シャル」

 シャルルが転校して来てから既に五日が経過した。シャルルの言動はラテン系男子の雰囲気を崩さない。女性には優しく、時に大胆。男を知らないIS学園女子には劇薬みたいな存在だ。だがシャルルもその引き際を心得ているのか大したトラブルを起こす事もなくいる。一夏との生活でも同様だ。もはや一夏の中では決定的証拠が無い限りシャルルが男である事を疑う余地は無くなっていた。一応技研の方にフランス政府やデュノア社の資料を漁ってもらっているが、徒労に終わるかもしれない。

 そして今、一夏とシャルル。加えてセシリア、鈴音の四名はアリーナの一角で自主練習を行なっていた。今日は土曜日であり、授業は午前までなのだ。アリーナの全てが練習のために解放とあって、一夏達以外にも様々な生徒が自主練習や調整を行なっている。一方で、今日は箒はこちらを休んで剣道部の方に顔を出している。箒も剣道部とISの特訓を同時に行いながら、自主的な篠ノ之流の鍛錬と自己開拓も妥協しないというハードなスケジュールだ。最も、鈴音も同タイプなのだが、箒の凄いのはそれを苦と思わない事だ。日々の日常の中に鍛錬が組み込まれているので、それをしない方が辛いらしい。

 篠ノ之流から極限まで我流化してる箒が何故剣道に拘るのか。それは箒曰く、「精神と協調」を養うためであるらしい。人は一人で戦えても、一人では強くなれない。故に共に鍛錬し切磋琢磨する。箒はそれを非常に高く見ている。そのための剣道であるのだそうだ。最も、箒としては幼少より長く続けてきた剣道を競技としても愛しているという事は一夏も見て取れる。武術は浅く広くしか持たない一夏にとっては耳が痛い話だ。日々鍛錬が座右の銘なだけある。

 

 閑話休題。

「僕さ、出自の都合上、他の代表候補生を見るのはここに来てからが初めてなんだけど」

「俺もそうだったぜ」

 一夏とシャルルは簡単な模擬戦を行なった後で休憩しながら、セシリアと鈴の練習を眺めている。

「代表候補生のカスタムISってこんなにも個性尖ってるものなの?」

「……いや、この二人が極端過ぎる例外だと、俺も思いたいなあ」

 一夏はそう願いを込めながら二人を見る。彼女達の自主訓練を見るのは一夏も初めてではないが、やはり普通ISでする特訓ではない。

 

「……」

 まずセシリアは、瞑想していた。ISを展開した状態で坐禅を組み……まずここがおかしい。どうやってISアーマーのついた足で坐禅を組めるのか理解できない。とにかく坐禅を組みながら、目は閉じ、若干その身を浮かせて、彼女は瞑想していた。まるで悟りを開いた修行僧のような状態だ。そしてその周囲では第三世代兵装。ビット兵器「ブルーティアーズ」がセシリアとは対照的にアリーナを飛び回っている。時折ビットによる射撃を行なっては、ダミーの的を寸分狂いなく撃ちぬいていく。目を閉じているにも関わらずである。彼女曰く、ハイパーセンサーによる音波感知で目標を把握し、それを感応操作によるビットで撃ちぬいているらしい。その並外れた集中力と空間把握能力には感嘆せざるを得ない。さすがはBT兵器搭載試作壱号機を学生の身で任された人間だ。

 

 次に鈴音であるが、これに関して一夏は一つ訂正を行う箇所がある。今の一夏には鈴音がほとんど見えていない。ハイパーセンサーを以って集中しなければ、今の鈴音を視認するのは不可能である。鈴音の行なっている練習は簡単に言えばシャトルランである。アリーナの端と端を行ったり来たりしてるのだ。

 

 瞬時音速を絶え間なく用いながら。である。

 

 ISの他の兵器にはない利点として、その圧倒的小回りの良さがある。通常ISの運用速度は大体音速に少し足らない程度と言われている。最高速度は音速を少し超える程度。瞬時加速は瞬間的にそれを超え。専用の高速戦闘装備を用いてマッハ三~五と言った所であろうか。その小ささを考えれば凄まじい速度であるが、史上最速の兵器と呼ぶには程遠い。

 だが、ISの利点はPICを用いて一瞬で最高速度に到達し、また減速も一瞬で停止させる事が可能だという事だ。他の兵器で最高速度がマッハ十を超えるものがあっても、その軌道は直線もしくは曲線を描くしか無い。追尾ミサイルでも直角に曲がる事はできない。だがISならば、音速を維持したまま連続で直角に曲がる事も可能なのだ。更に言えば、速度を落とさず反対方向に切り返す事も出来る。この小回りはISが兵器としての優位性を保つのに重要な要素だ。

 なにせ単純なスピード。威力ならばいくらでもそれを凌駕するものはある。エネルギーシールドは極めて強固であるが、機銃程度ならともかく、ミサイルクラスの直撃を何十発と耐えれるものではない。小ささと圧倒的小回りの良さで撹乱し、その小ささからでは想像出来ない大規模火力を展開する事で迎撃、殲滅する。これがISが現代兵器を相手取るのに必要な要素だ。ISは単騎で中規模国家の総戦力に匹敵すると言われるが、それは危ういバランスの上に成り立つものだ。

 鈴音のIS甲龍はまともな射撃兵装を持たない。故に甲龍自身が「自在な軌道を描く弾丸」そのものである必要があるのだ。鈴音は今約マッハ二でアリーナ間三百メートルを往復してる。凄まじい反射神経が無ければ、一瞬で壁に激突して大事故となるであろう特訓だ。

 

 どちらにせよ、他人に真似出来る。否、他人が真似しようとも思わない訓練を二人は大真面目に取り組んでいた。そしてその特訓風景から二人が学生の身でありながら十分な力を持っている事が理解できた。ISに年齢は関係無い。むしろ若い方がいいくらいであるというのを如実に表す好例だ。

 

「まあ、箒もそうなんだがあいつらは天才で、努力も苦に思わないタイプだ。真似してどうこうな代物じゃない」

「一夏がオーソドックスなタイプで良かったよ」

「そりゃ俺も同意見だ。シャルのISを見てちょっと安心したぜ。ラファール・リヴァイヴのカスタム機みたいだが」

「もうそのまんまラファール・リヴァイヴカスタムⅡって名前なんだけどね。武装関連にかなり手を加えて、追加装備枠を限界まで増やしてる」

 鮮やかなオランジュの機体カラーを持つシャルルのISは、基礎フレームこそラファール・リヴァイヴであるものの、その機体コンセプトは多様な武装を同時かつ高速に切り替えて戦うという独自の戦術運用を行う機体であるようだった。各所に武装展開用のウェポンラックがあり、更に左腕装甲部にはラファール・リヴァイヴにはなかったシールド装甲が装着されていた。背中部のスラスターも小型化、細分化されており、武装展開時に干渉しにくいようになっている。

「ところでさっきの模擬戦だが、やっぱりこの学園内アリーナの戦闘じゃあ、追尾ミサイルを有効活用しにくいな。技研に頼んで何か別の武装に換装してもらった方がいいかと思うんだがどう思う?」

「そうだね。僕のにも追尾ミサイルは搭載されてるけど、距離の関係上さっき使わなかったし、何か……別種の中距離武装のがいいかもね。あ、これなんてどうかな。展開式散弾バズーカ」

 シャルルが自分にインストールされている装備を出して、コンソールを一夏に見せる。確かに学園での戦闘では散弾兵器の有用性は高いかもしれない。しかし銀鋼は将来的には来るべき決戦のために、対IS戦闘に限らず対通常兵器の面も考えなければならない。開けた場所での追尾ミサイルは実際無敵の兵器だ。安易に換装するのは緊急時に危険かもしれない。

 

 

「ねえ、アレ見て……」

「え、まさかドイツの第三世代機体?」

「本国でもまだトライアル中だって話じゃ……」

 突然場がざわめく。セシリアはそのまま瞑想を続け、鈴は停止し立ち止まる。一夏がその方を見ると、そこには黒いISと共にラウラがいた。ラウラ・ヴォーデヴィッヒ。転校初日から箒と超絶技巧の戦闘を行いってからというものの、彼女は特に誰かとつるむでもなく一人いる。そのプライドが傷ついたのだろうかとも思ったが、彼女はまるで平静同然で口から言葉を発するのも必要最低限だ。一夏も初対面以降話したことはない。まず話す事が出来なかったと言ったほうが良いかもしれない。

「聞こえるか。織斑一夏」

「……聞こえている」

 ISの開放回線でラウラの言葉が飛んでくるので、一夏はそれに応える。ラウラのISが浮かび上がりこちらに来た。

「決闘を申し込む。模擬戦ではなく、正統な決闘をだ」

「……理由は?」

「私はお前が憎いが、それが関心である事も認める。わざわざ理由を言う必要があるほど愚鈍な相手を恨んだ覚えはない」

 冷静な口調だ。それは無感情である事を示している訳ではない。炎のような感情を、氷の心に納める事が出来る。優秀な軍人の証明だ。

 

 確かに一夏にはラウラが恨む理由がよく分かる。ドイツで、千冬姉と来れば理由は一つ。一夏が中学二年生の時。第二回モンド・グロッソ決勝戦当日での……一夏が誘拐された事件が原因だろう。

 当時、一夏は自分の強さに自信を持ち始めていた。鈴音と知り合い、凰元帥の元で武道を学び、それをそれまで自分が基盤にしていた篠ノ之流の技との融合を目指していた。既に一夏の戦闘能力は中学二年という身では十分な力を見せ始めており、最強からは程遠くとも、タダでは転ばぬ実力を身に着けてきはじめていた。

 

 ……と、思ってた。そんなのは、ただの妄想で、一夏はやっぱりどこまでも無力な、一人の少年でしかなかった。何の抵抗も出来ず、許されず、あっけなく誘拐されてしまったのだ。余りにも見事で、鮮やかな手並みで、一夏にはどうしようもなかった。

 

 そして、そこで一夏は選択し、双眸見開き世界を見続ける事を決めたのだ。結局一夏を救ったのは、一夏がさらわれる原因であるとも言える篠ノ之束と織斑千冬だった。束が探し出し、千冬が突破口を開いて一夏は救出された。

 そこで何故ドイツ軍が絡むのか。実はその事件後、決勝戦当日に行方をくらませた千冬姉は世界中から非難を浴びる事となった。一夏の誘拐事件はその主犯の都合上、表に出す事が出来ない。かねてから千冬姉には白騎士事件の実行犯であるという嫌疑が濃厚であった事もあり、かなり際どい立場になっていた。その時、窮地を救ったのがドイツ軍。ひいてはドイツ政府による擁護だった。今考えれば千冬姉に恩を売りたかったのだろうが、結果としてそれが千冬姉の立場を守った。ドイツ軍特殊部隊の情報工作によって千冬姉は最悪の事態を免れ、その恩返しという形でドイツ軍IS部隊に一年間教官として赴く事となったのだ。彼女はおそらく、そのIS部隊の一員。

 彼女からしてみれば、千冬の立場は一夏のせいで悪くなったようなものだ。自分の敬愛する教官の地位を貶めた一夏の罪は重い。だが、逆に言えば一夏の失態が無ければ、千冬がドイツ軍で教官となる等絶対あり得なかっただろう。ラウラは千冬姉と知り合う機会すら無かったはずである。その意味で、一夏はラウラと千冬姉を引きあわせた恩人だとも言える。ラウラからすれば複雑な心境であろう。だからこその、この一夏への態度なのだ。

 

「決闘は、今は受けない。相応しき場は他にある」

 ラウラは睨む。学年トーナメントの存在は当然彼女も知っている。早期の決着を臨みたいが故、彼女は今申し込んだが、確かに今より多くの人間の前でこの男を屈服させたほうが彼女の気分が晴れるのは確かだった。

「それに今は言えんが、お前にとっても俺の提案は利になるはずだ」

「……いいだろう。その言葉。今は信じてやる。だが、一つ覚えておけ」

 ラウラの手が、一夏を指さす。眼帯をしていない隻眼が、一夏を貫く。

「この怒りが、例え誰にも理解されず、許されないものであろうとも、私はお前を許さない」

 そう言って、ラウラは静かにその場を離れていく。一夏はそれを見ながら一人思う。

 

 その怒りは、間違ってなんかいない。


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