インフィニット・ストラトス Re:IMAGINE   作:如月十嵐

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三十話「彼か、彼女か。女か、男か」

 

 

 

 ラウラが去り、何となく間が悪くなった一夏とシャルルはセシリアや鈴音に先駆けて練習を切り上げ、更衣室に戻る。相変わらずISスーツ用インナーを着こみ、肌を見せないシャルルであるが、一夏の隣で着替える事には何の異論も嫌悪感も持たない。怪しまれないようにするための対策としては大胆すぎる気もする。シャルはタオルで顔を吹きながらスポーツドリンクを手に取る。

「今日はさすがに汗かいたし、シャワー入らないと。正直めんどくさいんだけどね」

「そう言うな。俺はそろそろ湯船が恋しくなってきた所なんだから」

「ああ、日本人は毎日バスタブにお湯を張って浸かるんだって? すごい贅沢な湯浴みだよね」

「あんまり実感はないが、贅沢なんだよなあ。だがたまには肩まで湯船に浸かるというのも、いいもんだぞ。山田先生の話じゃ、寮の大浴場が俺達向けにも開放されるかもしれないらしい」

「え! 女子生徒と一緒に入れるのかい!? それは大歓迎だよ!」

「んなわけねーだろ! 俺とお前だけだよ!」

 ベシッと一夏はシャルルの頭を叩く。数日間一緒にいてわかってきたが、このシャルル。かなりの女好きのキライがある。つい昨日もここで一番怖いのは何よりハニートラップだと笑っていた。とてもではないが、女が出来る発言ではない。それに、シャルルといえどもシャワーと同じく風呂となれば全裸となるはずだ。他人と一緒に入ることを拒絶しないというのはつまり、やはり本当に男なのだろうか。

 

「織斑君とデュノア君、いますかー?」

 噂をすればなんとやら、ドアの向こうから聞こえてきたのは山田先生の声だった。

「はい。両方います」

「着替えも済んでますのでどうぞ」

「あ、では入りますー」

 そう言って山田先生は入ると、すぐに顔を真赤にして目を覆う。

「なっ! せ、先生をからかわないでください! 着替えてないじゃないですか!」

「?」「?」

 一夏とシャルルははて、とお互いを見る。そして気づく。着替えたのはズボンだけで、シャルは黒のインナーのみ。一夏に至っては上半身裸だった。男同士ならこれで全く問題ないが、女性相手では話は別だ。一夏とシャルルはすぐにシャツと上の制服を着る。

「すいません山田教諭。もう大丈夫です」

「お、驚かせないでくださいよぉ……」

 山田先生が若干涙目になりながらこちらを見る。そこまでダメだったか。同じ女性でも、鈴音なんかは余り気にしない性質の人間なので一夏もつい無防備になってしまった。

「すみません。それで、ご用件は? マダム」

 シャルルが山田先生の手を取って丁寧に尋ねる。シャルルは山田先生をよく口説く。千冬姉は口説かない辺りに、誰に甘い言葉をかければ効果的かがよく分かっている。

 

「……あ、そうでした。ええっとですね。今月末、ちょうど学年末トーナメントが終わる頃から、男子にも大浴場が解禁される事になりました。時間帯を分けるとかいろいろと話があったのですが、結局日で分ける事になったそうです」

「へえ。ちょうどさっきその話をしていた所ですよ。久しぶりの風呂はもう少し我慢か。とはいえ助かります」

「いえいえ。仕事ですから」

「それでは仕事の労いとして、是非とも大浴場の解禁にはマダムと湯浴みを共に……」

「はいはい。シャルは部屋に帰ってさっさシャワー入ろうな。山田先生。わざわざありがとうございました」

 山田先生に言い寄るシャルルの首根っこを掴んで一夏は引きずって寮へと戻っていく。シャルルは一夏の手を掴んで隣に並ぶ。

「酷いなあ、一夏は。健全な労いの言葉を中断させるなんて」

「あのセリフのどこに健全要素があったのか逆に聞きたい。ていうか教師を口説くな」

「僕だって節操なく口説いてる訳じゃないよ。彼女のような包容力のある女性が好みなだけだ」

「包容力……」

 まあ、あの胸の事を言ってるのだろう。山田先生の胸は男には抗いがたい魅力があるのは一夏も大いに認める。

「実際、一夏だって魅力を感じないわけでは無いだろう?」

「無いと言えばそりゃ嘘になるが……って、俺にそういうことを言わせるな」

 

 シャルルを小突くが、シャルルは気にせず部屋の鍵を開けてシャワー室へと向かう。

「悪いけど、今日は先に失礼するよ」

「おいおい。こういう時だけ先かよ」

「たまにはいいでしょ。たまには」

 そのままシャワー室へと入るシャルル。一夏はやれやれと首を振って、自分のベッドに腰掛ける。悪友が一人増えたような気分だ。しかしそれは不愉快ではない。むしろ心地よい感じであった。少なくとも、精神的な面においてシャルルが男であるのは、疑いようのない事実だ。未だに身体の肉付きや手の肌触り、ほのかに香る香水の選び方に女性らしさは感じるが、それを補って余りある男ぶりである。

「後は裏付けか……こればっかりは専門家待ちだな」

 IS技研の方には転校初日に既に情報の裏付けと真相の調査を頼んでいる。少なくとも、フランス政府はシャルル・デュノアの存在を認めている以上、もしもシャルルが女であるならばその根は深い。とはいえ、今日中に一次報告があるはずだ。一夏が携帯端末を操作していると、秘匿回線からの通話が鳴る。すぐに一夏は出た。

 

「……こちらサマーズワン」

「八張だ。通話は大丈夫か?」

 電話の相手は八張長官であった。一夏はシャワー室の方を見る。今はシャワーの音が流れている。が、一夏はベランダに出た。

「現状でも大丈夫だけど、念のためベランダに出ます。それで、調査の結果は?」

 

「ああ。単刀直入に言おう。落ち着いて聞け。サマーズワン。これは確実な情報だ。シャルル・デュノアの出生時の写真を入手し、確認した……その子は間違いなく、男だ」

 

「……」 

 一夏はその言葉を、ゆっくりとまず頭に受け入れ、驚きの声を噛み締めて飲み込む。今までの事から、予想できる事態だ。

「……なら、あいつは正真正銘、世界初のISに乗れる男だっていうのか」

「そういう事になる。シャルル・デュノア。デュノア社社長の息子として確かに存在している。また、その時の出生写真からも男と判断するに難くない証拠がある。一応、写真も添付して送ろうか?」

「いや、そっちで確認してるなら構わない……で、それってどうなんだ? ありえるのか?」

「それが問題だ。まるで理由がわからん。データを調べたが、彼のISにはコアに手は入ってない。つまりノーマルのISだ。一応、篠ノ之束にもこの件は報告したが、おそらく彼女にもまだ未見の領分だ。フランス政府とデュノア社はとんでもない秘蔵の切り札をきって来た……ただ、一つだけ。この件に引っかかる事がある」

「引っかかる事?」

「実は、デュノア社社長には、愛人の子がいる。こっちは娘なのだ。名前はシャルロット・デュノアとある。一応認知はしていたらしい」

「……替え玉の可能性がある?」

「彼女の現在を追ってみたんだが既に死んでいる。二年前、自動車事故による事故死だそうだ」

「なら、特に問題でもなさそうだが……」

 

「いや。ここからが難しい問題だ。件のシャルル・デュノアも、その同じ日。同じ場所で自動車事故に遭遇しているのだ。こちらの詳しい記述が見つからないが、事故三日後に退院している」

 

「……!? 偶然。ではなさそうだな」

「そうだ。もしも替え玉だとするならば、この時点でとなる。少なくとも、書類上では間違いなくシャルル・デュノアだ。だが、シャルロット・デュノアが入れ替わり、名乗っている可能性も零ではない。サマーズワン。実際にシャルル・デュノアを見ての判断は?」

「見た目に女らしさがあるが、性格や中身は完全に男だ。少なくとも付け焼刃ではない。だが、実際にシャルル・デュノアが男である確証はない。それはさすがに気が引ける」

「とはいえ、こちらが出せる情報はここまでだ……まさか、ここまで男か女かが判断できないものとは思いもしかなかった。こうなれば、多少の無礼は承知でも実際に確かめるしかあるまい」

「それしかない、か……ありがとうございます。後はこちらで最後の裏付けを」

「うむ……ところで、学年末トーナメントには予定通り私も出席する予定だ。IS技研代表として、恥のない功績を期待しているぞ」

「それに関しても重々承知です。それじゃあ通信切ります」

「ああ。健闘を祈る」

 それで通話が切れる。デュノア社社長と愛人との娘。シャルロット・デュノア。彼女が今回の件を見極める重要案件となりそうだ。直接聞いてみるか? いや、それはさすがに怪しまれるだろう。それならばいっそ、直接男かどうかを確かめたほうが……

 

 すると、再び携帯端末が震える。果てと画面を見ると秘匿通信であった。何か言い忘れか? 一夏が通話ボタンを押す。

「こちらサマーズ……」

「いっくん! 今通話出来るかい!」

「た、束さん?」

 聞こえてきたのは、篠ノ之束その人であった。彼女に携帯端末の番号は伝えてなかったはずだが、どこからか入手してきたらしい。

「今通話出来る? 一人? 例のシャルルって人間はその場にいない?」

「い、今はいません。何か?」

 通話の先には雑多な音がごった返している。何か書類を探しているのだろうか。ガサガサという音と共に、束の声が聞こえる。

「例のISに乗れる男。シャルル・デュノアだっけ? 技研から回ってきたから、暇つぶしついでに調べたんだけど……ちょっと洒落にならない事が分かったから火球のように電話したんだよ。いっくんはどこまで知ってる?」

「どこまで……シャルル・デュノアは間違いなく男であること、愛人の娘にシャルロット・デュノアってのがいたこと。二年前にその二人が同じ日。同じ場所で自動車追突事故に合った事。までです。で、ここで替え玉になったかどうかが分岐点で……」

「その前提がまず間違っていたんだよ! さすがの私もこれはビックリちょんまげだよ!」

「? どういうことです」

 訝しがる一夏に、束は衝撃的な言葉を発す。

 

 

「デュノア社のデータをクラックして見つけたんだ! 二人共その事故で死んでる! 今君の前にいるのは、シャルルでもシャルロットでもない!」

 

 

 

 


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