インフィニット・ストラトス Re:IMAGINE   作:如月十嵐

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三十一話「ルームメイトはブロンド……」

 

 どちらでもない。その束の言葉は、一夏の今までの考え全てを否定するに難くない事実だった。

「い、一体どういう……」

「事故の内容は車の正面衝突。事故の犠牲者は四名。運転手二人と、その同乗者。それぞれにシャルル・デュノアとシャルロット・デュノアが乗っていた。病院での死亡記録も見つけて確認してる。でも公表されている方には、シャルル・デュノアのみが退院した事になってる。カルテが二枚あるんだ。ご丁寧な事に、これを担当した医師と看護師は全員、デュノア社の関係者だ。真相を知るのはおそらく、デュノア社だけだ」

「じゃあ、今いるシャルル・デュノアは?」

「見当もつかないね。そもそもデュノア社の意図が読めないよ。同盟に入ってないから私も無視していたし……実はこれが分かってから、デュノア社から直接引き出したほうが早そうだから、ちょっと私の駒を送ったんだけど、スクラップにされて着払いで届けられたよ。国連どころか、同盟の人間にも伝えてない私の百八ある隠れ家にだよ? 相手はおそらく特異点。所謂私と同種の人間だ」

  

 特異点。束はある人間を指してそういう時がある。束にとって一個人に継続的な関心を持たせるのは極めて限られれる。例えば千冬、一夏、箒がそうである。束の両親もギリギリそれなのだろう。それ以外の人間には束はほとんど関心を持たない。同盟や技研に対しても、組織の単位で認識しているだけで、その中の一個人を認識する事等ほとんどない。

 その束が同種の人間と呼び、個人として意識する。それはつまり、自分と同じ深淵を覗き得る精神と、個人で世界を替える力を持つ超人、特異点のみ。一夏の知る限り、束がかつてそう発言したのはかの米国が生んだ「クィーンオブイモータル」「人類の天敵」「堕眼の魔女」の異名を取るナターシャ・ファイルスと、イタリアの国家代表で神罰代行者。核を超えた抑止力とも呼ばれるシスター・セレナの二人のみだ。IS操縦者として千冬に比肩する実力を持ち、文字通り「IS単騎によって一国家を殲滅」しうる彼女達を、デュノア社社長は同格とするのだ。その異常性が分かる。

 

「とにかく、情報は伝えたよ。私はこれから今の隠れ家を全て放棄して、新しい隠れ家に引越しする作業が残ってるからそっちに戻るね。いっくんならこの程度の難関はちゃちゃっと解決すると思ってるからコレ以上何もしないんで。そんじゃね」

 ブツリと、それで電話が切れる。一夏は立ち尽くす。どうしろと言うのだろう。いや、どうするかは既に決まったはずだ。文字通り、雌雄を決するのだ。直接その眼を見開き確かめるしかない。一夏がそう考えて携帯端末をポケットにしまい、振り返ってベランダを出ようとする。

 

 その目の前に、シャルル・デュノアが立っていた。その格好はバスタオルを全身に纏っているだけ。

「シャル? いつのまに出たんだ?」

 一夏は爆発しそうになった心臓を抑え、極めて平静に努めた声を出す。

「ついさっきだよ。一夏こそ、さっきまで電話? 誰と?」

「技研の人だよ。今度ある学年末トーナメントに来てくれるからさ。その話を」

「ふうん。そうなんだ」

 嘘はついてない。しかし、いつのまに? 一夏は確かに動揺していたが、意識はシャワールームの方に向けていた。知らない間に後ろに立たれるのは正直良い気分ではない。もしも話を聞かれていたら、まずいことになる……否。もはやそれでも関係の話だ。もはや、直接聞く以外に確かめる策はない。今一夏がシャルルのバスタオル一枚の身体を見る限り、女に近いが断定するには情報不足。そう判断した。一夏を意を決して話しかけようとする。

 

「なあ、シャル」

「ねえ、一夏……私の裸、見たい?」

「!?」

 

 あまりの爆弾発言に一夏は言いかけた言葉を飲み込む。大胆にも程がある! というより、

「……私?」

 シャルの一人称は僕のはずだ。何故、ここで私? まさか

「さっきからジロジロ見て、恥ずかしいよ。でもそんなに見たいなら、見せてあげる」 

 シャルルは少しずつバスタオルをはだけさせる。ここまで来れば、一夏は元より目を背けるつもりはなかった。シャルがバスタオルをスルリと滑らせて、バサリと落ちる。そこに見えたのは……いつものインナー姿だった。真剣そのもので見てた一夏の目が点になる。シャルは笑う。

 

「はははっ! 一夏、そんなに真剣に見なくてもいいじゃない? そこまで見られるとは思わなかったよ」

「なっ、あ……いや。すまんかった」

「僕もちょっと意地悪が過ぎたかな。ま、気にしないでシャワー浴びてきたら?」

 シャルが背を向ける。が、一夏はそれを止めるかのように腕を掴む。

「何? 一夏? まだ何かある?」

「……シャル。お前は、どっちなんだ」

 あえて、どちらかと一夏は尋ねた。シャルルは一夏を笑って見て、その真剣な表情に笑みを消す。

 

「一夏。実は世の中は、知らない方が得な事が多いって知ってる?」

「ああ。知ってるよ。よく知ってる。だが俺は、『双眸見開き世界を見る』っていう座右の銘があってな」

「深淵を覗き続ければ、戻ってこれなくなるよ」

「もう戻れない」

 一夏の言葉に、シャルルは首を振り、応える。

 

「僕はどちらでもない」

「なら、誰だ。シャルル・デュノアでも、シャルコット・デュノアでもないお前は、何者だ」

「そして、そのどちらでもある」

「……え?」

 

 どちらでもある? どちらでもない事は分かっていたが、どちらでもあるというのはどういう意味だ?

「ねえ。一夏。これはすごく曖昧な話になるけどさ。ISが決める『女』の基準ってどこにあるんだろうね?」

「は?」

「染色体? 遺伝子? でもそれなら、心が男でも女の身体を持ってる人間はいるよね? その人がISに乗ってるなんて話は聞かないよね? 普通なら試されて、実証されるべき問題のはずだよ。それとも、心が基準なのかな? 一夏は、身体が男性で、心が女性のIS搭乗者の話を聞いたことがある? ないよね。ないはずだよ。この問題は、ISにおいてタブー視されてる問題なんだ。男と女の基準なんて、そこまで確実なものじゃないのに、人は安易な判断でISに乗れるから女と決めてるんだよ」

「な、何を言いたいんだ」

 今日の一夏は明らかになる真相に怯えっぱなしだ。言わんとする事は既に見えている。だが、脳がその事実に追いつかない。

「僕の事を知るにおいて前提条件だよ。じゃあ本題に入ろうか。一夏はさ、あしゅら男爵っていうキャラクターを知っているかい? この国の古いアニメのキャラクターなんだけど、男女が左右で合体しているんだ。もしもそれが実在したら、果たしてISに乗れるのかな? まあ左右じゃちょっと無理があるよね。じゃあ、男と女の死体があって、その死体から一つの肉体を生み出して、その肉体に精神が生まれたら、その人間はISに乗れるのかな? そもそも、その人間は、男なのかな? 女なのかな?」

 

 シャルは言って、一夏の眼を覗きこむ。その眼の底が、一夏には深淵に見えた。これ以上踏み込めば、引きずり込まれる。今、目の前にいるのは果たして男か女か。そのような問題が軽く見えるほどの、倫理を超えた何かが、そこにある。

「一夏。ここまで聞いて、君は僕が誰か知りたいかい? 私が誰か知りたいの? このインナーの中を見たいと思える?」

 怖かった。背を向けて、曖昧にして、蓋をしてしまいたいと思った。今からなら、それが間に合うはずだ。シャルもそれを是とするだろう。しかし、一夏は

「ああ、見たい」

 真っ直ぐと、シャルを見返した。

「それは公式世界唯一の男IS操縦者としてかい? 組織に属する人間としてかい? 真実を知る探求者としてかい? 男としてかい? 人間としてかい?」

「その全てで、もう一つある」

「それは?」

「友人として。じゃ、ダメか?」

「!」

 

 そこで初めて、シャルが驚いた顔を作る。そしてすぐ微笑む。その顔は、紛れもなく少女の笑顔だった。

「さすがにちょっと、臭いかな」

「自覚はあるが、嘘じゃないぞ」

「ううん。その言葉、ちょっと嬉しかったよ。一夏が女の子だったら、多分押し倒してた」

 そこらへんの思考は、やはり男だった。この状況でそれが冗談だとも思えない。まさか、実は本当に男でも女でもない性別「シャル」というものなのだろうか?

「僕にここまで踏み込んできたのは一夏が初めてだよ。ある意味デリカシーが無いと言えるけど……それが君のポリシーなら、僕はそれを否定しない。だから、僕は君に本当の事を喋ろうと思う。僕をどうするかは、それを全て聞いてから判断してほしいな」

 シャルは掴まれた腕をほどき、インナー姿のまま自分のベッドに腰掛ける。一夏もまた、己のベッドに腰掛けて向かい合った。それから少しの沈黙があって、シャルは話しだす。

 

 

「僕はシャルロット・デュノアだよ」




ストックがまだ溜まりきっていませんが、前回の引きで更新が遅くなる由々しき事態ですので更新。次でシャル関連の話は一応一区切りです。

そして更新遅れの理由もとい、宣伝ですが読者の皆様は「パシフィック・リム」ご覧になりましたでしょうか。ロボット好き怪獣好きなら一度は見るべき娯楽大作となっております。自分は見ました。大満足でした。おすすめの一作でございます。

次回はパシフィック・リム×ISオーバークロス二次創作番外編です(大嘘


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