インフィニット・ストラトス Re:IMAGINE   作:如月十嵐

36 / 36
三十二話「シャル・シャルル・シャルロット・デュノア」

 

 シャルロット・デュノア。つまり、

「じゃあ、お前はやはり女なのか」

「少なくとも、心の性別は女さ。生まれた時からね」

「肉体は……」

「大丈夫。つぎはぎじゃないよ。さっきの話は単なる脅しさ。でも、無関係じゃあない。いろいろと事情はある。ちょっと長い話になるけどね。さて、一夏はどこまで僕を調べたの?」

 一夏は自分の知っている情報全てを喋る。それを聞いてシャルは感嘆した。

「どっちかって聞く時点でもしやとは思ってたけど、かなり深い所まで突いてきてるね。デュノア社のスキャンダルを狙う人間は少なくないけど、シャルル・デュノアの二枚のカルテまで辿りつけた人間はそういない。でも逆に、説明がしやすい。僕がこれから喋る事は、僕とデュノア社長……父しか知らない領域のみでいいんだから」

 

 どことなくアンニュイな笑顔を作って、シャルルは話し始める。

「……僕とシャルル・デュノアは、本来決して重なる事のない二人だった。当たり前だよね。一人はデュノア家の正統な血統を継ぐ息子。対して僕は愛人の子。僕は決して、日の舞台に出る事はないはずだった。でもISがそれを変えた。僕が女である事と、デュノア社がISの開発をする事になったから。二年前、母が死んでから機を見計らったかのようにデュノア社の人間が来てね。僕にテストパイロットをやらないかって話になった。僕は喜んで行く事を決めた。」

「喜んで……?」

 そこは、嫌々ではないのか。シャルは暗い顔になる。

「母は、僕にとって大切で掛け替えの無い人だ。それは間違いない。母としても、優しい人だった。でもそれが、人としての、女としての良さを証左する事にはならない……母は束縛家で、野心家だった。僕という手札で、デュノア社から金をせびとり、それで豪華な暮らしをしていた。父と愛人になったのも、自分が成り上がるための策略だった。母は僕が逃げないよう首輪を付けて飼い慣らしていた」

「!」

「その生活が終わるなら、デュノア社という魔窟も悪くないものだと思えてね。運良く僕にはIS適正という才能があったし、母違いの兄にも興味があった……そして、例の事故が起きた。僕がデュノア社に向かう途中の自動車事故。追突した相手は、シャルル・デュノアの乗った車だった」

「それなんだが、偶然にしては出来過ぎだ。陰謀じゃないのか」

 一夏の疑問にシャルは当然のように頷く。

 

「うん。多分陰謀だよ。だって、事故の原因は両者の車が同時に、突然、制御不可能になったんだから。でも誰の仕業かは分からなかったし、そもそもその時シャルル・デュノアがどういう理由で出かけたのかも実は不明なんだ。誰にも伝えずに黙って出かけて、僕の乗る車と事故を起こした。父も随分と調べたらしいけど、結局原因は分からず仕舞いだった。そしてその事故で、追突した車二台の搭乗者全員が死んだ。死んだんだ。シャルル・デュノアも。シャルロット・デュノアも」

「待て。じゃあやっぱり、お前は誰なんだ」

「まあそう焦らない焦らない。ここでさっきの喩え話が来るのさ。一夏。デュノア社はね。ISとは別に、ある研究をしていたんだ。一夏なら知ってるんじゃないかな『IS用義体』の存在は」

「IS用義体……? 話は聞いたことがあるな。確か身体の大部分を機械化する事で、ISの認証を通して誰でもISに乗れるようにする技術。男がISに乗るよりは、無人機を作るほうがまだ可能だっていう結論から発展して考えられたサイボーグの一種だな。とはいえそもそも技術や人道的問題。なにより義体化に成功してもISに乗れるかどうかは結局適正次第なんていう前提から不安定なものだから大々的に研究されてるようなものじゃない。だけど、義肢技術の発展にも繋がるから、一部の企業が研究しているとは聞いている」

 

 

「すごいじゃん一夏。模範的回答だよ。で、そのデュノア社が完成させた義体の試験体一号が僕だよ」

 

「……へ?」

 

 

「僕は事故で死を免れない大怪我を負った。でも、シャルル・デュノアは即死だったけど、僕は病院に運ばれた時まだかろうじて脳は生きてたんだ。そこで義体化手術を受けて、成功した。その結果いるのが僕だよ。シャルロット・デュノアは一度死に、義体を得て蘇ったのさ。そして、シャルル・デュノアを名乗る事になった。理由は分かるよね。父からすれば、自分の後継者は本妻の子か愛人の子かなんてどっちでも良かったんだよ。当然、息子のシャルル・デュノアの事を悼んでいたし、目の前で結果が逆だったらなんて言われたこともあった。本妻の人にも一度殴られたけど……それでも、父は僕に息子に成り代われと言ったんだ。周りにもそれを認めさせた。そして僕はそれから二年間。男になるための、シャルルになるための特訓を受けた。この義体は一応女型だけど、それでも女としての明確な特徴は何も無いからね。僕のこの男としての性格は、君を意識した付け焼刃じゃないってことさ。それから、君の話を聞いた父が、僕に社会勉強ついでにデータを取ってこいってことでね。同じ男同士なら接触機会も多いだろうからって事で送り込まれたんだよ」

 

 シャルの話は、一夏の疑問を解決した。つまり、改造されていたのはISではなく、乗り手の方だったという事。義体の技術はまだ発展途上のはずだが、デュノア社が極秘に開発に成功したというのはそこまで不思議な話ではない。ISの開発成功以降、世界の技術は日進月歩だ。ビット兵器やレーザー兵器等の純粋な兵器もさる事ながら、中国でIS用に開発された新素材。龍光合金や義体開発に伴う義肢の発展など、民間でもその技術の進歩は留まることを知らない。生体皮膚を利用し、人間と大差ない義体ができていても不思議ではないのだ。

 同時に、何故シャルが男ではないとバレないのかも分かった。世間にとっては「男のIS操縦者」以上に「ISを操れる義体技術の完成」の方が遥かに問題が大きいのだ。ISのコアはまだ未解析部分も多いので、男の搭乗者が出ても「極めて一部の男だけが原因不明の理由で特例的に乗れる」といえるが、義体技術は「その技術を用い、適正があれば男でもISに乗れる」のだ。一般に公表されれば、少なくとも軍事面での男女格差はひっくり返りかねない。仮にも根源的には女であるシャルをデュノア社が強気に男して繰り出せたのはこの強みがあるからだ。もしもシャルが男でないという事が分かっても、義体というより危険な真実が発覚する事は少なくとも現時点では誰も得をしない。だから男で黙認される。

 

「最も、まだ僕の義体技術が『男でもISに乗れるようになる義体』という確証はないよ。僕自身が女だからね。男が義体を使用してISを起動させた例は現状無い。本来は、シャルル・デュノアがその第一実験者になる予定だったみたいけどね」

 シャルは言いながら、右手首辺りをひねってみせる。すると、そこから小さな銃口が展開され、ワイヤーが射出された。転校初日に使ったアレだろう。袖に仕込んでいたものと思っていたが、まさか内蔵式だったとは。

「これはこれで便利な身体だよ。僕は気に入ってる。義体といっても、僕は生身部分もまだそこそこあるからね。食事をして、美味しいと感じる事も出来る。幸せな話だよ」

「……俺には、それが理解できない。それで納得できるものなのか……?」

 愛人の子として産まれ。母に束縛された日々。母違いの兄との事故。そして、機械の身体。男としての生活。彼女の人生は悲惨そのものだ。しかしシャルは微笑むと、その右手で一夏の頬を撫でる。

「一夏。この手が冷たく感じるかい? 何の感情もない、機械の手に感じるかい?」

「……いや。まるで生身だ。暖かさも、柔らかさも」

「うん。僕も、一夏の肌の暖かさが分かる。その感触も分かる……一夏。僕はね、昔からいろんな人に可哀想だと嘆かれてきたよ。それこそ、子供の頃から。確かに僕もそう思った事が無かった訳じゃないし、もしも他人で僕と同じ身の上の人がいたら、僕は間違いなくその人の事を不幸だと思える。でもね、それと僕自身が今不幸である事を結びつける根拠にはならないんだ。僕は、今こうしてここにいる事をとても楽しく思っている。僕の不幸な身の上は、この幸せを打ち消しはしない」

 シャルは眼を閉じ、過去を思い返すように喋る。

「打算と野心のために僕を産んだ母さんも、僕の事を息子の代替品。戦略上のコマとして見てない父も、どんな形であれ僕の両親だ。僕をこの世に産み落としてくれた人たちだ。それを否定する事は絶対に出来ない……僕は、不幸や悲惨な過去という十字架を一生背負って生きるなんて嫌なんだ。一夏は確か、両親がいないんだよね。資料で見たよ。一夏は両親の事をどう思ってる? 捨てられたって恨んでる? それとも……」

 

 それは一夏の始まりにもなる事柄だった。記憶にない両親。それは、双眸見開き世界を見るという決意のきっかけだった。自分の両親が、どんな人なのか知りたいという、子として当たり前の好奇心。それが、一夏に戦いの道を選ばせた。一夏は重く言葉を紡ぐ。

「お前と一緒かもしれない。恨んでいた時期も、無い訳じゃなかった。なんで自分と千冬姉を見捨てたんだっていう怒りが、確かにあった。でも、それ以上に俺は何でそうなったのかを知りたかった。何で両親がいないのかを知りたかった。その知りたいという気持ちが、俺を前に進ませてくれた。シャルの言うとおりだ。例え親がどんな人であろうとも、今自分がここで立って、こうやって生きているのは親のおかげなんだ。嫌えても、恨めても、否定だけは出来ない」

 否定してしまえば、それは自分自身を否定するのと同じだ。親が子供に何をしていい訳じゃない。子供にだって、生き方を選ぶ権利はある。当然だ。でも……

 

 子供だけでは、明日を生きる事すら出来ない。子供だけでは、生き方を選ぶ事すら出来ない。そのための道を作ってくれるのは間違い無く親なのだ。

 

 シャルは笑顔で、頬に当てた手を目の前に向ける。一夏はその手を迷いなく握る。

「分かってくれてありがとう。一夏」

「当たり前だ……友達だろ? シャル」

「そうだね。僕達は、友達だ。異性の友であり、同性の友だ」

 一夏のシャルに対する疑惑は、完全に晴れた。一夏はシャルを心から信頼出来るだろう。シャルは、シャルルではないし、シャルロットでもないのかもしれない。だが、シャルルを名乗り、シャルロットでも確かにある。だからこそ、シャルは両者であり、両者でない事を示すために「シャル」を名乗るのだろう。

 

「ところで一夏。僕が女性好きなのは、フリとか演技とかじゃなくて本当に女性もイケる口だから、誤解しないでね」

「……ここまで来て、それはちょっと聞きたくなかったなあ」

 このシャル。例え機械の身体じゃなくても、相当なくせ者である。

 




シャルの謎編終わりです。目に見えてバレそうな男のフリをどうやって続けるか。という事に対しての自分の解釈が「それ以上の機密を抱え込んでいる」という解決の仕方となりました。

ただ、この一連の話での原作との一番違う点。そして自分が個人的にやりたかったのは、シャル自身が前向きに自分の生き方を楽しんでる。という点です。原作でのシャルの設定は他のキャラもまあそうなんですが、かなり重い設定です。ですが、こっちでは、設定は重くても本人には身軽であってほしい。という考えでこういう話になりました。ある意味で、シャルロットじゃない「シャル」というオリキャラで見てもらっても構わないと思います。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。