インフィニット・ストラトス Re:IMAGINE 作:如月十嵐
気がつけば、あっという間に放課後となってしまっていた。授業のほうはそれなりについていけそうである。まあ、仮にも一年の予習勉強があったのだからついていけないのがおかしい話なのだが。
どうにもISの理論はポっと出の横文字と、漢字を並べれば難しく見えるだろうと言いたげな固有単語の羅列ばかりでよくもまあしっかり予習して良かったものだとつくづく思う。これを初見でやらされたらテストで一桁をとる自信が一夏にはあった。
放課後というのに、まだ周りでは女子たちの野次馬ができている。ご熱心な事である。お陰で昼食にまで気を使うハメになってしまった。とはいえ、ここの食堂の食事は絶品至極に尽きたるものでそれだけはこのIS学園に来た事を幸せに思えたので余り深くは考えないでおこう。そうしていると、副担任の山田先生がこちらに話しかけてきた。
「あら、織斑君。まだいたんですか。ちょうど良かったです」
「? 山田副教諭。何か?」
一夏が顔を上げると、山田先生はビクリと怯える。何も怯えなくても。
「え、えっと。織斑君。私、何か駄目なとこありましたか?」
「? いえ、何もないですよ。何でまた」
「副教諭ってよそよそしい言われ方をされて、もしかして嫌われたのかと……」
「ああ、それは失礼。山田先生。どうもこの環境では緊張してしまって」
「分からない事があったら、なんでも言ってくださいね」
「ええ。是非にいろいろ頼みたいと思います」
「い、いろいろ……!」
何か妄想しているのか、山田先生の顔が真っ赤になる。この人。いくらなんでも純粋すぎるだろ。いくら女尊男卑社会とはいえ大丈夫なんだろうか。いつか悪い男に騙されそうな気がする。それとも庇護欲をかきたてて男を堕とす策略家か……それはないか。
「それで山田先生。要件の方は?」
「あ、はい。そうでした。寮の鍵を渡しに来たんです。どうぞ」
「ああ、どうも」
このIS学園は全寮制だ。教えてるモノの重大さと、生徒たちの保護を考えればそれが一番効率的なのだろう。
「ところで部屋なんですが……相部屋なんです」
山田先生がさすがに公衆に言うわけにはいかなかろうと耳打ちする。
「マジですか? 個室って聞いてたんですけど」
「本当はそうしたかったのですが、どうにも急な話でして、かといって通ってもらう訳でもいかないので、一時的処置としての相部屋らしいんです。我慢してくださいね」
「いや、俺は全然構わないんですけど」
むしろ相手の事のほうが心配だ。
「IS技研から送られて来た荷物は既に部屋の方に届けておりますので、確認してくださいね」
「はい、わかりました」
「えーと、後は……そうでした。夕食は六時から七時です。場所は同じく食堂ですので。それと、部屋にはシャワーとは別に大浴場があるのですが……その、覗いちゃ駄目ですよ?」
「……覗きませんよ。あ、ってことはもしかして大浴場の方は入れないとかそういう感じですか?」
「当たり前だろ。お前は女子と一緒に風呂に入りたいのか?」
そこで言葉を挟んで来たのは千冬姉である。一夏は少しだけ考えて答える。
「合法なら」
「アホか」
ベシっと端末で殴られる。といってもそれはツッコミ程度の軽いものであったが。
「お、織斑君。女子とお風呂に入りたいんですか!?」
「ほらみろ。余計な誤解が生まれる」
「冗談です冗談」
「とりあえず、お前も将来的には大浴場を使えるようには調整されるはずだ。それまではシャワーで我慢しろ」
「了解しました。千冬姉……織斑教諭」
一夏が頷くと、二人は会議があるというので教室を出て行った。一夏はそれを見送ると立ち上がる。
「とりあえず、さっさと行くか」
例え同居人がいるとしてもここよりは幾分マシであろう。
「えーと。1025号室。ここだな……ん? もう開いてる」
既に同居人は中か。こういうのはファーストコンタクトが大事だ。好印象を与えておかないと生活に支障が出るというレベルではない。一夏はまずドアを二度強めにノックすると、ゆっくりとドアを開けて視界をクリア。そして周囲に誰もいない事を確認してサっと部屋に入った。
部屋の内装は、高級ホテルもかくや。というような落ち着いたシンプルな。しかし上質感溢れる部屋だった。ベッドなんか、いかにも安眠を約束してくれそうだ。一夏はまず自分が送った荷物のカバン二つの存在を確認。中身を大雑把に見ると、とりあえず隅においてベッドに腰掛ける……
状況を整理しよう。同室者は既に部屋にいる。鍵が既にかかってない事からもそれは明らか。そしてここにはいない。いくら高級感溢れる部屋といっても、所詮は寮の部屋だ。そういくつも部屋があるものではない。つまり。
「つまり……」
一夏の視線はシャワー室の方へと注がれる。耳を澄ます。水音は、聞こえない。シャワーを浴びてない。だがシャワー室への扉は閉まっている。問題です。これの状況から分かる結論は?
「誰かいるのか?」
向こう側から声が聞こえてくる。曇っているが、聞き覚えのある声なので誰かが分かる。分かってしまう。考えてみれば仮にも異性同士を同じ部屋に入れるのだ。顔見知りと思わしき者同士にするのは十分予想できたはず。
「ああ、同室者か。一年間よろしく頼む。私は篠ノ之……」
「十五分後に出直すから、その間に準備をしていてくれ!」
彼女がドアを開けようとするコンマ一秒前に、一夏は駆け出す。ドア? それは駄目だ。見られたら余計な噂をたてられかねない。ならば出るべきは窓! 一夏は窓をすぐさま開ける。ここ何階だっけ? だが、海に面してるので見られる可能性は低いはず。一夏はベランダの敷居を走った勢いのまま飛び跳ねるようにまたぐと、そのまま空へとダイブした。
まるでアニメのOPの最後みたいだ! 本来ならこのままISを展開して飛ぶのが理想だが、国家絡みの面倒は御免である。そもそも、覗きの冤罪を阻止するためにISを起動しましたなんてアホ事件は絶対に起こしたくない。
高さはおおよそ五十メートル前後だろうか? そこで自分の部屋が十階である事を今更思い出す。体術にはそれなりの自信があるので、死なないで着地する事は出来るだろうが、少なくともセシリアとの模擬戦は不可能になるだろう。それも避けたいとなるならば、不本意だがやはり解決方法はISだ。
一夏は空中を飛びながら、制服を改造してつけたズボンの隠しポケットから待機状態のISドライバーを取り出し、それを腰に装着する。そして地面につく直前に一瞬。ほんの一瞬だけ、足元靴部分のみをIS具現化。ISに備えられているPIC(パッシブイナーシャルキャンセラー)によってわずかに地面から浮いて安全を確保。そして次の瞬間にはISを解いた。
着地してすぐ。一夏は周りを見渡し、騒ぎになってないかを聞き取ろうとする……叫び声、悲鳴の類。無し。
物理的にも社会的にも死ぬかと思った。と一夏はため息をつく。こんなことなら「突然風呂場でばったり」の状況解決方法をちゃんと技研の女性陣から教わっておくべきだったのかもしれない。あの時彼女たちはなんと言っていただろうか。どさくさに紛れて胸を触るとかたわけたことを言っていた気がする。それは対処法じゃなくて、有効活用だ。
「早めに移動するか」
一夏はこっそりと、再び寮へと入るために歩き出した。
そして、部屋から飛び出して20分後。一夏は1025室の扉を強く二階ノックする。すると、扉がスっと開いて隙間から同室者。幼馴染の篠ノ之箒の顔が見えた。見るからに機嫌が悪そうだ。
「事情を話すのでとりあえず入れてください。お願いします篠ノ之さん」
「……」
箒はサっと入るように促す。一夏はそのまま部屋に入った。箒は既にルームウェアを着ている。まあ、普通のパジャマっぽい服である。
「……」「……」
お互い黙ったままの状態が続く。この状況ではとてもではないが一夏から何かを言い出せそうな状況ではなかった。すると、箒の方が口を開く。
「百万歩譲って……」
IS学園の範囲から出ちゃったよこの人。
「百万歩譲って、お前が同室者なのは、まあ。よしとしよう」
そこはよしとしてもらえるのか。良かった。と思ったら、箒は怒り心頭な顔で一夏を怒鳴りつける。
「なぜ窓から飛び出した! ドアから出るなりいろいろあっただろうが!」
「つ、つい……」
「ついで窓から飛び出すバカがどこにいる!」
「謝罪の意を表明……」
「心配したんだぞ!」
「……悪かった」
この心配は、ツンデレのデレというよりは直接的でそのままの意味での心配だったのだろう。箒は臆面もなく泣きそうな顔で言う。こんな顔をされれば一夏も謝る他なかった。しかし後悔はしていない。あの場に居続ければ頭をかち割られたかもしれないし、ドアから逃げれば確実に衆目に晒されてまた面倒になった。今こうやって箒に怒鳴られるのが一番良い結末だ。
「……まあそれはそれとして、本当にお前が同室者なのか?」
「ああ。ほれ。鍵」
「……確かにこの部屋だな。何を考えてるんだ一体」
「それに関しては俺も同意する。まあ、一時的な処置らしいから、当分頼むよ」
「……一時的、なのか?」
「らしいぞ」
「……そう、か」
そこはそこで引くのか。全く箒らしいと言えばそれまでだが。
「とりあえずだな。この状況でお互いに損なのは、ここら一帯の女子にこの状況がバレバレになる事だ。違うか?」
「それは……確かに」
「だったら、ここは穏便にいこう。何、勝手知ったる仲じゃねえか。昔のように……とはいかないかもしれんが、な?」
「そ、そうだな」
箒は顔を赤らめ何度も頷く。何かうまい具合に利用して誘導したような気分だ。ろくな死に方はしないだろうな俺。と一夏は思う。
「じゃ、じゃあとりあえずはシャワーの時間だ。私が先。お前が後だ」
「ナチャラルに先を取られたが、まあいい。あ、ところでトイレってどこか分かるか?」
「部屋にはない。階の端に二つある」
「男用は……」
「あったらおかしいだろ」
「どうするんだ。俺はアイドルじゃないんだぞ」
「し、知るか!」
「……女子トイレを使わなければいけないという可能性が微粒子レベルで存在する?」
それは正直一夏からすれば冗談抜きで有り得る選択肢だったのだが、箒の地雷を踏んでしまったらしい。彼女は一瞬で側にあった木刀(竹刀ならともかく木刀かよ)を持つとそれを一夏に振り下ろす。
一夏はすぐさまベルトにつけてあった腰後ろのホルスターに手をかけると、そこに備え付けていた「可変近接格闘武器」チェーンスタッフを引きぬいて打ち合った。これは一夏の一五年間に研鑽した武道全般から、特に得意とする戦闘スタイルに合わせて使える武器としてIS技研が開発したもので、IS装甲にも使われる素材で作られた武器だ。四十センチほどの棒が二本を、ヌンチャクのようにチェーンで繋いでいる。
このチェーンは状況によって自在に長さを変える事ができ、チェーンを完全に閉じれば長さ八十センチの棍に。適度に伸ばせばヌンチャク。もしくは二刀流の短棒に。限界まで伸ばせば鎖鎌に近い用途に使える武器なのだ。当然日本の法律的にはアウトな武器なのだが、治外法権によって特殊な事情のあるIS学園では普段は後ろのホルスターに二つ折りで納めてる事もあって問題にはならない。
棍状態で木刀をギリギリと受け止めながら、一夏は箒を説得しようとする。
「ま、待て箒。さっきのは当然の疑問だろ! 別に好きでそういうことをしたいという訳じゃない!」
「その発想に至って口に出すのが変態的なのだ!」
「待て、騒ぐな! せめて静かにしろ!」
「問答無用!」
一寸引いた木刀で今度は突きを繰り出してくる。斬るならともかく、突きは死ぬ! 一夏はチェーンを伸ばしてヌンチャク状態にすると突きをかわして木刀を絡めとろうとする。が、箒は匠な剣捌きでそれをいなす。最後に剣を交えたのが六年前ということもあるだろうが、恐ろしく強くなっている。一夏は後ろに引いてドアを背にする。
「逃げ場が無いな! 覚悟!」
「優れた剣士は壁を背に戦うという事を忘れたか箒!」
といっても、今回は別にそういう戦いをするわけではない。箒が打突の構えで走ってくるのを見た一夏はドアノブをねじってしゃがみながらドアを開ける。そして箒が来た瞬間をねらって彼女を可能な限り優しく、巴投げの要領で放り投げた。とはいえそのまま廊下の壁にぶち当たる事は免れないだろう。果たして大丈夫だろうか。
そう考えた一夏が甘かった。なんと箒は投げられた状況から、空中で体を捻り、回転させるようにして勢いを殺し廊下に着地したのである。通称「猫の三寸返り」猫が、三寸の位置から落ちても反転して足から着地するというのを人の身で行う柔術の一種だ。彼女が剣道だけでなく古武道にも通じている事は一夏も知らないではなかったが、これほどまでに熟成しているとあれば話は別だ。お前は西郷四郎か。
「カカッ」
箒が笑ってる。うわ。これは完全に強敵を見つけた時の眼ですわ。とはいえ、ちょっと一夏も愉快げな気分にはなっているのは確かであった。お互い、かつてはライバルとして切磋琢磨した仲だ。六年間の研鑽を見せ合うのは非常に楽しい。
このまま第二ラウンドを開始するか。と、お互いが得物を構えようとするが、そこで二人はハっとする。気づけば、周りは部屋から顔を出す外野が大勢いた。
「なになに、初日から痴話喧嘩?」
「へえ、織斑君って部屋あそこなんだ。さっそく連絡網回さないと」
「さっきの篠ノ之さんの受け身すごかったよ! 猫みたい!」
「エフッエフッ」
おい約一名おかしいのがいるぞ。だが、それどころではない。結局というべきかこういう事態になってしまった。大胆不敵な笑みを浮かべていた箒もこれには顔を真赤にしてタックルするように一夏毎部屋に入ると、すぐさま鍵をかけた。
「はぁ、はぁ、はぁ」
「言わんこっちゃなかったな」
「お前が変な事を言うのが悪い! それにドアを開けたのも結果的にお前だ!」
「……確かに責任の三割は俺にある」
「七割お前だ!」
三割自分の非を認めた分、負けず嫌いの彼女が成長したのが分かる。
「……まあいい! 今日はもうさっさと寝るぞ!」
怒り調子で寝ようとする彼女に一夏は尋ねる。
「待ってくれ箒。まだ大事なことが残ってる」
「……なんだ?」
「トイレに行きたい」
「知るかッ!」
箒が教科書を投げてくるので一夏はふいっと避ける。そして怒り眼な彼女はそのままふて寝するように横になってしまった。
余談だが、男子トイレは左端の方のトイレに新しく既に増設されていたのでそれで事なきを得た。
アニメのオープニング再現と実質的箒回。彼女には剣道と古武道という部分に重点を追いた強化解釈が行われており、特に古武道。柔の術を心得ているという事になっています。
この量だとさすがに一話の分量としては多すぎるでしょうか? 分割すべきか、キリのいいところということでまとめても大丈夫なのか、少し不安な次第です。