インフィニット・ストラトス Re:IMAGINE 作:如月十嵐
そうということで、二人は今屋上に来ていた。IS学園はどうやら屋上を解放しているらしく、花壇や石畳が綺麗に整備されて、テーブルと椅子も見える。人もそこそこにはいるが、こちらに来る方は安らぎを求めていることもあり、食堂の喧騒に比べれば百倍静かだろう。セシリアはホっと一息つく。
「ここのほうが性に合いますわ」
「かもな。で、聞きそびれたが昼飯は?」
「これを買ってます。最近お気に入りの味ですわ」
そう言って彼女がテーブルにおいたのは、何とカツサンドと抹茶オレの紙パックだった。なんだこれは。謎すぎる組み合わせだ。いや、カツサンドはあれか。仮にも英国を代表する料理サンドイッチの一種だからか。
「いや、でもこれ一人分じゃ」
「貴方に差し上げますよ。先ほどのお礼です」
セシリアは微笑む。初対面から思ったが、彼女はどうやら徹底的に礼には礼を尽くし、非礼には非礼で応ずる性格らしい。
「いいのか?」
「貴族の食事は、食欲を満たすために食するのではなく、味を楽しむために食すのです」
「なんのこっちゃ」
「気遣う必要はない。ということです」
「なるほど。だが、一つくらいは分けるよ。俺だけ全部食うのは気が引ける。後飲み物は、俺がそこの自販機で一つ奢ろう。何、元は俺があんたに礼を言いたくて飯をおごろうと考えてたくらいなんだ。このくらいはさせてくれ」
「……ではミルクティーを。ロイヤルな方で」
「仰せのままに。お嬢様っと」
結局、四切れあるカツサンドの内の一つと、ロイヤルミルクティーをセシリアが。そして残りのカツサンドと抹茶オレを一夏は向かい合って食べる事となった。彼女が気に入ってるというだけあって非常に美味しいカツサンドだ。脂肪分の少ないヒレ肉である辺りが、彼女の少女らしさか。抹茶オレは初めて飲んだのだが、意外とイケる味だった。
「はあ。それではわざわざ先日のお礼に?」
「ああ。俺からすれば願ったり叶ったりだったしな」
「お互いがもともと望んでいた事です。それに、男性初のIS乗りと一戦交えるというのは知的好奇心をくすぐりますわ」
「実はあんたが栄えある俺の実戦最初の相手だ。俺はIS学園の試験……確か試験官との戦闘だったか? あれをやってないからな」
「自慢じゃありませんが私、試験で唯一試験官を倒しましたわ」
「そりゃすごい。自慢していい」
「といっても、私が動いたら結果的に突撃をかわした事になって向こうが壁にぶつかって自滅したのですが……」
「へ?」
「笑い話にしかならないので、誰にも言ってないのです」
「なるほどね……ところで、一つ聞いていいか?」
「先ほどの事ですか?」
セシリアがミルクティーを飲みながら尋ねる。
「まあ、事情も知らずに両成敗しちまったからな。途中から聞いたとこ、あの先輩二人があんたの何かを侮辱したみたいだったが……その布袋か?」
一夏は推測をぶつける。彼女が片時も離さず持ち歩いている布袋。大事なモノを侮辱されたというなら、それが一番可能性としてはありえるだろうと思ったからだ。
「見せるのは結構ですが一つ。笑う事だけは許されません。これは私の誇りそのものなのです」
「何かは知らんが、笑いはせんさ。大事な物なんだろうし」
「では」
そう言うと、彼女が布袋からその中身をスルスルと取り出す。そうして目に映ったのは、
「……ライフル銃?」
彼女が誇らしげに掲げたのは、一丁のライフルであった。木製のストックは古くながらも彼女の手に馴染んでおり、歴戦を戦い抜いてきた鉄の匂いがする。これをどこにでも持ち歩けるのも、IS学園ならではといったところか。
「そうですわ。正式には先込め式のものであるエンフィールド銃を後装式にしたものです。スナイドル銃ともいいますわね」
「相当古そうな」
「ざっと百五十年以上は昔から私の家にあるものです。それを私が引き継ぎました」
「は~っ」
なるほど。確かにこれなら先輩方が時代遅れや博物館云々の発言も納得出来る。このIS全盛の時代に人が使うタイプの、しかも一発ずつしか撃てないようなものは例えこれでなくとも時代遅れ扱いだろう。
「この銃が、それこそ博物館に置かれるようなものである事は私も理解しています。それが時代遅れであることも。ですが、この銃は確かに世界の一時代を築き、戦いのあり方を一変させたISと同じ類のものだと私は考えています。そして今も銃はISの兵装に多く装備されています。それを彼女達は馬鹿にし、あまつさえ踏みにじったのです。ISという武器に頼って地位を得た私達女ならば、決してそれがどんなものでも銃を馬鹿には出来ないはずです」
彼女は感慨深く呟いて、ライフルを布袋にしまう。見た目以上に癖のある少女だ。柔軟な思想を最初に見た一夏だったが、今の彼女は頑なそのものだ。それが彼女に同居して、セシリア・オルコットという人間を形成してる。おそらくその根幹の教えは親の教育の賜物だろう。
少し、羨ましくもある。
「ふむ……まあ、理解できなくはないな。男は、人の銃を馬鹿にしたりはしない。少なくとも俺は絶対にしない。確信を持って言える」
なぜかと言えばシモネタなのでそれ以上は言わない。だがセシリアは確かめるように言う。
「それってもしかして、男は誰でも銃を持っているから。ですか?」
「!? なんで知ってるんだ?」
「パパ……お父様がいつも言っていました。男は誰でも銃を持っている。それを馬鹿にすることだけは絶対にしてはいけない。と」
「……」
それ、娘が意味を知ったらどうするつもりなんだ親父さん。しかもこの時代に。
「少なくとも、見て威力を知ってから言え。とも言ってました」
ガシャン!
「い、いきなりどうされたんですか?」
「嫌……いや、なんでもない」
思わずおもいっきりずっこけてしまった。娘にシモネタ仕込んでるんじゃねえぞ父親! 女尊男卑社会じゃなくてもアウトだその発言は! 見たところセシリアは文字通りの意味でとってるつもりだが、真意を知ったら嫌われるで済まないぞこれは! この時代に珍しく父親を尊敬してそうな娘に何をやってるんだ何を。
「ゆ、ユニークな父親なんだな」
「? え、ええとても、いろいろな事を私に教えてくれた人でしたわ……そして今も、私の体にはお父様の血と意思が、流れています」
「……そうか」
いらん事は、言わないほうがいいのだろう。知る事を求めつづけている一夏だが、世の中には知らない方がいいこともあるくらいは知っている。一夏はそれでも知る道を選んだ。それで強くなれるから。
でも、彼女にはもう少し、父親のブラックジョークを知らないでいる時間があってもいいだろう。この時代に、ここまで父を心から尊敬している娘はそうはいないのだ。その貴重さ。大事にしてもいい。
もうすぐ昼休みも終わる。セシリアが立ち上がった。
「借りができてしまいましたが、戦いの際は一切容赦しませんよ」
「当たり前だ。次お互いを語るのは、アリーナの上でしよう」
「そうね。じゃあ、それまで御機嫌よう」
「ああ、それじゃあな」
そして二人は、顔も合わせずに教室へと帰っていく。
そして、翌週。月曜日。
対決の時。来たれり。
分割後編。引き続きセシリアのオリ展開
この話で一番原作と違うのは「セシリアは誰よりも父親を尊敬している」という原作と真逆の設定になります。後に説明がなされますが、筆者の独自解釈でキャラの家族関係周りはいろいろ変わる事になると思います。
次回より代表決定戦篇。本小説はバトルに重点を置いているため、これの要素においては原作よりも何倍も比重をおいて頑張ろうと想います。