野良犬の矜持   作:陰毛樽ないん?

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予感

学校の体育館並みの広さを誇る支部の訓練場で、姿形を似せたダミーのアラガミを相手に神機を繰り、汗を流す者がいた。

ーー 文枝カボスである。

 

彼女は、怒っていた。

それは相手のダミーアラガミに対してではない。

では、一体何に対して怒っているのか。

その答えを知る為に、少し訓練の様子を覗いてみることにしよう…

 

 

「アッタマに来るわね、どいつもこいつもッ‼︎」

 

思い切りハンマーを振りかぶり、飛びかかってきたヴァジュラテイル《もどき》の頭部を全力で殴りつける。

超重量のハンマーの一撃をまともに受けたヴァジュラテイルの頭は、いとも簡単に薄っぺらい板のようになった。。

 

「カボス、あのさあ、さっきから小型アラガミとばかり戦ってるけど、お前の相手にしては物足りないんじゃないのか?

もう少し強い奴の方が、やりがいがあると思うぜ」

 

訓練場の上部に設けられたモニター管理室から訓練を見守るヒロヒデが、カボスにアドバイスを送るのだが…

 

「うるっさいわね!これは訓練をダシにしてストレス発散してるだけなの‼︎ほっといてよッ‼︎」

 

「うわぁ、言っちゃったよ…」

 

ヒロヒデの言葉など聞き入れず、ひたすらアラガミを殴り続けるカボス。

ヒロヒデがため息を吐いて椅子に腰かけた時、部屋のドアがゆっくりと開いた。

 

「よう、元気そうだな」

 

「あ…セマノブさん」

 

セマノブは訓練場の内部が見える窓に顔を近づけ中をキョロキョロと見回す。

その様子は、まるで電車の車窓から風景を眺める子供のようである。

 

「極東に比べて大分キレーな訓練場だな。壁や天井に傷も殆どねえし。最近改装とかしたのか?」

 

「イヤミかそれ。。極東のような激しい支部と比べんなよ…ただ単に、使用者があまりいねえだけのことだ。

改装もしてない」

 

デスクに向かい、ノートPCを操作しながら答えるヒロヒデにセマノブが歩み寄る。

そして、側の椅子に腰かけた。

 

「今訓練やってる女の子…カボスっていったか?

トレーニングとは思えない程、格下のアラガミばかり蹴散らしてるな。オラクル濃度も必要以上に引き上げてるしよ。

ありゃあ只事じゃねえな。何かあったのか?」

 

「鋭いな、アンタ…大当たりだぜ」

 

ノートPCをパタリと閉じ、またもやため息を吐いてセマノブの方を向くヒロヒデ。

その表情は、何とも言えない脱力感が滲んでいた。

 

「原因はハッサクさ…

シトリンの華口(かぐち)隊長って知ってるか?」

 

「!、ああ、あの女隊長か。昨日食堂で会ったぜ」

 

「その華口隊長が廊下でハッサクの奴と楽しそうに喋ってるのを、カボスが偶然見かけちまってよ。

それに気付いた華口隊長が会話を早々に切り上げて去って行った後、ハッサクが棒立ちになってるカボスの横を通り過ぎる時に…言ったらしいぜ」

 

「な、なんて…⁇」

 

異様に目を輝かせてヒロヒデの顔を覗き込むセマノブ。あまりにも近かったのでヒロヒデは流石に少し引きながらも、続けた。

 

「『やっぱ大人だな、マヅルさんは。それに比べりゃ、おめえはよっぽどガキに見えるぜ。

ちったあ、あの人を見習ったらどうなんだ?』、とよ。

その瞬間、カボスの中で何かのスイッチが入ったらしい。

で、むりくり俺を連れ出して今に至るってわけだ。。」

 

セマノブは話を聞きながら口を手で押さえている。

目尻が垂れ下がっている様子から、必死で笑いを堪えているのが見え見えだった。

 

「ハッサクもハッサクだが、カボスちゃんも中々お茶目な娘だな。。直情的っていうか何ていうか、どこかハッサクと似てる気がするぜ」

 

セマノブがそこまで言った直後、窓の方から叩きつけるような物凄い音が響いてきた。

飛び上がってほぼ同時に窓を見る2人。

そこには、原型を留めていないザイゴート《もどき》がべったりと張り付いていた。。

 

「いやに楽しそうね、アンタ達…

悪いけど、全部こっちまで聞こえてるわよッ‼︎」

 

耳を劈くカボスの怒声。

ヒロヒデは両手で耳を抑えながら、ある事に気付いた。

 

「やっべえっ、マイクのスイッチ入れたままだった…!」

 

ヒロヒデが慌ててスイッチを切りに行く様子を見ながら1人大笑いするセマノブ、そんな彼をヒロヒデは白い目で眺め、そして呟く。

 

「アンタ…意外と性格悪いな。。」

 

 

 

 

一方、例のハッサクはというと…

とある個室の前で何をするでもなく、ただ立ち尽くしていた。

ドアにあるネームプレートには、《クオーツ隊長室》と書かれている。

 

「へクシュッッ、、

っかしいな…風邪引いたかな。。」

 

人差し指で鼻下を擦りながら、個室のインターホンを鳴らすが…何の反応もない。

 

「隊長、まだいねえのか…

あのゲンのミッションから帰還してから、一度も隊長の姿を見てねえ。。一体どこに行っちまったんだ」

 

諦めて踵を返し、すごすごと引き返しかけたハッサクの前に、1人の男が立ち塞がった。

その男を見た瞬間、ハッサクの目の色が変わる。

 

「吉居カゲマサ…!

何の用だ、またからかいに来やがったのか⁉︎」

 

ハッサクは拳をぎゅっと握り締め、あからさまに不快な顔付きをするが、カゲマサは全く動揺もせず、ポケットに手を突っ込んでふんぞり返っている。

 

「あいにくだな、いちいち貴様のような雑魚を構っていられる程ヒマではない。。

先日、ハンニバル・ゲンの手によってトルキスの部隊が、隊長を含め全滅したのは貴様も知っていよう」

 

「…‼︎」

 

「これを機にトルキスの解体も打診されたが、支部長がフェンリル本部に《ある取引条件》を提示することで、部隊の存続を認められた」

 

「取引、だと…?」

 

首を傾げカゲマサを凝視するハッサク。

カゲマサは両腕を組んで壁にもたれかかる。

 

「この俺をトルキスの新隊長に就任させ、部隊の体裁を保たせること。

そしてその引き換えとして、最近この支部の管轄エリア内で頻繁に発生している、特異性能を持った新種のアラガミの調査、討伐、コア採取による研究を任されたのだ」

 

「そうか、それでお前がこの支部に居座ってるのか…

で、その新種のアラガミの調査ってのは…もしやウチの隊長も一枚噛んでるんじゃねえだろうな?」

 

ハッサクの問いかけに、目を合わせてニヤリと笑うカゲマサ。思わずハッサクは息を呑む。。

 

「ほう…貴様にしてはなかなか察しがいいな。。

その通りだ。現在、数名の隊長が新種の調査の為に駆り出されている。

《特務》という形でな」

 

「特務、だと…⁉︎確か特務ってヤツは、受けた本人以外には口外無用の極秘任務だと聞いた。。

そうか、だから俺達隊員には何も言わずに姿を消しているのか…‼︎」

 

突然下を向き固まってしまうハッサク。

カゲマサはそんな彼の脇をすっと通り抜け、ふと立ち止まった。

 

「なあに、貴様が余計な心配をする必要はない。

グロフォードはこの支部で唯一俺が認めた男だ。簡単に死にはせん…

それより、あの女の心配はしなくていいのか?」

 

「なにぃ…あの女だと…⁉︎」

 

クルリと振り返り、カゲマサを睨みつける。

カゲマサはハッサクの方を見ず、背を向けたまま続ける。

 

「先程、依然として消息不明だった例のヤクシャの反応が検知されてな。本部からは待機指示があったのだが…

構わずに飛び出していった奴がいた。察しのいい貴様なら、誰なのかは見当くらいつくだろう…」

 

カゲマサが言い終わる前に、ハッサクは地を蹴って走り出していた。

その行く先は…神機保管庫。

とてつもなく悪い予感が、ハッサクの脳内をぐるぐると駆け巡っていた。。

今の彼には、冷静さなど微塵も感じられなかった ーー

 

 

 

そして、気付けば彼は戦場に立っていた。

愛用のヴァリアントサイズを備えた神機を携えて。

入り組んだ廃墟ビル郡の瓦礫の中を慎重に歩いていくハッサク。

すると、不自然に開けた空間に躍り出た。ここは、かのシトリンの副隊長がヤクシャの手にかかって命を落とした場所。。

 

回収されたのか、ヤクシャに捕食されたのかは不明だが、死体や神機、腕輪は既に跡形も無く消え去っていた。

だが大きく抉れた地面、今にも崩れそうなほど変形した壁が、当時の凄惨さを物語っている。。

 

「こっちか…」

 

その場で静かに掌を合わせたハッサクが、オラクル反応があった地点に向かって再び歩を進める…

 

 

すると突然、ハッサクは物陰に隠れた。

それは、反応がすぐ目の前まで迫ってきた時だった。

彼の視線の先にあるのは…数メートルの間隔を開けて対峙する神機使いとアラガミ。

アラガミの方は言うまでもなく、例のヤクシャである。

そして神機使いの方は、ハッサクと同じヴァリアントサイズの神機を構え、ヤクシャに鋭い眼光を向ける女性…

華口マヅル。

 

「マヅルさん、やっぱりここにいたか…!」

 

すぐ側まで駆けつけたい衝動を抑え、その場で見守る。

彼女をサポートしたい気持ちはあったが、それ以上に足手まといになりなくないという気持ちの方が大きかった。

 

感付かれないように自身のオラクル濃度を極端に下げ、ハッサクは物陰に隠れ続けた。

その間にもマヅルとヤクシャ、両者の距離は次第に縮まり…

ふとヤクシャが足を止める。

 

『また俺のジャマをしに来たのか…醜い人間共め。

死なねばわからん愚かな生き物よ。。』

 

「あら…まさかあなたから醜いなんていう言葉が出るなんて思わなかったわ。

愚かなのは、果たしてどっちなんでしょうね?」

 

まず言葉の応酬から始まり、間合いに入ったヤクシャがゆっくりと腕を後方に引く。

 

『こいつは挨拶代わりだッッ』

 

引いていた腕を勢いよくマヅルに向かって突き出す。

だが次の瞬間、ヤクシャだけでなくハッサクも目を疑った。

 

マヅルが、突き出された腕の上に乗っていたのだ。

しかもその姿勢は、写真撮影をするモデルのように凛としていた。。

 

「遅すぎるわ…ガッカリ、ね‼︎」

 

言い終わると同時に、自らの足元に向かってサイズを素早く振り抜く。

その疾く鋭い斬撃は、ヤクシャの腕をいとも簡単に胴体から切り離すには充分な威力を持っていた。

 

切断されたヤクシャの腕が落ちるのとほぼ同時に着地するマヅル。

腕の切断面を抑えながら彼女を睨みつけるヤクシャ。

その様子をただ呆然と眺めるハッサク。

 

瓦礫の中を通り抜ける生暖かな隙間風が、この一瞬の静寂の中をするりと流れた。。

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